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今から一緒に、これから一緒に、殴りに行こうか 下

 世界が回転し、その勢いのままに立ち上がる。見れば中井が、綺麗なブリッジで輩の一人を投げ飛ばしていた。度肝を抜かれたらしい、囲むチンピラ達も、いよいよ怖気付いたか、此方を囲んでいながら、武器を持っているにも関わらず距離を保つばかりだった。


 それにしても、上手くアテられてしまったものだ。フェディカさんを助ける名目もある、それは決して嘘ではなく本心からだ。しかし、同時に今、己の血気が湧き上がるのも事実だった。


「ふむ……」


 シャツの首元が少々蒸れてきた、だからボタンを外しながら、ゆっくりと敵の囲いへ近づいていく。


「あ、あぁあああ!」


 此方への恐怖から、必死の反撃を繰り出してきた一人が、鉄の廃材を振り上げた。遅い、神山の本気の何万分の一か、現世の習って二ヶ月の道場生すら下回る踏み込みに、自然と僕の右足が反応する。


「ぇえやっ!」


「ごっ!?」


 左側頭部に吸い込まれる、右足の甲、両目共に白目を剥き、糸を切られた操り人形の如く崩れ落ちながら、前に倒れ込んだ。それを見て、いよいよ此方にだれも向かって来なくなった。


 何だ、仕掛けておいてこのザマとは、落胆させてくれる。せめて向かって来ないかと、僕の足は歩きながらも囲いへ進んでいった。


「せぃいぃいやっ!」


「ばっ!がぁっ!」


 とりあえず、目の前に棒立ちなままの一人の左膝の外側向けて、右下段回し蹴りを放った。膝関節への横殴り、回避も防御も知らなければ、その痛みは凄まじい。そして脆い、膝関節が脱臼したか、相手の左膝から下が左に曲がった。


「いぎぃいいい!」


 悶絶しながら倒れ込むチンピラ、次だとそれを跨いで進み、左横で間合いに入った一人に反応して、腰を左に回しながら右手は拳を作った。


「ぜやぁあ!」


「ごっ!?」


 顎でも、腹でもない、喉に吸い込まれた我が正拳。拳の感触が、喉仏を押しつぶした事を実感させた。口を開けて、喉を押さえて呼吸しようと必死に男はのたうち回った。


 脆いな、見てくれは私より恰幅がいい割に。これでは瓦を割った方が気持ちいい、そしていよいよ、誰も来なくなり、必然とあの男への道が開けた。


「ゴォルゥトォおおおおおおおお!!」


「ひっ!?」


 腹から吠えた、資材に偉そうに座っていたゴルトが臆して、立ち上がり逃げだそうとした。それを見て私は、出来上がった道を駆け出した。


「な、なにぃ呆けとるんじゃぁ!道塞がんかいお前らぁあ!」


 ゴルトが仲間達へ逃げる時間を稼ぐように叫ぶ、それに呼応してチンピラ達は、引くも進むも地獄となれば、私の進む道を塞いだ。


「どけぇ、どけぇ!」


 人壁を一人、一人と拳と蹴りで突き崩していく、しかし奴らも必死に食い下がる、数の力の厚みに苛立ちを覚え始めた瞬間だった。


「町田さぁあああん!」


 背後から声を聞いた、振り返った瞬間、目の前で何かが飛んで、それを追うために顔をまで上げて、神山真奈都のその姿に、人を飛び越えた脚力に感嘆した。


「ぁあぁいしっ!」


「ぬわぁあああ!」


 走った加速、そして跳躍から落下の重力を利用しながらの飛び膝蹴りは、最前列のチンピラを思い切り蹴倒して、後列をドミノ倒しにしていく。道は開けた、後は突き進むのみと、神山が振り向く。


