控え選手の劣等生 下
マギウス・スクワッドの青年がソファから身体を起こして、左右に首を振り何があったのか、此処はどこなのかと現在自分が置かれている状況が変わっている事に気づいたのか、ゆっくり立ち上がった。
「おい、具合どうだ?」
「わっ」
神山が声を掛けて気付いた青年が、驚いて振り返る。男5人がテーブル囲んで座っていて、そして一人に視線を注ぐとなれば圧も凄まじい、驚かれても仕方がない。
「えっと……僕は……」
「馬鹿みたいにオーバーワークしそうになったから、彼が気絶させて運んできたんだ、ここはTEAM PRIDEの本拠地だよ」
町田が青年にそう告げる、青年は、TEAM PRIDEの本拠地に居る事実を知るや否や、身体を固めて震え出してしまった。
「あ?どしたん?」
そんな様子に神山が声を掛けると、またも青年は顔を青ざめさせてしまった。
「ち、TEAM PRIDEって……あの、DQN闘士集団の!?」
「はぁ?DQN闘士集団っ!?」
神山達は、ここに来てTEAM PRIDEの評判を初めて聞く事になるのだった。それを聞いた中井は舌打ちして眉間に皺を寄せ、町田は、頭を掻いて溜息を吐いた。
河上は長谷部にマジか、と視線を向けて長谷部は苦しそうな顔を見せていた。神山からすれば、僕らそんな振る舞いしたか!?と予選を思い出し……中井に顔を向けるが、中井は相変わらずのアイドルフェイスで、鼻で笑うのだった。
大概はコイツのせいだ!あと、河上さんだ!
全闘士への中指立てに、惨殺活劇、TEAM PRIDEのヒール通り越して暗黒面二人が原因で、こんな事になってしまったのだと、神山は気付いた。しかし、元々優性召喚者叩きのめそうぜイエー!で戦っている集まりなので、言われて仕方ないのである。
そして青年は、身体を震わせながら床に這いつくばり、額を地面に付ける体勢、土下座をしようとしていたのだった。
「す、すいません!命だけは!金なら払いますから!!」
「いやいらんから!頭も下げんなよ!?つーか何もせんから俺ら!!」
ここで土下座させたらガチにDQNじゃんと、神山は立ち上がり、すぐに青年を嗜めるのであった。
「本当に申し訳ありません、助けて貰っておいて取り乱しまして」
そんな青年は落ち着きを取り戻し、TEAM PRIDEの面々と同じテーブルに座していた。
「まぁ大事に至らなくて良かったよ、あー……名前聞いてないな」
「緑川社と申します」
青年は名を、緑川社と言った。そんな彼は、あの魔法練習場にて熱中症になるまで練習に励んでいた訳だが。
「で、社さんはなんであんなになるまで練習を?」
「それは……」
何故オーバーワークになるまで練習していたのかを尋ねる神山に、社が答えようとした。
「どうぞ、社くん」
のだがーー河上がその前に、とばかりに、綺麗な黄色い液体が注がれキンキンに冷えたグラスを社の前に置くのだった。
「あ、え?これは?」
「マンゴーシェイクだ、美味いぞ?」
河上さんがいつの間にか、マンゴーシェイクを作って持ってきたのだ。確かに果物は手に入るし、氷屋もあるが……それこそお洒落な店で出す様な物までこの人は作ることができるらしい。
「い、いただきます」
グラスを傾けて、社がマンゴーシェイクを飲み、ふうと一息を吐いてから、改めて話をする為口を開く。
「恥ずかしながら、僕は控えの選手、いわば二軍、いいや三軍の選手なんですよ」
「控えの……」
「はい、マギウス・スクワッドでは、チーム内に上下関係がありまして、実力で左右されるんです……僕はその三軍として所属しております」
その話を聞いた神山は思い出す、確かこの世界、シダト国における貴族の『格』と言うのは、闘士の質と数で決まるのだと。現世の貴族制度とは違い、より強くそして大人数の闘士を養い、手元に置けるかで決まると、主人たるマリスから聞いた。
「ふーん、それであんた、強くなる為にあんなオーバーワークを?」
「はい、チームに所属している下位の闘士は、殆どがそうなんです……」
その話を聞いた神山は、少しばかり頭がこんがらがった。確か、闘士をを養える人数も格の一つになるならば、この緑川社の風体というか、肉体はいかがなものなのかと。
彼は神山より身長が高い、それに対して彼を背負った際の軽さは、それはもう軽すぎた。50キロあるのかも怪しいし、見れば頬も痩けている。栄養失調としか思えない姿に神山の眼差しが曇る。
「確認するが、君は中央の闘士だよな?にしてはこう、肉体的にも弱々しく見えるが……」
その最中、町田がその話題に踏み込んだ。それに対して緑川は、目線を逸らしつつも話すのだった。
「それは、仕方ないですよ、裕福で好きにできて、贅沢できるのはそれこそトップを張る闘士か、二軍の上位くらいですから……僕みたいな所属はしていても下位の選手は、食事もあまり」
「は?」
さて、ここに来て神山はまた首を捻ってしまった。中央の華やかさもあるが、そのマギウス・スクワッドは財政難か何かか?養う事を放棄しているのかと、神山は中央の闘士であった長谷部に顔を向けた。
「長谷部さん、その辺どうなんっすか?」
「シルバードラゴンは……前の主人が抱えるチームの一つだったからなぁ、そこまで人数も居なかったし、それなりに生活はできていたよ」
長谷部の話と、緑川の話を聞きつつ考え込む神山。あんなに綺麗で整った場所で、観客も身だしなみが良かったが、緑川みたいな奴らが居るのかと首を傾げた。
「内側の奴らって贅沢三昧的な感じしてるんだけど、違うの?」
