夜襲
ディナー後は再び自由時間として、TEAM PRIDEは解散した。
神山は膨れた腹を摩りながら、持て余している立派なホテルのベッドに寝転がっていた。後はもう寝るだけ、また明日から静養を続けよう……とはならなかった。
「どうしよう……少し走ろうかな?」
神山真奈都、まだまだ寝付けず。サーフィンで動いた割には筋肉痛や疲労も特に無い。腹も膨れて少し休んだから、歩きから軽くランニングしたいなと感じた。
神山とて、そもそも現世ではプロとしてデビュー試合を目前にした選手であるし、アマチュア時代に休む事の大切さは散々教えられた。が、まだ身体は眠りたいというスイッチが入ってないのだ。
そうと決まれば運動するかと、神山はサンダルを履いて部屋から出た。まだまだ夜が来たばかり、見たことない弦楽器で民族音楽を弾くスタッフや、姦しい声も聞こえた。日中は中々に騒がしくマリンスポーツもあちこちで見えた海岸も、夜になれば人気は……。
「おっと……」
いや、あった。夜の、こんな都会には無い星空のビーチだ、仲睦まじい男女が歩いていたりヤシの木の下で寄り添い座っていたり……。神山には全く無縁な、甘々でプラトニックな雰囲気があちこちから漂っていた。
「うわぁ、ランニングしたら空気ぶち壊しだな……えぇ……」
こんな場所でランニングする心臓も、空気をぶち壊す程の嫉妬心も流石に神山は持ってはいなかった。神山は踵を返しホテルに戻る事にした。
かー……甘酸っぺぇなぁと頭を掻きながらホテルの入り口に戻った神山だったが……。
「あら、マナト?」
「マナト様、出られてましたか」
丁度だった、戻った矢先に神山の前に、主人たる令嬢マリスと、メイドのニーナが現れたのだ。
「っす、マリスさんにニーナさん、夜の散歩ですか?」
簡単な挨拶として言葉を交わす神山、浜辺で見た二人はそれなりに派手では無い落ち着いた水着姿だったが、一気に印象が変わった。二人してまぁ深いスリットが入ったドレスだ。
思えば、マリスもニーナも顔からスタイルから何までいいのである。似合わないわけがない、今更な話だが神山は改めて美女二人と対面している事実を実感し、少しばかり心臓が跳ねた。
「そうよ、潮風が気持ちいいし、マリスとね……」
「マナト様は帰ってきた所ですか?」
声もなんだか知らんが蠱惑的だ、いつも聞いた声な筈なのに……神山は顔を赤くしながら、平静を装い口を開く。
「あー、まー、そんな所ですね……じゃあ、お休み」
これ以上話すのは、なんだか不味い気がする。あとは二人で楽しんでどうぞと、神山は横を通り過ぎ自室に戻ろうとした。
「待ちなさいなマナト」
しかし、そこをマリスが呼び止めた。
「なんすか?」
「夜に女性二人、歩かせる気?折角だから付き合いなさいな?」
ボディガードしろと、マリスより命じられた神山は一度真顔になり、そして嫌そうな表情を作り上げた。
「えっと、命令っすか?なら河上さんとか喜んでやってくれると……」
「命令よ、セイタローが夜に大人しく部屋に居ると思うの?」
参ったな、話とか出来ねぇぞ。しかし彼女は神山の主人であり、断る事もできない。神山はランニング代わりにマリスとニーナ二人の砂浜散歩の護衛をする事になった。
夜のバルダヤに繰り出したのは、神山と河上だけではなかった。中心地の繁華街に中井真也の姿はあった、東側の歓楽街が光を灯し騒がしくなっているのに対して、中心地の明かりは少なく人影も無い。昼は中心地の繁華街が、夜は東側の歓楽街がとスイッチのオンオフじみた切り替わりの夜町を中井は当てもなく歩く。
河上の様な夜遊びはしないが、中井は現世の夜中を歩く事が多々あった。ただの散歩もある、時にはクソなヤンキーや不良を叩きのめしたり、時には依頼されて二度とベッドから出られない様にした相手も居た。
だから……気付いたのだろう。中井は適当な街路で立ち止まり振り返った。
「出てこいよ、バレバレなんだけど?」
