後編「やがてくる未来に備えて」
……ようやく理性が戻ってきたか。完全にトンでやがったからな。こいつ。
律儀に彼女が我に返るのを待ってから、ウィルは歩を進めユウへ挨拶を始めた。
ユウ。お前にとっては初めての出会いで、僕にとっては永らく待ち侘びたこの瞬間を。
「もう名は聞こえたと思うが。僕がウィルだ」
彼の眼は、まるで死人のように冷め切っていた。
瞳に一切の光はなく、すべてを飲み込んでしまいそうなほどに深く鋭い闇を湛えている。
ほんの一睨みするだけで、その眼に映るすべてのものを殺してしまえるのではないか。
そうユウには思えてしまうほどの圧倒的な威圧を放っていた。
一体どうして、何があれば。人はこのような眼ができるというのか。
実際はアル由来で生まれつきそうなっているため、どうしてと言われてもウィルは困ってしまうのだが。
別に彼自身どうとも思ってはいない。他のフェバルと同様に絶望し切っているわけでもない。
忌々しいことに、やらなければならないことはたくさんあるが。お前の不甲斐なさのせいでな。
ただ元々こんな目をしているから、普通に喋っているだけであらゆる者へ威圧感を与えてしまう。
無駄に敵愾心やら恐怖心やらを煽り、時には死さえも覚悟させてしまう。そういう厄介な性質だった。
「さて、能力に目覚めた気分はどうだ。ユウ」
「散々私を弄んでくれたな。最悪だ。この野郎」
「まあそう怒るなよ。中々見ものだったぜ」
本当に。まったくひどい意味でな。
あの痴態を思い起こすだけで、元はこんな奴から自分が生まれたのかと恥ずかしくなってくるほどに。
「…………」
「おめでとう。これでお前もフェバル――星を渡る者だ」
「フェバル……星を、渡る者……」
「そうだ。お前はこれから、星々を彷徨って生きるんだよ。ずーっとな」
改めて事実を突き付けてやると、ユウはもうすぐにでも泣きそうになっている。
昔からずっとどうしようもない寂しがり屋で、泣き虫だものなお前。
家族を失い、親友を失っても。
大切な繋がりのほとんどすべてをなくしても。まだこんな星に未練があるのか。
僕は「お前」だから、わかってしまうのだ。
お前が今にもはち切れそうなほどの悲しみを胸に抱え。
日々を忙しくしてそこへ埋没することで、どうにか気を紛らわせようと必死なことを。
自分への嘘と誤魔化しで塗り固め、ただ平気な振りをしているだけで精一杯。
ユウよ。お前はもうとっくにおかしくなってしまっているんだ。
既に壊れてしまった、乾いて色褪せた日常しか。ここにはもう残っていない。
それでもまだ、この偽りの平穏を愛しているというのか。幻想の幸せを空しく追い求めるのか。
ウィルはつくづく思う。
お前のいるべき世界は、もはやここではない。
異世界にて、たくさんの素晴らしい出会いが待っている。
本来のお前ならば、到底得ることのできなかった深い繋がりが。
アリスたちならば、お前の孤独を真に癒すこともできるだろう。
リルナならば、お前を真実の愛で埋めることもできるだろう。
他にもたくさんの繋がりが待っている。きっとな。
……もっとも。すべて【運命】が断ち切ってしまうことがなければ、だが。
まあそこはお前自身の不断の努力や、僕らの助力で何とかするしかないか。
内心はともかく、今彼は敵役に徹することが肝要だった。
ユウは元々有していた心を読む力を失って久しい。
ただの純粋で騙されやすい哀れな子でしかなく、真意を隠し通すことは容易だった。
「なんだお前。悲しいのか?」
「当たり前だろう! どうして、こんなことに……」
「くっく。そうかそうか。お前の都合なんて、どうでもいいね」
「なんだと!」
ウィルは苦笑いしそうになるのを噛み殺す。
一丁前に悔しがりというか、負けず嫌いではあるんだよな。こいつ。
母親譲りというか。何というか。
「それよりもだ」
あえて嫌らしい笑みを浮かべた。
「そんな男の恰好じゃ、せっかくの立派な胸が窮屈だろう?」
仕方ない。これも大事なレクチャーだ。
はあ……。女のお前なんて、触るだけで嫌気が差すんだがな。
「なっ!」
フェバルの力を持ってすれば、紙切れを裂くよりも容易だった。
抵抗させる間もなく、ユウの上着を引っ剥がす。
