97「めげるな! エーナさん 4」
『エーナさん、もう三日も帰ってきてないって?』
ユイと話さない日はまずなく、エーナさんのことも聞いていた。
彼女が帰ってきてないことは知っていたけど、それが三日も続くとさすがに心配になってきた。
聞いた話によれば、手持ち無沙汰になったエーナさんは、レンクスのすすめに従ってギルドへ依頼を受けに行ったらしい。
そこでユイがギルドへ事実確認に行くと、いつものお姉さんはいなくて。代わりに新人の受付嬢がいた。
彼女が言うには、「無限迷宮の完全制覇」で報酬5000ジットとかいう冗談としか思えない依頼を、その困難さも知らずに簡単に引き受けてしまったみたいだ。
新人さんじゃ難しいかもしれないけど、そこは止めて欲しかったかな。
しかしなんてタイムリーな。俺は俺で、無理を承知でぐるぐる巻きの――ルドラに無限迷宮攻略を命じさせたばかりだしな。
『心配だな』
『うん。レンクスはあれで結構しっかりしてるから、時々ふらっとどっか行っちゃっても平気なんだけど……エーナさんだからね』
『エーナさんだからなあ』
強さの面では問題ないから、死ぬような目はまずないと思うけど……。
色々と危なっかしいからな。迷子にでもなっているのかもしれない。
『探しに戻ろうか?』
『大丈夫。そっちは開店で忙しいだろうし、こっちで探すよ。レンクスに手伝ってもらうから』
『わかった。何かあったら教えてくれ』
『うん』
***
さて、と。
ユウへの報告を済ませた私は、いつもの定位置にいるレンクスに声をかけた。
この人は妙に察しが良いので、しっかり準備して自分の出番を今か今かと待っていたので話が早かった。
「エーナさんを助けに行きたいんだけど、手伝って」
「もちろんだぜ。で、どこにいるんだっけ」
「無限迷宮シャッダーガルンで迷ってるみたい」
「ああ……。よりによってあそこか。そりゃあ迷うだろうな、あいつじゃ」
彼が妙に勝手知ったる顔だったのが気になった。
「知ってるの?」
「いや、実はな。レオンの奴と前にちょくちょくどっか行ってただろ」
「うん」
そうなんだよね。レンクスはレオンと妙に張り合ってる割には、どこか認めてる部分があって。
彼の頼みや提案には嫌々な顔しながらも、しっかり付き合ってきたというか。
それは強さで言ったらレンクスの方がずっと上なんだろうけど。
世界の事情通や諸々のことを考えると、組むことにメリットがあると考えているみたい。
「あれな、無限迷宮の攻略を手伝ってたんだ」
「えっ? 聞いてないよ」
「そりゃ言わなかったからな」
レンクスは悪びれずに頷いた。まったく初耳だった。
「どこまで行ったの? 実はもう制覇しちゃったとか?」
それだったら言ってくれないと困るし、さすがにこいつも話すよね。
ということは、レンクスでも無理だったってことなのかな。ちょっと信じられないけど。
彼の言葉は、私の予想通り否定だった。
「いや。最近はあんまり行ってないだろ?」
「うん」
「攻略自体はサクサク行くんだが、あまりに深くてよ。レオンの奴と話し合って、一旦打ち切ることにしたんだ」
「深いって、どのくらいまで行ったの?」
「んーと。確か……地下1200階までは行ったはずだ」
「1200!?」
あまりのことに驚いて声が裏返ってしまった。
確か公式の最深到達記録が地下213階だったはず。それを桁違いに悠々と上回る大記録。
さらっと言ってのけたことに、改めてレンクスの能力の高さを思い知る。
そして彼の協力があったとは言え、レオンもすごい。
「そんなに潜っても、まだ底が見えないの?」
それはもう、まさにというか。
レンクスも同じ感想を抱いていたみたいだった。