闇世に向かって中井が告げた、そして次回にゆっくりと現れた……いかにもな、布を被り姿を、顔を隠した輩。おおよそ自分より同じ背か、中井は腰のズボンに隠したホルスターに携えたスペツナズナイフに右手を添え抜ける様にして警戒する。
「いつから気付いていた?」
「今朝ホテルに来てから、ずっと視線感じてたし、何もしてこないからまぁいいかなとは思ったけど……あー気持ち悪……用があるなら話しなよ」
内容次第ではと目を細め、観察をする中井……視線もフードに被ってわからないが、来れば迎え撃つと気構えも十分だった。
「我々は展覧試合実行委員会、此度はTEAM PRIDEに参加資格無しと我々が断じたが、姫よりその証を立てよと、TEAM PRIDE討伐を命ぜられた」
中井は驚いた、そこまで情報開示してしまうのかと。大概ならさっさと死ねと襲い掛かって来そうな雰囲気醸し出しておきながら、律儀に所属と目的までこの輩は言い切ってしまったのである。
たが、同時に中井は納得もした。この世界、闘士同士の戦いは中途半端ながら正々堂々とした部分はあるのだ。オロチみたいな問答無用な輩が居る反面、目の前の輩は展覧試合の役員関係である以上、その辺りは遵守したいのだろう。
そして、話の内容を理解する。つまり……自分達を殺しに来たのかと。
「へー……本戦勝っときながらまだそんな事吐かすんだ、しかも……運営がねえ」
中井はゆっくりと、ナイフをホルスターから抜いた。素早く抜かず、わざと見せびらかす様に……そのナイフに目を向けたか、微妙に実行委員の輩の頭が動いたのが分かった。
「そも、展覧試合は優性召喚者の神聖なる試合場、劣性の者が上がる事自体がおかしかったのだよ……」
いかにもな、さながらテンプレじみた理由だった。召喚者差別とでも名付けたらいいかなと、中井はナイフの切っ先で左手の爪と、指の間のゴミを削り取りながら言い返した。
「いやいや、違うでしょ?素直に、こう言ったら?」
「何?」
「僕たち、お姫しゃまに選ばれたはじゅなのに、選ばれてもない、ちいむぷらいどに勝つことができましぇえん、自分達の貰った力の意味がなくなっちゃうから、どうかちいむプライドの皆様、まいりましからじたいしてくれましぇんかぁ……ってさぁ?」
中井はそれはもう、嘲る様に舌足らずな言葉で、侮蔑と嘲笑を込めた挑発を言い放った。さぁ、どうだ?ここまで言われて……来るか、逃げるか?いつでもナイフの留め金は外せるぞと指をかける中井に、実行委員会の輩は……。
「そんな挑発に乗ると思っーー」
乗らなかったので、中井のスペツナズナイフの刃は、実行委員会の輩に発射された。素早く横に避けた最中も、中井は既に駆け出して、輩の胴体に弾丸の如くタックルを喰らわせ押し倒した。
「乗ろうが乗るまいが、僕の前に現れた以上逃すと思うか!ああ!?」
テイクダウンし、そのまま胴体に乗り上げマウントポジションを取りに行こうとした中井、しかしーー!。
「ぬぅう!」
「お?」
輩の足裏が、中井の肩を蹴り押して離し、そのまま地面をする音を立てて中井の腕から抜け出したのだ。そのまま、しっかり距離を取るや実行委員会を名乗った輩は立ち上がった。
「自惚れるなよ中井真也……寝技がお前の専売特許と思わん事だ」
「へぇ……そう……」
なんと、抜けられたのである。本戦で捻り殺した水原陽一の様な、スキルの力ではない。今この輩は、中井真也の寝技から、同じ寝技の技術の片鱗を持って抜け出して立ち上がったのだ。
「いずれこの地でTEAM PRIDEは終わる、その時俺が直に引導を渡してくれよう……震えて眠るがいい」
そう言い捨てて、布を翻すと中井は逃すかとばかりに掴みかかったが、モヤの如く布すらも消え去った。ただ、地面に落ちたナイフの刃だけが月光に照らされ、路地で輝いている。
「ようやっとまともに戦える奴が現れたか……少しは楽しめそうかな」
ナイフの刃を拾い、柄にスプリングを押し付けながら地面に突き立てて留め金を戻し、ホルスターにナイフをしまった中井は、ホテルへの帰路についた。




