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遺伝子の悪戯 下

ーー同刻、バルダヤ東の廃墟


「どうしたどうしたぁ?隠れたまんまかぁ!チキン野郎の中井ぃ!?」


 中井真也の相手となった『アーミー・マングース』こと、坂口義貴は、圧倒的優位と機銃を空に撃ちながら、隠れている中井を挑発。空にしたマガジンを入れ替え、中庭よりガラスの割れた廃墟を眺めながら中井の行動を悠々と待つ。


 機銃を持ち出しといて何がチキンかと思われるが、勝利こそ全てがシダト国の掟、用意なしに来た中井こそが悪いとなってしまうのだ。剣だ魔法だと馬鹿げた世界だ、銃くらいで負けたなどとは言えやしないのである。


 が……中井真也もそのまま黙って隠れている訳はなかった。


 割れたガラス戸の廊下へ、中井真也は一気に駆け出したのである!それを見た坂口は、機関銃のトリガーを引いた!やかましい音共に発射される弾丸が、廃墟の草からその先の外壁、未だ窓枠に残るガラスを砕き、薬莢が足元に次々散乱する。


 しかしーー。


「ちぃっ!弾切れか!!」


 この世界はいかに馬鹿げていようと『無限弾』などは流石に存在しない、弾切れを起こした機関銃の弾倉を取り替えようとした坂口だったがーーそれを待つ中井ではない。


 中庭の草木を力強く、早足に踏み倒して中井が距離を詰める!現世から、そしてこの世界でも愛用していたスペツナズナイフを抜き放ち、声も出さず坂口の喉元目掛け突き出した!


「おおっと!」


 火花散る、その刃は盾代わりの機関銃に遮られたが、それでは終わらない。そのままさらに振り込み中井は袈裟に振り抜き、刃は機関銃を吊るすベルトを斬り落とした。なかなかの重さだったのだろう、手を離し機関銃を放棄した坂口はすぐ様離れ、胸元のナイフホルスターから中井同様ナイフを引き抜き構えた。


「やろうぜロシアかぶれ、ナイフファイトだ!」


 逆手にナイフを構え、腰を低くした坂口の様は映画の悪役軍人を演じているかの様で、中井は舌打ちした。


「軍オタが……本物見せてやる」


 中井は順手の握りで対峙し、間合いを互いに保つ。アクション映画のワンシーンを切り取るかのように、二人のナイフが同時に動いた。風を切り、衣擦れの音を鳴らし、繰り出し合う斬撃を互いに捌き、防ぎ合う。この瞬間にも中井は、先程宣った台詞を否定された。


 坂口義樹のナイフの振り方といい、動き方といい、本当に『経験者』だと、自分が対峙して感じたからだ。


「はぁあ!!」


「ッッつぅ!ああ!?」


 そして、最初に切り傷を刻まれたのは中井だった。右脇の下を掠り、血が傷より滲み始める。


「どうしたロシアかぶれの中井くぅん?自分しかできないと思っていた事ができる人間が居て怖くなったかぁ?」


 衝撃はあった、しかしていつかは出てくるとは思っていた。それを突かれて中井は……なお乱れはしなかった。むしろ……。


「綺麗すぎる」


「何だぁ?」


「まるで教本か、教練のビデオをなぞる様だ……」


 違和感を覚えていた。


 坂口義樹のナイフ捌きは、あまりに綺麗すぎた。長年戦地を戦いましたと見せつける様な、確かにその通りではあるのだがどうも薄っぺらいと。


「当たり前さ、何しろ僕は確かに君の言う軍オタ……だがね、オタクというのは知識や経験を自慢したくなるし、マウントも取りたくなる、そのための欲は人一倍強いのさ」


 ナイフを手癖でペン回しの如く弄び、自慢とばかりに語り出す。


「ネットで動画やら資料見て経験者の様に振る舞うやつとは違う、僕は自ら様々な場所に赴き、体験して体得してきたのさ、そして僕には才能があったのさ、一度体験した事は簡単に模倣できる……元自衛隊員、アメリカ軍人……そんな伝から指導してもらってよく褒められたよ」


 そして……と坂口はナイフを握り直して一呼吸をしてーー。


「中井!!君の技もだ!!」


 ナイフを投げ放った!中井はそれを自らのナイフで弾いて防ぐ!しかしその刹那には、間合いを詰められていた!


「はっはぁ!!」


「くぅう!?」


 それは、展覧試合予選にて見せた秒殺劇、奇襲の飛びつき腕十字固め。中井は飛びつかれ、腕を掴まれたものの、伸び切るまではしなかったが、坂口を吊り上げる形になってしまった。


 キリキリと締め上げられ、腱が伸びようとしている。まさかのまさか、中井真也は自らの得意とする『関節技』を模倣されたのだった。



『創作は模倣から始まる』


 帝政ロシアの詩人、レフ・トルストイの言葉である。


 それは芸術だけの話では無い、スポーツ、勉強、仕事……全ては師の手本の模倣から始まる。格闘技もまた同じ、先達や師範代からの見本を模倣し、磨き上げる事から始まる。


 するとやはり出てくるのだ、才ある輩というのは。たった一度の見本で、完璧に模倣してのける輩は。さながら鏡写しの様に、模倣、理解、行使できる者が。


 霊長類などの、高等動物が持つと呼ばれる神経細胞『ミラー・ニューロン』


 坂口義樹は、現世において模倣の天才であった。一度見たもの、聞いたものを簡単に真似ができ、習ってしまえば、自らの一部の如く吸収した。


 それは最早、模倣などという言葉に収まらない……複製である。坂口義樹は『軍事オタク』ではない、軍隊格闘術を修得し軍事教練も修了した『軍人』であった!