露わになったのは、綺麗にくびれた腰と、雪のように白くきめ細やかな肌。
そして、つんと張った二つの柔らかな膨らみ。
『姉』のクリアハートが憧れても届かなかった立派なものを、こいつは当たり前のように持っている。
「我」ながら思うが、本当にいい身体はしているんだよな。母親譲りの美貌に感謝するがいい。
とりあえず様子を窺う。湧き上がるその羞恥は、もう一人の「私」由来のものか。
「なにを、なにをするんだよっ!」
「いいねえ。その反抗的な目、気に入ったよ――うん、そうだな。決めたぞ」
適当に因縁を付けて、これ見よがしに宣言する。
必要悪だ。精々トラウマの一つでも刻むといいさ。
「ユウ。お前は今から、僕のおもちゃだ」
告げると同時、ユウへ右手をかざした。
「どうだ。身体に力が入らないだろう?」
混乱する彼女を見下ろしながら、大仰しく説明する。
「僕の【干渉】で、お前の【神の器】をコントロールできるんだ。僕がお前の変身能力に干渉している間、お前の身体は自由が利かない。男にするも、女にするも、あえて中途半端にしてさっきのように喘がせるのも、自由自在だ」
もっとも。これは元が同じ能力であるからこその裏技というか、特権なのだがな。
そうして。いざやるという段になって。
彼は自分の手が一瞬、強張ったのを自覚する。
幸いにも悟られてはいないようだが。
くそ。情けないな。いい加減覚悟を決めろ。
「やがてくる未来」に、こいつを純度100%の悪意で壊されないために。
予行演習だ。これは必要なことなのだ。
「お前は、泣こうが喚こうが、決してこの僕に逆らうことはできない。ほら、こうやっていいように身体を弄られてもな」
しかし。ああ、だるい。
やりたくない。マジでやりたくないな……。
ひどく気が滅入りつつも、内情を気取られぬよう暴漢らしい演技は維持し。
どこか投げやり気味に、乱雑に胸を掴んだ。
当然嫌がるユウに、どんどん心が萎えていくのを感じながら。
こんなことはやったこともないし加減がわからないので、雰囲気で適当に揉んでおく。
流れと勢いでこの形で始めてしまったが、さてどう繋げようかと思い悩み。
手慰みにユウのおっぱいをもみもみしながら。
ここへきてウィル、一生の不覚であった。
ここからどうすればいいんだ。
わからない。何をどこまでやったらいいんだ……。
泣きそうなほど怯えているユウを目の当たりにしてしまうと、ますますうんざりして決めることもできず。
化け物のアイと違って、そうしたことへの発想にも乏しく。そもそも向いていないのだが。
そのことをいざやってみて、彼は初めて思い知っていた。
どうすればいいんだ……?
もみもみもみもみもみもみもみもみ。
思考は固まり付き。半ばフリーズし。
消去法で、ひたすら胸を揉み続けることになってしまっていた。
彼の極めて深刻で情けない悩みを反映するかのように、白く柔らかなマシュマロはぐにぐにと気持ち良く形を変え、こねくり回されている。
何も知らないユウは、健気にもひたすら恐怖に耐え続けているのだが。
彼がただただ困っているその心を一端でも知ることができたのならば、色々と話は違っていただろう。
どうする。どうする。
犯すだとか何だとかを考えて、ウィルは即座にそのアイデアを否定する。
そんなことは、やはりどうしてもする気にならない。
ふざけるな。こっちはトラウマから生まれた正反対の存在と言え、一応は「自分同士」だぞ。
おぞましい。寒気がする。考えたくもない。
腐っても上物の女体だ。打てば響く初心な反応は、ゲスな男なら間違いなくそそるものだった。
だが哀しいことに彼には精神面も含めて、感触を愉しむ余裕など一つもなかった。
フェバルだから。本当に力加減が難しい。
うっかり肉体を潰してしまわないよう、常に細心の注意を払っている。
やってることはレイプそのものなのに、なぜだか紳士のようにものすごく気を遣っていた。
とりあえず、ずっとこうしているわけにもいかない。何かを言わなければ。
「くっくっく。人が恐怖に顔を歪める様は、いつ見ても良いものだ。やはり人間の感情は素晴らしい」
こんなものか。僕はちゃんと上手くやれているのか……?