「無限迷宮っつう名は伊達じゃないようだ。ありゃ本当に底があるかどうかも疑わしいぜ」
「……つまり、ワールド・エンドと同じような構造になってるかもしれないってこと?」
「やっぱお前たちもそう考えてたか。俺も同意見だぜ」
予想の根拠がまた一つ強化されてしまった。何となくわかってはいたけど、正直複雑な気分だ。
ラナソールには三つの果てがあると言われている。冒険者が追い求めて止まない三つの果て。
地上の果て『ワールド・エンド』
空の果て『スカイ・リミット』
地下の果て『無限迷宮シャッダーガルン最下層』
まだ見ぬ果てである以上は、可能性であり夢とも言い換えられる。
そして果てに到達することは……夢の終わりを意味する。
ここで一つの仮定をしてみよう。
もし三つの果ての役目が、世界に夢と冒険を提供し続けることだとするなら。
人が心から夢の果てを望まない限り、本当の果ては「現れない」のかもしれない。
少しずつ世界に関する材料が揃ってきてから、ユウと一緒に考えて出した仮説だ。
だからただやみくもに進んでも、私たちよそ者が世界の果てを見ることはないだろう。
可能性があるとすれば、ランドとシルヴィアの二人。夢の果てを信じて前へ進む二人だ。
二人が本当に強く望み、進み続けることができるなら。いつか世界は果ての姿を見せてくれるのかもしれない。
結局は二人の意志は世界に負けて、無理なのかもしれない。
どうなるかわからないけれど、水を差すようなことを言えば可能性は潰えてしまう。
だから私たちは黙って見守っている。
言い方を良くすれば応援しているし、悪くすれば泳がせていることになるのかな。
ただこれって仮説だからね。全然違ってて、ほんとは普通に果てがあってって可能性もあるから。
だからユウもルドラに攻略を命じさせたんだと思う。保険の意味で。
でも1200階まで行ってもまだ先があるなんて……。ラナクリムも一緒とは限らないけど、可哀想なことやらせちゃったかな。
まあ話を戻すと、エーナさんも相当どんまいなことになっていて。
「それ聞いちゃうと、エーナさんはすごく虚しいことをやっているような気がするんだけど」
「そこも同意見だな。とっとと迎えに行こう。まったく昔から世話の焼ける奴だぜ」
***
レンクスと救出へ向かう。
さすが1200階も潜り続け、迷宮を我が家のように勝手知ったる彼は抜群に頼りになった。
どんな魔獣が出て来ても一撃で倒してしまうし、数々の罠も難なく看破してみせる。
化け物じみた強さはともかく、冒険者としても超の付くほど一流の手際の良さだ。おかげで私は子供のときみたいに言うなりでくっついていればよかった。
そう言えばこの人、サバイバルもやたら得意だし、私のパンツ被りたいがため(しね)に鍵開けやトラップ解除もお手のものだし、さりげなくその辺のスキル高いんだよね。
「レンクスって地味にこういうの得意だよね」
「ふっ。昔取った杵柄ってやつさ。仕事人レンクスってな」
「それ何回か聞いたことあるけど、何のお仕事なの?」
「おっとそいつはトップシークレットだ」
おどけてにやりと笑うレンクス。これ見よがしなのがちょっとうざい。
過去を話したがらないこいつの悪い癖だ。どうせあまり言いたくないことでもしてたんでしょ。
私たちの過去は筒抜けなのでちょっと不公平な気もするけど、まあ仕方ないか。
ダンジョンはとてつもなく広いけど、ただエーナさんを探すだけならやり方は簡単だ。「本物の」魔力を辿っていけば自ずと辿り着く。
エーナさんがいると思われるのは地下120階付近辺りで、一番近くの『休息部屋』から探索を開始した。
およそ彼女が通ったであろう場所には、必ずと言って良いほど魔法が乱暴にぶっ放された痕跡があって。あたふたぶりがありありと想像できた。
