外壁の勢力 ポセイドン 下
銀髪を逆立てたサングラスに、杖をついた男が、カツリカツリと杖を鳴らして歩いて来た。足を怪我しているのではないらしい、歩き方は普通だ、となればお洒落かと、町田は姿勢を正した。
河上より、カイトと呼ばれたその男は、女性達により簡易なソファを差し出され、河上と町田が対面するテーブルの横に座った。
「紹介するよ町田、この店のオーナー、カイトだ、俺達と同じ召喚者」
「これは、どうも」
彼がこの店のオーナーらしい、背格好からして明らかに年上だったが、そんなカイトを河上は呼び捨てにしていた。カイトは、品定めをするかの様にサングラスを外し、町田を見た。
鋭い目つきだった、しかし、臆する程ではなかった。カイトは町田に言葉を返さず、そのまま視線を河上に移した。
「河上……話は決まったか?」
町田には何も言わずに、ワインを煽る河上にカイトは話しかけた。何かあったのだろうか?町田は只々自由な同胞が、何の話をしに来たのかと発言を待った。
そしてグラスから口を離し、河上はカイトを流し目で見て言葉を吐く。
「俺がポセイドンに入るかってやつ?」
河上から出された話に、町田は目を見開いた。河上静太郎が、ポセイドンに入る、この店で働くという事だろうか?町田は内情を知らず、話の方向を探る。すると河上が、右親指で唇のワインを拭い、言葉を返した。
「それがなカイト、今町田から誘われたんだよ、闘士にならないかって」
そこの町田からと指差して、闘士の誘いがあった事を伝えた瞬間。カイトは杖を一つ床に、強く打ち付けて鳴らした。その瞬間だった、近場で女性を相手していた、カイトと同じく青と白の服を着た男が、お盆を抱えていたウェイターが、二階に居たこのポセイドンにて働いているのだろう店員達が、町田、河上の席を取り囲んだ。
町田が感じたのは明らかな敵意だった、それが反射となってその場を立ち上がると、河上が手を開き待てと差し出した。
「河上……俺の城の中でよくもそれが言えたな?」
「待ちなよカイト君、話を聞きなって?君たちが内地を敵視しているのもさ、カイト君の過去も話して貰って知ってる、そういう意味じゃない」
カイトもまた、町田と河上を一瞥して、闘士の話への明らかな嫌悪を滲み出していた。それを河上は慌てるなと制し、話を続ける。
「内地の貴族からの誘いじゃない、外壁に今居る没落貴族の令嬢様が、闘士を募っていてな?それに乗るだけだ、内地の輩と組むという意味では無い」
「その理由は?」
「内地の偽物剣士を一人残らず斬り伏せる、それ以外目的は無い、俺はその機会を待っていたのだから」
河上が語る、闘士への勧誘のあらましと、闘士になる理由。結局は外壁に来た剣士に飽いており、内地の剣士より己が強いと理解させてやるのだと、機会が無かったのだが、遂にその機会に恵まれたのだと河上は答えた。
河上の返答にカイトは、杖から手を離し傍に置いて、足を組んだ。これを見てポセイドンの店員達は、町田と河上の包囲を解いて、仕事へ戻って行った。
「相変わらず、カイト君の内地嫌いは凄まじいねぇ」
「当たり前だ……あの糞な姫にこの世界に拉致されて、劣性なんて言われた女達がどうなっているか、知ってるだろうが」
再びワインを煽る河上が、クスクス笑ってカイトに話しかける。カイトは両手の指を組み、一つ深い息をしてそう語った。ここで、町田自身も知らない話が出てきた、確かに召喚された人間で、女性はどうなっているかを町田は知らなかったのだ。
考えられるのは、外壁の労働力だろうがと……町田はそれにハッとした。
「訳も分からずに外壁の奴隷に売られて働かされる、顔や身体を目当てに内地の召喚者は、そんな女召喚者を性奴隷として無理矢理に組み敷き、飽きれば奴隷商へ払い下される……この世界に召喚された女の大半は、泣くしか無い」
いや、町田恭二は、見ようとすらしていなかったのだ。多分気付けた、しかし気付きたくなかったのだ。町田の背筋が凍りつき、面持ちも険しくなり始めた。
幾人か、召喚の時周りに女性が居たのを町田は覚えていたし、同じ荷馬車に積まれた事を思い出した。そこで河上が来なければ、自分も奴隷として外壁で売られたであろう事も後になって理解した。