貼り付けた嘘の表情の裏で、自問自答を重ねつつ。
これは本当に「本番」に向けた事前演習になっているのだろうかと。
リアルタイムで哀しい反省を始めてしまったりもしつつ。
「だがなあ、覚えておけよ。それは僕の最も嫌いなものでもあるのさ!」
また適当にそれっぽいことを言って、激昂の振りをする。
ようやく忌々しい行為から、大嫌いな女の胸から手を離すことができた。
彼女にとってもそうに違いないが、彼にとっても念願の解放だ。
はあ……。やっと終わった。もう二度と触りたくないぞ。
すっかり怯え切ったユウを見つめ。
多少は恨みを晴らした気分と、それ以上に何か言いようもない心苦しさを覚えつつ。
本来の目的を思い出す。
さあ、最後の一仕上げだ。
恐怖で作った心の隙間を突いて、しばらくあの女には眠ってもらう。
いずれ起きてもらっても構わないが、最初から『姉』同伴では緊張感に欠ける。
無限に甘やかされてしまうからな。それでは成長の妨げになる。
お前、本当に邪魔なんだよ。
奇しくもこの決定もまた、ウィル自身とアルの思惑は完全に一致していた。
ウィルはユウの両肩を力任せに掴み、顔を迫る。そして囁きかける。
「いいか。僕はいつも退屈なんだ。まともな感情を入れる器なんて、とっくの昔に擦り切れて、壊れてしまってるのさ。僕は、人の形をした化け物だ」
普通のフェバルならば、そうだろうな。終わらない旅の中で確実に擦り切れてしまうだろう。
僕もお前も【神の器】だから、実際そうはならないんだがな……。
ポテンシャルを考慮すれば、どんなフェバルよりも化け物なのは事実。
色々と真実を知ってしまっているため、そんな風に自嘲しながら。
「そして、お前もいずれはそうなる。ユウ。僕はお前が壊れていく様が見たい。擦り切れていく様が見たい。さあ、お前はこれから何を見せてくれるんだ?」
この台詞は点数高いのではないだろうか。中々いい感じではなかろうか。
ウィルが心の内で手応えにうんと頷いていると。
ユウが純粋過ぎるのもあるが、効果はてきめんだった。
いや、あり過ぎた。
あまりの恐怖で、ついに気がおかしくなりそうになってしまったユウは。
とうとう思い切り涙を流してしまう。まるで許しを乞うように。
情けないことだと、そう思う余裕すら彼女にはもうなかった。
ウィルはポーカーフェイスを被りながら、内心は焦り動揺しまくっていた。
おいおい……。どうする。ガチで泣き始めたぞ。
どうしたらいいんだこれ。どこに落とし所を持っていけばいいんだ。
今すぐにでもこれは予行演習だったと。ただの訓練だと。そう言ってしまいたくなる。
いけない。それだけはいけないぞ。
僕はまだまだ恐るべき敵役として、こいつに立ち塞がなければならないのだぞ。
とりあえずだ。一番にやるべきことを済ませてしまおう。
漆黒の瞳で『心の世界』の奥をじっと覗き込み。【干渉】を作用させることで。
ウィルは、もう一人の「私」を眠らせることに成功した。
ただし。ユウの目に映る行為としては、不気味に何もせず、無言で覗き込むだけであったことが。
彼女にはさらなるとんでもない誤解を生んでしまった。
アルの影響でそもそも漆黒のやばい瞳になってしまっているところ、彼が動揺を抑えるために必死で平静を装った結果。
素直でいい子なユウは、このとき心を読む力を失っていたことも相まって。
何かいい感じに誤解し、彼は自分に無関心なのだという哀しい結論に達してしまった。
底知れない彼の闇。闇のあること自体はまったく事実なのだが。
その本質の一端(勘違い)に触れた気がしたとき、彼女の涙は止まった。
ユウの心は、完全に折れていた。
彼女はろくに動かない身の、せめてもの強張りさえも解き、彼に対して心身のすべてを投げ出した。
あらゆる抵抗を諦めた。無駄なことはやめようという開き直りだった。
これ以上の醜態を晒すより、完全に彼を受け入れることにしたのだ。他にしようがない。
今の彼女は、きっと彼の望むままに、身体だって何だって差し出してしまうだろう。
そうすることが一番身のためであると、彼女にはわかってしまったから(勘違い)。
情けないことに、そんな後ろ向きの覚悟から、ユウには逆にウィルを見つめ返してやるだけの気概も戻っていた。
とまあ、そんな薄い本必至の状況をぶつけられて。
ウィルは正直滅茶苦茶困った。
なんだこいつ。お前……マジで何なんだお前!
