河上静太郎の敗北
「どこまで描いていたのだ、町田」
「何の話だ」
「こうなると知って、あの様な戦いをしたのだろう?」
乱闘騒ぎにより、一時中断となった展覧試合準決勝。河上静太郎は町田恭二の運ばれた、アリーナの医務室に居た。道着を脱がされ、身体に包帯を巻かれた町田に、河上は厳しい面持ちで尋ねた。
河上は、町田恭二がこの最後を描いて寸止めで戦っていたと思ったのだ。町田は女性を殴らないなどと、普通の倫理を有していようが、この男は皮一枚下は獣である、その気になれば一撃の下終わらせる事ができたのが河上も分かっていた。
さらに言えば、観客もこの試合で見せつけられた町田恭二の実力……。もし、もしも……全ての攻撃を当てていたら薬師寺彩芽の姿は、それはもう酷い有様になっていたのが想像できる。
その実力を有しながら、町田恭二は一撃で終わらせるなどせず、寸止めと降参の果てにこの様な結末を導いたのだ、それを全て描いてこうまで演じたのかと河上は尋問する。
「彼女が諦めるまで考えた、降参も考えていた……反撃は考えていなかったさ」
「だから私は言ったのだ、当ててやれと……薬師寺はもう戦えない、貴様が何もかも壊した……資格剥奪で二度とシダト領内では戦う事は許されないと」
町田は、それこそ……当てずにここまで実力差を見せれば引いてくれると思っていた。引かぬなら、自分が負けてでも幕を下ろすとも決めていたと言う。そこまでだった、町田恭二が考えを巡らせれたのは。
町田恭二には分からなかったのだ……当てて倒すという優しさを、敗北よりも屈辱的な勝利がある事を。何しろ町田恭二はこの馬鹿げた世界に来るまで『敗北』を知らずに居たから……そして何より……。
町田恭二という男は、著しく人間性を欠落していた。『他者を理解する』という心が彼には無かったのである。幼少期より『空手』だけを親類一同から叩き込まれたが故、現代人に必要な人格が形成されなかったのだ……ある意味それは『虐待』に等しい物であったのかもしれない。
それら全てが、此度の結末を招いてしまった。
あの後、正式な審判団のアナウンスにより、薬師寺彩芽は『闘士資格剥奪』という、最も重い罰則を言い渡された。即ちライセンス剥奪、永久追放である。試合終了を告げられながらの追撃、さらに卑怯にも背後からの奇襲……言い逃れはできない大罪であった。
それを招いてしまったのは、町田恭二の独りよがりな戦い方と棄権が原因であると、誰が思えようか?観客はいかにTEAM PRIDEという侵略者、ヒールのレッテルを貼られているとは言え、町田恭二の戦い方とその強さに引き寄せられた。
観客がこの内情を知って、薬師寺擁護に回れるほど聞き分けが良かろうものか……観客からすれば、薬師寺彩芽が卑怯者として認知されてしまい、追放を下されて当然と思うだろう。観客はその場で見た全てが真実であり、見えてないものはそれだけでしかないのだから。
「お前のエゴがこれを招いたのだ……人でなしが」
「言い返せないな……」
町田恭二は、薬師寺彩芽の肉体は破壊しなかった。だが彼女の心を破壊し、尊厳を破壊し、そしてこの世界で生きる為の方法すらも壊してしまった。だがもう、悔いるには遅すぎる。河上は医務室の扉に手を掛けて町田に言う。
「謝るなよ町田、絶対……謝った瞬間お前は獣ですら無くなる……せめて獣で止まりたいなら、しっかり抱えるんだな」
もし、この件を謝ろうものならばお前は獣以下に成り下がる。せめて獣に留まりたいならば、決して謝るなと町田は念押しして、河上は医務室より出て行った。
そのまま町田恭二は、扉を見て自らの手を見てと繰り返す。こんな時には悔し涙でも流す物なのか、町田には分からなかった。ただ、また一つ取り返しのつかない事をしてしまったというのは理解できたので、町田はため息一つだけは吐くのだった。
さて、乱闘騒ぎによる一時進行停止もいよいよ終わる。河上静太郎……出陣の時迫る。此度の相手は、話だけ聞けば薙刀使いらしい。
「薙刀か……」
その武器の名前を、自ら口にして自嘲する。
『剣道三倍段』などという言葉がある、仮に剣道初段を他の武道が戦うならば、その3倍の段位出なければ相手にならない、そうしてやっと互角というのが通説だと。即ち『河上静太郎が構えたら瞬きするな』と意味合いは同じとも言える。
河上静太郎の人生において、敗北は数えるくらいはある。
一つはこの地で戦い、今や大将と仰ぐムエタイ戦士、神山真奈都の戦いが最近となろう。
