7「トレイターとインフィニティア」
[12月2日 19時31分 ???]
およそ常人の預かり知らぬ場所で、世界最悪の犯罪者たちは、ひとときの晩餐を過ごしていた。
ワイングラスで乾杯を飾る。
「ジェイとイーラの冥福を祈ろう。彼らは良き仲間だった」
「初めての殉死者になるわね。始まってしまえば、こんなにも早く、あっけない……」
インフィニティアの目には、乾いた涙の痕が浮かんでいる。
二人は齢十も数えぬうちから、某国の実験体として捕らえられていたのを助け出したものだ。
理想に純粋で力に優れ、何より。人懐こく、可愛らしく、愛すべき……良い兵士だった。
「日本には優秀なTSPキラーがいるという。噂には聞いていたけれど、これほどとはな……」
「さらに戦力を送る? 対TSP部隊のない日本は狙い目と思っていたのだけど、とんだ伏兵がいたものだわ」
「いや、いい。目標は全世界だし、僕たちの戦力も限られているからね。彼らに任せることにしよう」
「特に彼、復讐に燃えていたものね。『炎の男』とはよく言ったものよ。少々、いや結構、残虐に過ぎるところがあるけれども」
「何事もインパクトは重要だ」
「と言う割には、あなたはあまり嬉しくなさそうだけど」
痛いところを突かれたのか、トレイターは困ったように肩をすくめた。
「仕方のないことなんだよ、インフィニティア。世界が正しく前に進むためには、必ず痛みと犠牲が伴うものなんだ」
歴史がそうだったように、と付け加える彼の瞳は、本当は何を見つめているのか。何が視えているのか。
二人の眼下には、ただ幻想的な夜景が広がっている。
「今の世界は間違いに向かっている。誰かが正さなくてはならないんだ。誰かが始めなくてはならなかった」
「だからあなたは、トレイター(裏切り者)なんて名乗り始めたの? 人類社会への背徳、その罪を背負って」
「……さあ、どうだろうな。名ばかりに大した意味はないさ。ただの酔狂だよ。これから為すことに意味があるんだ」
「そうね。いつか楽園へ辿り着くために」
トレイターの横顔を、その固く結んだ唇をじっと見つめて、彼女はそう言った。
「いずれ世界中の同胞に君の声が届くだろう。インフィニティア――無限の名を持つ君ならば」
「けれど、私だけでは届かない。人の身には及ばない領域がある……そうなんでしょ?」
「ああ。唯一の真なる到達者を見つけなくてはいけない」
「彼か、彼女か。鬼が出るか蛇が出るか。どんな人なのかしらね」
「わからない。でもそれが未来への鍵なんだ」
どこか諦めたように飄々としていて、けれどその内には、世界を敵に回すほどの執念を滾らせている。
そんな不思議な瞳を秘めた者の底が、やはり彼女にはわからない。
もう随分と長い付き合いになるのに。不思議な人。
「光を見た。あなた、確かにそう言ったわよね」
頷くトレイターに、そう言えばあの狂信者も似たようなことをのたまっていたなと思い返しつつ、彼女は尋ねた。
「なのにあなた、ちっとも嬉しそうじゃない。やっぱり何か、言えないことがあるんじゃないの?」
「否定はしない」
「私にも言えないの?」
「……すまない」
「……そう。いいわ。最後まで付き合うと決めたのは、私の意志だもの」
「ありがとう」
「いいのよ。あなた一人じゃ、どうせ何もできないんだから」
二人の乾いた、しかし心からの笑いが響いた。
「確かに。僕は弱いからな」
これもまた一つの裏切りと言えるだろう。
稀代の脅し文句と武力行使で世界を煽った首領の実態は、同胞の子供たちや目の前の女にさえ勝てないのだから!
「けど、私たちならできる。そのために組織の力を育ててきたのだから。ね」
彼女の心ばかりのウインクに、トレイターは力強い言葉で応じた。
「そうだな。まず手始めに、世界というゲームのルールを変えよう。僕たちはそれができるのだと、人類へ、何より僕たち自身に示さなくてはならない」
「彼ら自身が内なる声を上げるまで。私たちの声が届くまで」
そして、みんなを楽園へ連れて行こう。
たとえ――どんな手を使っても。




