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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 前編

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11「市街地接敵 2」

 アイに揺さぶられつつも、私は冷静さを失わないように努めて使える手札を確かめる。

 リデルアースは許容性が極めて低い。魔法の類はまともに効力を発揮しないところも地球にそっくりだった。

 この女の身体は精神支配への高い耐性を持つ一方、攻め手には欠ける。

 流動する奴の身体にただの銃では効かないだろう。

 したがって攻撃に転じる瞬間だけは、男に変身するリスクを取らなければならない。


『いつでも変身できるようにしておくけど、絡み付かれないように気を付けて』

『わかってる』


 くっついているユイと念話を交わす。


 人の想いを繋いで力となす《マインドリンカー》は、アルにやられたせいで不安定過ぎて頼れない。

 一人でも制御できるこの技を使うしかないか。


《マインドバースト》


 一時的に戦闘力を数段階引き上げる。

 許容性限界――すなわち人間の限界を超えたパワーとスピードを兼ね備えることができる。

 でも相手は化け物。こちらに漏れ伝わってくる生命エネルギーは、もはや人の範疇には収まらない。


 アイが腕を触手状に変え、引き延ばしてくる。

 今まではいいようにやられてしまったけど、そう何度も同じ手は食わない。

 魔力を纏った拳でもって襲い来る触手を弾き飛ばす。許容性の足りない分は心力も練り合わせている。

 直接的に魔法は使えなくても、魔力の鎧を構成して絡み付きを防ぐことはできる。

 だけど。

 くっ。重い。《マインドバースト》でも受け流すのがやっと。

 ものすごい馬鹿力になってる。最初に会ったときの何倍も強い。


「お前、いったい何人喰ったの!」

「さあ。一々覚えていないわ」


 二万じゃ効かない。下手すると三万、四万――それ以上。

 私は改めて脅威を覚えていた。

 もう数万も……だけどリデルアースの人口からしたらたった数万だ。

 それでこれなら、この化け物はどこまで強くなるポテンシャルを秘めているのか。


 アイは人喰いで高まった己の力を確かめるように、嬉々として乱暴に触手の腕を振るってくる。

 無邪気で残酷な子供が遊ぶような、自由奔放な戦闘スタイル。実に動きが変則的だ。

 私の経験値で捌けているけれど、本当に一撃一撃が重い。

 このまま防戦一方では、徐々に体力を削られてしまう。

 奴に体力の消耗という概念はないのか。まるで息の上がった様子は見られない。

 なら――ここだ。

 連続的な攻撃の直後。そのわずかな間隙を狙って、勝負を仕掛ける。

 一瞬で男に変身すると、《パストライヴ》――瞬間移動で背後を取った。

 アイも速さを増していたが、さすがに瞬間移動には対応できない。完全に虚を捉えた。

 とっくに攻撃の準備はできているぞ。くらえ。


《センクレイズ》!


 最大威力の必殺技が、アイの背中を確と刺し貫く。

 元はアルシアだと思うと心が痛むけれど、とうに覚悟の上だ。

 あえて斬り付けるのではなく、突き刺していた。

 普通の人間では致命傷になるが、この化け物は流動する肉体を持っている。

 ただ斬っただけではほとんどダメージにはならないだろう。

 もちろん刺しただけでも終わらない。でもここからだ。

 このまま気力を流し込んで、全身を焼き切ってや――!?


 ――ぞくりと、生理的嫌悪を伴う寒気がする。


 アイは深々と気剣の刃を突き刺されたまま――明らかに悦んでいる。

 そればかりか、貫かれたところを慈しむように撫でていた。


「ああ、ユウ。ユウ。ユウ。なんて情熱的で愛らしいの」


 奪われたアルシアの艶のある声が、嫌にこびり付く。

 絶句する。本当に気持ち悪い。

 もういい。もうたくさんだ。くたばってしまえ!