いや、そんな何してもいいよって開き直られても困るのだが。
僕はお前などにこれ以上何もするつもりはない。したくもないのだが。反吐が出る。
というかやめろ。その胸元を開いてすべてを受け入れる表情! 無駄に慈愛に満ちた顔!
女らしさを、母性を出すんじゃない!
心の内で叫び出しそうになりながら、辛うじて顔には出さず堪える。
トレイター。お前はすごいよ。僕はもう既に自信がないぞ……。
ウィルも根っこがユウ族なので、生来腹芸はさほど得意ではない。
アル成分がそこは辛うじて何とか上手く見せかけていた。
「ほう。そんな顔もできるのか――なるほど。少し見つめ過ぎたらしいな」
咄嗟に出て来た言葉があまりにも苦し紛れで、内心苦笑いしてしまう。
ちょっとさすがにこれは苦しいのではないか。そらきた。
お前はアホみたいにいい子だから。
どんな言葉も素直に受け取って、もう何か真意を考え始めているではないか。
「だがな、ユウ。勘違いするなよ。僕はお前を奴隷にしたいわけではない。僕が見たいのは、お前が変わっていく様だ。それは長い時間をかけて、ゆっくりと仕上がっていくものだからな」
今後の成長へ期待を込めて、強引にでもまとめる。
そうだ。これが言いたかったのだ。随分と疲弊させられてしまったが。
素直で馬鹿正直なこいつのことだ。こう言っておけば、がむしゃらに強くなろうとするだろう。
僕のことはいくらでも畏れてもらっていい。精々必死に取り組むがいい。
がっかりさせてくれるなよ?
そのときだった。
ウィルとユウの身体に同時に変化が現れる。色が徐々に薄くなり、透け始めた。
彼は自分の手を見下ろすと、忌々しく舌打ちした。
「ちっ。星脈が動き出したか。運がよかったな。今回のところはこれで終わりだ」
「私は……どうなるの……?」
「始まったのさ。世界移動が」
ウィルはやや後悔混じりだった。
色々動揺しているうちに、大事なことをいくつか言いそびれてしまった気もするが……。
「エーナ――そういえば、エーナは?」
ユウはあんなことをされたばかりだと言うのに、もう自分よりも他人の心配をしている。
そうだな。お前はそういう奴だったな。
「ああ。あいつか。うるさいから消したよ」
「殺した、のか?」
「うん? なんだ。エーナにその辺聞いてなかったのか?」
新人教育係よ。しっかりしろ。
ウィルは心の内で総ツッコミを入れていた。
「どういうこと!?」
「くっくっく。教えてやるのもつまらないな。ヒントだけやるよ。あいつは確かにお前を助けようとしていた。お前を殺すことでな。後は自分で気付くといいさ。なに。どうせいずれわかることだ」
せっかくなので曖昧で意味深にしておいて、少しでも自身の不気味なイメージの足しにしておく。
「じゃあな、ユウ。少しだけ楽しかったぜ。これからたくさん遊んでやるから、覚悟しておけよ?」
楽しかったというか、大変だったが。
まあ久々に感情らしい感情をたっぷり抱いたやり取りではあった。
そうして。
惑星エラネル――最初の異世界へ旅立っていくユウを見送って。
行き先は【運命】によって決まっている。はじめから僕に【干渉】する余地などないのだが。
魔法大国エデルという仕掛けは用意しておいた。そいつを復活させようとする馬鹿も見繕った。
お仲間と力を合わせ。足掻いてみせろ。星海 ユウ。