「は、はい……それこそ闘士以外の仕事を掛け持ちしていたり、強い闘士の付き人やらしていたり、身売りする女性闘士も居ます」
この話題に、神山が感じたのはやるせなさだった。というのもーー。
「ケッ、なんだ、どの世界でも縮図って変わらないんだな?クソな男にクソな女が股開いて、クソみてぇに笑ってんだろ?」
「中井くん辛辣だな……マンゴーシェイク飲むかい?」
「ください」
中井が端を口にした。こんな世界だから、少しばかり自由があるかと思ったら、現世と何ら変わってはいないのだ。
まぁ分からんでもない、格闘技のジムとは違うが……相撲部屋がそうだ。強くなれば部屋がもらえるし、いい飯が食える。芽が出なければいつまでも褌持ちのままだ。
そして、女性闘士の身売り……確か劣性の召喚者の女性は、優性の召喚者にはけ口にされていたとか、用済みになれば捨てられていたとか、ポセイドンのカイトが語っていた事も神山は思い出す。
「しかしだ……そんななるまで練習してさ、飯も食えなくてどうするんだよ、本末転倒じゃないか?」
だが、どうしてこんなになるまで我慢しているのだと神山が尋ねれば、緑川はすぐに答えを返したのだ。
「一度チームを抜けた人間は、まず中央で生活できないんですよ、強いやつならまだスカウトがありますけどね、僕みたいなやつはそれこそ、外壁に出て行くしかないんです」
緑川の答えに神山は、最初こそ『外壁に出て行く何が悪い?』と言葉にしかけた。しかし、マリスという外壁に追い出された主人、何より外壁に追い出された召喚者がどうなったか、神山はそれを思い出して踏みとどまった。
外壁ではただでさえ劣性として追いやられた奴らが居る、流れ着いても憂き目に遭うのが想像できてしまった。だからこそ彼は離れる事ができないのだろう。
いつか自分も、まともに扱われる日を見て、枕を濡らして身体を傷つけて自らを追い込んでいるのだ。
「……なんか、腹減ってきたな……」
「え?」
そんな神山は、ふと昼飯がまだだと気付いて呟いた。
「昼飯にしましょうよ河上さん、マリスさんもニーナさんも呼んでさ?」
「そうだな、メシにするか」
そうと決まれば飯の支度だなと河上はそのままキッチンへ入って行った。中井も町田も立ち上がり、リビングから主人とそのメイドを呼びに向かう。
「緑川も食ってけよ、せっかくだからよ」
「は、は?」
「腹減ってんだろ?」
そして、まるで食ってくだろ?とばかりに神山は、緑川も昼飯に誘うのだった。
TEAM PRIDEの食事は現在、メイドのニーナ、そして河上静太郎がキッチンに立ち取り仕切る形をとっていた。河上静太郎が加入してから、食事のクオリティも間違い無く上がっていた。
「一体どこにオリーブ園があるのやら、それは置いといても使えるものは何でも使うべきだ」
「けど、醤油に味噌、米の姿が全く無い!」
「思い出させないでくれ、チェーンの牛丼が食いたくなる!」
この世界の調味料やら油やら、何処に原料があり、精製されてこうして売られているのやら?そんな疑問など気にするくらいなら、腹に収めて忘れちまえ、そうでもしないと故郷の味が恋しくなる!
河上に神山、町田が料理を盛られた大皿をテーブルに並べながらそんな事を話す。そんなTEAM PRIDEの昼飯、メニューはこちら。
主食は白パン、この世界でも相変わらずパンはある、麺もあった、だが米が無いから仕方無し。
主菜、鳥のトマト煮込み。正確に名前を呼ぶなら鳥とトマトの猟師風、イタリア料理である。
副菜、茹でブロッコリーに生トマト。筋肉にはこの二つがマスト。
汁物、懐かしのオニオンスープ。刻まれた玉ねぎとセロリたっぷりに、塩気のある細切れの豚肉、神山曰く、給食で出された物と同じ味がするらしい。
「ああいい匂いね、セイタローとニーナが作る料理は、毎日楽しみだわ」
ここで緑川は初めて、TEAM PRIDEを束ねし貴族マリスと対面した。マリスは皿に入れられたオニオンスープの湯気に笑みを見せている。
「それじゃあ、食べましょうかね、皆さん」
河上も席につき、TEAM PRIDEの食事が始まった。いつの間にか、席に座らされた緑川は目の前の料理、湯気立つスープに戸惑い、そして左右に座すメンバーを見る。
「どうしたよ緑川、腹減ってるなら食べろよ」
「あ、あ……」
「遠慮すんなよ」
右に居た神山から、手をつけてない様に遠慮するなと促される。マギウス・スクワッドの三軍の食事なんて、量も質も全く違う、それを前にした緑川は、スプーンでオニオンスープをすくって口に入れた。
懐かしい味が口に広がった、塩気と玉ねぎの甘味、ホロリと崩れていく野菜たち。痩せた身体に染み渡る温かみに、思わず涙が出てきた。
「お、美味しい、です……」
「そっか、良かったな……ていうかさ、そんなになるまで我慢すんなよ」
神山が涙を流す緑川にそう諭した、そんな痩せ細るまで耐え抜いて意味があるのかと、そこまで今のチームに固執する必要あるのかと。
「死んだら元も子もないからなぁ、さっさとやめちまえよそんなチーム、何するにしても生きてなきゃできないし……」
中井もぶっきらぼうに言いながらトマト煮を口に入れて、口端についたトマトソースを親指で拭って頷いた。
「話聞いてたけど、行くところ無いならうちに来なさいな、人手不足だし、その気があるなら地方の試合とか取ってくるわよ?」
その主人たる少女も、頼る先が無いなら丁度いいから来いと誘ってきたのだ。




