ようこそ、ルチャ地獄へ
遂に始まった大将戦、いかに三勝上げようとここで負ければ水の泡、神山がいつも通りの構えに対して、朝倉がリラックスしながらダンスの様な軽やかなステップで間合いを測りリズムを刻む様は、プロレスそのものだった。
その軽やかさが彼女の足のバネの強さ、運動神経を物語っている。神山は思った、この人はルチャ以外の競技や格闘技に出会っても、トップ層まで駆け登る才能があると。自分の様なひたすらガムシャラに努力を重ねた人間では無いと。
そんな人に一撃で倒すなんて宣った自らに神山は……後悔しなかった。宣言通り、一撃で倒してやると神山は間合いを測って少し踏み入った瞬間ーー。
「早速……行こうかしら!」
それを待っていたとばかりに、朝倉が跳んだ……いや!
「た、高っーー」
「ヤーーーハーー!!」
神山も驚愕した朝倉の跳躍、いや飛翔?違う!最早、浮遊としか呼べない対空時間が明らかにおかしいジャンプに、そんな事を呟いた。
楽に神山の脳天まで飛翔した朝倉の、陽気な声と共に……その足が広がって神山の頭を挟み込んだ!
「そーら!」
そのまま上半身の勢いをつけて身体を逸らし、朝倉は神山を振り回す様に頭から叩きつけにかかる!
『いきなり始まったぁ!!カイリの空中殺法!!フランケンシュタイナーだぁ!!』
「うぉおお!?」
実況もノリノリ、観客もヒートアップした開幕すぐの大技!しかし神山も投げられっぱなしでは無い!自ら地面を投げる前に蹴り、しっかり背中から転がる様に着地して受け身を取り、すぐさま立ち上がる!
「やるじゃない、まだまだいくわよ!」
立ち上がって間もなく、息をつかせぬとばかりに朝倉は走りより、神山の右手を掴んだ!神山は思い出す、中井との受け身練習を、捻られた方向へ着いていくとーーだが!
「それそれ!」
「え!?な、あ!」
朝倉は自ら地面に転がり更にはベッドスプリングで跳ね起きたりとして撹乱!その動きの中で神山はすでに右手を極められてしまい……。
「アーーハーー!」
「がっはぁ!!」
そのまま引っ張られてしまえば、合気道の四方投げの様に投げられ、背中から打ち付けられた!朝倉の攻撃はまだまだ終わらない!
「ヤーー!!」
「おごぉお!?」
呻いて仰向けになった神山の横に後ろを向いて立つや、その場でバック転して身体を広げ神山を押し潰した!
『鮮やかぁ!!投げ技で叩きつけてからのムーンサルトプレス!!これが天空淑女の空中絶技だぁ!!』
『ウォオオ!カイリーー!』
『そのまま決めちまえーー!』
マティウスの実況に乗る様に観客もエキサイトし、朝倉への声援が更に高まる!腹部に乗ってきたムーンサルトプレス、見た目以上にボディへのダメージがあると悶絶する神山に上に乗った朝倉がニヨニヨと笑ってその顔を見つめながら言う。
「ふふふ、苦しそうな顔ねぇ?私好みよ、神山くん?」
「い、いい趣味してるなぁあんた!」
好きなように投げられ、叩きつけられ、潰された神山からすれば本当にいい趣味してるわと嫌味を込めて言えば、神山はそのまま朝倉の体を力強く押し上げながら、ブリッジをした。
「中井直伝!ブリッジエスケープ!!」
「あら?」
そのまま出来上がった隙間から、神山は地面を蹴って身体を抜いて朝倉から離れ、すぐ様立ち上がった。口の中を切って口端から伝う血を拭い、神山は朝倉を見据えた。
「へー……少しは勉強してきたんだ?」
「ああ、ムーンサルトプレス以外はあまり効いてないぞ?」
嘘である、少なくとも腕を極めた投げ技で結構堪えている、神山はそれでも笑みを崩さず構えた。
『窮地こそ笑え』
ムエタイ修行のバンコクで叩き込まれた教えを、神山は教えられた通りに行なっていた。
「好きにやられおって、大丈夫なのか本当に……」
その様子をブルーゲート側、TEAM PRIDE入場口から覗いていた河上は、神山の好き放題にやられる様をみて少し苛立ちを募らせていた。今の今まで、一切攻撃を出さない神山に、この窮地までまさか覚悟無しに向かったかと眉間に皺が寄っていた。
「そうですね、さっきの抜け方しかり本当下手くそでしたよ……」
その河上へ、同じく見てられるかと言いたげな雰囲気を醸し出している言葉を吐いて歩き寄って来た者が一人。
「中井くん、戻ったか……目の方は?」
中井真也であった、三条原オリヴィエとの戦いの後意識を失っていたが、もう歩けるまで回復した様だ。眼帯で左目を押さえているのが痛々しいが、潰された目はどうなのだと河上は尋ねた。
「本当……何なんですかね……失明すら治せるなんて……」
「蘇生があるくらいだ、失明なんてなんとでもなるのだろうよ」
「まぁ……まだぼやけますから、このザマですけど」
