249「帰ってきたレジンバーク 1」
「っと。出られたか――」
「ユウさん……ユウさんじゃないですか!」
目の前には、ありのまま団幹部としてのダン(上裸ビキニパンツ)が立っていた。
ここは……ありのまま団本部かな。無事レジンバークに帰って来られたようだ。
「おーーいみんなーーーーーっ! ユウさんが帰って来たぞーーーーー!」
「「おおっ!」」「「ほんと!?」」「「マジか!」」
ダン(上裸ビキニパンツ)の呼びかけに応じて、ぞろぞろと半裸や全裸の男女が駆け寄ってくる。
相変わらずの圧倒的肉体密度に圧倒されるが、同時にほっとしている自分もいた。
この町特有のカオスさ、自由さ、そして明るさはまだ失われていないのだと確信できたからだ。
ダン(上裸ビキニパンツ)は言った。
「団長が待ってますぜ! 会いにいってやって下さいや!」
「わかった。すぐ行くよ」
本部の最上階へ上がり、団長ゴルダーウ・アークスペインと見える。
彼は俺を見るなり、髭面を綻ばせて豪快に笑った。
「おお、小僧! 戻ったか!」
「はい。ご心配おかけしました」
「よい。よいのだ。中々良い面構えになって帰ってきおったな。一つ漢を上げたと見える」
「そうですか?」
「うむ。敢然と苦難に立ち向かう漢の目よ。こちらに来たということは、何か掴めたのか?」
「まだ完全には掴めてはいませんが。ここには力を貸してもらいに来たんです」
「ほう」
「俺は絵に描いたようなカッコいい英雄じゃありません。一人だけで世界を支えられるほどに強くはない」
けれどそれでもと。改めて決意を述べる。
「助けを願い求めるみんなの側に立ち、一人一人の力になれるような。そんな英雄になるために」
「なるほどな」
団長は顎髭をさすりながら少し考え、頷く。
「ワシとしては願ってもないことだ。お前さんに協力してやりたいと前々から思うとった。だが具体的には何をすればよいのだ?」
「ただ、想いを。俺を助けたいと想ってくれるその心が、誰かを助けたいと願うその心が。俺に力を与えてくれます。みんなに力を与えます」
「そんなことでよいのか?」
「比喩じゃありません。夢想病を治したように。それが俺の繋がる力であり、戦い方なんです」
「あいわかった。よかろう! 我々の熱く滾るエナジー、受け取るがよいッ!」
「「押忍ッ!」」
どこから聞いていたのか、後ろの扉から団員たちがどっとなだれ込んできた。
一人一人と握手を交わし、《マインドリンカー》で繋いでいく。
ハルたちほど繋がりは深くはない。ただそれでも、俺と直接交流のあった三千人超からの想いと力は、それだけで飛躍的に俺を高めてくれた。
「みんな。ありがとう。この力、大切に使うよ」
「自分の店や冒険者ギルドにも顔を出してくるんだろう? 行ってこい。絶対におぬしの力になってくれるはずだ!」
「はい!」
***
心強くありのまま団を送り出された俺は、その足ですぐ冒険者ギルドに向かう。
入口の両開きの扉をそっと開いた。
内部はやや張り詰めた空気が漂っている。冒険者たちの顔色には色濃い疲れが見えた。
意を決して声をかける。
「みんな。ただいま」
振り向いた面々が、俺の姿を認めたとき。
まるで疲れなど吹き飛んだかのように、割れんばかりの大喝采が巻き起こった。
「うおおおおおおおおおお!」
「ユウさんだ!」
「ユウさんっ!」
「ユウさまあああーーーー!」
「生きてたああああああああ!」
「わああああああああ!」
「帰ってきたあああああーーー!」
「ユウさーーーーん!」
「おかえりなさい!」
「待ってました!」
「オレは信じてたぜ!」
「この野郎心配かけさせやがって!」
「世をかける伝説が、いまふたたびっ!」
わーっと冒険者たちが集まってきて、もみくちゃにされる。
思った以上の歓迎ぶりに、胸が熱くなった。
彼らに背を押されてカウンターに向かうと、受付のお姉さんが待っていた。
「おかえりなさい。久しぶりね。今日はどんな依頼を受けに来たの?」
