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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 後編

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”ユイはまだ生きている”

 ユウはゆっくりと身を起こすと、まずは身体の具合を確かめた。

 深く傷付いた身体の方は再生している。まったく問題ないようだ。

 リルナが助けてくれたこと。ミックたちが必死に看病してくれたこと。

 彼女がずっと呼びかけてくれていたことは、覚えている。


「…………」


 立ち上がり、窓の方をぼんやりと眺める。

 真っ暗な宇宙空間がどこまでも広がる様を見つめて、物思いに耽っていると。


 そこへリルナが入ってきた。

 彼女もつい先ほど、壮絶な記憶との戦いを終えていた。

 アルの用意した罠――『痛み』に打ち勝ったのだ。


 リルナはようやく身を起こしたユウの姿を見つけ、一瞬顔を綻ばせる。

 だが物憂げな横顔を見つめたとき。すぐにどうしようもなく哀しくなってしまった。

 この人が過ごした年月の果て、いかに変わってしまったかが見えてしまったからだ。


 エラネルの青春は。エルンティアで過ごした戦いと愛の日々は。

 たくさんの苦い出来事はあったけれど、良き思い出としてお前に刻まれていたはずだ。

 だがその後は、あまりにも……。

 アッサベルトで得た『絶望』が。ラナソールでの『覚悟』が。リデルアースで受けた『痛み』が。

 もはやこの人を。

【運命】に振り回されながら、誰よりも人であろうとし続けたこの人を。

 ついに人にはしておかなかったのではないか。

 かつての優しいばかりのユウならば、決して持ち得なかった。わかる人にはわかってしまう。

 もはや常人ではあり得ない――凄みを帯びていた。

 弱き旅人は戦士となり。誰にも真に理解できないほど、遠くへと行ってしまった。

 もはやわたしにも。奪われたたった一人の『姉』を除けば、誰にも【運命】を分かつことはできない。

 かくも壮絶にして、寂しいものなのか……。

「泣きそう」になりながら、一抹の不安とともにリルナは問いかける。


「お前……変わったか? 何というか、雰囲気が」

「いや……うん。そうだな。色々あったからね。本当に……色々なことが」


 少し俯いた横顔は、どことなく憂いを帯びている。

 どこか寂しそうに。【運命】に虐げられた人々の深い哀しみを背負っている。


「もしかしたら。とっくにどこか、おかしくなってしまったのかもしれない」

「……なあ」

「でもさ。信じて欲しいんだ」


 彼がリルナを真っ直ぐに見つめたとき。

 彼女にもようやくわかった。ほっとした。

 大好きな瞳だけは、そのままだと。

 根は揺るぎない意志と、世界の厳しさを正面から見据えるだけの強さが。

 そしてあれほどのことがあっても。憎しみや怒りには染まらない。

 決して消えることのない、穏やかな温かさが。優しさが。


「大切なものだけは。一番大切なことだけは、変わってないつもりだから」


 杞憂だった。

 この人は、ちゃんとユウのままで。優しいままで帰って来てくれたのだ。


「ああ。信じるよ。お前は間違いなく、星海 ユウだ。よく帰ってきてくれた!」

「ただいま。リルナ」

「おかえり。ユウ」


 二人は固く抱き合い、数年ぶりの熱い口付けを交わした。



 ***



 限られた時間の許される範囲で、愛を確かめ合った後。


「随分遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ」

「ジルフさんにも怒られちゃったよ。『起きろ。バカ弟子が』って」


 そのことから、薄々何があったのかも察してしまったけれど。


「なあ、リルナ。話を聞かせて欲しい。今まで何があったのかを」

「つらい話が多くなるぞ」

「わかってる」


 覚悟を決めた男の瞳に、今さら聞くことでもなかったかとリルナは微笑む。

 そして彼女は、知る限りのことを話した。

 今はトレヴァークに向かっていて、間もなく到着予定であること。

 ユウの旅したあらゆる世界が、皆大変な状態になっていることを。

 アイが各地を洗脳して回っていることを告げたとき。

 ふと、ユウの口から疑念が漏れる。


「なぜだ」

「ん?」

「どうしてそんな回りくどいことをするんだ」

「なに? いや、そうか……」


 言われてみれば。

 アイは欲望に忠実である。欲しいままに侵し、そして喰らう。

 それにしては、もってまわったというか。やり方が回りくどいのではないか。


「あいつは、どんなに人を虐げるのが好きでも。無駄なことだけはしなかった」


 食べられるものなら、とっくに食べているはずだ。

 ごちそうを前に自らお預けするような、素敵な性格はしていない。

 だから何か不自然なんだ。おかしいんだ。何かが。


 ユウはそこで、はたと気付く。


 なぜあいつは、最初から勝負を決めなかった。

 リデルアースで。俺もあのとき一緒に喰らってしまえば、それで終わっていたはずだ。

 もはやまともに抵抗する力もなかったのだから。

 なのにどうして。わざわざ痛め付けるような真似なんかした。

 今だって。【神の器】を介して触れられるのだから、その気になればとっくに食べられるはずなのに。

 どうしてこの戦いは、まだ続いている……?


 そして、ついに真実に気付いた。


「ああ。そうか。そうか……」


 ユウの目から、絶望や哀しみとはまるで異なる。

 熱く、温かな涙が溢れてくる。


「どうした? またつらくなったのか」

「いや……。大丈夫だ。もう、大丈夫だ。わかったんだ」


 あの人は。約束を一度だって破っちゃいなかった。

 たとえ声が届かなくなっても。誰よりつらくても。

 ずっと一人で戦っていてくれたのだと。


 そして――今も。


 袖で拭って、再び顔を上げたとき。

 彼の目には、どこまでも戦い抜く意志と。必ず間に合わせるという強い決意が灯っていた。


「ユイは――姉ちゃんはまだ生きている!」



 ***



[心の世界]


 アイはあれからずっと、どこかでは不機嫌だった。

 記憶も。姿も。読み取れる感情も。力をほとんどすべて奪っても。

 全身を触手で絡め取っても。肉で包んでも。どんなに苦痛と快楽を与えても。

 この女は決して、最後まで折れようとしない。心だけは渡さない。

 そればかりか。

【侵食】のうち『人を喰らう』力だけは、自ら枷となって封じている。

 リデルアースにおいては、それでもアイ因子の結び付きが勝ったが。

 その後の世界では、どんなに洗脳を加えても。どれほど侵しても。食べることだけは許さなかった。

 だがお前の意志は徐々に弱まってきている。とうに星々へ唾は付けている。

 あとはお前さえ折れてしまえば。融け合ってしまえば。すぐにでも喰らってやる。

 お前の大切な『弟』も。誰もかも。すべて。

 もはや時間の問題だと言うのに。


「あなた。いつまで無駄な抵抗を続けるつもりなの?」

「言ったでしょ。最後まで負けるつもりはないって」


 星海 ユイは。

 この宇宙でただ一人、いついかなるときもユウと【運命】を分かち合える『姉』は。

 大切な『弟』のために。彼がまだ救えるように。決して手遅れにならないように。

 アイと正面から向き合い、ずっと孤独な戦いを続けていた。

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