獣の目覚め 上
入場口に待つマリスとニーナ、そして中井を見た神山。中井は表情は真顔ではあったが右手を開いて軽くあげた。
「っえい!」
「お疲れ様」
良い音を鳴らしてハイタッチを交わすと、即座にニーナは神山にタオルを掛ける。
「お疲れ様です、マナト様」
「あざっすニーナさん」
汗も、返り血も拭いていると、マリスが少しばかり涙ぐんだ顔で見上げて来た。神山は頷いて一言だけ告げた。
「帰りました、マリスさん」
「おかえりなさいマナト、火傷ひどいからすぐに医務室へ行きましょう?」
胸板の靴跡の火傷と腹筋に刻まれた拳の火傷は、さっさと治して貰おうとマリスは自然とマナトの手を握り歩き出す。ああ、そういえばと、胸板と腹にくらったり、背中に何発も蹴りを入れられてたんだよなと試合内容を思い出した。
そして今になって、その疼きに痛みがぶり返して来た。ノルアドレナリンから作られるドーパミンが効果を無くしてきたのだ。それでも、現世の時の様に歩けなくなる程では無かった為、神山はマリスに連れられ医務室へ向かうのだった。
アリーナの医務室……それは救命病棟というか、野戦病棟じみた、幾つものベッドにカーテンがそれぞれ張られた病室だった。とはいえ、試合自体がそこまで死人と大怪我は無かった為慌ただしさは無い、しかも当日最終試合ともなれば、ベッドに居たのは町田恭二と、河上静太郎だけであった。
「肋骨やられてた、久々だったよ……」
「それが薬の一口、魔法の一振りでこの通りだ、神山くんはこれまた色々付けてきたな」
「でも、町田さんや河上さんに比べたら軽傷っすよ」
ベッドのリクライニングで上半身を起こす町田に、足を組み腕を後頭部に組み枕代わりにして、だらつく河上に、椅子に座して待つ神山が、笑って答えた。町田は肋骨を折られ、河上は爆音に鼓膜と内耳の損傷があったにも関わらず、薬を一飲みして完治したらしい。流石馬鹿げたファンタジーな世界だなと、神山はまだひりつく胸板やら腹部の疼きに歯噛みした。
「神山、空いてる医者連れてきたぞ」
「何か、皆で払ってるとか、蘇生院に行ったとかで……」
それから、長谷部と緑川が対応できる医者を連れてきたと椅子から振り向く。するとそこには……。
「うっす、あんたらマジに勝ったんすね、おめでとうっす」
「おや……キミは」
「あ、えーと……安藤さん?」
ボサボサヘアの色気など感じさせない、眼鏡をかけた女性。彼女は安藤彩音、TEAM PRIDEが予選第一試合の際、実行委員会に能力偽装を疑われた際に検査をし、更には神山の口内の裂傷も治療した展覧試合医療班の一人であった。
「おー覚えてくれてたとはありがたいっす、じゃあちゃっちゃと薬塗って治しちまいますね」
そうして、瓶詰めの青い液体、つまりはポーションのコルクを抜き取り、ねっとりと手に垂らし、否応なしにベタベタと神山の胸板と腹筋に塗りたくりだした。
「あひひひひ!ちょ!乱暴っすよまた!」
「気持ち悪ぃ声あげんなっす、しっかし、よくまあ怪我しますね?」
くすぐったさに気持ち悪い声を出すなとぶっきらぼうに言う安藤、しかしみるみると、戦った形跡など無くなったとばかりに神山の火傷は消えていく。
「本当……出鱈目ですよね」
「こればかりは現世にあればと思っちゃうんだよなぁ、目尻のカットからドクターストップも無くなるし」
この世界に長く居るが、この治癒の様子はやはり見慣れないと緑川が口にする最中、長谷部はこれが現世にあったらなどと叶わぬ夢想を呟いた、神山もそれを聞いて、同じだと言いたかった。目のカットによるドクターストップは、倒されて負けるよりも辛いのだ。
「あい、これでよし、内臓系はまた病院行ってくださいね?」
「あいっ!?」
パチン、と腹を叩いて瓶をしまう安藤に、マリスは少しばかり顔をしかめた。
「もっと優しくして、うちの大切な……闘士なんですから」
「そんな心配なくても、頑丈っすから安心してくださいよ」
「そう言う問題じゃ無いわ」
マリスと安藤の雰囲気が何やら不穏であった。が、それなどお構いなしと、医務室の扉が勢いよく開かれた。そしてぞろぞろと、何人も流れ込んできたのは、これまたローブを身につけた輩達であった。
「マナト・カミヤマ選手ですね?大会実行委員ですが……」
神山はこの時既に、またかよと頭を抱えた。予選第一試合でもあったなと。実はスキル隠蔽してないか、みなし失格にしようとした奴らだ。
「検査か?尿検査なら付き合うぞ?」
二度目、しかも試合後という事もあり、流石に苛立ちを隠さず神山は言い放つ。
「必要ありません、試合中、シュン選手の魔法を打ち消した件に関して、検査と質問をさせていただきます」
「魔法を打ち消した?」
実行委員の言葉に、試合を見れなかった町田が疑問の言葉を吐き、河上、そして長谷部、緑川も一体どう言う事なのだと、実行委員を名乗るローブの男達に目を向ける。
