遺伝子の悪戯 上
互いに挨拶を済ませて、ニンジャ・イーグルことアンダーソンは更に話し出す。
「この度は、アナタの命を奪いにマイリマシタ。セイタローさん、覚悟メサレよ!」
わざわざ背中に刺した忍者刀、その柄に手を伸ばして構えるアンダーソン。対する河上静太郎、腰を落としながら、ゆっくりと……柄に手を伸ばして愛刀を再び抜き放つ。
河上静太郎は、戦闘時に大凡構える場合、下段に構え脱力する。下段の構えより来る相手の手、ないし指を切り落とすのが河上の特に使う技である。と、同時に挑発の意味合いも持っている。
が、此度河上が、アンダーソンに対して見せた構えは……。
「来やれニンジャ、この首易々と討てると思うな」
高く掲げた刀の刃は天に、切先は敵に向けた構え。『霞の構え』と呼ばれる構えを取り、河上はしかとアンダーソンを見る。その構えを見るや、アンダーソンも忍者刀を背中より抜き放ち……右手逆手に構え、左手を顔の前へ人差し指と中指だけを立てて口元に添えた。
意味は無かろうな、河上は笑いを堪えた。嘲笑ではない、愉快ではあるが、恐らくは外国人が勘違いのニンジャ像を構築しそのまま体現した忍者だ。空想の忍者と、戦えるという高揚が笑みを沸かせていた。
仕掛けたのは――河上!
落ち葉を巻き込む踏み込みと共に、霞に構えた刀身が、アンダーソンの首へ早速向かう!しかし、それをプロボクサーのスウェーバックのごとく見事に回避したアンダーソンは、独楽の様に身体を回し、逆手持ちのニンジャ刀を河上の首に振り放つ!
河上はそれを避けない、愛刀の横身にて斬撃を上に払い逸らし、そのまま振りかぶり唐竹に振り下ろすが、その間髪の間にアンダーソンは接近!
「む!?」
「イヤァアアア!!」
左の掌底が、河上の胸板に命中した!左肩に近いが、それでも河上は目を見開き、その威力に足をもつれさせる。
河上静太郎、この馬鹿げた世界において恐らく初弾を許した瞬間であった。
踏みとどまった河上、その前には既にアンダーソンが、空高く飛翔し足を振りかぶっている。この間合いならば蹴りは届かない……筈だった!
宙を舞う時間が長い!というよりも、飛翔する距離が長い!ここまで跳ぶか!?河上はしなやかな足から放たれる蹴りをなりふり構わず転がり回避した!
空を切る無知の如き空中回し蹴り、河上はさらに距離を離し右手で切先をアンダーソン向けて片膝付けて、間合いを保つ。他のTEAM PRIDEの面々がこの場に居れば驚愕するだろう……河上静太郎が追い詰められ、服を土に汚している様に!
そして何より……河上静太郎は自嘲気味に吐き出す。
「迂闊だった……凄まじい身体能力だな」
間合いも見誤り、初撃も取られた、これ程まで嬲られようとはと言うやアンダーソンは笑った。
「サムライ、ニンジャを舐めるなよ?」
そう、ニンジャだ。紛れもなく、目の前に居るこの黒人は『本物の忍者』だ。河上はそう自分に言い聞かせる。そして相手の恐ろしさ、根底にある力を分析し
「嫌なものだな……こればかりは、生まれ持っての才とやらか……俺の剣の才能しかり… 、アンダーソン、お前の人種としての才能……これが黒人のバネか」
人種による、筋力差や身体能力の差はあまりにも大きい。
白人、アジア、黒人と、大まかに分類される三種類の中に置いて最も身体能力が高いのは黒人だろう。アフリカの部族の中には、成人男性を飛び越すような高さをその場で跳ぶ部族が居るように。生まれ持った遺伝子レベルの違いは存在する。目を逸らす事ができないのだ。
アジア人が陸上短距離の表彰台に登れず、黒人達が悠々と立つ様は、決して砕けぬ壁である。
河上静太郎は痛感した、今まさに自分は『技』を『力』で押し切られていると。磨き上げた技が、積み重ねた経験が押し潰されようとしていると。それはーー。
「なんとまぁ……愉快だな」
なんと楽しい事かと、河上は笑った。そうしてだらりと、構えていた刀を握る右腕を垂らし、アンダーソンを見た。その瞬間ーー。
「な、What's!?」
アンダーソンは、驚愕して消えた。その姿は、公園に生える木々の幹の上にあった。冷や汗を垂らし、右手で左首筋を触る黒人忍者は、確かに自分の首がある事を確認する。
ーー斬られていた。あと数瞬、反応が遅かったら首が飛んでいた。そんな『幻覚』に反応してしまったとアンダーソンはそう思ったのだ。
「Hay!!アンタもニンポーを使うのか!?」
幻術の忍法か!?この男、侍なのに忍術も出来るのかと興奮、恐怖ないまぜに尋ねる。
「さぁな、たが……これも避けたならもう、本気にならねばなるまいて!!」
その返事と、河上はアンダーソンの立つ木の前まで駆けるや横薙ぎに刀を振るった。
「ぬ!?Oh!?What's the F◯ck!?」
甲高い音、そして傾き始めた大木に思わず母国語の感嘆を叫び飛翔したアンダーソン。樹齢幾らかは分からないが、およそ太刀の一振りで斬り倒すなど不可能な大木が、斬り倒されている!
