異世界少年愚連隊
「騒がしいと出てみれば、往来で何をやってるの!マチダくんも、友達も喧嘩なんかして!」
さて、俺と町田は二人して、ジャングルジュースの中で正座をさせられ、赤髪の美人さんに怒られていた。
フェディカ・アンドレアスという、このバーのオーナーの一人娘、赤髪に整った顔立ち、シャツ越しにも分かるたわわを携えた美人さんが、俺たち二人を頭ごなしに叱りつけるのだった。
喧嘩ではないとは言えないから、聞き入れるしかなかった。町田にいたっては、すいません、はい、申し訳ないです、と三つの言葉の相槌ローテーションをしながら目線は下に下げて、本当に申し訳なさそうだった。
ていうか足が痛い、正座なんてあまりしないから痺れて来た。町田は全く堪えて無いみたいだ、流石武道家、正座の耐性は昔からあるみたいだ。
「何があったか知らないわ、けど仲直りなさい?分かった?」
「はい」
「はい」
しかし……うん、やっぱり綺麗だなフェディカさん、ぼんっと胸もたわわだし。タイプだ、正直。そして怒っている顔も、鬼の形相じゃなくて、子を嗜めるような母性ある心配気な感じがいい。主人のマリスがはかな気銀髪美少女なら、フェディカさんは母性たっぷり活発肝っ玉美人というべきか。
怒られたが、うん、役得というか、なんだろうこのまま説教三時間でも耐えれそうだ……と思っていた自分が甘かった。
「分かったら、立ってよし」
「はい」
「は、ひぎひぃいい!?」
フェディカさんの笑顔で、立つ許しを得た俺と町田、町田がすくと立ったので、俺もそれに続いて立とうとしたら、このザマだった。足底が床を踏み、体重が掛かった瞬間ビリリと走る電流。
そう、痺れだ。俺は素っ頓狂な声を上げて前のめりに倒れ、床に顔をぶつけたのだった。
「あ、あら?長過ぎたかしら?キミ、大丈夫?」
「だ、だ、めだい、だい、じょ」
俺は両足の膝から下に来る痺れを発生させない為、膝から下を床から浮かせながら這うという、無様な体勢でまだ来る痺れに悶えた。そんな愉快な様を見たら、町田恭二という男は疼きを感じて、まぁ、彼も俺達と同じ気の良い、悪ノリもする男子学生魂が込み上がって来た様で。
「北◯神拳奥技、膝下爆殺拳」
「ピプーーーッッ!?」
そんな奥技あってたまるかと思いながら、町田は俺のふくらはぎに人差し指をツンツンしてきたのだった。俺は経絡秘孔を突かれた様な効果音を口から出して、膝下爆殺拳の痺れを味わうのだった。
「ま、町田ぁ!?おま、しゃれになら!」
「経絡秘孔の一つ弁慶の泣き所を突いた、お前はしばらく痺れに悶え苦しむだろう」
「あべしぃいいいぃいいい!?」
俺のふくらはぎが町田に突かれる度、痺れを流し続ける。やめてくれ町田、青空道場の子どもを焚きつけた恨み、これで晴らす気か!?町田を見上げれば、お前そんな笑顔ができたのかと言いたくなるほど、いい笑顔を見せてきた。
「こら、やめなさいマチダくん」
「むっ」
そんな町田を止めたのはフェディカさんだった、手のひらで町田の頭を軽く叩いたのだ。町田はそれで俺のふくらはぎへの凌辱を止めたのだった。
そんなフェディカさんの顔は、微笑みを浮かべていた。何だよ、やっぱり脈ありじゃないか町田に、恋してるじゃん町田に、職場恋愛かよこの野郎。
なら、邪魔したらダメだなと、俺は痺れる脚を無理やりに地面を踏んで立ち上がった。
「ぁああ……町田さん、今日はもう帰るから」
「む、そうか……」
「明日また来ます、明日町田さんが、首を縦に振らなければ諦めますから」
そうだけ伝えて、俺はバー、ジャングルジュースをヨタつきながら出ていくのだった。
