今から一緒に、これから一緒に、殴りに行こうか 上
「ひっ、ひぃい!?」
「よぃしょおおぉい!!」
接敵十数分、最後に残った一人の顔面へ俺は、拳を叩き込めば、血の線を空中に散らしてチンピラは倒れた。呆気ないものだった、一度崩れれば脆い人壁に、俺は少し息を上げはしたが、辺りに倒れ、呻くチンピラを眺めつつ、中居を探した。
「中井ー、そっちはー?」
右、左に姿は見えない、後ろかと振り返れば中井は、絞首刑の如くチンピラの一人をチョークスリーパーで締め上げ、離していなかった。
「中井、こら中井駄目だ、死ぬって」
痙攣して泡を吐き、失神しているチンピラ、その首から腕を離す様に俺は肩を叩いてやれば、中井はそれに応じた。
いやしかし、中井の足元で呻くチンピラ達は俺に掛かった奴らより悲惨だった、膝が違う方向に曲がっていたり、肘から前腕が外れてぶらついていたり、首が曲がったままだったり……顔面が崩壊している奴もいた。
中井は、ふうと息を吐いた。両手は血に染まって、俺よりも濃く血が付着している。
「引いた?もしかして……」
「いいや、驚いてる……打撃もいけたのか?」
「言ったじゃん、ロシア軍人直伝ってさ?」
確かに、さっきそう口走っていた……サンビストと自称し、それが自分の根だと言う中井だが、こいつがこの実力に至るまで、どこで何をしたのか気になった。
ロシア軍人直伝と言うが、つまりはただのサンボでは無く『コマンドサンボ』の事を中井は言っているのだろう。ロシア……いや、ソビエト時代からのロシア軍人が体得している徒手空拳術、軍隊格闘術……。
「ところで神山、こいつらどこで釣ってきたの?因縁つけて来たのは誰よ?」
中井に尋ねられ、俺ははっと思考の世界から引き戻された。
「あ、それな?ついさっき……スラム仕切ってたとか言うチンピラが絡んで来て、返り討ちにしてやったんだ、多分そいつらの仲間……なのか?」
「なんだ、歯切れ悪いなぁ?」
「いや、仲間居るとは思わなかったんだ、町田さんが言うにはそいつが一人で仕切ってたって言うし」
俺の断定しない返答に、少しむすっとした中井に、俺はその時の事を話す事にした。
まず、俺と町田の前に現れたチンピラ、ゴルトの話、それ以前にゴルトはここに流れ着いた町田と『指切り』と言う召喚者に負け、睾丸を片方を潰されて片手を切り落とされ、計三回の敗北、俺により四度目の敗北と両耳を引きちぎった事を。
そこに、外見は映画『血と骨』のビートたけしが演じた主役、金俊平に似ていると付け加えたが、そんな映画知らない、ビートたけしなら『バトルロワイヤル』か『アウトレイジ』じゃないかと返された。
「……ワルの集まりにも色々居る、そのゴルトって奴とこいつらは、お溢れを吸う為に集まった輩だな、そして縦はゴルト一人が上、横には結束が無いタイプ……ヤー公でもカラギャンにもならない、チンピラの徒党だ」
それを聞いた中井は、倒れた一人の首を踏みながら話し始めた。ワルの徒党にも様々なタイプが居ると。
「ヤー公は上から下への統率が強いのに対し、カラギャン、カラーギャングやチーマー、愚連隊は仲良しこよしだから横の繋がりが強い、で、このゴルト達は一人政権のお溢れに預かるから、トップが崩れたら大概は崩壊するのだが……そのトップが未だに諦めないせいで、亀裂を恐怖で巻いて補強した組織だ、トップを完膚なきまで負かさないと何度でも来るぞ」
中井は、やけに詳しい組織体系を語りつつ、スラムへ歩き出した。
「どうしてそんなに詳しいんだ?」
となれば、気になるので聞きたくなるのが性である。俺は構わず問うてみれば、こちらを見ながら歩き続け、口を開いた。
「狩ってたからね、ヤンキー……それこそ学校の不良から、暴走族、カラーギャング……半グレまでさ」
それが答えだったのだが……俺は何というか……首を捻ったので中井は眉間に皺を寄せた。
「何?信じてないって顔だね、オタの妄想ストーリーとでも思った?盛った嘘だとでも?」