地面に着地したアンダーソンの前には、背を向けた河上がゆっくり振り返る。
「逃げてくれるなよ忍者……久々に……股ぐらが熱り立つ!!」
狂笑ーー先程から有利に、攻撃を当てた筈のアンダーソン。そんな心的有利を霧散に消し去る、河上の妖気、殺意……それらを込めた笑みを見たアンダーソンは冷や汗を垂らし忍者刀をまた構えた。
その頃、バルダヤ北エリアの『塔』
この地がさながらインドネシアの街を模倣するかの様な文化が見える中、懲罰部隊最後の一人が待つ塔は、文化から外れた建築様式だった。さながら中華圏の古塔を思わせる造り、その最上部にて色黒の、ブーメランパンツ一丁で怪物のマスクを被った筋肉もりもりマッチョマンが、汗を弾けさせポージングを決めては解き、また決めてと繰り返していた。
「まだか?」
決めては、振り向き、階段を見て。
「まだか!?」
また決めては、振り向き、階段を見てを繰り返す。
「遅いぞ町田恭二!俺の筋肉がカタボリックを起こしそうだぁ!!」
幾度こうしているのか数え忘れたが、そんな筋肉男『マッスル・ジェネラル』は待ち続けた。TEAM PRIDE HUNTにて、標的最後の一人町田恭二がここに向かっている。
まさか、途中でくたばったかと過りはしたが……それは杞憂に終わった。
足音が響いた。木造の階段を登る、ゆっくりとした足音……そして遂に現れた。身体中に返り血を浴びて、汗が蒸気になり漂うそれが、アニメのキャラクターが醸し出す妖気にも闘気にも錯覚する。
「来たか!町田恭二!!俺はマッスルーー」
マッスル・ジェネラルが、景気付けとばかりに名を名乗ろうとした瞬間ーー。町田恭二は即座に駆け出し、飛翔した。
「カァアアッッ!!」
両足を抱え込むや、右足をキレよく伸ばしながら落下と共に放たれたそれは、ヒーローが決め技に使う様な『飛び蹴り』であった。しかし、町田恭二という空手家が使えば、それは見事な奇襲技となる!鋭く、勢いよく放たれた足の外側、即ち『足刀』による蹴り『飛び足刀蹴り』が、マッスル・ジェネラルの顎先を捉えたのである。
巨体が揺れた、町田恭二はこの時初めて、マッスル・ジェネラルの身長が2m近くあるのを理解した。だが、そんな事など知るかと、既に町田の突きが、蹴りが、その鍛え上げられた肉体に突き刺さる。
「ッシャアアアア!!」
室内に響き渡る、大口径か、はたまた対戦車ライフルの砲撃の如く打撃音が、マッスル・ジェネラルの胸板、腹、腿、を凹ませていき……。
「セイィイイヤァアアッッ!」
大木を一振りで薙ぐような右の回し蹴りが、左側頭に叩き込まれ、巨体は床に叩きつけられた。
町田恭二、まさかの奇襲からの連撃によって、マッスル・ジェネラルを粉砕!ぴくりとも動かないマッスル・ジェネラルを見下ろす町田の目は、何も感傷や激情も感じぬと冷たく見下ろしていた。
会合数秒の秒殺劇、町田は残心を取り構えを解き背を向け、去ろうとした。
「成る程……見事な打撃だ!町田恭二!!」
しかし、響いた声に足が止まり振り向かざるをえなかった。そこには、見事な倒立をキメたマッスル・ジェネラルが、ゆっくりとそのままブリッジになりながら、上体を起こし満面の笑みを浮かべて着地したのである。
町田は、打撃痕すら見当たらないマッスル・ジェネラルの肉体に驚かされた。手ごたえは確かにあった、致命の攻撃を浴びせた、運が良くて全治数ヶ月の本気の連繫を叩き込んだにも関わらず、この男はノーダメージだと言い切る様にピンピンしていたのだ。
「だがな……俺は生まれながらの超人!鍛え上げれば鍛えるだけ高まる筋力!そして防御に振り分けたステータスの前で貴様の空手は通用せんぞ!!」
自らを『超人』とまで呼称する、この肉体美を持つ輩、それを前にして町田は怪訝に顔を顰めた。
町田恭二は……過去、同じ『相手』と戦った事があった。その男もまた『超人』と仲間内から呼称されていた。その過去の男と、このマッスル・ジェネラルは恐らく、同じ『疾患』を抱えていると理解した。
「何だ?この世界は……中井くんの時もだが、因果まで引き寄せるのか?」
「む?何の話だ?」
「気にするなマッスル・ジェネラル、こっちの話だ」
町田の呟きに反応するマッスル・ジェネラルに、町田は再び構えながら言った。
「ミオスタチン関連筋肥大か、また戦う羽目になるとはな」
人間しかり、動物の筋肉を形成するのは『タンパク質』である。しかし、タンパク質の中には『ミオスタチン』というものがあり、これが筋肉の過剰な成長、発達を抑制している。即ち筋トレは、そのミオスタチンの分泌を阻害する事により、筋肉の発達を促すとも言える。
が、世の中にはこの、ミオスタチンの生成量が少なかったり、筋細胞自体が受け入れない体質の疾患を持つ者が居る。
するとどうなるか?たとえ鍛え上げずとも、筋肉は際限なく発達していくのだ。赤子ながらに割れた腹筋を持ち、懸垂や片腕立て伏せまでこなせる程に。
それが『先天性疾患』でもあり『特異体質』と呼称される、ミオスタチン関連筋肉肥大である。歴史に刻まれた豪将や一騎当千の戦士たちは、この体質を持っていたのではなかろうかとも囁かれている。
そして……町田恭二は、同じ体質を持つ者と戦った事があった。故にこの世界は因果を引き寄せるのかと吐いたのだ。
「お前は簡単に、壊れてくれるなよ?」
町田恭二の笑みに陰りが滲み、握りしめた拳がその肉体美へ放たれた。




