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武器という優位性

巻藁を斬り、野菜を斬り、果実を斬り、黒毛和牛の冷凍肉塊に、氷柱……風に靡く若葉、吊るされた短冊紙、空を舞う羽毛、飛び交う蝿、根を張る生木、鉄の板……兎にも角にも斬ったと河上は言う。


年一で開かれた、河上家の膝下にて行われる古流剣術の交流会での締めくくりは、河上静太郎の剣術成長の披露目でお開きとなるのが通例だった。


その時の先生方は、皆誇らしいと河上の剣を褒め称えた。何せこのご時世、後継者など居ないのだ、古流剣術には。興味で習いに来る者が居ては辞めていく、免許を取れど道場も開けないし、開けど門下生も集まらない。


剣など必要無い時代だから仕方がない、いずれは廃れると諦めた流派もある中で、河上静太郎という剣士を運命が巡り合わせた。


我らが育てた、現代最強の剣客。それが河上静太郎なのだと。


『好きこそ物の上手なれ』なんて言葉では最早収まらない。河上静太郎は、剣術をする為に生まれて来たのだと思わせる程の覚えの良さと、上達ぶりに、各流派の先生は皆唸った。


だからこそ、先生方は時に苦惜しさを溢して度々呟いたらしい。


『静太郎くんは生まれるのが遅すぎた、戦国に生まれたならば君は、上泉や丸目、柳生に宝蔵院、宮本武蔵、塚原卜伝にも比類する剣士として、刻まれただろうに』と。


こればかりは河上も、口が上手いですよと否定した。僕は上泉公や丸目公と並べない、滅多な事を言わないで下さい、先達として、剣術の祖として尊敬しているのでと。


されど先生方は、本当であると褒め称えるのだ。時代が悪い、惜しいものだと、他流派同士の先生達が皆笑い合っていたと。


『そんな日がずっと続いて欲しい内心……芽生えた興味はもう、僕を侵食していた』


『で、積もり積もったのか?』


そしていよいよ、人斬りに走ったのかと町田は聞いた、河上は町田を見ずに身を抱くようにして震えた。


『いいや、その前に……好機が来た、それが僕がここへ流れ着いたあの日だったか』


そして河上は語り出した、あの日の夕暮れ、大学2年次生の夏。


河上は、出稽古に出かける際は必ず、公共交通機関と徒歩のみでその道場へ向かう事としている。大学生としての傍らでも、剣は離さず、河上家の道場に呼んだ先生達の道場へ、自ら出稽古に行くのだ、これから習いに行く者が、送迎で優雅に向かうのは少し違うと河上自身が感じたからだ。