そして女性達というのは、場所が何処だろうと、歴史の中を見ても、性による需要は揺るぎない。しかし、内地でもそれが行われているという事実に、町田の手が自ずと拳を握っていた。
「そんな女の子達を守る為に、このポセイドンを建てたんだよねぇ……内地から降って来てさ?」
「内地から……」
「そう、カイトは優性召喚者、このポセイドンもカイトのクラスとスキルで作り上げた建造物だ、それだけじゃあない……ここには、カイトに救われた女の子達、カイトと志を同じくする召喚者が働いている」
河上にそう言われたカイトが、店内で笑い、踊り、酒を運ぶ女性達に目を向ける。そのままゆっくり立ち上がると、河上も立ち上がり町田にも立つよう首を動かした。そのまま、吹き抜けで一階のダンスホールが見える位置まで来れば、カイトは無表情ながらそのフロアを見渡して、背中の二人に語った。
「訳の分からねぇこんな場所で、泣くしかねぇ女達を、俺は救う……糞な内地の召喚者に消費されて、劣悪な外地に捨てられて朽ちるなんて、俺がさせねぇ……そんな女を騙くらかして、搾り取る様な輩も俺が許さねぇ……だから俺はここを作ったんだ」
ホールを見下ろすカイトの背を、町田は見つめた。まさか、この世界でこんな考えを持ち、実行する輩が居たとは。正味見た目からして、逆側の人間と思ったが何とも愚かしい事かと、町田は内心で悔いた。そうしていると、カイトが振り返るや町田と河上向かって言った。
「スラムのゴルトの件は感謝している、あいつらとはうちもやりあってたからな?」
意外な事実であった、スラムを統括していたチンピラ、ゴルトとその一派とポセイドンが小競り合いをしていたなどと、町田はその事実に驚かされた。と、同時に感謝される事はしていない様なと首を傾げた。
「カイトさん?その、僕達は何もしていないのだけど」
「町田、スラムに流れ着いてからだ、俺と町田が一度ずつゴルトを痛めつけたろう、あれで召喚者が離れたらしい」
「えぇ?あんなチンピラに召喚者付いてたのか?」
「まぁ、甘い汁吸えなくなってすぐ退散したらしい、お前とその2人が相手したのは、この地のチンピラの残党だ」
これまた、知らなかった事実だ。町田と河上が中央より逃れ、スラムに流れ着いてからゴルトとの一悶着が、ゴルトの背後に居た召喚者を知らず知らずに追い払ったらしい。
町田は、あんなチンピラに召喚者が付いていた事に驚きを隠せなかったが、甘い汁に悪人が集るのは必然であり、対してチンピラ一人を裏切ろうと痛手にならないという、ローリスクハイリターンの構造にやっと気づいた。
つまりは、いつの間にか町田と河上はこの衝突をを軟化させた、立役者になっていたのだった。そうした話に、あっと河上はそれで記憶の端から話が飛び出した。
「カイト、ゴルトな死んだぞ?残党ももう立ち直れない程、そこの町田と闘士2人が片を付けた」
「そうか、なら……もうスラム側からの人攫いも無いだろうな」
「あぁ、何せ町田の女に手を出したからな、それはもう憤怒の形相で敵陣に向かっていったらしい」
「まぁ、そうだけど……だから!フェディカさんは違う!」
事実に織り交ぜて嘘を吐く河上に、町田が素早く訂正した。しかしカイトは、それを聞くや、町田の方を見て話を始めるのだった。
「町田、恋人が居るのか?」
「え、あ、彼女は……違うというか」
「では、好きなのか?」
「……好意はありますが……あくまで仕事の」
「好きか嫌いか、と聞いているのだが」
カイトは町田に、そこをハッキリさせろと鋭く睨みつけた。町田はそれこそ、大会の相手やチンピラ如きの睨みに臆する輩では無かったが、この時のカイトの有無を言わせぬ眼差しを前には、流石に曇った返答は出来なかった。
「……好きだ、あぁ……意識しているよ、素晴らしい女性だよ、うん」
町田は、これでいいかとカイトに白状の眼差しを向ける。すると、今まで無表情だったカイトの口が、少しだけ笑みを象ったのだった。
「なら、すぐにでも手を握りしめてやれ、この世界何があるか分からない、好きな女を守れないなんて、本当にザラなんだ、握りしめて離すな」