……さて。
このままでは、自分も消えてしまうが。
まだだ。今少し説明の時間が欲しい。
あの二人にも伝えなければならないことがある。
【神の手】ほど効力高くやれないものの、【干渉】でもちょっとした真似事はできる。
レンクス。技を借りるぞ。
彼は消滅しかけている自らの肉体へと手をかざして、念じる。
《反逆作用》『抗星脈流動』
こうして、ウィル自身はさらなる猶予を稼ぎ。
ようやく金縛りの解けた二人は。
エーナの抹殺とユウのレイプ。とんでもないものを見せ付けられて。
とにかくまずは話を聞こうと。場合によってはとっちめてやると。
実力差も忘れ、激情のまま彼に猛然と迫るのだった。
***
「おい! どういうことだ! 本当にちゃんと説明してくれるんだろうな!?」
ユウがいきなり女の子になったと思ったら、テメエがレイプをかまして。結局はそのまま送り出しやがった。
まったくユウのためにはなっているとは思えない言動に、せっかくの再会の邪魔をされたセカンドラプターは当然ブチ切れていた。
姦しい彼女の非難囂々を、彼はうんざりとあしらいつつ。
「相変わらずお前はやかましい奴だな。セカンドラプター」
ミライとしての記憶を掘り起こしながら、ウィルは小さく肩を竦める。
もう演技の必要はないため、これが彼の素だった。
「あぁん!? テメエやっぱりミライじゃねーだろうなあ?」
「僕はウィルだと言っただろう」
ミズハもセカンドラプター同様に憤りを覚えつつも、まずは彼(彼女)への心配が勝っていた。
「ユウくん、どうなったの? 本当に星脈に流されて、異世界へ行ってしまったの?」
「さあな。いい子なあいつのことだから、今頃『ありがとうさようなら地球』とか感動して泣いてるんじゃないか」
皮肉たっぷりに言う。実際正解である。
さて。いよいよ彼が勿体ぶっていた説明を始めようかというときに。
「ミライ!? おい、ミライじゃないのか!? あれはどういうことだよ!?」
何やら彼にとっては聞き馴染みのある男の怒声が、向こうから飛んできた。
「ちっ。次から次へと」
ウィルは、その男のことも大嫌いだった。
***
「ひひひ。ユウのヤツ、きっと驚くだろうな~」
奇しくもセカンドラプターの用意したものと同じ、誕生日サプライズケーキを手に。
従兄のケンは、ユウの住むボロアパートに向かっていた。
「バイトで遅くなるって言ってたからよ。わざわざこの時間まで待ってたんだぜ」
時刻は午後11時過ぎ。
道中、彼はとんでもないものを目の当たりにしてしまう。
防犯灯の明かりに照らされて、肌色の露出した女の子が腰を抜かしている。
奥には少年らしき者が立っており、彼女を詰めているようにも見える。
明らかにいかがわしい現場としか思えない。
なんだ! 事件か!?
怪訝に様子を窺っていると、その間に不思議なことが起こる。
なんと、少年と少女の姿が徐々に透けていくではないか。
慌てて駆けようとするも、少女の方は間に合わず、完全に消えてしまった。
彼女にはなぜかよく知った雰囲気のある気がしたが、遠目でその確証を得る前に失せてしまった。
さらに近付くまでの間、二人の女性が飛び出してきて、少年に何やら怒声を立てている。
少年の方は、より接近して顔がはっきりしてくると、彼にとっては実に驚くべき容姿だった。
ミライ……!?
