三人目、そして四人目候補
廃墟郡、ポツンと一人たたずむ男あり、彼は黒鞘を右肩に置き、ゆらりゆらりと幽鬼の如く練り歩く。足元に呻く有象無象、声すら出せぬ者を眺めながら、彼は、ふうと息を吐いて誰も居ない地に声を響かせた。
「遅れたか、勿体ない事をした」
そうだ、遅れたのだ、喧嘩祭りはお開きとなっていた。早足に来ればよかったものの、途中に出会った輩を斬ったのがいけなかったか、いや、ゆっくり歩いて来たのが原因だろう。
呻くチンピラ達を眺めながら、男は歩いて一人一人の傷を見た。
「打撲痕、町田のか……こちらは違う誰か、おや、首を一切りに、こちらは足を折られ……」
男はふぅむと鼻で息を吸った、うむ、見事だ。食指の動く強者の匂いがしてならない、町田め、こちらに報せないとはなんと度し難い。いい加減、中央下りの召喚者相手も飽きたのだ、こんな奴らが居るならば紹介しても良かろうに。
そんな男が、ふと廃墟郡の向こうから、何かが這う姿を見て、そこへと歩き出した。そこには、いよいよ人の形から掛け離れた昔よしみが、呻いて必死に、芋虫の如く這っていたのだった。
「ち、くしょお……まちだ……覚えて……まだ、しん……で」
「おや、これはゴルトさん……変わり果てた姿になったな」
男は、チンピラの人を為してない姿をみて、ややっと声をかけて笑った。それに気付いたゴルトは、動かせぬ首を震わせ、声を絞り出した。
「て、め……かわ、かみ……どうし……ここに」
「祭りに参加しようとしたら、間に合わなかったのだ、ゆっくりし過ぎた……無様だなゴルト、そんな姿でまだ動くのか」
男は驚いた、現世もこの世界も、人間のしぶとさは共通らしい。指一つ動かせない有様のチンピラが、必死に這いずり、未だに呪詛を吐く様は異様ながらも命の光を感じさせた。
しかし、また目の前を飛び回られるのは敵わん。斯様な男は、恨みを持てばどんな形だろうて生きながらえたら遺恨を残し、復讐するものだ。男は肩に携えた黒鞘より、柄を握りしめて引き抜いた。
「気が向いた、ゴルト、此処で終わらせておこう」
煌く白刃を見せつけて、男はゴルトの静止やら、抗いの声も聞かず、素早く延髄に刃を突き立てた。痙攣と共に、流れ出す血を眺めて男は刃を抜き取り、柄尻を拳で軽く叩いて切っ先の血を払い、そして元の黒鞘に刃を納めた。
「町田の空手と違う、そして俺の剣術とも違う、二人か、二人も居るのか……町田め、会ったら聞き出さねば」
男は妖しく笑い、祭りの後を背に向けて、ゆらりゆらりと歩き出した。夕闇に染まる廃墟郡、呻くチンピラ達の有様は、さながら地獄の罪人達を映しているかのようだった。
「そう、ダメかもしれないのね?」
「えぇ、すいませんマリスさん、あと1日あっても無駄かもしれないです」
俺と中井はあの後、マリス邸宅に帰参して状況を彼女に報告していた。手応えを掴みはしたが、アクシデントを挟んだ為、町田恭二を迎え入れるのは絶望的な事、それを頭を下げて詫びた。マリスは、残念だと顔に書いたかのような表情を見せて、ソファから立ち上がった。
「仕方ないわ、そのマチダさん?の都合もあるだろうし、明日から他の闘士を探しましょう、一応、登録所の壁に闘士募集の張り紙は貼ったから」
マリスは、気を切り替えて次を探そうと提案された。そして登録所にも闘士募集をかけたらしい、その事実を知る。
「マリスさん、実際来ると思います?外壁の、没落貴族の抱え闘士の募集に?」
「シンヤの言う通り、絶望的だけど……来年になっても私は展覧試合を諦めないわ」
中井の現実的な話にも、それを知りながら諦めないと、そこは眼差しを強くして答えた。マリスは余程、展覧試合とやらに参加したいらしい。