その日は二つほど県を跨いだ道場の為、新幹線と徒歩を使った。


稽古を終えて汗を流し、歩いて駅に行こうとした。


事件はそこで起こった。


駅前で暴漢が暴れ出し、包丁を振り回して何人も突き刺し、斬り、暴れていたのだ。群衆が逃げ惑う中で、河上はその人混みに佇み……笑った。


『こんな輩なら斬ってもいいだろう、正当防衛になるだろう、とね……ならないさ、人殺しに』


成立するかだとか、裁判とか、頭に過った……それよりも河上は目の前に、生き試しの標的がある事を喜んでいた。


刀袋より、13から連れ添った愛刀を取り出して、暴れる人混みの逆流を歩いてゆっくり抜け、それが消え去った瞬間ーー。河上の足はアスファルトを蹴った。


抜刀する、鞘は捨てずに駆け抜けて、暴漢がこちらを見た、包丁を持つ右手をこちらに向けられたので、斬った。


『斬ったさ、斬ったんだ、もう好きな様に……』


横薙ぎに首を斬り落とした、落下する頭部もろとも、上段より振り下ろし、開きにしてやった。首落とし、唐竹割りにしてやったのだと。


二撃、しかし河上に訪れたのは……後悔以上の至福だったという。


『冷凍の肉塊では無い、生きた人間、それを斬り殺した感覚は……たまらなかった、ついさっきまで暴れ回っていた男は、知らぬ間に臓腑脳漿撒き散らし命を落としたのだ』


眼下に広がる血溜まりと、屍、返り血を眺め、刀身に滴る血液を見て河上は、刀身に映る自らの笑みを見てしまった。


『そこで俺は光に包まれ……後はもう、な?』


『今に至る、か……』


横目に河上を町田は見た、最初こそ出会った時は、まだ世間知らずなおぼっちゃまが残っていたが、この世界に来て、人を斬る事を始めた河上の顔は変わっていた。


『町田くん、この世界はいいな……殺し殺されがまかり通っているのだ……毎晩しとどに竿が濡れる』


クツクツと河上は妖しく笑う、剣に惚れた少年は、剣に見染められ、禁忌を犯してこの世界に酔いしれていた。




町田は、河上と二人で共に行動した日々を思い返していると、中井は固まった町田を呼びつけた。


「もしもーし、町田さん?意識ありますかー?」


「お、あ、あぁ……すまん」


中井の声に、町田の意識は現実へ手繰り寄せられた。先程まで、河上と命懸けの激突をしていたとは思えない、中井の普通の声と心配な表情に町田ははっとさせられた。


中井も、河上の様になるのだろうか、この世界の命の軽さは現世と比較にならない。現に河上は何人も斬り殺している。今でこそ指を斬り落とすに留めているのは『斬り殺してやりたい実力を持つ者』が居ないから、中井は……眼鏡に適った。


中井は、河上の話に今のナイフしかり、あのゴルトが率いた輩を殺している。躊躇いもなくだ、そして……町田からして、中井真也には精神的にも少々淀みが見えた。


とは言え、人の事をとやかく言えないではないかと、町田は心中にて自らを嘲った。現世で、自らも人を殺めている以上、言えた話ではないと。


こうしてみれば……一番まともな男はあの戦闘狂の神山ではなかろうかと町田は気付かされるのだった。


「では、神山に伝えに行こうか」


「だねー……神山、どんな顔すると思う」


「喜ぶだろうよ、戦いに飢えているのだから」


河上とは違う方向に、町田は中井の横を共に歩き、東の歓楽街からマリス邸宅に向かう。


翌朝、町田恭二が働き先のジャングルジュースに帰ると、フェディカから冷たい目をされ、夜遊びの疑いを晴らす為に夕方までに時間を要したのは言うまでも無かった。




「そっか、ガチで斬りかかって来たのか、いやぁ……楽しみだな今日の夕方が!」


翌朝遅く、マリス邸宅はリビング。いつの間にか定位置となっているソファにて、神山真奈都は笑って中井にそう言った。


あの後、中井と町田両名はマリス邸宅に帰宅し、神山へ河上との件を報告しようとしたが、神山はもう寝ていた。結局町田恭二もマリス邸宅の空き部屋にて寝床を借り一夜を明かし、現在はフェディカに朝帰りの弁明を果たしている頃、中井と神山は対面して、昨晩の河上について話をする事になった。


そして、中井は認めたがお前は知らん、だから俺と戦え、今日の夕刻に仕えている貴族共々、西のスラムと平民街の境界線へ来る様にと中井から話を聞いて、案の定、神山はニンマリ笑ってそれを受けた。


楽しみと宣う神山、しかし中井の心境は複雑だ。


「で、神山くん……武器は使うのか?」


「武器?」


「まさか、素手で挑む気じゃないよね?」


そう、神山が河上と戦う際の、装備だ。素手で日本刀相手に、ましてや古流剣術の達人相手に戦うわけが無いだろうなと、神山に尋ねれば……神山の顔は、武器の事など頭になかった様な呆けた顔になったのだった。