それ以前となれば……今腰元に携えた真剣を、備前の刀鍛治に頼んでしばらくだったか……他の武器の話を聞いたところで『薙刀』が出て来たのだ。
そして聞かされた話というのが……。
『薙刀最強論』
それを聞いた当時の河上、未だ青臭い中学生のガキでもあった河上は薙刀の道場を尋ね他流試合に臨みーー。
「え、敗北!!河上さんが!?」
「キミとて私を破ったではないか?」
副将戦も間近に迫った最中、河上静太郎は神山に薙刀との試合で敗北を喫した過去を話した。今更敗北の話を聞いた神山は信じられないと驚くが、その敗北の一つはキミがつけたではないかと河上は笑った。
「いや、まぁ、あれはほら……河上さんは手を抜いて」
「驕りあれ負けは負けよ、この河上静太郎……まだ中学生のガキの時に、薙刀と他流試合の果てに惨敗したのだ」
驕りからの敗北を認めぬ盲目ではないと、敗北はいかな
理由があろうと言い訳しないと腕を組み懐かしむ河上は、神山に語った。
「まぁその一年後には雪辱を果たしたさ、一年……掛かったがな……」
「そっすか……それで、あの……勝てるんすか?」
雪辱を果たすに一年も使った、薙刀の強さはそれ程であったと語る河上に此度のヴァルキュリアの副将もまた、薙刀使いである以上勝てるのかと尋ねてしまうのは当たり前であった。
「……まぁ心配するな、河上静太郎に負けは無しよ」
「信じてるっす」
「むう……斯様な台詞は女に言われたいな」
歯痒い台詞だと河上は、いよいよ出ると壁より身体を起こしてから、吸うと息を吸って言い放つ!
「皆の者、いざ、出陣じゃぁあああああ!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおーーーー!!」」」」
「いやあんた!?本当にこんなエキストラをどっから連れて来たの!?」
いつの間にか集められた、鎧甲冑武者を引き連れて、河上静太郎はまたも入場を彩る気満々で『出陣』した。
『えー……先程のアヤメ・ヤクシジ選手の襲撃からの乱闘騒ぎは収まりまして、展覧試合は続行となりました、なお先程の試合はアヤメ選手の反則負けとなった様です』
『さらに、先程審判団からのアナウンスで、アヤメ選手は闘士資格の剥奪が決まったとありました、残念ではありますが彼女は二度とこのシダトで戦う事はできなくなってしまいました』
改めて実況のマティウスと解説のフルタチより、薬師寺彩芽への処分がアナウンスされた。まさかまさかの襲撃により町田恭二は試合放棄から反則勝ちに戦績が塗り替えられる。
が、ヴァルキュリア・クランからすれば最早後が無い、まさかまさかの二敗、ここで一勝でも上げなければどうなるかも知らないと、ヴァルキュリア・クラン副将前田愛花は、白い鉢巻を巻いて、馬上袴というこの世界では珍しい現世の薙刀競技と同じ装いであった。
ただ一つ、異質なのは傍に携えた薙刀である。こればかりは現世のものでは無い、この世界で拵えたか、はたまた武器屋で購入した意匠で、刃もやや幅広くなっている。
「河上静太郎……剣道、剣術界の終着点、絶望……」
対峙する相手の名前を前田愛花は呟いた、今から入り口より来る剣士は、現世で剣道やその近くに居る者が名を聞けば、畏れる男……その男と戦うのだ、この異世界で、本身の刃で。
勝てるか?いや、勝たなければ後はない!もう一度鉢巻を締め直した前田愛花は、メガネを外していよいよ臨戦体制に入った!
『ブルーゲートより!セイタロー・カワカミ選手の入場です!!』
いよいよ呼ばれるや、流れ出す音楽と共にスモークがブルーゲートより広まっていく。
https://youtu.be/amXKQ351QBw
やがて晴れたと同時に聞こえ出す歌声、さらに現れる鎧甲冑の武者達によるバンド。またもこの男は、入場からフルスロットルで会場を沸かせにかかる!
『予選での惨殺劇、そして本戦で見せた絶技……彼は言います、俺だけが本物であり貴様らは偽物であると!それを証明するが如くこの男は敵対する闘士を惨殺し勝ち上がって来た!!セイタロー・カワカミ!!此度も闘技場を血と屍で染め上げるのかぁああ!?』
『『『『『うおおおおおおおおおおーーー!!』』』』』
『それよか後の鎧の男達は誰なんだぁああ!!』
サビと共に猛る雄叫びを上げるエキストラにツッコミを入れたマティウスを他所に、河上静太郎はいよいよリングに歩いて行く。この様を見た前田愛花はーー。
「絶対……負けるものですか!」
無論敵意を燃やす他無かった。




