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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 前編

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12「響心声は脳を焦がす」

 あれからさらに一か月が経過した。

 アイはまたのらりくらりと嘲笑うように、追跡の手をかわし続けている。

 そして厄介なことに、力の高まりとともに一つ一つの犯行規模が拡大しつつある。

 蓄えた力が行動範囲を広げ、勢力を増したしもべがさらなる凶行の手助けをする。そうして加速度的に力を増しているのだ。

 それでも特に高い攻撃能力を持つアマンダとイプリールに対して、アイは明らかに二人との直接対決は避けている節があった。

 一人きりになったときを狙おうとしているのだろう。

 魔力銃を携えた私がしっかりとカバーに入るようになってからは、対面すらしていない。

 これが本当に嫌らしいところで。奴は自分に通ずる攻撃には、極めて慎重に立ち回っている。


 ところで【イクスシューター】による現場急行は便利だが、空中ではどうしても奇襲を受けやすい。

 私は対策として、透明化やステルス能力を併用することを提案してみた。

 何となく、それが良い対策だと脳裏に浮かんだから。

 ただ残念なことに、リデルアースに該当能力を持つTSPは確認されていなかった。

 根本的な対策は取れないことが判明したが、巫女たちはそれならそれでと気を引き締める。


『くるとわかっていれば、もう二度と遅れを取ることはありませんわ!』

『問題ない。あたしの足ならすぐリカバリーできるさ』


 イプリールとアマンダは、口々に頼もしいことを言ってくれる。


『怖いですが、助け合いましょうね』


 控えめで能力が防御寄りなメリッサだけは、私にちょっと甘えるようにそう言った。



 ***



 現在はみんな集まっての定例会議が行われている。

 オンラインも併用し、遠隔の者も参加できるようにしていた。

 個別事件の捜査はTSFの他に武装警察『ブリンズ』が担っているが、次第に彼らには手に負えない領域にまでなりつつあった。


「調子はどう? ベック」


 私の問いかけに、向かいの彼は哀しげに首を横に振る。


「最悪だな。先日はついに同僚がやられたよ。頭からぱっくりと……遠目で見るだけさ。近寄れもしない。ありゃひでえもんだった」

「そっか……。悪いこと聞いちゃったね」

「しょうがねえさ。この仕事やってりゃ、命を落とすこともある。だけどな」


 ベックはやるせなく続けた。


「ただもうちょっと、尊厳ある死に方はできないもんか。あんまりだぜ」


 嬉しいことが一つもない、重苦しい報告が進んでいく。

 議題が最近の事件に移ると、デカード隊長の説明を受けてアマンダは憤慨した。


「どうなってるんだいまったく! 近頃は子供ばっかり襲われてるじゃないか!」


 しかもあえてだろう。彼女の運営するクランシエル孤児院から、そう遠くない地点ばかり狙っているようなのだ。

 まるで予行演習だと言わんばかりに。


「君を挑発してるんだよ。あいつの考えそうなことだ」

「ほんっと性格の悪い娘だねアイってのは!」


 彼女はあいつに憤慨しつつ、募る心配からデカード隊長を糾弾した。


「言ったはずだよ。うちの孤児院に何かあったら承知しないってね!」

「すまない。また増員しようと考えている」

「はん、その程度で何とかなるもんかね。中途半端な戦力は喰われるだけだってのに。やっぱりあたしがいてやらないと不安だよ」

「アマンダお姉様。お気持ちはわかりますが、ここはどうか抑えて下さいまし」


 幾度の出撃でアイの脅威を思い知ったイプリールは、珍しく普段頭の上がらない彼女に進言する。

 あの彼女がしおらしくなるなんて、アマンダもよほどと見たのだろう。

 少し声のトーンを下げ、それでも切実な思いを述べる。


「わかってる。わかってるんだ……。でもね。あの子たちはあたしの一番の宝なのさ。ほっとけないんだよ」


 気持ちはよくわかる。愛する子供たちがあんな化け物に襲われたらと思うと。

 このままにしておくと、一人で飛び出しかねないな。危険だ。


「わかった。私と一緒にこまめに見回るようにしよう。デカード隊長もそれならいいですよね」

「うむ……。無暗に分断するのは得策ではないのだが、やむを得んだろう」

