38「ACW製造プラント突入作戦 3」
[現地時間4月28日 7時52分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント地下]
どう見てもまともな理性がない者たちがこちらへ向かってくる。
「シェリル。能力で無駄弾を使うなよ」
「わかってる!」
必中の弾は、日に六発の制限がある。大量の敵を相手するには向いていない。
元々自前の腕もある以上、目を瞑っていても当たるような距離で使う必要はない。
「セカンドラプターも上手くやりな」
「言われなくても、だ!」
【ハートフルセカンド】は強制的に常人の限界を超えてクロックアップするため、精神と肉体の消耗が大きい。
なので危ない場面やここぞという場面で使うのがセオリーだった。
各々言葉を交わしつつ、アサルトライフルのトリガーを一斉に引いている。
阿吽の呼吸で、それぞれ最前列の違う敵たちの頭部へと弾が吸い込まれる。
間違いなく脳天をぶっ飛ばしたはずなのに。
彼女らは額に穴を開けたまま、平気で歩みを進めてきた。
「げえっ!? こいつら止まんねーぞ!」
人の見た目こそしているが、どうやら通常の人間ではないらしい。
まるで肉質が柔らかいゼリーのようだ。狙撃スタイルでは通用しない。
素早く判断したユナは、【火薬庫】に繋いで武器を換装する。
《アクセス:ロケットランチャーYS-Ⅴ》
壁や床の材質からして、火が燃え広がることはないだろう。
威力の大きい武器を使えなくなるほど距離を詰められる前に、決める。
焼夷弾が撃ち出され、炸裂した燃焼剤が彼女らを燃やし尽くす。
動きが止まるのを見て、助かったとユナは思う。
不死身ではないようだ。さすがに全身を黒焦げにされれば、活動継続は不可能らしい。
「うおおおおい! いきなりぶっ放すヤツがあるかっ!」
「相変わらず……無茶苦茶する」
「でもこれで道は拓けた、でしょ?」
敵の虚を突くためにはちんたらやってる暇はないので、説明不足とは彼女は思っていない。
しかし……不気味だ。
普通なら断末魔の一つや二つ上げるところだが、それすらせず黙って燃え尽きていく。
まるで精巧に造られた人形のようだ。
ただそこで思考を打ち切る。今は彼女らの正体に想いを馳せている状況ではない。
奴らは部屋の奥の通路からやってきた。この先進めば狭くなるし、焼夷弾や爆発弾は使えないだろう。
通常弾でも額に穴は開いていた。攻撃自体が効かないわけではないようだ。
となれば、滅多撃ちによる物理的破壊が有効か。試してみる価値はあるだろう。
アサルトライフルにも一応フルオートはあるが、撃ち続けることを前提とした構造はしていない。
となると、より適した武器は――。
《アクセス:サブマシンガンYS-Ⅳ》
自分用だけでなく、セカンドラプターとシェリルの分も取り出す。
大量のマガジンも添えて渡そうとすると、施しを嫌うセカンドラプターは顔をしかめた。
「おい。オレは――」
「こだわってる場合じゃないでしょ」
一番大事なのは人命救助である。この先何があるかわからない以上、役立たずのままにしておく選択肢はない。
彼女も頭ではわかっているようで、
「チッ。いいか、借りとは思わねーからな」
ひったくるように受け取った。
「ほら。シェリルも」
「いいのか……? 裏切るかもしれないぞ」
「あんたなら冷静な判断ができると信じるさ」
「わかった……。感謝する」
こちらは対照的におずおずと受け取る。
さて、あの赤目の彼女たちがやってきた方は部屋を出て二手に道が分かれているようだが。
いつものように生命反応を感知できない分、先読み行動できないのが勝手が違って厄介だった。
ここは軍事教本の手習い通りといこう。
「全員でカバーする。クリアリングしながら確実に進むぞ」
「おう」「了解」
部屋の出口に身を潜め、構えつつクイックで飛び出す。
こちらの慎重さを嘲笑うかのように、不気味な笑みを浮かべた大量の女が突撃してくる。
「そら追加のお出ましだ。決して近付けるんじゃないよ」
三人揃い踏みで、サブマシンガンを撃ち鳴らす。
