彼らの女性観
大凡の日本男児は親より道徳教育により、女性に手をあげるなどは持っての他と教えられている。遺伝子も肉体も凄まじい差異がある、故に決して暴力を振るってはならないと。
「貴方達の元いた世界は、そう教えられていると死んだ父から聞いたわ……どう?その力を、女性に振るえる?」
これは確認であった、闘士である以上、斯様な倫理で実力を出せないのでは意味が無い、故にマリスは神山に、そしてTEAM PRIDEの面々に確認したのだ。
「それ、今更聞くのマリスさん?」
最初に声を上げたのは……中井真也であった。それが全てだ察してほしいと、それ以上は言わなかった。これには、全員がそれ以上追求しなかった。中井真也という男は、冷酷残忍そのもので、敵対した相手には誰であろうと容赦はしないのである。それは例え女性であろうと変わりない、中井真也はその拳を顔面に容赦無く振るうだろうし、関節技、締め技も使い叩きのめすだろう。故に、最も心配は無いとマリスは安心はしたが、倫理的にはどうなのだと悩まされた。
「…………」
町田恭二は黙った、空手貴族として育てられ、人格完成を目指した男は、現世で既に人を殺した。その中には女性も居た、今更になって『女に拳は振るわぬ』と誰が言えようか?それでも町田は黙るしか無かった。
「女とて、武器携えて戦場に出れば武士よ、同じ場に立つならば振わねば無作法よ」
河上静太郎は持論を吐かす、いかに女性だろうが武器持ち戦う意思あればそれは戦士であり、やれ倫理の外の話である。むしろ女だからと戦いに手を抜いたり、戦意を失うのはそれこそ失礼極まりない、故に……と河上は笑った。
そして神山は……。
「まぁ、何とかなるかと……」
神山真奈都は、言葉を濁した。
神山真奈都は、他の三人の様な経験や倫理観、道徳の欠如は流石に無かった。かと言って、女を殴る抵抗があるかと言えば、そのあたりも曖昧であった。
「ジムだったら、女子プロとスパーやったりとかしたんすけど……はい、まぁ」
「駄目よマナト、貴方は……勝つんでしょ、帰るために」
曖昧な返事をする神山に、マリスが席を立ち神山の前まで歩けば両手を伸ばして神山の両手首を握った。
「帰りたいなら勝ちなさい、その手を握って戦いなさい……容赦なく叩きつけるの」
連絡を終えて解散したTEAM PRIDEの面々は、以降はオフタイムとしてそれぞれプライベートの時間を送る事になった。着替えた神山は、さっきまでバチバチに打ち込んでいたサンドバッグの前に立ち、打って変わって沈み込んでいた。
女を殴る、それはスパーリングは違う。勝つために、本気で、顔を、腹を殴るのだ。
神山真奈都の人生の中で、そんな経験は無かった。少なくともムエタイに対しての狂気以外は、普通の家庭の育ちであった。今まで戦ってきたこの世界の輩でも、殺意を向けられたからこそ、よくて再起不能までは拳を震えたが命までは奪っていない。
神山は知っていた、自分が一つ踏み越えたら戦う相手の命を簡単に奪える事を。それが女性なら尚更だ、この世界ではやれ蘇生まであるので、じゃあ心配無いとはならない。
殴った感触、蹴った感触は、その手にいつまでも残る。今の今まで神山も、過去の戦いを思い出す一つの引き金である。もし、もしも本気で、この手で女性を殴った時にその感触に耐えられるのか?最悪殺してしまったらどうなるのかと神山の血は冷たくなっていった。
「随分大人しくなったな、神山くん」
声が掛かる、背後に居たのは町田であった。過ごし易い開襟シャツとジーンズという出立ちに、神山はふと、町田の雰囲気が少し変わった様なと違和感を持ったが、気にしない事にした。
「町田さんはどうなんすか?殴れますか、女の子」
町田に神山は尋ねた、あんたはどうなんだと。仮にも武道家、空手家というのはその辺り厳しく教えられた筈だ。しかし町田は、既に人を殺しているのだ。
そんな神山の問いに町田は……。
「殴るとも、必要あらば」
そう言ってのけた。
「何しろ……私が手を掛けた輩の中に女も居た、今更空手家として、武道家として女人を殴らないと言っても、説得力もクソも無かろうよ」
「なんだ、黙ってたわりにはあんたも中井と同じなんだな」
今更悩んでいるのは自分だけかと、町田への侮蔑も込めた言葉で神山は呟いた。それを聞いた町田は、否定もせず神山の横に並んだ。
「だが私は、此度の試合殴る気は無い、打撃は当てんよ神山くん」
そしてそんな事を宣ったので、余計に神山は町田を軽蔑した。結局あんたも今更、人を殺しておきながら殴らない事を悩んでいたのかと。
「じゃあどうやって勝つ気ですか?まさか棄権する気じゃあないでしょうね?」
そんな言葉を吐いて勝つ気はあるのかと、投げっぱちに吐き散らす神山。それを聞いた町田からの返答は無い、無かったがーー。
「はっーー!?」
一瞬の判断だった、神山は両腕を上げて頭部を即座に守った。しかしーー町田の左中段回し蹴りが、既に神山の鳩尾を捉えて靴のつま先が、皮膚を押す程度の圧で触れていた。
「当てずとも、勝つ方法はある……私の答えはこれだよ」
神山は戦慄した、何があったのだ町田恭二と。この様な交戦的な様は、バルダヤ以前には無かったのに。帰ってきてからの変わり様に神山は冷や汗を垂らした。
同時に理解する、町田がいかにして勝つ気でいるのかを。それは確かに、町田恭二という空手家にしかできない方法やもしれないと。足を下ろした町田は、神山に背を向けてそのまま屋敷へ入って行くのを見ると、神山はその場に座り込み頭を抱えた。
「はーー……どーしよ本当……」




