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『経験者』対決

中井真也は、右手に握ったナイフを煌めかせながら考える。


さて、どうしたものかと……。


そもそも戦う気は無かったし、指切りを知る町田を追跡し、状態を知っておこうとしただけだ。別に喧嘩する気は無かったが、中井は先程の優性召喚者との一悶着で、河上静太郎の人となりを掴んでいた。


結論、こいつは狂人だ。物狂いなのだ。薄皮一枚の理性の下に、人を斬りたい衝動を孕んだ危険な男だ。


危険な男か……中井は過去を振り返る。居たものだ、自分本位で話の聞かない、世界の中心が自分だと思っている阿呆共。こういった輩は理性を持たない、本能的で野蛮、人ですらない四足の獣と同等だ。


だが、目の前の河上静太郎は違う。理性を持った狂人というのか、矛盾している二つが無理矢理混ざり合った男だ。故に、普通の狂人よりも危険だ。


躊躇い無く、人を斬れる男、既に彼は現代人の倫理を失っているだろう……。


「僕も同じか……」


つまりは、自分と同類であると中井は結論付けた。


「来ないか、ならこちらから……行くぞ!」


中井の無行動に、河上静太郎が焦れた。そして中井真也は目撃する!


「っ!?早いっ!」


異常なまでに素早い踏み込み、潜水艦の如く低姿勢に、おおよそ現代で戦った相手の中にも、これ程の踏み込みは居なかった、4〜5メートルはあった間合いが一瞬に潰され、中井は既に刀身の間合いに捕らえられていた!


迫りくる上段からの斬撃!それを、最早後ろに跳躍と言う位の勢いで中井はそれを避けた、だがその瞬間には既に喉元への突きが放たれていた!


「うぉおお!?」


それをナイフで振り弾き、軌道を変えつつ左へ回り込む。河上は余裕とばかりに棒立ちになり、回り込む中井の顔へ、照準の様に鋒を向けながら追従する様に回る。


「偉いな、良く防いだ」


笑みを浮かべたままに、中井を褒める河上、今のたった二撃で、中井は河上の実力を思い知った。躊躇いも無く、本気で殺しに来ている剣撃に、中井の顔に汗が滲む。


そして中井は、河上静太郎の強みが『体捌き』だというのも確信した。断じてしまえば、膂力ならば自分が上だと肉体から見て分かる、河上静太郎の身体は町田恭二、果ては自分よりも細い。しかし無駄が無い肉体である、余計な肉を削ぎつつ絞りに絞った肉体だろう。


今の踏み込みも、格闘家達からしたら当たり前な脚力と瞬発力から生まれたものでは無い、気配が無かったそれは、体重移動による古武術特有の動きだった。あと少し遅れたら自分は……と、左肩から左腕を巻き込み、股下へ両断された姿を中井は想像してしまった。


中井はこれで、一つだけ理解した。自分の間合いである、ここは駄目だと、中井の足がゆっくりと一歩踏み込まれた。


「お?」


河上はそれを見て、一歩下がった。近いのだ、半端な距離だとその身体が動くや、中井が仕掛けた。


「ふうっ!」


踏み込みながら、右手のナイフを引いて、河上の身体を思い切りに貫こうと死線へ踏み込んだ!しかしそこは河上の領域、河上の笑みが溢れて再び刀身が振り抜かれる!


「取ったぁああ!」


下段より斬り上げ、狙うは中井のナイフを握る指、普段の獲物と同じように指を詰めてくれると、風切り音を響かせ、天向けて刃は振り抜かれた。


「あ?」


だが、河上の呆けた声が響いた、中井はナイフで貫きに腕を突き出しはしなかった。しかし、その刀身が確かに河上目掛け狙いは定まっているのは確かである。


「今っ!」


中井が吠えた、そして河上は気付いた。『それ』を隠していたかと、気付いたその時には中井のナイフの刀身が、柄より射出され、河上の顔面目掛け飛んできたのである。


「ちぃいっ!」


それを河上は素早く刀身で弾いた瞬間、河上の両足が地より離れた。胴体に来た衝撃と、眼下に見ゆる中井の肉体が、接近を許した事を報せたのだ。



その武器は、確かに『実物』はあれど『実在』したかどうか?となれば首を傾げる武器であった、ナイフの柄にバネを仕込み、刀身を射出するという機構を持った、ロシア特殊部隊の名前を冠した兵器であった。


