75「5月10日⑧ 願い、祈り、込めて。貫け」
「異相世界」新宿駅の正面に陣取り。
決して一人も通さぬ誓いを守るため、赤目の怪物どもと激闘を続けていたシェリルとセカンドラプターであったが。
21時を迎え、街頭モニターに衝撃的な映像が映し出されて。
あまりのことに数瞬気取られてしまってから、何やら敵方の事情までもが変わったことを悟る。
ケイジより念話で残る能力の回収に向かえと指示を受けた『できそこない』たちは、まるで潮目が引くように次々とその場を立ち去っていった。
しかしながら、落ち着いて息を吐く暇など許されてはいなかった。
彼女たちと入れ替わるようにして、真の想定敵が姿を現したからである。
シャイナ。
『できそこない』たちとは一線を画すまことの怪物は、残る戦士たちを今度こそ亡き者にせんと襲い掛かる。
冷気が弱点であることは、二人ともユナより聞き及んでいた。
けれど哀しいかな。どんな優れた決意でも、意気込みだけでは。
具体的手段を、たった一つの武器さえ見つけられないのならば。
いかなる奇跡だって、容易に起こるものではない。
ゆえに当然の帰結として、前回の戦いをほぼ繰り返しなぞるばかりとなり。
彼女たちはそれでも懸命に戦っていた。しかし本質的な有効打もなく、次第に深く傷付き。
そして――。
ついに殺戮の牙は、片割れのシェリルへ届いてしまう。
細く引き延ばされた肉色の刃が、彼女の中心を無残に刺し貫いていた。
***
命の灯火がかすれ消えゆく中、シェリルにはとうとうはっきりわかってしまった。
究極まで死が近付いたからか、彼女にもよく『光』が視えるようになっていた。
永遠にも感じられる引き延ばされた最期の瞬間、隣に立つ戦士の嘆き悲しむ顔を見た。
彼女に宿っているものは私と同じ……今にも消えそうな命の輝き。
【運命】は等しく、彼女からも未来を奪おうとしている。
ずっと考えていた。私の生きる意味とは、何だったのかと。
TSPはすべて、世界に呪われてこの世に生を受けた。
私たちは、生まれて来てはいけなかったのだろうか。
私たちはみんな、ただ無様に殺されて死ぬために生きていたのか。
本当に何も残すことは……できないのだろうか。
違う。そんなこと、ない。何か、あるはずなんだ。
こんな薄汚れた人生を歩んできた私でも。
それでもきっと、未来のために。何かのために戦っていた。
……ユナさんは、言っていた。
私の力は。本質的には、貫く力なのだと。
だとするならば。【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】よ。
私が今、一番貫きたいものは。
この私はどうなってもいい。このまま死に行こうとも構わない。
けれど。どうか、目の前のこの素晴らしい若者だけは。
どんなときも諦めることを知らない。馬鹿みたいに前向きで明るくて、闇を歩く私には眩し過ぎるこの戦士だけは。
運命よ。この素晴らしい人だけは、どうか連れて行かないでくれ。
だから。お願い……たった一発でいい。この一撃だけは。
弾は要らない。
願い、祈り、込めて。
私が命を賭けても、すべてを賭してでも貫きたいものは。
戦友よ。お前の、運命だ。
セカンドラプター。
お前を覆う絶望の『光』は、この私の命と一緒に連れていく。
私の願いと祈りが、お前の銃になる。そうすればお前は、きっとその足で歩いて行ける。
どうか、受け取って――生きて――。
***
戦士の片割れを惨たらしく仕留め、勝ち誇るシャイナは。
突然繰り広げられた奇行に、我が目を疑っていた。
死せるシェリルは不敵に笑うと、何かを込めて空砲を放った。それも味方へと向けて。
そして満足したように、斃れていく。
彼女の命の火が消えると、同時。
――何だ。何が起こっている。わからない。わからない!
シャイナは、大いに混乱していた。
セカンドラプターを満たす生命力はなおいっそう、力強く溢れんばかりに膨れ上がり。
そして明らかに、人の領域を踏み超えつつあった。
「ああ――わかったよ。確かに、受け取ったぜ」
撃ち抜かれた胸を悼むように、力強く握り締め。
「シェリル。テメエ、カッコつけ過ぎなんだよ」
熱い涙を零しながら、セカンドラプターは死にゆく友へ感謝の祈りを捧げた。
ユナも、テメエも。
誰がガキのように心配されて、こんなお膳立てされなきゃ。
まともに戦えもしねーんだ。まったく情けないよな。
心配すんな。このオレが、そう簡単に死んでやるかよ。
これでも悪運だけは、昔から強いのさ。だから。
「もう大丈夫だ。テメエは少しだけ先に、休んでな」
死せる戦士を見送ると同時。
激しい戦闘で傷付き、ボロボロになった眼帯が雨風に乗って飛んでいく。
そして露わになったものは、無残に潰された生来の青い瞳ではなかった。
ゆっくりと開かれたそれは、まるでシェリルがそっくり乗り移ったかのように。
黄金の瞳は、美しく燃えるように灯って。闇に生きた彼女の、それでも輝ける未来を願った心底を宿し。
どんな困難にあっても、決して消えることのない鋭い眼光を湛えている。
そして間もなく訪れる死の危険を、完全に見通していた。
世界によって「定められた」時間を、「彼女自身の」時間で塗り替えるために。
戦士の弔いとは、ただ嘆き哀しみに暮れることではない。
数え切れないほどの者たちが、【運命】に殺された。
そうだ。テメエにも……たくさん殺されたんだ。
一人の戦士たる自分が今、何よりもすべきことは。
死せる者たちの遺志を継ぎ。猛禽のように、目の前の敵と果敢に戦うことだ!
"I'm 'the' Second Raptor. I've got 【Heartfelt 'Totally' Second】."
バケモノに心意気は直接伝わらないだろうが、彼女はあえて堂々たる名乗りを上げる。
明らかに身に纏う雰囲気が変わったことに。
シャイナの足は意図せず竦み、得体の知れぬ威圧感に全身のぬめ肌が打ち震えていた。
セカンドラプター。
彼女には、対応するフェバルの能力が何一つとしてない。
【ハートフルセカンド】――それは彼女に与えられた、彼女だけの時間だ。
自らの成長に合わせて、能力もまた成長していくこと。無限に開かれた可能性を持つ者。
他のどのTSPにもない、どんな強力なフェバルだって持ち得ない。
生まれつき『予定通り』与えられたものではない、彼女だけのユニークな特徴である。
だがそんな裏事情は欠片だって関係ないのだろう。
彼女はたとえ最初から「与えられた」【運命】だったとしても、決して一度たりとも諦め俯きはしないだろうから。
その輝ける黄金の精神が、厚かましいくらいの前向きさこそが。戦友の心を衝き動かしたのだから。
そうして。あらゆるTSPに混じって発生した、この地球という星の唯一にして真なる『異常生命体』は。
この世にあり得べからざる、第二の到達者は。
戦友より祈りの弾丸を受けて、十把一絡げに突き立てられた「死せる未来」の壁をついに突破した若き戦士は。
セカンドラプターは、【完全なるハートフルセカンド】を携えて。一抹の感傷とともに。
【不完全なる女神】へ、万感の想いを込めて。猛き吼える。
"Bite you!"
[5月10日 21時15分]