こんなとこで何してんだ。2年前に行方不明になったはずのお前が。
ユウはしばらく学校を休んでまで、必死でお前たちを探しに行ったんだぞ!
ケンは衝撃とともに、思い返す。
結局見つからなかったときの、あいつの落ち込みようと言ったら。
親友のミライとヒカリを同時に失って。
それからのユウは、ひどく塞ぎ込んでしまった。
しばらくして、周りからは元気を取り戻したようにも見えていたけれど。馬鹿な両親は表面上のことしか見ないけれども。
とんでもないことだ。これでも付き合いの長い自分にはわかっていた。
明らかに無理をして、平気を装っているだけなのが。
もう二度と元の調子には戻れなくなってしまった。心から幸せであることができない体質になっていた。
いつも乾いたような笑顔を張り付けて。とっくに砕けてしまった心を誤魔化して。
その悲劇的な生い立ちも、薄汚れた現代日本を生きるには素直で真っ直ぐ過ぎる精神性も。
俺のかつての過ちも。あいつを襲ったさらなる悲劇も。何一つをとっても。
まったく普通ではあり得ないのに、あいつはまだ普通の振りをしようとしていた。
そうすることでしか、見かけすらまともでいられなかったのだろう。
きっと誰にも心配をかけたくなくて、ほとんど無意識のうちにそうあることに決めたのだろう。
そんなひどく優しくて、不器用な子なんだ。
ちくしょう。俺には……救えなかった。
自分がどう慰めようともどこか響かず、空元気で。
かつてひどくユウをいじめてしまった自分には。踏み込めなかった。
あのかけがえのなく尊かった三人の関係性には、とても入り込めなくて。そうなる資格もなくて……。
ユウは予定していた独り暮らしも誰にも相談せず、自罰のように強引に始めてしまった。
まるで本当に壊れてしまったようで、見ていて心苦しかった。あまりにも痛々しかった。
ともかくだ。
もしお前がユウの探し求めていた人物ならば、これほど大事なことはない。
そして、何をしているんだと。お前はいたいけな少女をレイプするような最低野郎だったのかと。
ケンは驚きと怒り混じりに、彼へ声をかけたのだった。
***
「違う。ミライではない」
ウィルは再三の突っかかりに対して、ぶっきらぼうに答えた。
明らかに不機嫌で、への字に口が曲がっている。
まったく。ややこしい姿に作ってくれた。
フェバルだから永遠にこのままだ。
ミライに近しい姿を纏っているが、それでも「ユウ」なのだ。
亡き親友への感傷も、まったくほどほどにして欲しいものだ。
死んだあいつの心が写し取られているから、こんなになってもまだヒカリのことを想っているが。
そんな彼に対し、ケンは返答に迷いを見せた。
まず勘違いを詫びようか、レイプしていたように見えたことをさらに問い詰めようかと。
そうこうしているうちに、セカンドラプターがさらっと割り込む。
「おいアンタ。ユウとはどういう関係で?」
ケンもとりあえず答えやすい問いに答える。
簡潔に自己紹介の流れになった。
「従兄のケンです。あいつとは小さいときから、家族同然の付き合いで」
「なるほどな。オレはあの子の母ユナの戦友、セカンドラプターだ」
「元小学校の担任、ミズハです。他にも色々とあるのだけども」
「ウィルだ。奴とは腐れ縁だな」
「「…………」」
妙な間と沈黙が流れる。
四者四様。普通なら互いに関わるはずもないメンツだが。
ただ一点、ユウを深く気にかける者という共通点のみで奇妙な勢揃いをしていた。
ケンは他の三人のやけに戦士然とした、妙に堂の入った雰囲気を察して。
今さらどこか引き攣った、乾いた笑みを零す。
「あの~……。もしかして俺、とんでもなく場違いだったりします?」
「ふん。まったく与太話にしか見えないだろうが、聞くだけなら聞いていけばいいさ。一般人のお前に何ができるとも思えんがな」
ウィルは肩を竦め、ここから仕切り直すことにした。
ユウ自身が過去のことはすっかり許していても、トラウマの象徴はケンに対しては冷ややかだった。