「試合中、マナト選手はシュン選手の魔法、ファイヤーストームを掻き消しました。上級呪文を掻き消すとなれば、それなりの道具か魔法、スキルの行使がなければ不可能です、が……マナト選手は道具類や装備品の届出にはその類のものがありませんでした」
実行委員会の物言いは、此度ばかりは最もであった。何故、鹿目駿が放った魔法の中で神谷真奈都が生きて脱出し、あまつさえ気合ひとつで吹き飛ばすなどできたのか?本来ならそれなりの準備、それこそスキルを行使しなければ不可能の所業である。
が、しかし神山自身も、困り果てたと頭を掻いた。
「いやそれが……俺もよう分からんのですよ、最初こそ鹿目の魔法はクソ熱かったし、けどあの竜巻?に関しては全く熱くなくて……で、叫んだらまさか吹き飛ぶなんて、ねぇ?」
「そうですか……」
神山自身が一番不可思議な事態で説明しようがないと語ると、実行委員の一人が、これまた見た事ある眼鏡を取り出した、スチームパンクじみた眼鏡、確かスキルとかを見透かすやつだったなと、神山は実行委員がこちらを眼鏡を通して見つめて、数秒して外した。
「やはり、魔力反応も無し……本当に異様な事象、としか言えないですな」
溜息を吐き、後ろに待機していた者達から落胆の雰囲気が伺えた、余程何かを見つけ、揚げ足取りをしたいらしい。
「しかし、魔法をいかに掻き消したか、どう説明するんですか?」
「道具を使った形跡は無い以上、証明のしようも無かろう……不正も無いとしか言えまいよ」
が、検査をした人間は中立を保っているらしい、一切の不正が見当たらないならば、何かしら起きたにしても神山を不正で失格にはできないと、他の付いて来た委員達に説明した。
「ではこれで、ご協力感謝します、マナト選手」
こうして、再び行われた検査もまたパスする事ができた神山であった。
「はぁ……勝ったら勝ったで不正疑われて……嫌になる」
勝つたびにこれは嫌になると、神山は少しばかり愚痴をこぼした。せっかくの気分も台無しだと溜息を吐く神山に、ベッドから河上がけらけらと笑いながら言った。
「なぁに、それだけ強いって事さキミが、別にローション塗ったりメリケンサック嵌めてたわけじゃないだろう?」
「秋山◯勲じゃないんすから……」
そんな不正するかと河上に言い返す神山に、マリスは仕切り直しとばかりに咳き込んで、皆に言い放つ。
「ともかく、本戦第一試合の突破おめでとう、四人とも……次は1ヶ月後のヴァルキュリア・クランね」
そうしてマリスが言ってから、ようやく自分たちは勝ち進んだのだと自覚する神山。一方でーー。
「あのアマをくびり殺すまで1ヶ月ーーくふ、くくくくく……」
「あの……どうしたんですか中井さん」
「放っときなさい緑川くん」
気味悪い笑い声を上げる中井に、何がどうしたのか尋ねた緑川だったが、触れたらならんと町田が止めた。築き上げた因縁が、もう目の前に迫っているのだから、中井のブレーキはもう無くなっているのだろう。
「それじゃ、あたしはこれで失礼するっす、お大事に」
その最中、もう用は無かろうと安藤は医務室を去った。そしてベッドに寝ていた町田、河上も立ち上がり首を回したり伸びをしてから、町田が呟いた。
「では、帰るか、試合も終わったし」
「そっすね……あ、着替えてこよっと」
あれだけ大暴れしても、終わってしまうと何と物悲しく静かな事か、TEAM PRIDEの面々は外壁の館に戻る事にしたのだった。
シダトアリーナから、観客達が出ていき帰っていく。次の本戦、準決勝は一ヵ月後。また地方都市からも、この中央からも観客が集まり埋め尽くされるだろう。客達は皆、今宵の熱戦の数々に花を咲かせて語り合いながら帰路に付く。まだ熱が冷めぬなら、外壁の飲み屋で夜通し語り明かす輩も居るだろう。
選手団の解散も、観客とは別の出口から行われた。TEAM PRIDEの面々もその通用口に係員から案内されて帰る事になった。内地から、外壁に通じる北東の門まで、馬車が捕まらなかったからとTEAM PRIDE一団は歩いて帰る事になった。
「お、なんか……涼しくね?」
星と月光が照らす街路、ふと風の冷たさを神山は感じ取る。シダトは熱帯の環境で、夜中の風も温いのだが、寒さを感じる風だと神山は呟く。
「もうそろそろシダトも冬になるわね、寒くなるわ」
「冬……そっか、俺ら半年以上はこの世界に居るのか」
マリスが冬が来ると言うや、ふと、この世界に流れ着いて半年以上経過しているのかと神山は実感した。現世はもう冬の入り口で肌寒くなる10月くらいかなと、思いを馳せる。
「シダト……この辺って雪とか降りますか、マリスさん」
「降らないわシンヤ、雪はさらに北まで行かないと……」
「そっすか……」
「雪、好きなの?シンヤ?」
「はい、夏より冬が好きです、雪も……」
シダトに雪が降らないと聞いた中井は、少しばかり残念がっていた。中井は冬が好きとは知らなかったと、神山は中井の好みの一端を聞いて意外だなと感じた。冬が好きな理由は何だか尋ねようとしたその時……。
「すまん、皆先に行っててくれないか?」
町田が何故か、皆にそう言った。