 だけど……。どういうことだ。


 いくら気力を流し込もうとしても、それ以上『入っていかない』。

 アイの体表でぴたりと押し留められている。

 こいつには最初からそれがわかっていたらしい。

 首だけをあり得ない角度で捻じ曲げて、余裕の顔で振り返った。


「早速一つ教えてくれたのね。伝わってくるわ」


 痛みさえ快楽とし、恍惚として。


「あなたの純真な心、わたしを貫く刃の輝き。この灼けるような痛み……」


 うっとりとした笑みを浮かべ、爛々と瞳を輝かせている。


「うふふ、坊やね。こんなものでわたしが殺せると思っていただなんて」


命躍(めいやく)


 アイが念じる声を聞いた途端、異変の正体を悟る。

 そうか。こいつ……!

 ただ人を喰らうだけではないんだ。

 触れたものの生命力そのものを吸い取ることができるのか――!


 気剣が急速に力を失うと同時。

 薄桃色の肉片がそれに絡み付いて、俺の腕に纏わりつこうと伸びてくる。


 まずい。今この姿で触れられるわけには!


 さらなる攻撃を断念した俺は、再度《パストライヴ》で離脱する。

 動揺を押さえつつ構え直すと、アイはもう完全に再生を果たしたお腹をさすっていた。


「ごちそうさま。とても美味しかったわ。ユウの生命(いのち)

「一々気色悪い言い方しかできないのか。お前は」

「ほんとつれないのね。そんなところも。ふふ」


 さして残念でもない様子で、アイは自然体に構える。


「さて。今度の具合はどうかしら」


 再びアイが襲いかかってくる。

 さっきより速い。俺の《センクレイズ》を吸った分だけパワーアップしているのか。

 残念ながら余計な餌を与えるだけになってしまったようだ。

 他に手はあるか。あの再生力を前に《気断掌》を撃っても無意味だろうし。

 有効打の見えない俺は、触手に纏わり付かれるリスクを懸念して女に戻る。

 バックステップで間合いをはかりつつ、手早く考えをまとめる。


 悔しいけど、イプリールが来てくれるまで耐えるしかないか。

 あの子の強力なサイコキネシスなら、全身丸ごと粉々に潰すことができるはず。

 アイに直接襲われないようサポートに徹すれば。まだ勝てない相手じゃない。


 勝ち筋を探りつつ、極力気取られないよう時間稼ぎに入る。

 女の身体は気力強化や瞬間移動ができない分、男のときよりもどうしても速度に劣る。

 無数に枝分かれしながら伸びてくる肉の触手のすべてを完璧に避け切ることは難しい。

 正面から質量攻撃が迫る。覚悟を決めてパリィにかかる。


 うぐ。確かに重い。

 けれど予想していたほどの衝撃はない。

 パワーアップしたはずの攻撃をちゃんと受け止められている。


 え。どういうこと……?


 私は困惑しながら、己の肌感覚を信じて疑うことはしなかった。


 気のせいじゃない。私の魔力が上がっている!?