「いえ。今日は……俺が依頼しに来たんです」
「……へえ。聞かせてもらえるかしら」
「直接みんなに言いますね」
俺はこの場にいる全員に振り返って、語りかける。
一つ一つ、言葉を大切にしながら。
「みんな。聞いて欲しい。俺は今、この事態を根本から解決するために動いている。でもみんなが知っている通り、魔獣や闇の異形――ナイトメアは日に日に凶暴になってきている。魔神種まで襲うようになった。敵は強い。困難はとてつもなく大きい。俺だけの力では、到底太刀打ちできない」
だから。
「だから、頼む。手を貸してほしいんだ。と言っても、そんなに難しいことじゃない。ただ想ってくれるだけでいい。俺を助けたいと想うその心が、誰かを助けたいと願うその心が、俺に大きな力を与えてくれる。そしてみんなにも同じように力を与えてくれるはずだ」
そして俺は、深々と頭を下げた。
「頼む。みんな。どうか力を貸してくれ!」
すると、心配などまったくの不要だった。
頭を上げるよりずっと早く、嬉しい答えがたくさん返ってきたのだ。
「いいってことよ!」
「当たり前だろ!」
「頭なんて下げなくていいよ!」
「あんたにはたくさん助けてもらったからなぁ!」
「それに僕たちのために動いてくれてるんでしょ?」
「ユウ様の力になれるならっ!」
「お安い御用だ!」
「オレたちみんな、ユウさんのこと大好きなんだ!」
「みんな。ありがとう!」
そんな様子を見ていた受付のお姉さんは、ササッと何かのスイッチを入れた。
そしていつものように受付台帳を丸め、マイクパフォーマンス全開で叫んだ。
町全体に効果のある拡声装置に向かって。
『オラーーーッァ! 緊急速報! これかけるときね、いつもは暗いニュースばっかりじゃない? ノンノン。今回はグッドニュースよ! グッドもグッド! そう! 伝説のユウさんのご帰還だあああーーーっ! しかもしかも、これから世界を救う戦いに行くってさ! そこの冒険者ども、さっさと集まるのよッ! ユウが助けを求めてるッ!』
お姉さんの呼びかけの効果は絶大だった。
さすがに全員とはいかなかったけれど、なんと七千人近くもの冒険者たち、そして一万人以上の一般市民が馳せ参じてくれたのだ。
一人一人と繋がりを結ぶ。
あまりにも数が多く、途中休憩を挟みながら、翌日朝まで徹夜でかかってしまった。
もう約二万人と繋がっている。しかもみんなの協力のおかげか、理性を保てていた。
すごい。すごく温かい想いが、溢れている。
最後には、受付のお姉さん当人も繋いでくれた。
すると彼女は一瞬驚きを見せ、しみじみと目を細めた。
「なるほど。そこまで辿り着いていましたか」
「どういうことですか?」
「……ユウくん。お姉さんからの素敵な一言アドバイスよ」
「……はい」
心構えをすると、お姉さんはゆっくりと言った。
「イコの一族に受け継がれてきた、オリジナルの聖書を求めてみて。そこには抜け殻じゃない――彼女への『想い』と彼女が『生きた記録』が収められている」
イコ。
それはラナの記憶を共有した者か、ラナの時代を知っている者しか知らない名のはずだった。
どうしてお姉さんが。
聖書――それがキーアイテムなのか?
「ラナのことを直接知っているんですか?」
「まあ言っても、私もそこまで詳しいわけじゃないんだけどね。大昔に、ちょっとね」
受付のお姉さんは、ミステリアスに微笑む。
実はものすごい長生きだったのだろうか。
彼女の正体は俄然気になるけれど、今は詮索している場合ではない。
「わかりました。よく覚えておきます。ありがとうございます」
「しっかりやるのよ。あるいはあなたなら、誰も知らない真実の向こう側へ辿り着けるかもしれないわね。お姉さん期待してるわ!」
「はい!」
受付のお姉さんから熱い激励をもらった俺は、あの日以来の我が家へ向かう。
ミティたちはこちらには現れなかった。きっと家で俺が帰って来るのを待っているのだろう。
遅くなった。今行くよ。




