魔を砕くは空の手
ブーイングを背に受け、それに対して中指を立てながら中井真也がTEAM PRIDEベンチへ戻る。出迎えに神山が右手を上げていたので、中井も右手を開いて神山の掲げた手に叩きつけ音を鳴らした。
「払い腰から腕十字、お見事」
「余裕だよこんなの」
準備運動にもならない、とでも言いたげな中井を他所に、町田が椅子から立ち上がり闘技場へと歩み出す。その背中を見た神山は、興奮が押さえられそうに無かった。
空手道着に身を包んだ、町田恭二がそこに居る。空手界の生ける伝説が、予選では無かった空手道着に身を包み立っているのだ。もうそれだけで頼もしくて仕方ない。
「町田さん!」
「うん?」
「町田さんの空手、内地の闘士達に見せてやりましょう!」
神山の発破に町田は、少し微笑みを見せて前を向き、石のリングへ歩き出した。
ーー見せつけるか。
観客席を少しばかり目で追いながら、町田は帯を締め直す。小さな頃から、こんな場所で、こうして戦っていたなと思い出す。組手であったり、型であったり……こうして観客を前にして試合をするのは久々だった。
予選とは違う雰囲気だからか、それは現世の試合会場の様だと町田は錯覚すら覚えた。中井へのブーイングが収まらず、それは最早TEAM PRIDE全体へのブーイングに変わった中でも、町田の心は揺らぎ無い水面の如く落ち着いていたのだった。
一方で、ムーラン・ルージュ側ベンチでは、担架で運ばれた木田を見送った雇い主の令嬢ミラは、扇子を握る手に力を込めて苛立ちを募らせているのは誰から見ても明らかであった。
「あ、の、ナカイとか言う闘士!何なのよ!あの技!?一体何をしましたの!?」
この世界の住人からすれば、中井真也の関節技は未知の世界。如何な原理を持って倒されたのか理解できず、声を荒げるしかできなかった。これに対し、遠藤は何も言わずにリングへと向かった。
「ミツジ!負けたら承知しないわよ!!絶対勝ちなさい!!わかった!?」
「えぇ……負けません、いや……負けるわけないですから」
「ほー、自信満々じゃん」
遠藤光次は袖の広がった、フード付きの服を着込んでいた。そしてわざわざ、フードを被ってからリングへ向かったのだった。
「まぁ心配ないでしょう、相手劣性でしょう?だったら遠藤に勝つのはまず無理ですから、このまま3タテしますって」
双剣の闘士がニヤリと笑う。これから先は如何な強さを持とうが、劣性には勝てない領域だからと自信満々に言い切った。
『え、えー……波乱の幕開けとなりました、第一試合……会場はシンヤ選手へのブーイングに包まれる中、シンヤ選手は連戦を降りて次鋒へと交代しました』
実況のフルタチは苦笑と共に解説を続けた、展覧試合の実況歴は長いが、これ程までブーイングが凄まじい選手が居ただろうか?歴代でも最悪の不人気闘士が生まれたやも知れぬと、マママンに話を振った。
『TEAM PRIDEは全員一試合ずつ出て戦う形を取っていますが……この展覧は先に大将を倒したら勝ちの勝ち抜き戦、意味はないのですが予選の二試合はこれで勝ってますね……そして、現れたのはTEAM PRIDE次鋒、キョウジ・マチダ選手ですが』
『一戦目ではこれまた秒殺勝利、二戦目は……なんと、アルス・タケハラ選手のスキル、自動防御を破って勝利してます!」
次いで現れたTEAM PRIDE次鋒、町田恭二の解説に移るフルタチとマママン、しかし未だに彼らも、中井真也の戦いを見て、流石にまだ贔屓目は抜けなかった。
『対するムーラン側、ミツジ・エンドウ!これは……あー、マチダ選手がまず勝つのは難しいでしょう』
『相性はありますからねぇ、これは流石にTEAM PRIDEはここで初の敗北を刻まれるでしょう!』
フードを被り目元を隠した自分の対戦相手、遠藤光次を前に、町田恭二は立つ。背格好からして、鍛えてはいない、経験を感じる様な風には見えない、手の内も武器らしきものも無いが……如何な戦いをするのかと、町田は情報の無さに難儀した。