「まぁ……ちょい眉唾だな、こいつら倒してるし俺とやり合ってるけど」
正直に言った俺に、中井は、はぁとため息を吐いて、信じなくても構わないよと答えを返した。精々がネットの掲示板のワル自慢にしか聞こえないが、実際中井は強い、しかし……その手のイキリ散らした話はごまんと溢れかえっているので、幻想感が抜け切らないのだった。
「で、町田さんは?襲撃受けてるだろうし、行くんでしょう?」
「あ、そうだな、助けに行かないと」
「全滅させてるんじゃない?僕らより強いし」
話はここまでだ、恐らく町田も襲撃を受けている、こちらは二人、あちらは一人だ、全滅させてるのではと中井は言うが心配でならん、俺と中井はスラム向かって走り出すのだった。
「おい!道場こっちじゃなかったか!?」
「さっきまで町田さん、働き先に居たんだよ!バーなんだけど、そっちに行く!」
青空道場の道ではない、別の道に差し掛かったのを中井が見て声を上げた。行くのは彼の働き先だと、中井に伝えればそれに応じて後ろを着いてきた。
町田の働き先、バージャングルジュースの街路にたどり着いた俺は、走る足の勢いを殺して、扉の前に立った。砂塵が舞い、先程まであったゴルトの血の跡は消えているが、反対側の家屋にある、町田が凹ませた壁を見て、改めて危なかった数十秒を思い出した。
「町田さん!」
構わず、扉を開けた、そこに町田は立っていた。
バー、ジャングルジュースの店内は、荒らされていなかった、襲撃の様相も無かった。しかし、ふと見れば床に?がいくつかあり、カウンター周辺には割れた酒瓶や、グラスが散乱していた。
カウンター席前で、町田は佇んでいた。傍には巨大な麻袋があり、水が滲み出していて、不揃いな透き通った氷が床に落ちていた。
俺と中井が来た事に、気付いてすらいないのか、気付いていて無視をしているのか、町田は一向にこちらを見なかった。
だが……中井と俺は、町田恭二が静かに怒りを滾らせているのが、よく分かった。
そうして、町田は俺達に振り返った。右手には汚い紙片が握られている。これで俺は、この場で何が起こったのか、粗方理解したのだった。
町田は、俺と中井に視線を動かしたが、そのまま無視を決め込み、外に出ようと歩き出した。
「待て、待ってって町田さん」
だから、扉の前に俺は立った。落ち着いてくれと、どこへ行くかは察したから、まあ待ってくれと。しかしは、ずいと俺を睨みつけて言うのだった。
「神山、これは俺の不手際、不始末だ……他人に手を出してもらう必要無い」
「他人じゃないだろう、ツレないなぁ……同じ世界の
格闘家じゃん、僕たちさ、何かあったんだろ?」
他人と呼ばれたのが悲しいので、同郷のよしみだと口実を作る。何があったかは、何となく分かるが、一応中井も居るし、聞いておく事にする。
「フェディカさんが拐われた、カウンターに汚い字でゴルトから呼び出しの手紙が来ていたよ」
「僕たちもさ、さっきゴルトの仲間から襲撃喰らったんだよね、町田の仲間だってさ?」
握りしめた紙片を見て、中井が先程の襲撃の事を話した、しかし町田は一人で行く事を譲らなかった。
「巻き込んで悪かった……ゴルトとは俺がケリをつける、二人は来なくていい」
「だーから、待てって、町田さん!」
無理矢理にも通りそうなので、流石に両肩に手を置いた。
「いくら町田さんでも、一人じゃ無理だって……さっきも十数人は居たけど、下手したら余程な数が居るかもしれないだろう……な?」
「蟻だって集まれば巨象を食い殺しかねない、数の暴力は町田さんだって分かるはずだろうに」
俺と中井は町田を止めた、先程の襲撃はさておき、これから向かう場所は明らかに、待ち構えている人数は増えるだろう。町田一人で行けば、囲まれてボコにされるのが目に見えていると。
「それでもだ!恩人一人救えず、何が武道家だ!止めてくれるな、行かねばならんのだ!」
「いやだから、止めないから!な!?」
「止めないって、僕たちも手伝うって言ってるの!」
「部外者を巻き込む必要などない!」
