禊の戦い
『展覧試合決勝、一時中止』
その触れは当日即座に、魔法水晶による放送でシダト国中に放映、通達された。事件の内容を全て話した『姫』により、この事件解決まで試合は行われないという事態に、現地国民、闘士達も驚きを隠せずに居た。
それと同時に姫は『カースドラゴン討伐任務』を発布、これは件の竜討伐の為に参じてくれる闘士を募る為である、最初は全ての闘士を招集しようとした姫であるが、篠宮がこれに意見。『しかる実力、邪魔にならぬ技量を有する闘士のみ』に絞り込み、精鋭だけでの討伐隊編成を提案、これに対し姫は頷いた。
この任務に参加する者、前線に向かい討伐するだけで無く医療スタッフから物資輸送様々な役割を必要とし、参加する者には中々の報酬まで提示された。
この触れを見たシダト各地に散らばる闘士達……また、闘士にはなれなかったが、与えられた加護や異能により一旗を掲げた召喚者達、今まさに武勇を手に入れんとする召喚者、金のためにと集う召喚者……様々な思惑を抱えて彼ら、彼女らはシダトの首都、ルテプに集結した。
それは、姫が正式な発表を領地に出して二日という短期間であった。
「討伐任務に向かう闘士の皆様はこちらで登録をお願いしまーす!」
「拠点医療、物資協力の方はこちらになります!」
「おい!ここまで来たのに参加資格無しなんてふざけんなよ!」
「討伐任務なんていつぶりだ?最近はほんと、平和になったのに」
「聞いた?新しい四聖……なんでも劣性召喚者らしいのよ?」
「嘘つけありえるかよ、優性と劣性の差はもう月とスッポンだろうが」
シダト王国領、ルテプ『正門前』
ルテプは、優性召喚者が住まう『内地』さらに城下の人間や、劣性召喚者が住まう『外壁』と分けられ、その外壁に入る為の唯一の門が『正門』である、その前には簡素なテントが幾つも立ち並び賑わいを見せていた。
シダト領内、内地ルテプにだけ闘士や優性召喚者が居るわけではない、シダトの各地方には、自らに与えられた加護、異能を持って自らの生きる糧を、術を作り生きる者達が居る。
そんな者達も、此度の討伐任務が張り出されたら商機と見る者や、報奨金目当ての者と様々だが、皆討伐任務の為に集まった事は定かであった。
そんな普段とは違う賑わい見せるシダト王国正門前にできた、テント露天の道を神山と篠宮は並んで歩いていた。
「これだけ参加しても勝てるか分からないのか?カースドラゴンってのは」
「人と戦うのと、竜と戦うのは訳が違う……君だってクマを殺したり虎を殺したり、ゴリラを殺したりはできないだろ?カースドラゴン……いや、竜はもう災害だよ、災害に挑む形になるね」
人間と戦うのと訳が違うと、神山に例えを出して説明する篠宮に、神山は納得させられた。災害、人知を超えた理不尽を喩えるにはこれ程似合う言葉はないのかもしれない。それだけ、人数は集めてもどうなるのか分からないのかと、神山は未だ見ぬ『竜』という生物の恐ろしさに冷や汗が流れた。
「で、術者側には俺とあんた……他3人合わせた5人だけで行く訳か」
が、自分が向かうのはそちらではないと篠宮から神山は聞いていた。自分が戦う術者側、エルフ達の方に向かうチームが少数で組まれている事を篠宮に改めて確認した。
「ああ、3人は僕が決めている、テントで話をして作戦を説明しよう」
城内ではなくテントとは、情報セキュリティはいかにと思いつつ、一際大きなテントに篠宮が入り、神山もそれに続いた。そして中で待っていた人物の3人、そのうち一人に神山は驚いた。
「町田さん」
「随分な事態になったな、神山くん」
町田が居たのである、腕を組み簡素な椅子に座していた。
「僕が集めた、あと二人はこちら」
町田と言葉を交わした神山に、自分が呼んだという篠宮が、残り二人の同行者を紹介する。一人は女性だった、白を基調に水色のラインのローブを着た少女。もう一人はこれまた中々に巨躯な男、使い込まれた鎧を傍に置いている壮観さが伺えた。
「こちらはシダト蘇生院で働く治癒術師の阿波志穂子さん、で、こっちはたまたま個人遠征で、ギガンテスを留守にしていた聖騎士の澤屋敷淳吾くんね?」
「よろしくね、新しい拳神さん?」