「両者離れて」
審判の声に従い、背を向け離れる。ふと町田恭二は、柱から走る光に目を向け、今しがた踏み入った闘技場柱から柱にかけて見えない壁ができていたのだ。
嗚呼、そういう。町田は魔法で作られたらしい壁を触れてから、遠藤むけて振り返った。
「始め!」
開始の合図が鳴らされた刹那、町田の足は石の床を蹴り、一気に遠藤向けて走り出した。何も分からぬならば、先手を取り畳み込むまで!中井に続いて秒殺劇を彩るかと思われた町田恭二。
ーーしかし、町田の腕が遠藤に届く事は無かった。
「馬鹿が!」
「むうぅ!?」
遠藤がかざした右手から、確かに何かが放たれた。それに対して町田は、両の腕でその射線の先となる胴体に重ねて防御体勢を取った。
バジン!と音を立てて腕が跳ね上がり、町田は足が止まり逆に後ろへ下がった。
「今のは……」
「TEAM PRIDEは全員が格闘技の経験者かつ、劣性なんだってな?」
フードの下から微かに見えた遠藤の口が二マリと釣り上がる。町田は衝撃を受けた腕と遠藤を交互に見て、理解する。
「ならお前らは終わりだ、この俺を倒す事はできない、スキルも持たない、クラスも無いお前らが、勝ちに徹した魔法使いに、自慢の肉体は届きやしないんだからななぁ!」
そう宣言した遠藤は、左手を掲げ、瞬時に喚び出した火球を町田向けて放つのだった。
「魔法使いか!いよいよこの状況が出てきちまった!」
「シルバードラゴンの時は、長谷部さんが君に合わせたからねぇ……」
神山が町田の相手が放つ魔法を前にして、歯を噛み締めた。町田は放たれた火球を、右へ身体を転がして回避する。この状況が来てしまったかと、その初めては町田恭二になったかと、神山の拳に力が入った。
TEAM PRIDEは全員が劣性召喚者であり、皆クラスだのスキルだのを有していない。故にーーこの展覧試合に置いて、必ず陥る状況というのがあった。
それは『魔法』との対決だ。
この馬鹿げた世界に存在する、科学とも違う異能。こればかりは、神山達が決してその身に宿す事はできない、優性召喚者のみが扱える力だ。火を放ち、水を生み、風を靡かせ、地を震わせる。時として傷を癒すそれはまさに、神山達TEAM PRIDEの『天敵』『弱点』であり、展覧試合を勝ち抜く為に直面する『課題』であった。
そもそも、チームとして魔法使いと初めて戦ったのは、予選二回戦大将戦の神山真奈都ではあったが、相手チーム、シルバードラゴンの大将である長谷部直樹がボクサーとして、格闘家として神山に意地を通しての戦いに傾倒した為、事なきを得ていた。
もしも……長谷部がそれらを捨てて魔法にて神山と対峙していたら、結果は違っていたかもしれない。
そして遂に、町田恭二に問いを投げかけられたのだ。
『異能たる魔法を前に、格闘家は如何にして対処するか?』
が、それに対して神山は神山なりに対策と言うべきか、まずはこれをと考えていた手を。町田向けて叫んだ。
「町田さん的を絞らせるな!徹底的に動いて、撃ち終わりに踏み込んで距離を縮めよう!!」
神山が指示した方法は『動き回る』であった。
格闘技において、相手が格上、ないし背丈があり、間合いの広い相手に対しての基本的な戦術。動き回り、当たらない様にして近付いて行く方法。
魔法に対しても、相手の間合いが伸びたと考えればそれが通ずるやもしれぬ。
しかしーー町田恭二、それを聞いてもなお動き出さず。遠藤を見据えゆっくりと歩き出したのだ。
「ちょ!?町田さん無謀だって!!」
「気が触れたか馬鹿め!」
右手のひらに集まる風が、球体を象っている。不可視たる空気の形が見える、不思議なものだなと町田はそれでも前に進みーー。
「砕け散れ!」
そして放たれた風の弾丸、町田が次に行った事、そして起こった事態に観客はどよめきを起こす事になる!
