61「弱点は『存在しない』」
[5月3日 14時03分 QWERTY本部]
NAACに向かったセカンドラプター、シェリルのサポートをしつつ、船の戦闘映像を解析していたタクであるが。
解析を進めれば進めるほど、厳しい現実を突き付けられていた。
「ほんま厄介やな。高速物体撃ち出してもまるで効いてへん。頑丈過ぎる」
「銃で貫いてもすぐに再生される。炎や爆発、電撃や酸でもまともに効かないとなると……」
シゲルにはなるべく攻撃のバリエーションを試みるよう頼んでいたし、彼は命懸けで忠実に実践してくれたのだが。
赤目女の怪物に対しては、いずれも致命的な効果には乏しいようだった。爆発や酸などは、効くことには効くのだが、すぐに再生されてしまうのだ。
では一体、何をやったら通用するというのか。
もう幾度目になる早戻しをしていたケイラが、わずかな違和感を掴む。
「ん?」
「どうした。ケイラ」
「見てみい。ここや」
ケイラが示した場面は、H.C.が惨殺される寸前のところ。
彼女が決死の形相で手をかざしたところだが、やはり怪物にはまるで効いているようには見えない。
「H.C.さんの【クーリングヒーラー】か。攻撃にも使えるとは聞いていたけれど……」
あの人を傷付けるのが嫌いなH.C.さんが、倒れたシゲルさんを守るため、初めて敵を止めるために使おうとしたわけだ。
そのことを想い、胸を痛めるタクだったが。
「ウチが言いたいのはな。なんでこれだけしっかり避けとんねん」
「え?」
【超視眼】は、通常視えるはずのない能力の作用軌道すらも見極めていた。
だから彼女にだけはわかったのだ。
怪物は明らかに【ヒーリングクーラー】を嫌がって避けていたことに。
「そいつは妙な話だな」
この怪物は、まるで己の実力を誇示するようなところがある。
事実【イクスシューター】に関しては、あえてプロレスのようにすべて受け切って、シゲルさんに無力をまざまざと痛感させたのである。
なのに、それより遥かに大したことがなさそうな【ヒーリングクーラー】はしっかり避けただと。
「これは推測なんやけどな。こないな流動体にとって一番嫌なことって何や」
「それは、変形できるだけの柔軟性を失うことか……?」
まさか。
二人とも、怪物が抱えているかもしれない致命的な弱点に気付いたのは同時だった。
「「冷気だ(や)!」」
確かに気付いてみればそうだ。
どんな異常生物であろうと、生物である限りは。低温で凍ってしまえば固くなるし、生命活動は著しく低下する。
それが疑似凍結だろうと、本物だろうと。
「凍結によって柔軟性を失えば、もしかしてまともに再生できなくなるのか?」
「せや。違いないわ。でなけりゃ、こいつだけ異常にびびった説明が付かんのや」
ただ……。
「わかったにはわかったけれど……」
タクの興奮も、みるみるうちに冷めていってしまう。
ケイラの表情もまた、浮かない。
この事実の厄介さに気付いたのも、また同時のようだった。
「あかん。まいったわこりゃ」
「ああ。あの怪物には事実上、弱点が『存在しない』」
なぜならば。H.C.さんが亡くなった以上、現実に奴を凍らせる手段がもうないからだ。
例えばいわゆる冷気弾というものはゲームにはしばしば出てくるが、実際には一瞬で何かを凍らせるほど強力な冷気武器というものは実在しない。
少なくとも弾によって炸裂する程度のささいな量では、である。
もちろん液体窒素のプールにでも叩き込めれば話は違うが、そんな巨大なものを用意し、悠長に引っかかるのを期待する戦法は馬鹿げている。
奴のそもそもの異常な機動性を忘れてはならないし、下手な攻撃はその気になれば念動力で跳ね返されてしまうだろう。
冷気に特化した新たな能力者がいればそれも話は変わってくるが、まずすぐには見つからない。
それにもし核のときのようにまた奇跡的に見つかったとしても、今度の協力願いは訳が違う。
いつどこから襲ってくるかわからない化け物に24時間命懸けで協力してくれとお願いするのは、無理筋にもほどがある。
つまりは。ようやく答えが見えてきたのに手詰まりという、困った状況になってしまったわけだ。
「弱点の一つもなきゃ可愛げないっちゅうのに、これや。ようできとるわクソったれが」
ケイラは、自分の分析力で仇を取ってやれないのに歯がゆい思いだった。
タクもまったく同感で、今度は彼が彼女の肩を叩いて慰めていた。
「それでも。あの三人だったら、何かヒントにはしてくれるかもしれない。一度データをまとめて送ろう」
「せやな。任しとき」
そうして、解析結果をまとめる段に入ろうとしたときだ。
セキュリティ突破のアラーム音が、けたたましく鳴り響いたのは。
「どうした!」
「何があったんや!?」
一気に緊張へ身をこわばらせ、タクが内部の監視カメラ映像をモニターへ呼び出すと。そこには。
ちょうど今解析していた化け物にそっくりな赤目女たち――『できそこない』がぞろぞろと大挙し、ここQWERTY本部の核心部へ押し寄せようとしているところだった。