 どうして。なぜかはわからないけれど。


 ――これなら。使えるかもしれない。


 私は『心の世界』からとあるものを抜き出し、素早く構えた。

 母さんの魔力銃。エルンティアで受け継いだものだ。

 これまでは魔力が足りなくて使えなかった。今ならどうか。

 アイの瞳が目敏くそれを捉えて、鋭く睨む。

 でもわかっていても間に合わないでしょう。大きく図体を振り回しているから。

 地を貫き、大気を裂く暴力の海の隙間を縫って。

 祈るように魔力を込めながら、素早くトリガーを引く。

 一発、二発。くっ。

 辛うじて使える程度。あまり連射は効かないか。

 母さんから譲り受けたセンス。正確な狙いに従って、二連射は敵の正面へ吸い込まれるように進む。

 ここまで終始余裕の態度を崩すことのなかったアイは、初めて明確に本気の姿を見せた。

 頭部狙いの一発を紙一重でかわし、引き戻した腕でもう一発を受け止めにかかる。

 だが全貫通属性を持つ魔力弾はそれでは止まらず、腕を突き抜けて易々と腹部を貫いていった。


 そして――。


 やっぱりね。思った通り。

 今度は再生しない。


「……なるほど。それが」


 それまで愉しそうに触手を振り回していたのを途端に引っ込めて、アイは不機嫌に口の端を引き結んでいる。

 的がでかくなるだけと判断したのだろう。相変わらず見かけによらずクレバーなやつ。

 こう警戒されると、次当てるのは一苦労か。

 それでも隙を探っていると、彼女が再び口を開いた。


「ハートレイル――魔力銃のオリジナルというわけ」

「何だか物知り顔みたいだけど。私の何を知っているの?」

「ふふふ」


 アイはあくまで曖昧のままに微笑み、核心的なことは一向に答えない。

 ただ謎かけをするかのように言葉を紡ぐ。


「わたしとあなたは【運命】によって結ばれている。戦うことを宿命付けられている、と言ったら」

「アルがお前を寄こしたと。そう言いたいわけ?」

「ふん。あの偉そうなばかりでいけ好かない奴のことなんて知らないわ」

「随分辛辣だね」

「わたしには関係のないこと。どうでもいいのよ」


 一瞬嫌なものを思い出したように顔をしかめたアイは。

 それよりも、とまた熱のこもった眼差しを私へ向けてくる。


「わたしね。あなたがうんと小さいときから、ずっとね。ずっと見ていたの。やっと会えたね」


 奇妙にも慈愛にさえ満ちた瞳を細めて。また隙さえあれば絡み付いてくるに違いない。

 それほどの強く一方的な『愛情』を私はひりひりと感じ取っていた。

 どうしてそんなに私へ執着するのか。本当にわからない。

 とにかく不気味で仕方がない。


「もっとも。お前はどうやら一つも覚えていないのだけれど」


 そう言うアイは、今度ははっきりと私を憎々しく睨んでいる。

 感情の動きがとにかく不安定で、目まぐるしい。

 ただそれはアルシア由来ではない、彼女のオリジナルに違いなくて。

 私は初めて、この化け物の理解できそうな感情らしい感情を垣間見た気がした。


 私がこいつを知っている?

 だとすれば大事のはずなのに、まったく身に覚えがない。

 どうしても思い出せない記憶と関係があるの?


 また、頭がずきりとする。


「アイ。お前は結局何がしたいの?」

「言ったでしょう。あなたが欲しい。お前のすべてが欲しい」

「そうして、その先に何があるって言うの?」

「何度もおかしなことを聞くのね。一々食事に目的が必要なの?」


 ダメ。やっぱりまともに話にならない。

 どうあっても倒さなくちゃ。だいぶ時間は稼げたはずだけど……。


 そのとき、イプリールから待望の念話が入った。


『こっちはやっと片付きましたわよ。まだアイの奴はいらっしゃいますの?』

『うん。今目の前にいるよ。足止めしてる!』

『よろしい。すぐ行きます。目に物見せてやりますわ!』


 よし。これであとは時間の勝負。

 ただ、敵には通じないように話していたにも関わらず。

 しもべの状況は手に取るように把握しているのか、アイも同時に事態を悟ったようだ。


「どうやら時間切れのようね」

「私が黙ってお前を逃がすと思う?」

「馬鹿ね。わたしが何の対策もせず、お前の前に立つと思っていたの?」


 アイが指をパチンと鳴らすと、すぐ側のビルが崩れ落ちた。

 そして露わになったものを目にしたとき、私は一気に血の気が引くのを感じた。


 肉の箱――そうとしか形容のしようがなかった。


 それはあえてこちらへ様子が見えるように、ちょうど半分だけ開けられていて。

 中には老若男女がぎゅうぎゅうとすし詰めにされているのが見えた。

 しもべで造ったと思われる触手が各々縄のように絡み付いて、彼らは今にも殺される恐怖に震えている。

 箱の内壁は硬質化した炭素の長いトゲが張り付いていて、そいつが側面から徐々に閉じていく。

 急げば間に合いそうな、実に憎たらしい速度で。

 だが閉じ切ってしまえば、間違いなく中の人は助からない。

 彼らは私に気付くと、必死に泣き叫び助けを乞い始めた。

 その痛々しい姿が。声が。

 はっきりと見えてしまった。聞こえてしまったの。

 私はわなわなと打ち震える身体と、感情を抑えることができなかった。


「アイ! この野郎ッ! 何をしているの!」

「どう? 素敵な『箱詰め』でしょう? みんなまだ生きているのよ。一応ね」


 こいつ。あえて全員を喰らうことはせず、人質にしやがった!

