獣心解放
ーー数年前、代々木競技場第一体育館ーー
『技ありっ!』
町田恭二は、一瞬の意識の明滅の最中過去を見た。
伝統派も、直接打撃制の試合も出場し、トロフィーと表彰台に登り続けたあの頃。敵なしとモチベーションも下がり、やる気も無くしていたあの頃……。
生涯初めて、技ありを取られた試合であった。
膝をついて、すぐに立ったがそれは青天の霹靂、初めての体験であった。マイナーな流派で、素手顔面ありの過激なルール、さらには外部流派が一切優勝を取れないと言われていた直接打撃制空手の流派ーー。
『実戦空手道大真塾』
そのオープン戦に参加したのだ。それでも、町田は勝った、顔面ありの直接打撃制という危険なルールの中ですら、空手貴族の天才は顔に傷ひとつ無く勝ち進んだ。
そして決勝……対峙した相手は、同じ学生の肉体から明らかに離れた巨躯であった。それでいて、速く、強く、華麗な技を持った天才であった。
今でも名前は覚えている、名は『薬師寺健一』といった。
そんな薬師寺の上段回し蹴りをくらい、膝をついて……それからはもう、自分でもタガが外れた。
『嬲り殺し』であったと、雑誌には載っていた。顔面はザクロに腫れ上がり、身体中の骨が砕かれ、内臓に刺さり、薬師寺健一はICUに搬送されたと。
汗と、血の混ざった液体が散乱した道着と手を見つめてなお、自分が浮かんだ言葉は……。
『ああ、壊れちゃったか……』
そして自覚するまで、時間は掛からなかった。やがてあの日が来て、素人相手に正義を騙り自らの空手を好きに振い、好きに壊したあの日が来る前から、自分は、町田恭二という空手家は破綻していたのだ。
「さぁどうする町田恭二!片腕が折れて自慢の空手は通じない!!さぁ、さぁ!!どうやって戦う!!」
マッスル・ジェネラルは町田の左腕を力任せの一撃で破壊した事実に気を良くして、ポージングをキメまくっていた。呆然としていた町田の雰囲気が変わった事に気付きもせず、勝利を確信して筋肉を激らせる。
「……この程度怪我のうちに入らん、左腕が骨折しただけだ」
「なにっ」
世間ではそれは大怪我である、しかし町田は自らの上着を脱ぎ上半身裸体になるや、まず開いてしまった拳を作り上げるように指を右手で折りたたみ、そして折れ曲がった前腕を自らの力で無理やり真っ直ぐに戻して接骨した。
ミシミシ音を立てて痛みすらその音を聞けば嫌でも想像する程の軋みを上げても、町田は顔色一つ変えず……そのまま上着を拳から前腕、肘まできつく縛り固定した。
これにはマッスル・ジェネラルも閉口するしかなかった、が……それがどうしたと笑みは再び戻る。
「ふははは!接骨のパフォーマンスは素晴らしいが、それで俺にどう勝つつもりだぁ?この筋肉に空手はーー」
先程まで、自分の肉体は町田の攻撃を受けて、一切傷をつけられなかった。この筋肉の鎧の前に貴様の空手は通用しないと。
「通用ーーしなーー」
宣った最中、町田は気配も無く踏み込んでいた。それが、マッスル・ジェネラルを名乗るこの男が見た、最後の景色であった。
「ぎ い や あ ああ ああ あああ!?」
響き渡る激痛への咆哮、町田恭二の右手人差し指と薬指、それぞれが貫いて付着したそれは、眼球であった。それをさっさと振り払い抜き去ると、衣服で固めた左の拳で、町田はマッスル・ジェネラルの喉に一撃を放つ。
「おごぇえ!?げぁばぁあ……がぁあ」
目を潰され、咽頭を潰された痛みとその威力に思い切り背中から倒れ伏すマッスル・ジェネラル。町田は、そんな筋肉男を見下ろしながら呟く。
「成る程、やはり再生はしないか……急所は急所、理解できた」
展覧試合においては、あらゆる箇所への攻撃が良しとされている。しかし……それでも闘士達は基本、良心というのもある為、流石に故意に狙う輩は中々居ない。あくまで試合中の事故でそうなってしまうというのはあるが……そもそも、それらを狙い破壊する術を持とうと歯止めが人間かかってしまう。
だが、今の町田にはそれが無い……人格形成を良しとする理念、理性を持ち合わせていながらこの男の本性は……獣である!!
「ひいい!いだいい!!あああたす、助けてぇ!!助けてくれぇえ、目がぁ、目がぁあああ!!」
「無様な……先程の威勢はどこへ行った?さっさと立ち上がってポーズの一つでも決めたらどうだ?」
のたうちまわる肉塊に、町田は冷ややかに吐く。しかして騒ぐしかできない、最早戦意無き男に町田は、鼻笑いを一つして歩み寄りーー。
「せりゃあああああ!!」
「あぼっ!!」
胸板の中心に、瓦割りの如く正拳を叩きつけた。その一撃で、あれだけ自慢げにしていた胸筋の下にある胸骨は砕け散り、心臓に突き刺さり、マッスル・ジェネラルは血のあぶくを吐いて痙攣し、やがて静止した。
最初から、こうすれば良かったのだと町田は亡骸を前にして思った。あの時もだ、ひたすらに……ルールの中とはいえ、自分はあの男を嬲り続けた。
それができるのに、しないからこうして怪我なんてするのだと、痺れる服を巻いた左腕を見てため息を吐いた。
「壊れたか、また……全くもってつまらん玩具だった」
そう吐き捨てた町田恭二は、背を向けて塔の階段に向かった。
TEAM PRIDE HUNT バルダヤ北エリア
◯町田恭二VSマッスル・ジェネラル●
試合時間8:57絶命勝利
決まり手 胸骨砕きによる心停止