カイトより言い放たれた忠告に、町田は赤面こそしなかったが、目線を外した。いかん、直視できぬ、この男の芯根の強さは輝いて目に悪いと。
「さて、町田、話はこのくらいにして付き合ってもらうぞ、カイトも悪かったな?」
「いや、いい……楽しんでいけ」
話はここまでにしよう、カイトは杖を付きながら階段へ向かい、一階へと降りていった。それを見送る河上は、さて飲み直すかと再びソファに座り、町田もそのまま立ちっぱなしとはいかないので、河上に付き添う運びとなるのだった。
町田と河上がポセイドンから出たのは、二時間くらい経ってからだった。河上は、ワインボトル2本を空けたが、赤面もしなければ酔いも見せていない。対して町田は水とジュースだけで共をしたが、河上は嫌な顔一つしなかった。
「いやー……やっとスタート切れたかなー」
「おい、ボトル2本空けておいてまだ飲むのか?」
「ワインじゃ酔えんよ、まー酔うだけならスピリタスやエヴァクリアを開ければいいがね、やはり酒は味が欲しくなる」
世界で一番目と二番目のアルコール度数の酒を名前にだし、酔うだけではなく酒は味だと宣う河上だったが、未成年たる町田に理解は難しい話だった。本当にこいつは夜通し飲む気だろうか、ウワバミめと町田は河上の横を付いて歩いたが、ふと歩く向きがこの東の境界線から、離れようとしている事に気付いた。
「ん?何だ、帰るのか?」
やはり強がりだったか?ワインで悪酔いしたか?足元はしっかりしているし、まだ飲む気満々だったがどうしたのかと問いかけた。だが河上は、町田に顔を向けてむすっと、顔をしかめた。
「気付かんのか町田、ツけられている」
「何っ?」
誰かが追跡して来ていると、河上に言われて町田が振り返る。しかし人混みの中にはそんな姿は見当たらない、何を馬鹿なと言っていると河上は町田の肩を叩いた。
「回り込まれている、前だ、前」
「えっ?あっ!?」
もう回り込まれていると指摘を受けて、前に向き直った町田の前に、見知った姿が入ってきた。茶髪の髪に甘さが見える整った顔、しかしその両耳を変形させた男が、町田と河上の前に立ちはだかっていた。
「中井くん……いつから?」
中井真也、町田が話した2人の闘士が1人は、町田の傍らに立つ男を見て、町田へ口を開いた。
「あんたがスラムから出てきた頃からだ、その人が指切りの河上さんだよね、そっちは何時から気付いてたの?」
余程前から追跡したらしい、飲みの時間含め4時間は経過している。しかし、町田は河上がいつから中井に気付いていたのかも気になった、まるで最初から知っていたかの様な振る舞いと、鼻で笑う河上は宣った。
「いや、さっきだ、ポセイドン出た時に気付いた」
中井と町田は、同時にずっこけた。
「か……河上、その思わせぶりな態度やめてくれ、前から気付いて付けさせた雰囲気満々だったぞ」
「あいすまん、が、そうか、彼が闘士の片割れか……」
町田に謝る河上だが、目の前に闘士として展覧試合に誘ってきた男の片割れが現れたとなるや、左手の鞘を持つ手が鍔の近くに移動し、親指が唾を押し上げ軽く刀身を出した。
「何、やる気満々なわけ?」
「意味が分かるか?」
河上が今行った行動は『鯉口を切る』という、既に刀身を抜く準備はでき、臨戦態勢である事を示す所作であった。それを理解して中井は、右手を後ろに回して、そして取り出す。銀に煌き、刀身も分厚い、不良がファッションで携える物とは違う、鉈にも近しいナイフを。
「おい、河上?何を……」
町田からすれば、チーム入りする話だった筈が、それがどうしていきなり、互いに得物へ手を掛けたのか理解できなかった。しかしその答えは、河上静太郎の口より瞬く間に出てきた。
「町田よ、確かに中央の剣士と戦える機会ではあるが……俺が入るに値する集まりかはまだ見極めていない」
「あぁ、そう言う」
中井からすればいきなり喧嘩をふっかけられた形だが、意図を理解してかナイフを握る右手に力が入り、前傾姿勢になり、ゆらゆらとナイフを動かしだした。
「見せてもらうぞ、生半可な力で俺を率いようと言うなら、その命を置いて行ってもらう」
河上静太郎の目が妖しく光る、そして抜き放たれた刃を下段に構えるのを見て、町田恭二はああと目眩が来て頭を押さえるのだった。