『スペツナズナイフ』


このナイフ、ロシア内にも確かに実在する文献があったらしいが、信憑性に欠けており、記された製造工場も無かったらしく、結局は旧東側の地下組織が作った独自の暗器であったものの、その機構と幻想性が以後の様々な創作に根付いてしまった兵器である。


中井は、最初のフェイントを掛けて空振りを誘った。しかし振りの速さからして、一段の振り抜き程度では斬られると見て二段目の振りを誘発する為、この機構を使ったのであった。


「うぉああぁあ!」


「ぬぅうぅう!?」


組み付いた中井のタックルが、押し倒しにかかる。しかし河上の一度浮いた両足が、しかと地面を捉えてそれをさせない。後ろへ、後ろへと押し込まれるそれに力で河上は対抗する。


だが、河上は知らなかった、サンビストというのを、寝技師という格闘家の戦い方を全く知らなかった。中井の身体が沈み込み、腰に腕が巻き付きつつ、その身体はスルリと河上の背後へいとも簡単に回り込み……。


「な、え?ああ!?」


「ぁあああ!」


河上の身体は背中より地面に倒れた、膝の裏を蹴られながら背後の中井はその両足で腕ごと胴体を締め上げ、刀を封じ、右腕を首に巻き付け右肘の内側を掴み、 左手は河上の後頭部を押しつつ、左前腕に顔面右耳辺りを当てる。


裸締め、リアネイキッドチョーク。総合格闘技における締め技が、河上の頸動脈を締め上げた。右腕に力を込めつつ身体を押し込み丸まる形で締め上げていく、こうなってしまえば最早河上に勝ち目はなかった。


さながら、獲物に巻きつき締め上げるアナコンダの如く。後は締め落とすのみと、河上の体に力が入る。


「ようサムライ、サンビストを舐めるなよ?」


「うぐぁああ……」


手から刀が落ち、口から涎を垂らす河上、この攻防に息を飲み、止められなかった町田も、はっとして中井と河上に近づいた。


「中井!もう十分だ!河上も早く参ったしろ!」


歯を食いしばり気道を確保している河上に、町田がタップを促した。それに対して河上が、左目だけを瞑った。こんな状況で何をしていると言おうとした町田だったが、その瞬間だった。


「ぁああだたったたた!!」


「えっ?」


中井が素っ頓狂な声を上げて、河上から腕を離してチョークを解き、身体を蹴って離れたのである。


「うぐぇ、けほっ、うぅ……」


河上もまた背を蹴られ転がり、喉を押さえて咳をして呼吸をした。何故だ、何をしたのだと河上と中井を見る町田だったが、中井がキッと河上を睨みつけて怒鳴った。


「おまっ、子供かぁ!?内股抓るとかやるか普通!!」


中井は右足内股をさすりながら、咳き込む河上にそう叫んだ。まさか、抓って逃げ果せるとはと、河上を見下ろしている町田だったが、河上はやっと息を整えて、クスクスと笑った。


「けほっ、なに……殺し合いにもなれば何でも、使うさ……命懸けだからね」


命が懸かっているならば、何でもするさと、河上は落とした得物を拾い上げた。これには中井も閉口してしまった、確かにそうだと納得せざるを得なかった。しかし抓るとはと、長ズボンとはいえ右内股の痛みに中井は摩る手が止まらなかった。


そうして、河上は鞘に刀を納めるや、地面に座す中井向けて言い放った。


「よし、君は合格だ、君となら僕は一緒の纏まりになって構わんよ」


何とも上から目線な承諾であった、その答えに中井は偉そうにと顔をしかめた。上からの物言いに不満はあれど、指切りの強さは確かであるし、町田の話通り傲慢な輩だと前もって知ったおかげで、こういう奴であると構えれた。


「そう、じゃあ闘士になるんだな?」


だから、これで4人目の闘士は確保できたのだと中井は深く安堵の息を吐いたのだが……。


「いいや、まだだ」


河上の口から、和かに否定の言葉が吐き出された。


「あぁ?何でだ?」


何故にと中井が問えば、河上から何を当たり前な事をと言いたげな表情で、その理由が吐かれた。


「お前を認めはしたが、もう片割れを認めてはいない……明日の夕刻に、西のスラム境界線で待つ、雇い主共々来るように伝えておけ」


何とまぁ、意地の悪い。まだ俺は神山とやらと戦わねば気が済まないと、それで認めなければ闘士にならないと河上は宣ったのだ。それは明日の夕刻、改めて戦って見聞すると勝手に決めて、河上は中井と町田に背を向けた。


