210「シズハ救出作戦 2」
「うおおおおおおおおっ!?」
「わっ!?」
ランドはいきなり現れた俺に驚いて、ひっくり返っていた。
やおら起き上がった彼は。ふうと息を吐き、転んだ際に着いた土埃を叩いてから俺を見つめる。
「なんだユウさんか……。久しぶりだからびびったぜ」
「驚かせて悪い。ここは……?」
周囲を見渡すと、急造と思しきバリケードが壁状に張り巡らされていた。
下級の魔獣には有効だろうが、B級以上には心許ない防御だ。
バリケードの向こうには家々が立ち並んでいるが、数はさほど多くない。
どうやら小規模の集落みたいだけど。
ランドは腕組みして頷き、言った。
「ロトー村って言うんだ。ユウさんを探してたら見失ってよ。仕方なくふらふらしてたらここに辿り着いたんだ」
「なるほど」
「で、魔獣に襲われてたからつい助けたら、色々と頼りにされちまって。それでずっと警護をやってたわけさ」
よく見ると、向こうの方に『食人花』トゥリーンや『暴虐の巨人』アゼルタイタスの巨大な死骸などが転がっていた。
トレヴァークの人間に倒せるとは思えないから、すべてランドが倒したのだろう。
周りにダイラー星系列の兵器は一切見当たらない。
どうやら小さい集落だから、意図的に保護の対象から外された可能性が高い。
もしランドが村を守らなければ、全滅していた恐れは極めて高かったはずだ。
「そうだったんだな。よく守ってくれたね」
「ま、見慣れた奴ばかりだったしな。このくらいは朝飯前だぜ」
さすがはS級冒険者上位の実力者だ。
俺もハルと繋がったおかげでようやく対等に立ち回れそうだけど、そうでなかったら。
トゥリーンはともかく、アゼルタイタスは相当手を焼いただろうな。
クリスタルドラゴンより一枚強いからな。こいつ。
「ところでユウさん、どこ行ってたんだよ。随分探したんだぜ?」
「色々あってさ。説明するよ。君のことも聞きたい」
「おう。いいぜ」
ランドにも経緯を説明する。
彼を含むラナソールの存在が夢幻に近いものであることは省き、おおよその事情を説明していく。
俺がトレヴァークでは力を制限されて、思うように身体が動かないことも伝えた。
「そうだったのか。俺の知ってるユウさんよりずっと弱々しいからよ。心配したぜ」
「君の力にかなり頼らなくちゃいけない部分が出て来ると思う。師匠としては情けない限りだけどね」
「任せとけって。要するにパワーレスエリアみたいなもんだろ? いつもユウさんには力を借りっぱなしだったからな。たまにはお返ししないと釣り合い取れねえよ」
「ありがとう。助かるよ」
そして本題に入る。
「リクから聞いたよ。シルヴィアを探しているんだよね」
ランドはすぐに食いついてきた。よほど彼女の身を案じているのだろう。
「そうなんだよ! 世界の果てではぐれちまったんだ。けどさっぱりあてがわからなくてさ……」
「うん」
「危険な目に遭ってないとも限らねえ。ユウさんと合流したら、すぐにでも探しに行こうと思ってたんだよ」
「そう言うと思って、彼女の居場所を掴んできた。危険な場所だけど、彼女はまだ生きてる」
「ありがてえ! さすがユウさんだ!」
俺の両肩をがっしり掴んで、歓喜を示すランド。
相変わらずわかりやすい奴だ。ちょっと痛い。
アルトサイドとナイトメアのことを追加で説明する。
ナイトメアは一体一体が上位魔獣並みに強い上に、とにかく数が多い。
シルヴィアはまだ無事だが、放っておくといつやられてしまうかわからないことを伝えた。
「時間との勝負だ。一緒に助けに行こう」
「おう!」
と、彼は勢い良く返事をしたものの。
すぐに気勢が萎えてしまった。
「あ、でもよ。困ったな。あいつを助けに行きたいのは山々なんだが……。ロトー村のみんなを見捨てることになるんじゃねーか? さすがになあ……」
「そうか……」
せっかくランドが守ってくれた村だが、もし彼が離れてしまえば、次の襲撃には耐えられないだろう。
俺が見て来たいくつかの村や集落のように、悲惨な最期を遂げるのはほぼ確実だ。
いくら身内のためと言え、見捨てるのはあまりにひどい話だと思う。
「俺に懐いてくれたガキもいるんだよ。見捨てては行けねーよ。でもシルヴィアも助けたいんだ。何とかならないかな。ユウさん」
「そうだな……」
どちらかが残ってこの集落を守れればいいんだけど、ずっとここに貼り付けになってしまう。