そう言えば、理由を聞いた事ないなと、ふと俺は思い立ったが、まぁ別にいいかと聞くのをやめた。この手の理由は重々しいのだ、聞いたが最後背負わされかねない、俺としては闘いの場さえあれば、強者と戦えればそれ以外必要無い。それが出来ないなら、契約解除するだけだと、俺は労いとして置かれた、グラスに入ったオレンジジュースを傾けた。
「で、どうする神山くん、指切り、探してみる?」
同じくソファに座していた中井より、次の闘士の話として『指切り』の話題が振られた、それを機に俺は町田より、指切りには近づくなと言う話をした事を頭の片隅から引き出された。
「あ、中井、それなんだけどさ、町田さんがーー」
それを中井に話そうとして、玄関口を叩く音が聞こえた。
「あ、はーい」
マリスが立ち上がり、玄関へ向かう。それを見ていたニルギリもその背中に追従した。話すタイミングをずらされた、しかしもう夜も来そうだというに、来客とは……俺はグラスをテーブルに置いて、誰が来たのだろうかと首を向け、玄関前に立つニルギリの横姿を目にする。
「えっと、どちら様ですか?」
マリスも知らない客の様だった、何かあるかもしれないと、ゆっくり立ち上がる。雇い主が怪我したら、目もあてられない、俺はゆっくりと2人の居る玄関口まで歩いて行った。
「もう夜も間近に訪ねてすいません、登録書の闘士募集を見て来ました……手前、スキルやクラスも無い劣性召喚者ですが……現世で少々嗜みがありまして……良ければ契約して貰えないだろうか?」
「え、え?嘘!本当に来た!マナト、シンヤ!もう闘士の契約希望が来たわ!」
俺がマリスとニルギリの近くに到着した所で、マリスがキャアキャアと喜びだした。そして俺も、契約希望の来訪者の姿を見て、思わず息を呑んだ。そして……口を笑みに歪めるのだった。
「諦める所だったよ、町田さん……どうしたのさ、フェディカさんに振られたか?野蛮な人ってよ」
「いいや……背中引っ叩かれた、助けてもらった恩を返しなさいとな?」
俺の冗談に町田は笑って返した、マリスはえ?え?と知り合いの様に会話する俺達を交互に見て、どういう事なのかと尋ねるのだった。
「ここでいいですか?」
「はい、いいですよ、明日私が登録所に提出して、登録完了になりますので」
町田恭二は羽ペンを滑らし、羊皮紙に名を刻み込んだ。マリスがそれを確認して、うんと一つ頷いて、その羊皮紙を胸に抱いた。こうして、町田恭二は正式にマリス・メッツァーが抱える闘士として契約をしたのだった。
「マチダ・カラテバカさん、これからよろしくお願いしますね」
「へっ?」
と、ここでマリスから放たれた名前に、町田はキョトンとした。
「ぶっ!」
「ぷふっ!」
無論、それを聞いた俺と中井は吹き出してしまった。町田は俺の方に首を向けて、どういう事だとばかりに目線を送った。マリスはどうやら、空手馬鹿が名字と思っているらしい。
「違う、違う、町田恭二、マリスさん、空手馬鹿ってのは違うからね」
「そうなの?キョウジが名前なのね、ごめんなさいキョウジ」
「いや、まぁ当たっているが……」
後が怖いので訂正しておく、褒め言葉なんだけどな、空手馬鹿ってのは。
さて、これで三人の闘士が集まったわけだ。展覧試合への出場には、あと一人の闘士が必要なわけだ。というわけで……俺は先程言いそびれた事を口に出した。
「町田さん、あんたが三人目なわけだけど……指切りを四人目に迎えたい、会えないのかな?」
そう『指切り』だ。町田恭二と共に、スラムを変えた、劣性召喚者。町田恭二は彼を気狂いとまで言うが、その男の実力こそが必要になる。それを聞いた町田は、ソファから立ち上がり苦しい顔をして俺に口を開いた。