「恩に着るよ。ユウ」

「いいの。普段お世話になってるから、このくらいはね」

「たまには役に立ちますわね。ユウも。えらいですわ」


 いつもはよくされる側のせいかお姉さん面したかったのか、ここぞとわしゃわしゃ頭を撫でてくるイプリール。

 だからこっちが年上なんだけどね。しょうがないな。


「イプリールとメリッサは、見回り中は常に二人で行動するように。一人には決してなってはいかんぞ」

「言われなくても承知しておりますのよ」

「ええ。仲良くしましょうね。イプリール」

「はい! メリッサお姉様」


 あはは。二人だけにはほんと素直なんだよな。この子。


 これでようやく話がまとまりそうなところだったけど。

 そこへ、最悪の音声が飛び込んでくる。



『やあ。あなたたち、そんなところで無駄なお喋りして楽しいのかしら』



「「アイ!?」」


「どこからだ!」

「あ、アシュレイさんのカメラです!」


 隊長の怒号とほぼ同時、メリッサが鬼気迫る声で指さすと。

 オンラインで繋いであったカメラの一つが、わざわざこれ見よがしに彼女の方へ向けられていた。

 アイはヒトの肉で形作られた小山の上に腰掛け、愉悦たっぷりに私たちを眺めている。

 手前には、粘膜のような肉繭に全身を包み込まれた女性と思しきものが窺えた。

 また少し離れたところから、男の悲痛な叫びが聞こえてくる。


『やめろ! ベスを返せぇーーー!』


 氷炎カップルの片割れ、【炎使い】アシュレイの苦しげな泣き声だった。

 彼の姿は直接は映っていないが、どうやら身動きが取れないようだ。

 ということは、捕まっているのはエリザベス!?

 彼女と思われるものが肉繭の中で必死に蠢いているが、どうにもならないようだった。

 無様に足掻く様子を十数秒か、まざまざと見せ付けた後。


『だめ。もう待ち切れない。どんな味がするのかしら』


 奴に向かって、スライム状の塊が引き寄せられていく。


『いただきます♡』


 肉繭がアイに触れたところから、溶け込んでいく。

 厭味ったらしい咀嚼音が、呑み込まれていく間も嫌に耳へこびり付く。

 エリザベスのくぐもった悲鳴が徐々に小さくなっていくのが、カメラを通じて生々しく響いた。

 現場はかなりの距離がある。助けに行くこともできない。


 ひどい。あんまりだ。

 ただ見せ付けられるだけで……こんな!


 アマンダは戦慄し、イプリールは込み上げる吐き気に口を押さえた。

 メリッサは怯え、縋るようにこちらを見つめている。

 私はたまらず彼女を引き寄せ、震える肩を精一杯押さえてやる。それしかできない。


 情感たっぷりに残虐な食事を済ませると、アイは彼女と交じり合ったお腹を愛おしくさすった。


『ごちそうさま。ああ、よく馴染んでいくわ。記憶と感情、力が。わたしたち、相性がよかったのねえ』


 アイは明白な多幸感に包まれ、うっとりしている。


『よくもベスを……! きさまぁーーーーー!』


 アシュレイの悲愴な声を肴に、アイは呑気にこちらへ手まで振ってみせる。


『巫女たち。ユウ。ねえねえ。見てくれた? あなたたちもいずれこうなるのよ』

「お前……いつもいつも! こんなことばかり……!」

『怒った顔も可愛い。楽しみにしていてね。きっともうすぐだから』


 カメラの向きが切り替わる。どうやらしもべにやらせているようだ。

 アイは地に伏す【炎使い】に近寄っていく。

 触手を器用に使って彼の顔を持ち上げると、顔を突き付けて囁いた。

 その声は、元々のアイ――アルシアのものではない。


『アシュレイ。わたしね、今とっても幸せな気分なの。交じり合って溶け合うって、こんなに素敵なことなのね』


 あいつ。またなんて趣味の悪いことをするの!

 わざわざ取り込んだエリザベスの声を使って、語り聞かせているのだ。


『う、あ……』


 ショックで呻くアシュレイに、あくどい笑みを浮かべてぴしゃりと告げる。


『だから。お前なんてもう要らない』


 アイの魔の手が彼に触れる。

 痛ましい悲鳴とともに、彼は全身を一瞬で氷漬けにされてしまった。

 待って。あれは……エリザベスの技じゃないか!

 今までTSPを喰らえば大きく力を増していたが、能力まで使うなんて。これまでは観察されなかった事象だ。

 相性が良いと言っていた。なら、そういうこともあるのか?

 それとも、喰った者の能力を活用できる……? もうその段階までパワーアップしているというの!?