町田恭二は、神山真奈都が立ち去るのを見て、ふうとため息を吐いた。全く、乗せられて戦ってしまった。町田は右手を見た、本気で殴ったが、倒れなかった神山、そしてたった数秒の戦い……胸が弾んだのは本当で、我を忘れてしまう程楽しかった。
「マチダくん、さっきゴルトが来てたの、彼が追い払ったのよね?」
そんな事を思っていると、フェディカより町田は声を掛けられた。先程の騒がしさ、どうやらゴルトと神山の喧嘩も見ていたか聞いていたらしい。
「はい……」
「そっか、じゃあ悪い人じゃないのね、カワカミさんみたいに」
「えぇ、彼も同郷の人なんですよ」
フェディカの質問に答える町田、ゴルトを追い払ったなら悪い人ではない。短絡的な見分け方だが、実際そうで、否定はできない。フェディカはクスクス笑いながら、カウンターへ歩き出した。
「結構前だけど、思い出すよ……ダメかと思った私を、キミが助けてくれたのが出会いだったね?」
「それは、まぁ……女性を無理矢理に組み敷く輩なんて、許されませんから」
町田にフェディカはそう言った、町田は頭髪を掻き、照れを隠す。対してフェディカはカウンターに両肘を付いて、町田を見つめるのだ。
「この界隈で、ゴルトとそのお溢れに預かる輩に泣かされてるのが常だったのを、カワカミ君とマチダ君が変えてくれたんだ……みんなも、お父さんも、私も感謝してる」
「斯様な大した事はしてません……それに、大半は彼が、河上君がした事ですから」
町田は謙遜する、大半は共に行動していた、もう一人が勝手にした事、僕はせいぜいそれを手伝っただけなのだと。しかしフェディカは、マチダへ視線は外さずに、微笑み続けるのだった。
「あ、えーと、氷!氷屋さん行ってきます!」
そして、町田とて男児である。そんな熱い視線に耐えれず、ロック様に使う氷塊を買ってくると彼女に言い、扉を開けて出ていくのだった。
フェディカはその背に軽く手を振り、さてととカウンター内の酒のストックを、開店前の最終確認に背伸びをして取り掛かるのだった。
そして、再びドアのベルが鳴り響いた。
「まだ時間じゃないよ、夕方からーー」
彼女の言葉は、途中で遮られた。
俺はジクジクと痛む目元を押さえつつも、スラムと平民街の境界線まで歩き出していた。たった数十秒、本気の勝負、そこに空手貴族町田恭二の実力を見た。
惜しい、本当に惜しい。
現世でキックに転向したら、日本のマイナー団体ベルトをすぐ取れるだろう。メジャーでメインも張れる、世界相手にも引けを取らなくなるだろう、それくらいの強さを俺は感じた。
「痛っう……はは、あいつ以来だよ、全く」
そこに、もはや叶わぬ目標の姿を俺は錯覚してしまっていた。アマチュアで、勝った負けたを繰り返した中、負けた相手とも再戦して、二度負けなかった。しかし、あいつだけには遂に、アマチュアで一度も勝てなかったのだ。
それを思い出し、同じくプロとなったあいつは、今は現世でデビュー戦を済ませたのだろうか気になった。
「元気かなあいつ、退屈してないかな……しないよなぁ、アマじゃないしなぁ……羨ましい」
あいつが、今プロのリングで戦っている事実に、俺は哀愁と羨望を感じたのだ。再戦したかったし、勝ちたかった、そんなあいつは絶対プロでベルト巻くだろうなと。
いいなぁ、俺が知ってる選手と、いずれ試合を組まれたりするだろうなぁ、テレビにもネット番組にも出てたしなぁ、期待されてるしなぁ……。
溜息を吐くも、どうしようもない、現世に帰る術は今は無い、ならばこの地でひたすらに、強い奴を探して戦うだけだ。そんな事を考え、明日の最後の会合で、町田が首を縦に振らないなんて、俺は考えもしなかった。
町田恭二は、必ず首を縦に振る。あの数十秒の戦いは、町田に火をつけたに違いないのだから。そうして鼻歌混じりに俺は歩いていると、目の前の平民街との境界線に、見知った人影を見つけたのだった。