「本気か?」
「勿論、強いんだろう?なら、是非に」
町田の目を見て、俺は頷いた。さて、盛り上がって来たわけだが、ここで中井が声を上げるのだった。
「ねぇ、町田さん?その指切りって……名前は?何を習ってる人?指切りって名前だし、剣道?」
いい質問だった、そもそも、その指切りが如何なる武術を背骨としているのか、それは気になっていた。しかし、スラムのバーで真剣を使うとは町田から聞いていたので、剣士というあては俺の頭にはあった。
町田はソファに座る、そしてマリス、ニルギリ、中井、俺を見るとゆっくりと語り始めた。
「指切り……河上静太郎の骨子、ああつまりは、バックボーン、流派は……古流剣術だ、と思われる」
こうして語られた、指切りの名前。そしてその流派を聞いた俺たち、しかし町田の語られた流派は、何とも歯切れの悪い言い方だった。古流剣術と思われる、断定できない理由が孕んでいる感じだった。
「思われるって、確か町田さんは指切りと共に行動してたんだよな?その辺は分からないのか?」
そう聞き返した俺に、町田は返した。
「それが、見て判断なんて出来ない、動きや剣捌きに無駄が無い、それどころか……」
町田は顎に指を当てて撫でて、どう言うべきかとばかりに口が止まった、そしてふと思いついて言い放った。
「おそらく、この世界の優性召喚の剣士を集めても、奴には勝てないだろう」
そう出た町田の言葉に、俺や中井も目を見開く。しかしそこで一番食いついたのはーー。
「キョウジ!指切りさんはそんなに強いの!?」
我らが雇い主、マリス・メッツァーだった。それ程までに強い剣士、それなら是が非でも契約を取り付けたいと爛々に目を輝かせては、町田を見つめるのだった。
しかし、それを鵜呑みにできるかと中井が、笑いながら言った。
「随分大袈裟に言うね、まぁ優性召喚者なんてピンキリらしいけど、貴方がそこまで言う河上静太郎さんって、どんな人なわけ?」
少々言い過ぎではと笑う中井、ではその指切りこと、河上静太郎は如何なる人物かと聞くことにし、町田はこれまた困った様に口を開いた。
「ハッキリ言う、君らが苦手な輩だ、自尊心と傲慢の塊だよ、何せ生まれが大会社の御子息だ、御曹司なんだよ、河上くんは」
「なんだ、偉そうな坊ちゃんかよ」
「そうだ、お坊ちゃんだ……だが、その自尊心と傲慢、誇り高さに見合うほど、彼の剣術の冴えは凄まじい……だからこそ強いのだろうよ」
町田は心底憎らしそうに指切り、もとい河上静太郎を罵るかの如く言った。いいとこ生まれのお坊ちゃん、偉そうで、プライドが高い、俺たちが苦手なタイプだろうと。中井はけたけた笑って生まれを馬鹿にしたが、町田の口や目からは、畏敬が込められていたのを俺は見た。
「ま、誰だって戦う時に、自分は弱いなんて思わないだろうよ、それこそ今の自分は最強ってくらい、言い聞かせて向かう気じゃ無いとな」
河上静太郎は恐らく、町田の言う通りの人物だろう。しかしそれは、錬磨して研ぎ澄ました剣術の腕に、絶対なる自信があるからこそ来るものだ。アマチュア試合の時、その気持ちは俺にもあった、練習をしたし、研究もした、誰よりも頑張ったから、負けるはずが無いと。
まだ見ぬ優性召喚者の強者達、それらとの戦いにはそんな自信と誇りに満ち溢れた男こそ必要だ。改めて俺は、町田さんに言うのだった。
「指切り、いや河上静太郎さんを勧誘する、町田さん、会わせてくれないか?」
最早止まらぬ、四人目の闘士は、この異世界でも、自らの剣と傲慢を示し続ける剣客、河上静太郎を入れると俺は決めたのだった。