***
ウィルは滔々と語る。
自らの成り立ち。これまでの成り行きと、ユウにしたことの意味を。
そして「やがてくる未来」、全宇宙の命運を左右するほどの壮絶な戦いが待ち受けていることを。
「おいおい。そんなやべーことになるってのかよ……」
「私はそれとなく『彼女』から聞いてましたが。とんでもないですね」
「これ、フィクションじゃないよな?」
「だったらよかったがな」
彼はさらに語る。
ユウとアイ。
二つの強力な『異常生命体』が、互いの存亡をかけて激突するとき。
【運命】が最も揺らぐ、事象の特異点がそこにある。
ゆえにそれは、「やがてくる」としか言い表すことができない。
その戦いが起こる時期さえも常に揺らいでいて、見えない。
数年先か、数十年先か、はたまた数百年、数千年先か。
少なくとも宇宙の永い時間にとっては、瞬きほどわずか先の出来事には違いないが。
ユウの主観で確定するまでは、いつになるのかもわからないのだ。
果たしてその先に、何が待ち受けているのか――。
たとえ『神の穴』であっても、その時代の先には行けない。その場に居合わせることも叶わない。
「確定していない」未来へは、行くことができないからだ。
「そこで。こちらも『観測者』を立てる必要がある」
揺らぐ未来の現在の状況を見極め。適切な手を打てるように。
「『神の穴』を通じて、ユウがこれから旅する世界の『その後』の様子を見て欲しいのだ」
それも時間の余裕の許す限り、繰り返し。繰り返し。
『観測』して欲しい。
そのためには、決して現地人に気取られてはならない。極力隠密に事を運ぶ必要がある。
そしてもし何か異変があれば、すぐに教えてはくれないか。
できる限りは僕が手を打とうと、ウィルは述べる。
「お前たちにしか頼めないのだ。フェバルにあの『穴』を使うことはできないからな……」
【運命】に呪われた者では、あの『穴』には弾かれてしまう。
真なる『異常生命体』だけが、『神の穴』を有効活用できるのだと。
「頼む。宇宙の未来のため。僕は大嫌いだが、あいつの未来のためにも。やってはもらえないだろうか」
ウィルはそこまで言い、二人の先達へ深く深く頭を下げた。
今は何も思い出せないユウにも代わり。
ユウと二人の未来を繋ぐため、死んでいった幾多の者たちへの想いも込めて。
それはすべてを賭して今を繋いでくれた、知られざる偉大な戦士たちへの。
彼なりの最大限の敬意だった。
そこまで真摯に頼まれて、心動かされない二人ではない。
「わかったぜ。そういうことなら、オレたちにバッチリ任せとけ」
「ええ。やりましょう。それがユウくんの助けになるのならば」
セカンドラプターとミズハは、快く了承した。
「感謝する」
「よし。じゃあ俺も」
「お前には無理だ。死ぬぞ。一般人だからな」
嫌いだが、それはそれとして釘は刺しておく。
そもそも『神の穴』の前にさえ辿り着けないだろうと。
「そ、そうか……」
得意なゲームの主人公のようにはなれないもんだなと、ケンは寂しく苦笑いする。
セカンドラプターは、そんな彼の肩を励ましにぶっ叩いた。
「いてて……」
「まあテメエはよ。ユウの旅の無事でも祈ってな」
「【神の器】は想いの力。祈りは必ずあの子に届くはずだから」
「そうか。そうだよな! わかったぜ!」
ケンはこれまでの償いと感謝も込めて、強く強く祈る。
昔はひどいことたくさんして、本当にごめんな。
俺、お前と過ごせて本当に楽しかったよ。ありがとうな。
力のない俺には、ただ祈ることしかできないけどよ。
ユウ。負けんなよ。絶対幸せになれよ。
続いて、セカンドラプターとミズハの祈りも届けられる。
ウィルは、大嫌いな奴のためには決して祈らなかったが。邪魔することもしなかった。
***
かくして、二人の戦士は『神の穴』へ臨む。
Intermission。
ユウの旅の幕間の『観測』が、彼(彼女)や現地の仲間たちの知らざるところで繰り広げられていた。