「ふうっーー」
「なっ!?」
町田は両手のひらで、風の弾丸を受け止めたのだ。真正面から、かざすかの様に。
魔法で作られた風の弾丸が、町田の手に触れて動きを遮られる。手のひら、指の皮が風を受けてたわみ、その力が見て取れて分かる。
町田恭二はその風の弾丸と、現実の経験を比較する。さながら高速道路を走る車より、手を出したかの様な感覚だ。それを強くして形を作ると、こんな風になるのだろうかと考え……。
「むんっ!」
気合を込めて握り潰したのだった。
「ええぇぇえ!?嘘ぉ!!」
「まさかまさか……握りつぶしたよ町田さん」
それを見ていた神山が驚愕し、中井もまさかの力技に絶句してしまった。
「ま、それくらいできるわな、町田くんなら」
対して河上は、できて当然と笑みを浮かべ、心配の一つも無しとばかりにその白き道着の背中を見やる。
観客達も、唖然としていた。そも、回避するなら分かる、魔法で相殺ならば常套手段、それならまだ頷いてもいい。
しかし、握り潰すとはなんだ!?魔法とは、そんなものなのか!?異能の力は、人の指で握りつぶせていい代物なのか!?
それを目の当たりにした、魔法というアドバンテージを有していた遠藤光次からすれば、溜まったものでは無い!今の今まで戦ってきた相手は、避けるなり魔法を打ち返すなりしてきたのだ!それを生身で対処するなどという、非現実を有しながら現実味の無い事態に顔が歪む!
「だ、だからどうした!どうしたってんだよぉお!?」
遠藤が叫びを上げて両手を広げる、そして左右の手には火球が形成され宿り始めた。
「風ならまだしもこいつはどうだぁ!!」
左、右と、火球のつぶてを町田目掛け投擲する遠藤。それに対して町田は、いよいよ持って呼吸が整ったのか、鋭い眼光と共に火球と対峙した。
「ええぇい!」
一発目の火球に、右足が石畳を踏み締め左足の上段回し蹴りを放つ。火球は町田の道着に燃え移るどころか、その風を切る鋭さを前に霧散した。
「ぃいやぁああ!」
勢いを殺さぬまま回転しながら、迫る二発目の火球を、裏拳で薙ぐかの様に振り払えば、火球二発は消え去った。
町田からすれば、先程の風の弾丸よりも楽な攻撃であると見て取れた。火を纏ったツブテなら避けていたが、今放たれた火球は火種を持たぬ不安定な炎、強風の前には立ち消えるが定めである。
「はぁああ!?」
勝ち誇っていた遠藤の顔が、驚愕に歪む。その隙を町田は見逃さない、この前進で既に遠藤は……町田恭二の長距離砲の間合いに入っていたのだ。
「疾ッッ!」
呼吸一つ、確かに遠藤は聞くとその刹那には自らの顎が跳ね上がっていた。遅れて……スパァンと軽快な音が会場に鳴り響く。
遠藤の足が石畳から浮き、後頭部より着地して、その顔面は……鼻骨が陥没して上下の歯が砕かれた酷い有様となっていた。
対して……前屈立ちに右の逆突きを繰り出した町田恭二は、右拳を腰に引き残心を取り、そのまま自然体に立ち上がり、顔の前で腕を交差させ、十字をゆっくり切った。
「ふぅ……」
一息を吐き、審判に目配せをする町田、それを見てから、この刹那の一撃を見る事叶わず呆気に取られた審判は、やっと手を上げた。
「し、勝者!キョウジ・マチダ!!」
町田恭二が異世界の異能たる力、魔法に対しての対処法、その解は……。
『己が鍛えた技と力にて、真正面より打ち破る』
であった。