『愛した者の手で殺される気分ってどういうものかしら。あー、もう聞こえないか』


 壊れたおもちゃを見つめるように、途端に無関心になり。


 氷の砕ける音が……人の砕ける音がした。


 アイはそれからまた私たちに向き直って、別人のように目を輝かせる。


『そうだ。ねえユウ』


 その声はもう、アルシアのものに戻っていて。


『わたしね。新しい曲を思いついたの』


 アイは口元を邪悪に歪め、指を一つ立ててウインクする。


『新曲はあなたに一番に聞かせるって、約束だったでしょう?』


 ――まさか。


 はっとした私は、デカード隊長に向かって声を張り上げた。


「通信を切って! 早く! 今すぐに!」


 アルシアの蕩ける美声を纏い、喉を震わせる。


《目覚めなさい。わたしの子供たちよ》


「早くしてっ!」


 ほんの一節聞いただけで、脳をつんざくような誘惑が走る。

 私は耳を塞ぎながら、叫んでいた。


「みんな、耳を傾けちゃだめ! 気をしっかり持って!」


《おいで わたしのもとへ おいで おいで うふふふふ》


 奴の歌声が止まらない。

 みんな耐えるのに必死で、誰もスイッチを押せていなかった。

 仕方ない。私がやろう。

 魔力銃を『心の世界』から抜き出し、一発で通信機器を撃ち抜く。

 これしかなかった。こうするしか。


 みんなはどうなった!?


 急いで周りを見渡す。

 TSPは幸い、能力にはいくらかの耐性がある。

 限られた時間の暴露で、何とか変化は免れたようだ。

 だけど。


「う、あ、あぁあ……!」

「ベック!」


 頭を抱え、苦しそうに呻く彼は……そうだ。

 何の耐性もない一般人だった。


「ち、ちくしょう! 俺は……俺は、あんなバケモンには、なりたくねえ……!」

「しっかりして! 負けちゃだめ!」


 口を開け、よだれを垂らし。

 何度も壁に頭を叩き付けながら、誘惑に必死に抗っている。

 それでも、次第に限界が近付いてきていた。


「くそったれ。声が、呼んでる。こわいぜ。あろうことか、安らぎを覚えていくんだ……!」

「お、おい! 救護を!」


 デカードの指令に、彼は首を弱々しく振った。


「むりだ。たのむ、ころして、くれ……!」

「ベック! いやだ! いやだよ……!」

「へ、へへ。だ、だんだん、きもちよくなって、きやがった……」


 何もできない。してやれない。

 半年以上色んな事件で関わって来たのに、こんなにもあっけなく。

 視界に涙が滲んでくる。


 ――わかった。

 ならせめて、人であるうちに。


「ごめん。ごめんね。痛くないようにするから……」


 もうろくに返事もできない。

 口が引き裂けようとしている。異形への変化が始まろうとしている。

 私は震える手で銃を構え、彼の頭蓋へ狙いを定めようとして。


 ――かつてない違和感を覚えた。


 あれ、なんで。おかしい。

 照準が定まらない。どうして。


 手が震えて、震えて。仕方がない。

 変だな。今までこんなこと、なかったのに。

「俺」には使えなくても、私なら使えたのに。


 どうして。どうして!


 乱れる腕を必死に押さえつけようとする私の前で。

 ベックの肉体が、突如として連鎖崩壊を始めた。

 化け物に膨れ上がろうとしていた全身が、一片の後腐れもなく砕け散る。

 見やれば、ガッシュが鬼の形相で手をかざしていた。【物質崩壊】を使ったのだ。


「ガッシュ……」

「悪いな姫さん。仕事を奪ってしまって。見てられなかったんだ」

「…………いや、ありがとう」


 目を伏せて。

 どんな顔をしているのか、自分でもわからなかった。


「ちょっと。頭を冷やしてくるね」

「あ、待って!」


 止めようとするイプリールのことも聞かず、一目散に部屋を飛び出して。

 零れるしずくをそのままにして、よろよろと廊下を奥へ奥へ歩いていく。

 隅っこの壁まで進み、私はぐったりと壁に寄りかかった。


「う、うぅ……」


 改めて思い知る。

 すべてを奪うというあいつの宣言は――掛け値なしに本気なのだと。

 まるで力を誇示するかのように。ゲームのように。

 一つずつ。一つずつ。削られていく。


 また、かけがえのない仲間が失われた。



 ***



「ま、こんなものでしょう」


 アイはいたずらが成功した子供のように、しめしめとほくそ笑んだ。

 首尾良く【氷使い】を取り込めたことで、連中の知らないままに凍結という最大の弱点は解消された。

 いよいよだ。次は――。

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