 なんてことを考えるの。ひど過ぎる!


「ほら、別にいいのよ? 放っておいても。でもお前がわたしを優先すれば、そうね。あっさり死んでしまうかもね」


 それだけ言い捨てると、余裕綽々と異形の翼を広げ、飛び去ろうとするアイ。

 内側では、ユイがしきりに警告している。


 わかってる! またこのまま逃がせば奴の思うつぼだ。

 今度は同じ失敗をするわけにはいかない。

 だけど。くっ、だけど!


『そう。お前はわかっていても、目の前で苦しむ人をそう簡単には見捨てられない。だって――お優しい子だもの』


 どこまでも見下した嘲笑が空の上から響く。

 無限とも思えるごく限られた苦悩の末、私は大局のため彼らを見捨てる覚悟を固める。

 歯を食いしばり、怒りを込めて魔力銃を撃ち放つ。

 だがアイにとっては、この稼いだわずかな時こそが黄金だった。

 追い打ちをかけることはできた。できたけど……ほんの数発当てた程度では、あいつが落ちることはなかった。

 まただ。また逃げ去っていく。


『また会いましょう。今度はもっといっぱい遊びましょうね』


 耳に障る高笑いを残しながら、アイは悠々空の彼方へと。


「ちくしょう!」


 そうだ。こうしてる場合じゃない。だったらせめてみんなを助けないと!

 しかし急いで振り返るのと――目の前で箱が完全に閉じ切るのは、ほとんど同時だった。


「あ、あ……」


 皮肉にもクリスマスプレゼントをあしらった肉のリボンが、厭味たらしくてらてらとぬめりを放っている。

 コンクリートの床面いっぱいに、誰のものかもわからないほど交じり合った血溜まりがじわりと広がっていく。

 それ以上はもう……無理だ。筆舌に尽くしがたい。

 いくつもの怨嗟の声が貫き、『心の世界』を激しく揺さぶって。

 とても耐えられなかった。嗚咽を溢れさせる。


「うっ、ううっ」


 あいつ、最初からまともに戦う気なんてなかったんだ。

 人質取引するつもりもなかった。

 ただ私を好きなだけ弄んで。

 彼我の力の距離感と、こちらのカードを冷酷に確かめただけ。

 許さない。許せない。


「アイーーーーーーっ! ふざけるなああああああーーーーーーーっ!」


 やり切れない激情が、むなしく空へこだまする。


 ――またしてやられた。


 次はもっと強く、厄介になる。


 私は歯ぎしりして、濁り空を見上げた。もうアイの姿はどこにも見えない。

 そしてようやく合流したイプリールとともに、苦い思いを抱えながら残敵を処理するしかなかった。



 ***



 逃走中のアイは、忌々しげに目を細めて身体に刻まれた銃創を睨んだ。

 やはり。傷の治りが著しく遅い。

 ――セカンド何とかだったか。

 地球の女が到達した力。あれと本質的には同じもの。

 お姉様は、こんなものにしてやられてしまったのだ。

 馬鹿なお姉様は、過信と自らの運命に対する不明をもって、死すべくして死んだ。

 まだ気付かれてはいないが、凍結が弱点であることも同じ。腐っても姉妹なのだから。

 だが。わたしは違う。

 あんな愚かで哀れなお姉様とは違う。

 慎重に策を巡らし、精神を揺さぶり。何を用いても。

 すべての脅威は退ける。際限なく増す力によって、あらゆる弱点はいずれ克服できる。

 たった一人でも女神の五体を我が身にさえできれば――時間の問題なのだ。

 今の力の具合と、あの子との差は確認できた。

 そしてわたしの性質ゆえに、多少力を増したところで彼我の差が簡単には埋まらないことも。

 ユウ。お前も中々の修羅場をくぐってきたようね。

 確実を期すために。まだまだ焦らないことだ。そのためには。


「まずはあの厄介なおもちゃを処理しなくてはね。ふふふ」

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― 新着の感想 ―
 アイさん、情報収集と確実に(心へ)ダメージを与える事を目的にしての出陣、厄介過ぎますね。
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