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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 後編

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E2-1「壮絶なる『痛み』を抱えて」

[惑星イスキラ ミック研究所]


 リデルアース消滅。あれからもう一か月以上になる。

 ユウはずっと深い昏睡を保ったままだった。

 今もダイラー星系列産の全身浴式メディカルマシンで、じっくりと傷の再生を図っている。


 あのとき。星の爆発に巻き込まれる最悪の死だけからは、辛うじて救い出すことのできたリルナだったが。

 ほうぼうの体でミック研究所へ連れ帰ったとき。彼はその場の誰もが絶句するほどの、壮絶な大怪我をしていた。

 破裂した内臓も含め、全身深い傷のないところがなく。ひどい内部出血によって肌はあちこちがどす黒く変色している。

 四肢をすべて貫かれ、股間には惨たらしく喰い千切られた跡があった。

 瞳からは生気の光がほとんど失われ。身も心も徹底的に打ち砕かれ。

 生きているのがまったく不思議なほどの状態で、だがわずかに意志を残し。

 それでもユウは生きようとしていた。


 かの地にて、ユウとアイの戦いが始まったのはさらに数か月前。

 リルナはどんなに遠く離れてもユウと「繋がった」ままであり、日々届いてくる壮絶な感情にいたく心を痛めていた。

 ミックも焦る彼女の気持ちを汲み、急ピッチで《エーテルトライヴ》の開発を推し進めたのだが。

 最低限のテストを済ませ、ようやく実践投入できたタイミングがまさに世界の終わるその日だったのだ。本当にギリギリだった。

 凄まじい死闘になっていることを確信したリルナは、ミック兄妹のパトロンであるアイビィに依頼して、予めメディカルマシンを用意してもらっていた。

 最悪の事態を想定してのことだったが、その判断が功を奏し、ユウは一命を取り留めた。

 治療に一か月以上もかかっているのは、技術漏洩防止の制約で大昔の旧式しか得られなかったことと、それほどユウの傷が凄まじかったからである。

 ただ幸いにして、内臓や失われたモノも時間をかければ再生できるほど、ダイラー星系列の技術は優れているらしい。

 そのため、いずれ身体の傷だけは治るだろうが……。


 マスクを付け、薬液の中で眠り続けるユウの収まるカプセルにそっと手を触れて。

 リルナは物憂げな顔で、今日も最愛の人の回復を待ち続けている。

 深い後悔と無力感に苛まれながら。


 あのタイミングまで、どうしても間に合わなかった。割り込めたのが奇跡と言ってもいい。

 限界まで急いでくれたミックを一つも悪くは言えない。むしろ感謝しかない。

 だが、もう少しでも早ければ。そう思わずにはいられない。


「今も繋がっているわたしには、わかるんだ……」


 常人ならば、到底耐えられないほどの心の傷が。

 失われたあの世界。たくさんの友を奪われ。最愛の『姉』までもが奪われ。

 一度に降り注いだ八十億の死と苦しみと、絶望が。


 ユウ、お前は。いったいどれほどの『痛み』を……。


 果たして、また目覚めることはあるのか。

 目覚めたとて、それは元のユウと同じ人物なのだろうか。

 手遅れだったのではないか。とっくに壊れてしまっているのではないか。

 どうしても最悪の想像が、不安が拭えない。


 だがわたしにはまたわかるのだ。

 一人一人の『痛み』と正面から向き合い、受け止め。今も必死に己と戦い続けている彼を。

 ユウはかくも傷付き追い詰められても。壊れかけても。まだ諦めていないのだ。


 どれほどの旅が。困難が。運命が。

 お前をそこまで凄まじい「戦士」にしてしまったのか。

 ただ普通に愛されて、穏やかに人並みの生をまっとうしたかっただけのお前を。

 何がどうして。お前をそこまで……。


 そのことを想うだけで、リルナはまた「涙ぐみ」そうになる。

 もちろん機械人間の彼女には、泣くための機能は付いていないけれど。


 ――ああ。本当はわかっている。

 

 託された想いがあるからだ。願いがあるからだ。

 お前は自分のことよりも、誰かのために泣く人だ。

 わたしのためにも、一番に泣いてくれる人だった。

 そして人のためなら、どんな無茶もする。

 昔からずっとそうだった。本当にどうしようもない奴だ。

 お前は、在りし日の巫女や仲間たちとの。歪められる前の彼女たちの切なる想いを。

 もはやお前以外誰もいなくなってしまった、あの世界の最後の戦士として。

 たった一人で引き継いで、なお立ち向かおうとしている。


 そんなお前だから。

 きっと心優しいお前のまま、帰ってきてくれるはずだと。

 今も想いは伝わるはずだと。そう信じて。


 ユウ。

 かつて不幸なすれ違いから、幾度刃を交えたこともあったが。

 お前の大切な『姉』が、今は声の届かぬ場所にいるならば。

 あの恐ろしい怪物に攫われてしまったと言うのならば。

 せめてわたしが代わりに約束しよう。


 たとえこの先何があっても。やられることがあったとしても。

 わたしとエルンティアの皆だけは、ずっとお前の味方だ。


 なぜならば。わたしたちには【侵食】の牙など決して届かない。

 もはやシステムにも、誰にも支配されることのない。

 他ならぬお前の手で解放された人工生命――ナトゥラとヒュミテなのだからな。


 忘れるな。お前はひとりじゃない。

 いかなる苦難や死が分かとうとも。決してひとりぼっちにはしない。

 たとえこの身がなくなろうとも。想いはずっと側にある。だから。


 負けるな。ユウ。帰ってくるんだ。

 お前の帰りを、みんな待っているんだ。

 またいつもの可愛い笑顔を見せてくれ。下らない馬鹿なことで笑い合ったり、アホなことで怒らせてくれ。

 お前だけでは、どうにもならないことだってある。あまり自分を責め過ぎるな。

 もっと頼ってくれていい。どんな弱さを見せてくれたって、好きなだけ甘えてくれたっていい。

 お前の抱える深い哀しみを。苦しみを、痛みを。少しでも分けてくれ。

 あのとき、お前が力いっぱい抱き締めて教えてくれたことじゃないか。

 今度はわたしがお前を助ける番だ。わたしはここにいるぞ。ずっと側にいる。

 頼む。助けを呼んでくれ。

 ユウ。もう一度、お前の隣で戦わせてくれ……!


 どんなに縋り付き、切に祈ろうとも。

 生者の想いは、数多の死せる怨嗟の声に覆い尽くされて。

 ユウはまだ、深い闇の中にいる。

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