「町田、熱は冷めた、今日はもう帰る……明日また夕刻にな」


そうして右手を上げて、河上は一人帰路についた。町田は中井に、申し訳なさそうな顔をしたが、中井は気にしないでと苦笑いをしつつ、隠し武器であったスペツナズナイフの、スプリングが飛び出した柄と、弾かれた刀身を拾った。


「全く……殺されるかと思ったよ」


「すまなかったな中井くん、止めるべきだった」


「いいや別に、僕としても指切り……河上さんの力を体感したかったし……けどあれだ、昔のお侍さんって、あんな感じなのかね」


この場では直せないようで、そのままの状態で中井はスペツナズナイフを布で包みこんだ。躊躇い無しに斬りつけて来た河上へ、昔の侍はああなのだろうかとその腕前に慄いた。


「君も、戦っている時は躊躇いが無かったね……河上から掻い摘んで聞いたが……ゴルトの時も?」


しかし町田からすれば、躊躇わずナイフで応戦した中井にも話を聞きたかった。中井は、河上が見たスラムのチンピラ達の中に、刃傷があった話を中井に問いただした。中井は横目で一度町田を見て、少しだけ笑って答えるのだった。


「僕は、あんたみたいな高尚な理由じゃない、喧嘩で際限が無くなって、引けなくなった……それに僕自身も、ゴルトに類する輩は死んでも、殺してもいいと思ってたよ、現世ではこいつを振る前は、二度と人間らしく生きられない様にしてやった奴も多いさ」


悲しいながらも、否定はしなかった。中井の過去を町田は知らなかったが、今ので何故格闘の道に入ったのか、あらかた察してしまったのである。そして、捻じ曲がってしまったのかを。


「ああ町田さん?同情とか説教は無しにしてよ、僕のこの心底は、以後決して変わらないから……無知で馬鹿で力と暴力だけな輩から、全てを奪って這いつくばらせて嘲笑ってやる……それが僕の格闘技における、戦う理由だから」


強さを求めるでなく、極みへ至る訳でもない、正義を為す為の道具とも違う。中井真也にとっての格闘技とは、過去踏みにじられた己を思い出さない為に、この先の未来で向かってくる、己を踏みにじる全てを破壊する為の『道具』であると、町田は理解してしまったのだった。


この捻じ曲がり方は……河上と同じやもしれない。河上にとっての剣術は何かと、町田は過去に聞いた事があった。まだスラムで共に居た頃、ジャングルジュースで、何故そこまで剣術に傾倒したのかを尋ねた時を、町田は思い出した。




『試したかった……?』


『ああ、本当に、たったそれだけだった……まぁ、それもできないでしょ、現世では』


その時はまだ、ジャングルジュースで働きだしてすぐだったか。閉店後のカウンター席で横並びに座り、河上は自分の生まれ、剣との出会いを語った。


『何不自由ない生活でさ、両親はなんでもくれた、けど僕は何も趣味や興味が持てなかった、そんな時に6歳だったか……偶々歴史美術品展で日本刀を飾られていた……』


それが始まりだったのだと、河上は語る。無趣味な少年が目に焼き付けた、白刃の輝きは、美しいと感じた。それから彼は、刀剣に関しての本を読み漁ったという。


『調べる度に、知る度に興味が湧き上がり、態々父親に備前の刀鍛冶の見学も強請って……それがやがて、剣術を習いたいとなったんだ」


その手に白刃を握りたい、なれば剣術を習わねばと、これまた両親に強請ったらしい。


『12までは木刀でひたすら鍛錬をして、中学生の時に初めて巻藁を切らせて貰った……感動したね、斬るという行為に』


そこから更に、河上は剣術にのめりこんだ。そして町田は、河上の上流生活というか、財力の凄まじさにも驚かされた。態々屋敷に剣術道場を建てて貰った事、全国各地から様々な流派の先生や、師範代を呼び、稽古をして貰った事。


父も息子の趣味に興味を抱き、共に練習したり、年一で先生方を集めて文化保全の交流を催していたらしい。最早古流剣術の文化団体を立ち上げている様なものだった。


『15歳の時、巻藁で足りなくなった……だから色々試した……やがて、行き着いてしまったんだ……人を、斬りたいって』


そして遂に、高校生にして、その興味が芽吹いてしまった事を河上は明かしたのだった。

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[一言] 内地に入って現状を確認したら町田君の心の中に修羅がすまうかも。
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