 応と、神山がその人壁を倒して出来た人肉の床を、走り出したのを見て、その背を追った。神山もゴルトが逃げた場所を見たらしい、廃屋の一つに向かい走り出している。


 そしてふと、中井はどうしたかと背後を見た。中井もこちらに気付いたのか、人の地面を走って追従していた。


 が、これはまずい。まだチンピラ達は居る、このままゴルトを倒した所で、逃げ場無く袋にされるのが見えると、私は興奮状態にあり、先陣を切る神山に背を向けた。


 俺がゴルトを討ちたかったが、そうは行くまい。しかしだった。


「町田さん行けって!!こいつらは俺が殺る!!」


 中井がそう叫んだ、確かに減らしたとはいえ、まだゴルトの仲間は3桁を割っていない、一人では無理だと眼差しを見せたが、中井はこちらに走りながら叫んだ。


「行けって!あんたがあのチンピラ倒すんだろうが!行け!行けぇえええ!!」


 中井の叫びに気圧された、心配など侮辱だと言うほどに強い叫びが、私を再び振り返らせ、ゴルトを追う神山の背中へ足を動かしたのだった。




「行ったか……」


 町田の背中を見て、ふぅと息を吐いて僕は振り返る。ゴルトを追うために神山と町田がこの場から消えた、脅威が二つ去った事に、チンピラ達は士気を上げ始めた。


「おぅ、おう!ようもやってくれたのぉ!」


「ただじゃすまんぞおらぁ!」


 全く……二人減ったからってイキリやがって、あぁ、現世を思い出してきた。


 ヤンキーも、暴走族も、カラーギャングも、半グレも……数だけは多かった。四人なら、八人なら、十人なら……そんな奴らを叩きのめした時は一番、胸がすうっとなった。


 ただ、真正面からなら勝てない。数は力だと理解している。一対一になるか、有利な状況を作り出して戦えと、僕の先生は教えてくれた。


 さて……神山くんは、町田さんを『人を殺したから強い』と宣っていた。なら、神山くん……僕もまた、君より強いのだろうかと心中で問いかけた。


「やれやぁああ!」


 数に任せて、僕に降りかかるチンピラ達。


 ここへ来る前の、あの夜が景色と重なった。


 幾つものハイビーム、エンジン音、怒号。木刀、チェーン、特攻服、ダボついた服……全てが敵だった、全てが標的だった。


 たった一人相手に、本気で殺しに来た街の不良達。


 ならば僕も応えねばと、僕は先生から譲り受けたこの帽子のズレを直し……背面腰元の鞘に仕舞われた、柄を握りしめて引き抜き、目の前の振りかざした材木を切り落とした。


「あ、え?……」


 呆けている間に、躊躇いなくそれを僕は、目の前の相手に振りかざした。首へ振り抜き、肘の内を切り、手首を切りつけ、そして引き離す為に左足底で腹を蹴り抜いた。


「え、が、ぁかぁ……」


 チンピラが倒れ伏し、首から、肘内から、手首から血を勢いよく吹き出した。


「なぁぁ!な、何だ!?」


「驚くなよ、お前らだって危ないもの持ってるだろうが」


 むしろ、お前達の方が長いから有利だろうに。これをチラつかせて、一人本当に斬りつけてやったら、現世の輩もたじろいだな……まさか使うなんて思いもよらなかった、そして何より……僕にはそう言った倫理や罪悪感は、消えさってしまったのだろうと、本当に殺した時に実感した。


 神山くんにも、町田さんにも見せられないかな、まぁ見る羽目にはなるだろうけど。そして……ここからが、戦場格闘技コマンドサンボの本領だと、血濡れたナイフを逆手に持ち、僕は脱力しながらも構えを取り、腰を浅く落とした。



「オイコラ待てやゴルトぉおおお!」


「ひぃいいい!?」


 俺は廃屋の跡地、外と逃げ回るゴルトを追いかけていた。あんな恰幅で不健康な図体していながら、逃げ足が早かったのだ。さらに、この廃墟群の入り組んだ地形に何度も足を止められ、距離を離されていた。


「神山っ!ゴルトをやるのは俺だ忘れてくれるな!」


 途中の瓦礫に足を止めた所で、後ろから付いてきた町田に声をかけられた。いかん、すっかり忘れてた、熱くなりすぎた。息を浅く吐きながら、追いついた町田を見て、少し熱が引いた。


「わ、わるい……ぜぇ、ぜぇ……すっかり忘れてた」


「頼むぞ、全く……」


 二人して息を切らし、廃墟群に消えたゴルトを見失った。


「逃げ足の早い……どこ行った」


「分からん、だが……ここは奴の根城、気を抜くなよ、神山」


「うっし」


 根城に居るならば、地理もわかる、即ち奇襲に転ずる事もあると、町田は俺に警告した。町田と二人、廃墟群を歩き、周囲を見渡す……しかし、ゴルトの姿は見当たらない。


 本当に雲隠れしやがったか?逃げたか?なら、フェディカさんを探すべきか……辺りを見回しながら歩いていると……。


「うらぁあああああ!マチダァ!こっち見いやボケコラァああ!」


 俺たちが走ってきた方角、即ち背後から叫びが聞こえた。いつの間にと、背後に回った素早さに驚きながらも、そこに居たゴルトを見て……まぁ、その手は使うわなと俺は奥歯を噛み締めた。