オリヴィエに潰された左目はすでに再生しつつあると、呆れてため息を吐いて中井は言う。何しろ『蘇生』まである世界だから、失明すらも治癒できてしまうのは今更なのかもしれないと、まだ治りかけで視力が落ちているが為に眼帯をしている事を中井は河上に言った。
「無様なりにはできてるな、受け身……僕が教えたから当たり前だけど」
そして神山の受け身が無様だができてはいると、評価してるのか貶しているのか分からない台詞を吐きながら戦いを見届ける。
「キミが叩き込んだのか、それにしては攻められっぱなしに見えるが?」
それにしては好きにやられている、追い込まれた神山のや様子に河上は不満気であった。その理由もまた中井が代わりに答えた。
「あいつ、試合前に彼女と会話して一撃で倒すって言ったらしいですよ、馬鹿でしょ?律儀にそれをやろうとしてる様で」
「ふうん……だから未だにジャブすら出さずと……」
「まぁ算段があるんじゃあないすか?それをやれるまで持てばいいですけど」
神山が一度も攻撃しない理由は、一撃宣言を試合前に彼女へした事が原因だと、その律儀さと馬鹿さ加減には中井も呆れていた。が、神山はそんな大ボラを吹く様な輩でも無いので、その為の算段はあるとも取れると中井は評した。これに河上は問いかける。
「もしも、それが出来なければ?」
「その時は両手足使い物にならなくしてやる、僕が教えて負けるとかあり得ないし」
それで負けた時は選手生命絶ってやると、冗談抜きで真面目に言い放つ中井の前で、神山目掛け飛翔する朝倉の跳躍を見て目を見開いた。
「あいつだけ重力おかしくない?そういう能力なん?」
「羽の様に浮きよるな……どうする、神山よ?」
真上、彼女が今立つ位置はそうであるとしか言えない。朝倉海莉はまたも無重力の如き跳躍で飛翔するや、なんと……神山の両肩に立つという恐ろしいバランス感覚を見せつけており、神山は首を挙げてその様に絶句した。
「ふふふ……すごいでしょ?まぁこれくらい、ルチャドーラには朝飯前だけれども」
得意げに真下を見下ろして朝倉がそう言うと、神山もさっさと動いて落とせば良かろうが、自分もこの絶技に協力させられている様に体が動かなかった、いや動けるのだが……明らかに危ないという感覚が、動きを配慮させていた。
「化け物が……あと……あれだ、目のやり場に困る、見えてないけど」
それはそれとして、そんな体勢では目のやり場に困ると、衣装こそスカートだがショートパンツでその類の対策はしている朝倉に神山が言ってしまったので。
「やだ、えっち……そらっ!」
「くうぅう!?」
そのまま肩から足を外して落下し、太ももで神山の頭を挟みまたもフランケンシュタイナーで投げ飛ばしにかかる!
「そう、何度もくらうかぁ!」
流石にこんなプロレスを続けてたまるかと、神山は挟んできた足をしっかり掴んで彼女が反る勢いを殺しにかかる!だが、その瞬間異様な事態が彼女に起こったのであった。
「あら残念?ならこうしましょ?」
地面に落下する勢いが殺された朝倉の上半身が……弾んだ。何もない空間で、トランポリンに落下した様に弾んで上半身が起こされた朝倉は、その勢いを使って神山の後頭部側へと身体を移動、腕の拘束も弾みで外されて、神山が驚く間に前方宙返りで彼の背後に着地した。
「最後まで付き合いなさい!」
「はぁ?!」
そのまま神山の腕を掴み、朝倉が行ったのは……何とロープスルー!プロレスでロープへ相手を振り勢いを付けさせる繋ぎ投げ技である!神山は、その瞬間二つの事態に驚かされていた!
まず、先程朝倉が弾んだという現象が一つ!そしてもう一つが今この瞬間!この、ハンマースルーに自分が抗えなかったという事実だ。体が操られていたわけではない、神山は……。
単純に力負けして投げられたのである!
いかに、優性召喚者の力が増大させられてはいても、鹿目戦では然程感じられなかったが、それすらも上回る剛力で投げられたのだ。
「投げてどうすんだ!ロープもないのーーにぃ!?」
そして、待っていたとばかりに三つ目の驚愕!神山が投げられ走らされた先で、身体が何かにぶつかるや、抗えない弾力により阻まれて元来た場所にまた走らされた。
正しくそれは……プロレスのロープワークそのもので、その先では。
「そぉらぁ!」
「がっはぁあ!!」
朝倉海莉の凄まじく高く綺麗なドロップキックの足裏が、神山の顔面を蹴り抜いて思い切り石畳へ神山を叩きつけた、その勢いで空中を回転し、着地するという光景には、観客も……TEAM PRIDEの中井や河上すらも驚愕せざるを得なかった。
『き、決まったーー!ドロップキック一閃!!マナト選手の身体が馬車に衝突した様に吹っ飛んだぁぁあーーー!!』
観客達が歓喜を上げる、カイリコールが響き渡る。神山は顔面の衝撃と鼻から垂れる熱い液体、そして燦々照らされた空を見て、何をされたのか理解出来ずに、それでも立ちあがろうと身体をうつ伏せに転がして石畳に手をついた。