頭を撃っても心臓の位置を撃っても止まってくれない以上、まず足を確実に狙って物理的に動きを鈍らせる。
動きを止めたら、追撃で四肢をぶっ飛ばし、全身ハチの巣にするまでとにかく撃ちまくる。
少しでも無事な箇所があれば動こうとしてくる。マガジンを次々空にするほどの勢いでなければ、絶命させることはできないようだ。
見た目は武器も何も持っていない、異常にタフなだけの女ども。
ただ殺されに来ただけの的なのか。そんなはずはないだろうとユナは考える。
おそらく強引にでも接近すれば十分なのだ。何かしら致命的な武器を持っている。
それが強力な接近攻撃なのか、自爆じみたものなのかはわからないが。
だから何もさせない。させてはならない。
地球での戦いのセオリーである。
徹底した先行作戦が功を奏したのか、特に手痛い反撃を受けることなく殲滅が進んでいく。
途中武器庫からマガジンの補充をしつつ、通路の曲がり角一つ一つ、部屋の一つ一つを確実に潰していく。
実験室、資料室、食堂、別のパーツの保管部屋、空の部屋……中々当たりが来ない。
「しっかし何体いやがるんだ。しかもしぶと過ぎる。ユナがいなかったらとっくに弾が尽きちまうとこだぞ!」
「無限湧きというわけでは……ないよな?」
「そんなゲームみたいなことあってたまるか。まだ来るぞ」
あまりのしつこさにうんざりしながらも、皆世界では五指に入るガンナーである。
正確な狙いですべきことを淡々と成し、着実に動ける敵の数は減ってきている。
「もう全滅させちまった方が早い気がしてきたな」
「確かに……。帰り道で鉢合わせたら……対処が難しい」
「同感だ。やっちまおう!」
そこから虱潰しに、1時間ほど激しい銃声が続いた。
一体につき最低百発以上の弾を消費する関係上、撃った分ほど倒せてはいないのだが。それでも何百か千か、そのくらいはいただろう。
ついに静寂が戻ったとき、辺りは彼女たちだったモノの肉塊でぐちゃぐちゃになっていた。
不思議なのは、血が一切飛び出して来なかったことである。バラバラになって床にこびりつく肉塊も、まるでスライムのようだ。
細切れでなおピクピク小刻みに動こうとしている辺り、よほど異常な生命力を持っている。
やはりヒトではないのか。見た目こそ似ていたが、構造からしてまったく違う生命体のように思える。
「はあ~~疲れた。考えなしに突っ込んで来るバカばっかりでよかったぜ……」
ぜえぜえ息を上げながら、セカンドラプターが二人に向けて親指を立てる。
長時間撃ち続けた反動で、腕はパンパンになっていた。
「まるで……在庫処分のよう、だったな」
「まったくだよ。本当に担ぎ出されたんじゃないだろうな」
こちらを殺す手として放り込まれたというよりは、そこに置いてあったものが本能で暴れたという筋書きの方が自然に感じる。
疲弊させるには十分役割を果たしたのだから、大したものだが。
もし一人で突入していたらと思うと、ユナはぞっとする。
明らかに手数が足りなかっただろう。数に囲まれて叩き潰されていたかもしれない。
さすがにそうなる前に逃げると思うが、奥へは進めなかっただろうな。
さて、冷静に現在の状況を整理すると。
殲滅を進めながらユナたちは地下五階まで進んできており、下に続く階段はもうなかった。
念のためもう一度くり抜いてもみたが、ただ地面があるだけだった。
残るはセキュリティに護られた厳重な防護扉が一つあり、そこから最後の区画に繋がっているようだ。
正規の手段で開ける方法は当然知らないため、リルスラッシュで扉を断ち切ってしまう。
奥には真っ白な廊下が一本道で続いている。
周囲を警戒しながら慎重に進んでいくと、奥で左右に分かれていた。
右には扉が一つ、左には扉が三つ見えた。右側の部屋だけに明かりがついている。
三人で示し合い、まず右から調べることにする。
確実には誰かはいる。敵かもしれない。
銃を構え直し、意を決して突入すると――。
「お姉ちゃんたち……誰?」
数十名もの子供たちが、不思議そうな目で三人を見つめてきた。