「おら来んかいぃ!おぉ!マチダァ、分かるよなぁ、分かるよなぁ!?」


「ま、マチダくん……っ!」


「フェディカさん……」


 ゴルトは、切り落とされた左腕をフェディカの首に巻きつけ、器用に拘束しながら、右手に棍棒でなく、短剣を彼女の首元に突きつけて出てきた。人質戦法である、予見はしていたが、本気でするとは……というか初めて見た。


「おお!?一歩でも動いて見いやマチダァ、この女の目玉ぁ、抉り取るぞ、んん?」


 それを見た町田が、ぐぐっと拳を握りしめたのを見て、この人はそうなるだろうなと、納得した。なら町田さん、ここは俺に乗ってもらおうかと、俺はチンピラのゴルト向かって歩き出した。


「おおっ!?お前コラァ!何動いとんじゃ!この女の目を」


「どうぞ」


 俺は言った、どうぞと、やってみろと言ったのだ。それを聞いたマチダも、何より人質のフェディカさんも、ゴルトも皆ギョッとしただろう。


「なに強がっとんじゃワレェ!ホンマにやってまうどゴラァ!」


「おおやれよ!俺はその女が片目潰れようが死のうが痛くも痒くもないからよぉ!何せ会って少し会話しただけで何も関係無いからなぁ!」


 これにはゴルトが、煌めかせた刃物をフェディカの目元から動かさず、近く俺に何もできなかった。そうだ、町田は動けないが俺は動ける。


 町田とフェディカは仕事場の仲かつ、フェディカは恩人のマスターの娘だ。だが、俺にとってフェディカとか言う女性は……さっき会ったばかりの女性一人に過ぎないのだ。


 つまり、フェディカは俺を止める人質として機能していないのだ。


「さぁやれよ、どうした?やれよ!女一人殺せない玉なしチンピラにできるならやってみろよ!」


「ち、近づくな!近づくなやボケぇ!」


 そうしていよいよ、短剣を向ける先がフェディカでは無く、俺を牽制する様に腕を延ばすまでに近づいた。ここだ、俺はゴルトが伸ばした、短剣持つ右手向けて、左の足で蹴りを放った。


「シィイイッ!」


「がっ!?」


 足の甲がゴルトの手に命中し、握りしめていた短剣は地面に投げ出され、カラカラと音を立て転がる。そのまま俺はフェディカの腰あたりに腕を回しながら、思い切りゴルトの顔面を左手で押した。


「あが!あ!」


 押しただけで大袈裟にも騒ぎながら離れ、フェディカからゴルトを突き放す。これで間合いも取れた、町田の思い人も助かった、俺は背中に居る町田さんへと振り向いて、首を動かした。


「町田さん仕上げだ、後は任せた」


 フェディカの腰に回した腕を離し、今度は前に遮るように、守るように手を出す。俺の言葉に頷きながら町田は、ゆっくりと歩き出し、俺とフェディカの横を通り抜けて、ゴルトと対面した。


「ひ、ひっ、ま、マチダ……や、じょ、冗談だよ、なぁ……えぇ?も、参ったから、二度と歯向かわんから」


 ゴルトは、さっきまでの勝ち誇った態度から打って変わり、命乞いを始めた。しかし、町田の足は止まらない、一歩、また一歩とゴルトに近づいていく。


「わ、わかった!スラムから出て行く!いや、この都市から消えっから!頼む!許してくれぇ!なぁ!許して、許してくれぇ!」


 情けなく下がるゴルト、しかしついにその背中は廃墟の壁に阻まれた。俺やフェディカからは、町田の背中からしか見えない。しかし、漂う覇気と言うか、雰囲気から分かる。町田恭二の怒りは有頂天に達していて、仮初の謝罪では決して止まらないと。


「お前は、この区域の者から奪い、貶めた時に懇願されて許したか?」


「あぁ、ああぁああ……!」


「それだけではない、お前は私から大切なものを奪い、傷つけようとしたな?」


「や、やめ、やめ、て、やめぇ!」


「貴様の様な外道にーー情けなどかけんわァッッ!!」


 町田の両拳が握られる!そして、町田恭二の怒りの拳撃がチンピラのゴルトに降り注いだ!