「な、わ、けぇ……あるかぁああああ!!」


「おおぉおお!?」


 伸ばし切る直前の腕、それごと中井は腕十字に掴み掛かった坂口を高々と持ち上げれば、そのまま飛び上がり地面に坂口を叩きつけた。力技の、パワーボムの如き叩きつけに、坂口は中井から手を離して後転して距離を取った。


「何が模倣の才能だ!ああよく分かった……くそっ!ちょっとばかし身構えていた自分が馬鹿馬鹿しい!!」


 苛立ちが募りヒスを吐き散らし中井は、目力を滾らせ坂口を睨む。坂口はいきなり叩きつけられはしたが、打ちどころはさして引きずる様な場所ではないが、いきなり中井が気でも触れたような動きをしてきたので呆気に取られて動けずにいた。


 そうして、ふうと一息を吐いた中井は、落としていたスペツナズナイフを握り構え直して言い放つ。


「来い、軍オタ……秒殺してやっから」




 そうして、決着が近い中井を他所に……TEAM PRIDE総大将神山は……。


「しゃあっ!!」


 フェイタル・ラプトルを冠する執行部隊の一人、エルンスト・オズマと、異世界転移してきた旧ルンピニー・スタジアムのリングにて打ち合っていた。


 古いリングの床板が軋み、揺れて、互いの拳が、足が空を切りぶつかり合い風を切る音だけがスタジアムに響き渡る。無観客試合、ムエタイとミャンマーラウェイ、日本人とオランダハーフの、タイ王国ミャンマー国の代理戦争は始まったばかりである。


 しかして、互いに同じ系譜を持つ格闘技を修めた者同士ともなれば、パズルが噛み合う様に同調する。お互い、これが命すら奪うのも良しな世界の殺し合いにも関わらず、ルールを決めあったかのようにタブーとなる攻撃はしなかった。


 オズマはパンチ重視のスタイル、前傾姿勢じみた体重の掛け方で、ジャブを放っては距離を縮めようとすると、神山は間合いに入らせぬとばかりに伸ばした右手で払い、ステップワークでロープを背負わず打ち終わりを狙うように蹴りを放つ。


「ずいぶんとまぁ綺麗だな、ええ?頭突きも金的もしてこないなんてよ」


「許されるのは故意で無ければ、の話だ」


 撃ち合いの最中に離れて、言葉を交わせるくらいには互いに拮抗が続く。得意の頭突きや金的はしないのかと挑発する神山に、オズマは動じる事なく言葉を返す。


 参ったなと、神山は笑みを溢した。負ければ出場権没収の戦いである、それなのに楽しんでしまっている自分が居る。何しろ相手は、同じ土俵、同じ畑の人間であるからだろう。そして現世から流れ着いた憧れのリングでもあるのが、神山に余計な煩悩じみた思いを湧き立たせている。


 しかし、それでは駄目だと自らに喝を入れるように、神山は拳に力を込めた。ここで負けるなど許されないのだから。


 神山が踏み込む、ジャブ無しでいきなり飛び込むような右のストレートに、オズマは下がった。それを更に神山が追うように飛び込み一気に距離を詰め、左腕を折りたたみ右へと肘を振り抜いた。叩きつけるような左肘は、オズマの前腕により頭への直撃を防がれるが、勢い付いた力によりオズマの体が揺らいだ。


「疾ィイッ!」


 腰を捻り右足で床を蹴り放たれる、神山の右膝が、オズマの腹部を穿ちくの字に身体を折った。深く突き刺さり、悶絶必死の膝にオズマは後退すれば、腕が下がり頭部はガラ空きになった。


 終いだと、2度目の左肘がオズマに叩きつけられた。


 完璧なコンビネーション、こうもなれば意識は飛ぶ、いかに打たれ強くても景色は揺らぐと、経験から推測していた神山。


 しかしーーその刹那……。


「えっーー」


 真下からのアッパーカットが放たれる様に、神山は自らの顎が砕け倒れる様を幻視した。


「おあぁああ!?」


 絶叫じみた声と共に神山は思い切りスウェーし、何とかそのアッパーカットを回避した。そのまま背中からリングに倒れるものの、すぐさま転がり距離を離し。オズマの姿を見やった。


「おいおい……ノーダメージかよ」


 失神どころか立ち眩みすら無く反撃してきた、アッパーを振り抜き天に腕かざすオズマに呟く神山。オズマは額に刻まれた傷を親指で拭い去るや、傷はあれどそのまま血はピタリと止まった。


「いや、しっかり効いてる、だが俺は生まれつきこうでな……痛みも熱も感じやしない……」


「何だって?」


「生まれ持っての遺伝子異常だ、酷い時には骨折も気付けない」


 そんな事があるのかと神山はオズマの話に絶句した。


「故に俺は止まらない、敵対した輩を殲滅、鏖殺するまで決して止まらない、Fataleの名を冠するこの俺は……この体が朽ち果て死ぬまで敵を殺し続ける!!」


 自らの二つ名、その意味を実行するかの様に、これまでは遊びだとオズマが床を蹴り神山に向かって飛び掛かる!


「はぁああ!!」


「くぁあ!?」


 倒れ伏した神山を踏みつけに急降下したオズマ、それを素早く立ち上がり走って回避した神山が見たのは、振動と共に揺れたリングと、喧しい音を立てて床板を蹴り抜いたオズマの姿であった。

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[一言] 技術や技に最適化した肉体じゃないのに技だけを模倣して完璧になるかな?無痛症とはやっかいな…普通は日常生活に支障が出て大変だと聞くのに。
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