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同胞(はらから)

 時刻はあっという間に過ぎていった、裏庭で走ったり、シャドーをしたりと俺は夕方までの時間を潰していたのだが、確か……正午くらいからしていたような気がする。


 その割に、体感では1時間と経過して無くて、ああもう夕方になったのかと、ふと空の赤い様を見上げた。


 熱は身体を、程よく解している。ウォーミングアップは十分した、けどまだ足りない様な気もした。何せ、相手は古流剣術の達人だ。


 中井の話を聞いて、本気で斬りに来るのは分かる。不安も勿論ある、命懸けの試合、いや……死合なわけだ。そこらのガクセーが、殺す殺すと息巻いた脅しでは無い。本当に、死が見え隠れしているのだ。


 中学時代……タイ現地の選手に手玉に取られ、帰国してからも強くなりたいと願った。いずれ彼らに並び立ちたいと、あの人外魔境にも立ち向かえる格闘家になりたいと。


 毎日ジムに通った、アマチュア試合には許す限り出た、出稽古だってした。それでも強さが分からなくて……無茶もした。


 夜のロードワークを親に偽り、繁華街でたむろす輩と戦った。リングと違う勝手、お構い無しに振るわれる武器、多人数という不利、それを乗り越えた先にまだ強さが見つかると思っていた。


 その中で、たった一度死を覚悟した事があった。やり過ぎた俺の目の前で、白鞘から本身を抜いたヤー公に追われた。振るわれた刃が腕を掠め、衣服を斬り下の皮膚を傷つけた、その時の熱と痛みはよく覚えている。


 その後は、どうやったかは記憶に霞が掛かっているが、とにかく痙攣したヤー公を俺は見下ろしていて、身体中を震わせて、朧な三日月が照らす夜に吠えた。死を乗り越えた実感、何かを飛び越えた感覚……強くなった実感と、本当に芯から凍えた恐怖、それら全てを混ぜ合わせた叫びを上げていた。


 それから、多分だが、俺は一段と強くなったと思っている。死が覗く戦いに比べればと、思い始めたのだ。けどそれは、馬鹿をした15のガキの錯覚かもしれない。それは素人の凶器、今回は本職の道具なのだ。


「マナト……」


 たたずむ俺の背中より、声が掛かる。銀髪の主人マリスは、心配な顔で俺を見ていた。まぁ……心配するか、何せ自分の闘士が臓腑の花を散らすやもしれんだろうし。


「時間ですか、行きましょう」


 そこから先は言わせないと、行こうとマリスに俺は言う。しかしマリスは、それでも口を開いた。


「マナト、降参していいからね?死んだらダメ、貴方は私の闘士だから……闘士は無闇に死ぬのはダメ、生きなきゃダメよ」


 さて、マリスより俺に放たれた言葉は、少しばかりか首を傾げさせられた。正味『絶対勝ちなさい』とか『負けたら許さないわ』とか、その辺を言ってくるかなとは思っていたのだ。


「それは、意外だな……死んでも勝てくらい言うと思ったが?」


 その事を正直にマリスへ伝えてやったら、キッと強く睨み返された。


「馬鹿言わないで、死んだら終わりなの、負けてもまだ闘えるでしょう、死んだら戦えないでしょう?」


 それを言われた瞬間、俺はあっと思ったのだった。その通りだった、死んだら戦えない。殺されたら、神山真奈都はここで終わるのだ。河上との死合が楽しみですっかり忘れてしまっていた。


「私だって爵位を取り戻したいけど、闘士を死なせては駄目なの……死んだお父様が言ってた、抱えの闘士を死なせる事は、契約した貴族が殺したも同じになるって……闘士を死なせない事が貴族の務めだって」


 マリスは、いわばジムの会長なのだ。自らの抱える選手をケアし、ゴーサインを出すのだ。そんな彼女からしたら、俺が死んだら判断を誤った己のミスで殺したも同じであると。


「だからマナト、参ったしていい、セイタローは諦めて他の人を探すから、けど死んだらダメ、約束……いや、命令、命令よ、死にそうになったら参ったする事、いい?」


 マリスの言う、闘士の生存第一の考えに……俺は頷いた。うん、俺の通ってたジムの会長を思い出す。元気かな、消えた俺を血眼に探してるのだろうか?それとも行方不明扱いで、両親が葬式を上げたかな?


 本当にすいません会長、本来ならデビュー戦、スカッとKO勝ちを捧げたかったし、ベルトだって何本も飾ってやりたかったけど……今俺は、馬鹿げた世界で闘士やってます。


「命令じゃしゃーねーな、分かりましたよご主人、危なくなったら参ったします」


 嬉しくはあったが、少々恥ずいので、命令を聞いたと言う意味で了承する。ずりーな美人ってのは、懇願してきたら断れねーもん。


「じゃー、行きますか?」


 マリスと約束は交わした、気合も十分、では行きましょうと、俺はマリスに戦いの地へ向かう事を促した。




 ーー夕刻、そろそろ日は沈みかけようとしていた頃合い。シダトは西側、平民街とスラムの境界線にて。川上静太郎と町田恭二、神山真奈都を待つ。


「十兵衛よ、早う参れ、早う参らぬか……いやー、どう?魔界転生の柳生十兵衛を待つ、柳生宗矩って感じだけど」


「この場合なら、巌流島で武蔵を待つ佐々木小次郎のが良く無いか?親族でも無いし」


 マリスの闘士となった町田ではあったが、河上に闘士の件を話した身であり、何よりこの異世界での長い付き合いもあり、此度は河上側にて立会人を務める事になった。


 形だけではある、しかし共に中央から脱し、このスラムで暮らした同胞である為、ただ一人で立たせるには忍びないと町田は神山や中井にそう伝えた。

 中心の人物たる河上は、映画『魔界転生』にて若山富三郎が演じた、柳生宗矩の真似を披露する程に、余裕を見せていたので、分かりづらいから巌流島の宮本武蔵と佐々木小次郎にしとけと釘を刺した。