それに一人でアルトサイドに突入するのは、自殺行為に近い。
俺としては、リク=ランドパスという脱出手段は用意しておきたい。
でも見捨てたくはない。もしかしたら、小さな村の中ではもう唯一の生き残りかもしれないんだ。
何か。何か手段はないのか。
『ユウくん。困っているみたいだね』
『その声は。ハルか』
そう言えば、《マインドリンカー》で繋がっているから、思考を覗こうと思えばある程度覗けるんだったね。
『ふふ。キミの力って中々に赤裸々だね。正直に困っているのがボクに伝わってきて……ほっとけなくてね。何かできることはあるかい?』
『どうだろう。例えば結界魔法の類とか、レオンは使えたと思うんだけど。こっちに張ることはできないかな』
『確かに彼なら使えるよ。ただ、つぎ込んだ魔力量に依存するからね。何日かはもつかもしれないけど、それ以上はどうかな』
『そっか……まいったな』
何日かだけでは意味がない。
一度アルトサイドに向かったら、いつ戻って来られるかわからないからな。
『……待てよ。つぎ込む魔力量が多ければ、問題ないってことか?』
『そうだね。あくまでレオンだけの力じゃ数日が限界ってことだから』
『それって精霊魔法じゃなくても大丈夫かな? 星光素魔法ってやつで、しかも既に風魔法として生成されているんだけど』
エーナさんから受け取った『切り札』の一発である《バルシエル》が、まだ残っていたことを思い出す。
超上級魔法すら凌ぐえげつない威力の風魔法だ。
そんなのを当時の無力な俺を殺すのに使おうとするなとは、心から思ったけど。
フェバルは前提となる魔力許容性が皆無でない限り、世界に魔素がなくても魔法を使うことができる。
それは星脈のエネルギーを直接借りてきて使うことができるからで、魔素魔法に対して星光素魔法という。
星光素は宇宙に存在する中で最強の魔力要素らしい。前に暇してたレンクスからそう聞いた。
ただ最強の魔力要素である星光素を取り入れるためには、それを取り入れるためのチャネルと、それに耐えられるだけの極めて頑丈な身体が必要である。
一般のフェバルや一部の星級生命体はこの条件を満たすのだが、ユイの身体は彼らに比して遥かに脆く。
星光素を取り入れることがまったく安定せず、危険だった。
なので俺たちは世界の許容性に従う形で、魔法を使ったり使わなかったりしてきたわけだ。
それはともかく。
《バルシエル》は一つの『切り札』ではあるが、もし村を守るために使えるのであれば快く使ってしまいたいと思う。
ナイトメアにはどうせ風魔法は効かないみたいだからね。フェバルの魔力ならば、遥かに長い時間もつはずだ。
少し考えた後、ハルからは曖昧な肯定の返事がくる。
『精霊魔法以外を使ったことがないから、何とも言えないけど……。ユウくんに誘導してもらえれば何とかなるかも。聖剣フォースレイダーには、魔法変換機能があるからね』
『やっぱとんでもない剣だな』
『伝説の聖剣だからね。一応』
じゃあ俺がしっかり誘導できればいけそうだな。
星光素を扱うと思うと一見無理っぽいけど、『心の世界』に引き受けたものを誘導する範疇だから何とかなるかな。
隣で頭を悩ませているランドに声をかける。
「村に防御結界を張っていこう。襲われないようにちゃんと強いやつをかけるよ」
「すげー。ユウさん、そんなこともできんのか!?」
「俺だけの力じゃないけどね」
その言葉の意味に首を傾げる彼はさておき。
ハルを通じて、レオンに協力を呼びかける。
結果として、無事に結界魔法を施すことができた。
村全体がルビー色のバリアに覆われている。
聖剣の力で、魔獣にだけ反応するようになっていた。
「これなら大丈夫そうだな」
ランドも満足そうに頷く。
「もう行けそうか?」
「ちょっとだけ待ってくれ。村のみんなに別れの挨拶してくるからよ」
ランドが村へ入っていき、しばらくして戻ってきた。
「ちゃんとお別れは言えたかい」
「結構渋られちまったけどな。ガキたちに行かないでって泣かれちゃったよ」
困った顔で笑うランド。
レンクスに似て気の良い兄ちゃんだし、子供には好かれるだろうね。
「それよりユウさん。俺の方はほとんど手ぶらなんだけど、大丈夫かよ」
「心配しなくていいよ。物資の用意ならたっぷりしてあるから」
「よーし。じゃあシルヴィア救出作戦といこうぜ!」
「ああ。行こう」
俺とランドによる、シズハ&シルヴィア救出作戦が始まった。