「部外者じゃねぇだろうが、町田さん!」
止めないが連れて行け、それすらも町田は拒んだ。頑固な男だ、自分のケツは自分で拭く、他人の手助けを恥と思うのは、俺にも理解できた。中井も理解している。
言い合う内に、町田は遂に行動に出た、俺の襟首を持ち、素早く足を引っ掛けながら扉の前から引き剥がそうと、崩しにかかったのだ。しかし、俺も組んでからの崩しは、ムエタイの首相撲がある、よろけながらも耐えて見せ、額がぶつかり合う距離で町田と俺は睨み合った。
「俺の起こした怨恨に巻き込んで、お前達が死んだらどうする!死ぬのは俺一人でいい、だから付いて来るな!」
町田は、死ぬつもりでいた。自分がスラムで起こした禍を精算する気で居たのだ、ふざけるなと俺は襟首を握る手の、手首を握りしめ力を加える。
「死ぬわきゃねぇだろ、あぁ?俺たち三人で戦えば、負けねえよ……俺はな、あんたが一人死ぬ気なのが許せねぇんだ!」
俺は言葉を返した、死なないし、負けないと。俺と、中井、町田さん……三人で戦ったら誰にも負けやしないと。一人で死にに行かせる気も無いと。
「俺も、中井も町田さんも、訳分からねぇままこんな場所に呼ばれてよ、捨てられて……何とか今まで生きてきた……現実で必死こいて磨いた技術が、誰にも知られずに腐って行くこの世界でだ」
町田が、睨む目を見開いて行く、襟首を握る手がゆっくりと力を抜いて行く。
「同じ世界の格闘家が、訳のわからねぇ世界のチンピラにやられて死ぬなんざ、笑えねぇだろうが……俺たちは始まりも、流派も、戦う場所も、理念も違うけどよ……格闘、武道の二文字を背負った……同胞だろう、町田さん」
俺は言う、決して俺たちは部外者じゃないと。こんな馬鹿げた世界に流れ着いても、現世で鍛えた肉体と技術を、必死に掲げて生きようとしている、同胞なのだと。
そんな同胞を、ただ一人で簡単に死なせには行かせない。それが、俺の気持ちなのだと町田に伝えた。
町田の手が、襟首から離れた。そして、扉の前で待機していた中井を見る。中井も、和かに笑って頷いて見せた。
「すまん」
町田が放った一言、たったそれだけだったが、それでも十分だった。その三文字で、俺も中井も全て理解したのだった。
「っしゃあ……っしゃあ!行こうかチンピラ狩り!一人残らずぶっ倒してやろう!」
町田の言葉を聞いた中井が、両手で頬を何度か叩いて、気合いを入れるやドアを開いた。それを見た俺も、ポケットから縄のバンテージを引っ張り出して、片手ずつ巻きながらドアに向かった。
そして……空手貴族、町田恭二は、着ていたバーテンダーの服の上着のボタンを外し、袖から腕を抜いて、上着をジャングルジュースのテーブル席へ投げ捨てた。
「ゴルトの奴はスラム奥の、開発跡地に居る、本来なら他の区域同様栄える筈だったが、それらの公営事業が頓挫して、そこを勝手に奴は根城としている」
街路に出た俺と中井に続いた町田が、ゴルトの居場所を語り出した。スラムの奥、開発跡地が奴らの根城らしい。
「町田さん、ゴルトが率いる大体の人数、分かる?」
「最初は500は居た、俺と指切りが叩きのめして……離散したが、まだ200は居る」
「召喚者とかは?」
「居ない、全てこの世界の、このスラムのチンピラだけだ」
「武器は?」
「良くて払下げ品、角材やら工具、酒瓶が殆どだ」
「幹部関係」
「ゴルトをトップとして、他は無し」
俺と中井による、敵勢力、戦力の質問に町田は淡々と答えを返した。そうしていれば、俺は縄のバンテージは巻き終わり、中井は何やら胸元から取り出し、それを広げるや頭に被った。
「それは?」
「師匠から貰った帽子、相応しい戦士になれとさ」
中井が被ったそれは、水色のベレー帽。神山は知らないが、この水色のベレー帽は、ロシア軍における空挺軍、GRUスペツナズを表すベレー帽であった。
そして今この時を持って、異世界の大地にナックモエ、サンビスト、空手家の三人が揃い踏みし、一つの目標の為に横並びで、歩き出したのだった。