「よ、神山くん……どうだった?」
中井だった、わざわざここまで迎えにきたのだろうか、和かに手を上げて俺に進行はどうかと尋ねてきた。ならば俺は、親指を立てつつ、それに応えた。
「掴んだ、明日には首を縦に振るぜ?」
「そう、それは良かった……ところで、その右目は?」
「あぁ、町田とやりあった、数十秒間な?」
「やられたんだ?」
「痛みわけだ、やりあったら負けない……負けねえよ」
町田との戦いを、今ここで語るべきかと思っていると、中井は何やら、爛々とした目をして、俺ではなくその背後に目線が移ったことに気付く。
「うん、で……後ろから来てるあの大人数はなんだい?」
「はい?」
そうして、中井に言われた俺が振り返れば……スラムの入り口からそれはもう、木材やらを肩に担いだり、酒瓶を持った、ボロを着た輩が、十人では収まらない人数で、こちらに近づいて来た。
「なーにーかみやまくーん、僕への手土産?バカとアホとボケとカスをバーレルで連れてきたの?」
「いや、気付かなかった……けど、その原因は起こしたかもしれない」
中井が向かって来る殺気だった輩を、ケン◯ッキーフライドチキンのバーレル単位でまとめ上げ、嬉々として僕の横に並んだ。この男、既にやる気満々である。
俺もまた、この原因をつい先程作った張本人であり、首魁が誰かも見当が付き、しかもなんとスピーディな展開だった為、それには驚いたが中井と気持ちは同じであった。
それにしても……見た目からして平均年齢高そうだ、20後半から30代の外見で、武器を担いでこちら二人に向かって来るとは、こんな輩は現世も異世界も変わらない様だ。
「ぉおう!ごらぁあ!!お前らマチダの仲間らしいのぉ!!ゴルトから聞いたぞボケェ!!」
いかにもだ、いかにもなVシネチンピラ口調に、俺は思わず中井と目を合わせた。マジのチンピラだ、本気で来てるな、二人して目線でもう、それは興奮して思わず笑ってしまった。
「お前らもマチダもぉ、今日で終わりじゃあ!!目ぇ潰して耳ぃ千切って、腕も足も斬り落としたるけぇのぉ!!」
ギャンギャンワイワイ騒がしくなるチンピラ集団、それを前にして、俺と、中井の足は、背後の平民街に逃げはせず、笑顔でゆっくりとチンピラ達へ歩き出した。
中井は首を回して鳴らし、肩を回しながらステップを踏み始め、俺も左手を開いて右手の拳で何度も叩いて音を鳴らし、両手の指を絡めで腕を伸ばした。
「半分こね、神山くん」
「打撃は?関節だけで半分いけるか?」
「はっ、サンビスト舐めんな、ロシア軍人直伝だぜ?素人に負けるかよ」
「そう……じゃあ……」
「いきますかぁ!!」
「いくかぁ!!」
歩いていた俺と中井は、その声を皮切りに、チンピラ目掛け走り出した。
「Ураааааааа!!」
「JYAAaaaaaaaa!!」
異世界のチンピラ達は、二人の行動に絶句した。たかが二人、脅して武器をちらつかせたら、逃げるか詫びを入れて泣きちらす。それが常だった、それが当たり前だった。
スラムでは、あのゴルトのお溢れに群がれば生きていけた。実際そうだった、金も、酒も、女も、スラムでは自由だった。強いものが弱いものから、弱いものが、更なる弱いものから搾り取る悪循環……それが絶対だった。
だから、この景色は異常で、理解が出来なかった。武器をちらつかせた、威嚇した、そうしたら、この餓鬼達は……素手で笑って突貫して来たのだった。チンピラ達は知らなかった、数を超える『暴力』を知らなかったのだ。
そして、十数人の脆弱な人壁は、たった二人の怒号と肉弾で、簡単に崩れ去るのだった。