「ウッシャアアアアアアアアアアアア!!」


「がびぼげばぼぐがばじぶべだばがばがげじだ!!」


 それは、直接打撃空手の、いや、空手の極地点とも言うべき連撃だった。正拳、中高一本拳、貫手、熊手……様々な拳の形を作り、人体の急所という急所を正確に、全力で叩きのめす連撃、その威力を背後の廃墟の壁が、サンドイッチの要領で挟み込み威力を増大させた。


 連撃は続く、息がいつ切れるか分からない乱打が、ゴルトを打ちのめす。もはや足に力はなく、拳により無理やり立たされているかの様な姿に、俺は立ち尽くした。


「あべ、ば……」


 それは、最早人の形を為して無かった、顔面は凹凸と歪み、肘やら手首が分からない程に両腕はひしゃげ、足は幾つも関節が増えて骨が飛び出ている。


 これが、町田恭二が練り上げた空手、その本性であり、到達点……。町田は最後に、地面へ倒れ伏すゴルトに左の掌を向け右拳を腰に引き、残心を取った。さながら潰れた蛙の様に、ゴルトは痙攣した。


「ふぅ……ふぅ……」


 一体、何発の拳と蹴りを放ったのか知らない。息を切らす町田が、こちらへ振り返り、俺へと近づいてきた。


 目が血走っている、うん、まぁ……怒ってるわな。俺はそう感じた間際に、左頬への衝撃と痛みを感じたのだった。


「ぶわっ!?」


 殴られた、町田に……口の中が切れた、頭に星が飛んできた。そのまま地面に仰向けに倒れ、上半身を起こして町田を見た。助けられたフェディカさんも、口元を押さえて町田を見ていた。


 町田は、俺を見下ろして、振り抜いた右手を戻して口を開いた。


「フェディカさんが助かったとはいえ、さっきのはいただけん」


 先程のゴルトへの挑発、それが琴線に触れたらしい。これでチャラという意味だろうか、俺は立ち上がり、口端から流れる血を拭う。歯は折れてない様だ、幼少からにぼしを食い続けた甲斐があった。


「あー、終わった?」


 そうしていると、背後から、聴き慣れた声を聞いた。振り返れば、そこに中井が歩いて来ていた、しかし凄惨な有様だった。異様に血を浴びていたのだ、俺は驚いて思わず立ち上がった。


「おい!?どうした中井それ!」


「いや……うん、相手の武器を奪って戦ったから、何人かね、うん」


 やはり、関節技だけでは部が悪かったらしい、途中武器を使ったと聞き、俺は嗚呼なる程と一人納得するのだった。


「そうしたらもう、逃げて行ったよ……勝てないと悟ると早いねチンピラってさ……あー、疲れた」


 中井は息を大きく吐いてその場に座り込んだ、しかし疲れたとは言うが、顔はすっきりと和かだった。俺も、疲労が一気に体への仕掛かる感覚を覚えて、地面に尻をついた。


「だなー、いやぁ……楽しかった」


 俺は言った、楽しかったと。命が失われてもおかしくない喧嘩だった、一人を相手にした試合でも、勝負でもない、暴力の奔流に身を任せた喧嘩……普段の溜まり切った全てを解放した感覚は、何者にも変えられない。


「そーだねー、楽しかったよ、はは」


 そして、こんな事は現世でできない、すれば警察沙汰で人生終了の事態を、こうして俺達は勝ち、生き残ったのだった。中井もそれに同意して、歯を見せて笑った。


「町田さんは?」


 というわけで、町田にも聞いてみた。久々に全力を出せる機会はどうだったかと。不謹慎ではあるが、やはり聴きたいものだ。フェディカさんの横で、俺の問いかけに、こちらへ目を向けた町田は、大きく息を吐きながら、フェディカさんの背中へ優しく手を回した。


「いう気にならんよ、先に帰る」


 答えてはくれなかった、まぁ、拐われた女性の手前であんな風に人を叩きのめしたのだ、色々あるだろう。フェディカさんも、少々よそよそしさを町田に見せて、俺達の前を通り去った。


 町田とフェディカの背が遠くなる、その背中を見て、俺はいよいよ、町田が闘士として来る事はないだろうなと、諦める事にした。


「ダメだったか……あー、マリスさんに何て言おうかなー」


 俺はそうだけ呟いて、その背中が消えるまで、その場に座り続けるのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] やれやれ皆さんぶっ飛んでますね。 しかし中井君が殺人経験者だったとは結構意外。
[気になる点]  指切りさんは何処?  てっきり、混ざってくるのかと思ってました(^_^;)。 [一言]  とりあえず。  ・・・・・・まさか(物騒な)経験者が此処にも居たか・・・・・・って、真っ当な…
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