声から表情からおっとりとした雰囲気が伺えた阿波から、挨拶をされて会釈を返す神山。そして……問題はこちらかと澤屋敷に目を向ければ、睨まれてしまった。仕方がない話である、何しろ神山達は此度の件でギガンテスを壊滅させたのだから……確か中井が襲撃していたらしい事を神山は思い出す。
「何も言わないのかよ?」
「あ?」
「謝罪も、詫びもないのか?TEAM PRIDEのリーダーってのは」
そして、こうなる事は分かりきっていた。帰って来たら仲間たちが荼毘に伏し、ギルドは壊滅していきなり野に放たれてしまったのだ。その原因の首魁と今から共に組んで戦えなどとは理不尽で理解もできないだろう。詫びろと宣う澤屋敷に、神山は一度篠宮を睨みつける、申し訳なさそうな苦い顔を浮かべた。
神山は何となく流れを理解したので、一度町田を一瞥すると彼もまた頷く。本来なら頭下げるなり菓子折り渡すのが現世の例の尽くし方だが……ここは馬鹿げた倫理が当たり前の世界。
「謝らねぇし、詫びもねぇよ、お前の所が弱かったからあんな風になったんだ……悔しいだろうが仕方ないんだ」
今更謝って何になる、このシダトで弱さは罪なんだろうと神山は、珍しく煽りを込めて言った。それに対して澤屋敷の反応は勿論ーー立ち上がり詰め寄って来るしかない。逆に澤屋敷からすれば、ここで納得してしまえば壊滅したチームにどう報いねばなるまいかと思いを胸に秘めて、二人は現世の不良の様に睨み合う。
「表出ろやぁ……神山ぁ!」
「言われんでも出たるわ、木偶の坊」
案の定、神山と澤屋敷は衝突した。
「聞いたか!新たな四聖が戦うらしいぞ!!」
キャンプ村となった正門前で、誰かが叫んだ。高原から座を奪った四聖が戦う、それを聞いたこのシダトに集まった地方、内地含めた闘士達が、正門からさらに離れた街道へ走っていく。
その中で、馬車ではない機械の馬……バイクなのだが、それを弄る少年とそれを覗き込む青年だけは、向かわなかった。
「まーた何かやったみたいだぞ神山め」
「見に行かないんですか、河上さん」
TEAM PRIDEのメンバー、中井真也と河上静太郎である。中井は前よりオロチとの抗争で手にしたバイクを整備していたのだった。四聖となった神山がまた何かやったらしい、野次馬しに行かないのかと尋ねる中井に、河上はクスクス笑って返す。
「負けるわけなかろうよ、結果なぞ見えとるわ……それよか、竜よ、竜退治!!」
「えらく乗り気なんですね、河上さんは」
「勿論よ、ワクワクしている……自分の一太刀は通ずるか否か……神話や伝説の生物に挑めるなど愉快で仕方がないわ」
河上静太郎は言う、楽しみで仕方がないのだと。それこそ現世で神話、伝説……あらゆる媒体で『竜』は描かれていた。それに挑む、討伐するなどと言うのは明らかに夢幻の話でしかない。それがこの世界には実在し、討伐に向かうとなれば、自らの培って来た技はさて届くか否かと楽しみでならないのだと河上は宣う。
「僕は……心配が強いですね、こいつらがその幻影じみた生物に通じるのか分からないので」
その返答に対して中井はそうはなれないと少々ナイーブな雰囲気で、バイクの傍らに立てかけてある装備を眺めた。
「魔法も変な剣の技も無い以上、僕がこの戦いで切れるカードはこれだけですからね」
「よくまぁそんなもの見つけて来たね君は……」
「つい先日バルダヤのガンショップから届いたんですよ……まさか魔法だ剣だの世界で、こいつを担ぐ事になろうとは」
中井の目線の先を追った河上の瞳に映る……この馬鹿げた幻想世界からかけ離れた実弾兵器。空飛ぶ竜に、鉛の玉は届くのか、伝説を纏う鱗を、甲殻を鉛の弾丸は貫けるのか。
中井真也が、この馬鹿げた幻影相手に立ち向かうにはこれしか無いと宣う中で、河上はふと布を被せてある一際長い棒らしき物に目が映る。
「む、なんぞこれは?」
「ああ、それはいよいよ勝てない相手が現れた時に持ち込む予定だった、最終兵器です」
中井が"最終兵器"とまで言い切る布、それを少し持ち上げて覗いた河上は、布を元に戻して一息吐いてから中井に質問した。
「キミは……あれを人様にぶっ放す予定だったのかな?」
「はい、そりゃもう最終兵器ですから」
「このサイコパスが!!」
「あんたに言われたくは無いんだけど!?」
河上静太郎は、自らの所業を棚に挙げてまで罵る物が、そこにあったと言う事だけは分かった。