「素手で行くけど」


「馬鹿、バカ!バァーカーが居るー!」


中井は神山を指差してそう言った、馬鹿だ、馬鹿でしかないと、とにかく頭ごなしに神山の愚かしさを指摘した。


「神山さぁ、分かってる?相手は仮にも古流剣術の達人で、マジのポン刀持ってるわけ、それをお前素手で向かうなんて死にに行くのと同じって分からない?」


再度確認しておくと、中井は神山に言う、日本刀という武器の扱いに長けた相手に丸腰で挑む愚かしさ、それを知って言っているのかと。


「勿論……けど昨日のお前は、ナイフ一本で勝ったんだろ?」


そろを神山が頷きつつ、昨晩の中井もナイフ一本で勝ちを取った話を出した。


「いや、あれ不意打ちだから、真正面から言ってたら今頃僕は、館の前に生首で置かれてたからね?」


ナイフ一本で対峙していた話もした、それは不意打ちだったからだと説明して、中井は話を続ける。


「そう、本当にそうだった……河上静太郎に人を斬る躊躇いは欠片も無かった、当たり前に振り抜いて来た、そして……怖かったさ、僕が普通に接近しようものなら、その前に二回……いや、三回は斬られるって感じに」


戦った中井だからこその意見、河上静太郎の剣術は、早く鋭く容赦無し、その語り口に神山は笑顔でうんうんと唸った。


「そっかー、なら余計に武器持てないな」


「おい、話聞いてたか?」


余計に武器は使わないと宣う神山に、中井も苛立ちを見せた。しかし神山にも理由があった。


「聞いてたさ、だからだ、俺もまぁタイのジムで合宿した時に、向こうのコーチに武器術を習ったんだ……が、触りだけなんだよ」


「それで?」


「下手に武器を持ったら、逆に隙を作りかねない、ゴルトの時だったらまぁ使っても良かったけどさ……」


神山は言う、確かにムエタイにも武器術はあるし、習いはしたが、そこまで深く習ったわけではない。だからこそ、変に武器を持てば持て余してしまい、逆に隙を作るだろうと中井に答えた。


これには、中井も成る程と頷かざるを得なかった、扱えない武器よりは、己の五体と技を信じるべきであり、武器は手足の様に自由に扱えて初めて戦えると。河上の日本刀は最早、手足と同じであり、それに下手な武器で挑めば逆に斬られてしまうと。


「そう言う事か、実際ムエタイの武器って?」


「古式の流れで、剣と、棒、あと腕に装着するトンファーに似た、マイソークという腕武器がある、あとカリスティックも教えて貰った……けど、まぁ素手がいいかな」


中井は、神山に使える武器を聞いた、中井からしてみればムエタイは素手の徒手空拳の先入観が強かった。町田恭二の空手には、古流空手や沖縄空手の流れで棒術やらがあるのは知っていたが、ムエタイの武器術と、その武器の種類には新鮮味があった。


「ていうかだ、今から武器を買って来て、それを携えるのもどうかと思うぞ、中井?」


「それ言っちゃったらお終いだよ……まぁいい、で?素手でやるにしても、手はあるの?」


では、武器を使わないにして、戦う方法、作戦はあるのかと中井に問われた神山はまたにっこり笑って言ったのだった。


「無い!」


「くたばれムエタイ馬鹿、墓穴掘っといてやるよ、この世界火葬だったか、土葬だったかな、壺か棺桶用意するわ」


呆れて中井は立ち上がった、神山が死ぬのが分かったので、神山の代わりを探さねばならないかと中井は考えた。しかし神山が闘士に誘った身でもあるし、死んだら契約解除も考えるかと、私室に帰ろうとした。


「だが、真剣相手にやり合った事はある」


だが、中井が背中を見せた瞬間に、神山は続けてそう言った。


「はぁ?嘘だろ?」


気を引く為の嘘なら止めとくれと、振り返っていう中井に、神山は立ち上がった。


「本当さ、お前のヤンキー狩りしかり……俺も少しそれに似た奴らと喧嘩で、抜かれた事があるよ……まぁそいつと河上比べたら、河上に失礼だろうけどさ、対武器の経験はあるよ」


神山は笑いながら中井の肩を叩いて、そう言うと、先にリビングから出て行った。


「マリスさんにも伝えといてくれ、夕方近くまで裏庭で体を温めとくよ」


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― 新着の感想 ―
[一言] ムエタイって武器術があったんですね。知らなかった。
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