 それに対して河上はーー。


「ワンパターン過ぎるだろう、負けが見えている」


 そう返したが。


「柳生宗矩も負けたよね」


 どちらも敗北している事実を突きつければ、あ、そうだなと河上は納得した。そうしてまた黙る、河上が喋って、話しが止まり、また黙ると繰り返していた。


「いやはやしかし、待ち遠しい……ムエタイか、素手で来ると思うか?」


「ムエタイに武器はあるか知らないが、半端な武器を持ちはしないだろう、ゴルトのチンピラ達の凶器を見ても、武器は使わなかった」


「そうか、そうかぁ……あぁ、早く来い、早く来い神山真奈都……辛抱たまらんぞこっちは」


 河上の目は凛々としながら血走っている、中井の時の様に、早く斬りたいと待ちわびている。だが、それはさせないと町田は決めていた。


 もしも、河上が神山を追い詰めた際には、必ず斬り殺しに行くだろう。それだけは止める、その為に俺が居るのだと、町田は左手を握ったり緩めたりと忙しなく動かしていた。


「!来たか……!」


 河上が声を上げる、平民街より此方へ近づく、集団をその目に映した。


 最前列に立つ、背は普通ながらその肉体が服の上からも分かる、神山真奈都……その左にはドレスを着た少女、神山達の主人、没落貴族令嬢マリス・メッツァー。右には河上と一度対峙し、認められたサンボ使いの中井真也、そして後ろには……マリスの執事ニルギリ、その四人が今……河上静太郎と町田恭二の前に現れたのだった。


 互いを隔て向かい合う、神山真奈都が1人、その集まりから離れた。それを見て、河上は一度町田を見てニッコリと笑った。


「感謝するぞ、町田……2人目もまた、俺が斬り殺すに値する」


 そう言い残し、河上は町田から離れて、神山に向かって歩き出した。




 神山と河上、対峙して目線が合った瞬間、それは起こった。


 何と言うべきなのだろうか、同族を見つけたというべきか、とにかく何か通じ合った瞬間、2人は自ずと間合いを開けたまま立ち止まった。


「……君が、神山真奈都か……河上静太郎だ、よろしく」


 河上が先に頭を下げた、それを見て神山も、慌てて頭を下げたのだった。


「あ、ご丁寧にどうも……神山真奈都です」


 お互い、何故か口から出てしまった自己紹介と挨拶に、これから死合う2人にしては、なんとも覇気や殺気も無い、穏やかな雰囲気が生まれた。


 神山も、河上も、この瞬間ばかりは首を傾げたくなった。思っていたのと違ったのだ、こう、バチバチに火花が散って、会った瞬間にでも互いが拳と剣を交えるだろうなと、そんな感じでお互いが構えていたのだ。


「さて……神山くん、今からやるわけだが……」


「そうですね……何か?」


「遺言書いた?言い残した事はある?」


 河上は、そんな穏やかな雰囲気でありながら、挑発が口から出た。対して、それを聞いた神山は……。


「いや、遺産とか無いし……別にありませんね」


 強気な言葉が出なかった、普段ならば、遺言書くのはお前だと言い返すが、まるで死ぬ事すらも、まぁいいかとばかりに受け入れた言葉を自然と口に出したのだった。


「そうか……」


「えぇ……」


 何だ、この異様なる雰囲気は?神山、河上の両名が、この雰囲気に当てられ、違和感を感じていた。絶対この雰囲気は、戦いのそれではない筈なのにと。


「じゃあ、やりますか、そろそろ」


「そうしますか……」


 しかし、それでも神山も、河上も……互いに戦いの為に身構える。拳を握り、地面を踏み締める神山。左腰の鞘より、抜刀する河上……。何か違うと違和感を感じていた2人だったが、お互いがある事に気付いた。


「神山くんや……」


「何ですか?」


 落とし下段に構える河上が、ゆっくりと左にすり足で動く、対して神山は……普段のアップライトな構えは見せず、両手をダラリとら下げながらも、同じく左へ回りだす。


「キミ、戦うのが好きか?」


「えぇ……好きですよ、河上さんは?」


 互いの目に映っている、互いの表情。それは、穏やかな笑みであり、蘭々と高まる気分が見て取れた。


「無論……大好きさ」


 嗚呼……分かってしまった。


 神山と河上は、理解した。


 そうだ、こいつは……つまり。


 やっと巡り合えた、同胞なのだ。


 それを理解した刹那、神山と河上の間合いは、一気に狭まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  せめて、腕に巻くロープ(確か、ムエタイってそうでしたよね?)を鋼鉄製のワイヤーにしておけと言いたい(無いかもしれないけど)( ̄∇ ̄)。
[一言] 河上君、死合最中に興が乗って帆柱から出してないよね?
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