「エーナさん、大丈夫かな?」
「さあな。命は無事だけど、大丈夫じゃないんじゃないか?」
レンクスのもっともな予想であるけれど、やっぱり当たった。
「ぁぁぁぁぁあああ……!」
よく聞き慣れた、とても騒がしい声が徐々に近づいてくる。
「いたな」
「いたね。よかった」
ほんとにいいのかどうかはわからないけど、ともかく無事でよかったかな。
ただエーナさんの声と一緒に、男の情けない喚き声が聞こえてくるのが気になるんだけど。
巻き込まれちゃった人がいるのかな。誰だろう。
声、聞いたことあるような。
「おーい! エーナ! 迎えに来てやったぞー! 無事かー?」
レンクスが口に両手を添えて大声で呼びかけると、泣きの入った声が暗い洞穴の向こうから返ってきた。
「ふぉっ、れ、れれ、れれれれれれれすーーーーー!?」
あちゃあ。すっかりパニクっちゃってるね。全然口が回ってないもん。
とりあえず姿を確認しようか。
もう自分とレンクスのために使っていたけど、無詠唱で光源魔法《ミルアール》をもう一度使って、拳大の光球を一つ加えた。
新しく作った方を、声の聞こえてくる方に飛ばしてやる。
「「うわあ……」」
露わになった姿が想像よりもさらにひどかったので、思わず引く声がハモってしまった。
美しかった金髪は、様々な汚物がこびりついて色がわからなくなってしまっている。
そして、全裸だ。
いつものローブも帽子もどこかへ行って、泣きじゃくりながら生まれたままの姿で乳を揺らし、わき目も振らず全力疾走。
なにこれ。どうしたらそうなるの?
やや遅れて、もう一人の男の方も見えてきた。
まさかの人物の登場に驚き、目を丸くする。
ルドラ・アーサム! なんで!?
――ああ、そっか。ユウが攻略を命じさせたって言ってたけど。
それでこっちの世界のこいつが影響を受けて、攻略を始めて――。
なるほど。まさかこんなところで縁が出て来るなんてね。
そしてこいつも全裸だ。もう何なのいったい。
「おいくそったれ野郎! 俺のユイに変なもん見せつけるんじゃねえよ!」
「うわああああああーーーー! 誰か、いるのかああああああああ!」
怒声を飛ばすレンクスと、まともに返事をする余裕もないルドラ。
あと「俺の」じゃないから。
こうなってしまった事情はさっぱりわからないけど、不可抗力ってやつでしょう。
さすがに私も怒る気にはなれない。
「あんなもんより俺の紳士を見てくれ!」
おもむろにバックルへ手をかけたレンクスに呆れて、ゴツンと頭を叩いた。
喜ぶ変態。何をしてもこいつにはご褒美なのでむかつく。
「いいから」
「いやあ。ははは。冗談だって。かわいいな」
「もう。ばか。まず二人を助けないと」
「でもあいつ、平気か? 手で目隠ししてやろうか?」
「ま、まあ、見たことがないわけじゃないから」
全裸男からは気持ち視線を外しつつ、頷いた。
ちょっと顔が赤くなってるかもしれない。
一応……ユウのは成長過程も含めて、よく見てるしね。
とりあえず。
「えい」
魔法を使って、二人にぱっと服を着せた。
エーナさんはいつものローブ姿を。ルドラは適当に。
このままじゃ目の毒だもんね。
狼狽していたエーナさんは、自分が着せられたことにも気付いていないようだった。
ただ私の姿を認めるなり、救いの神でも見つけたような顔をして、泣きついてきた。
「ユイちゃ……! うわぁぁぁあああん! ユイちゃぁぁぁぁあああん!」
「よしよし。怖かったね」
「うっぐ……ふえぇぇ……!」
我を忘れて、ひたすら小さな子供のように泣きじゃくっている。
こんなに弱り切ったエーナさんを見たのは初めてだった。とにかくあやしてあげないことには、話も聞けそうにない。
それに何だかかわいそうで。甘えん坊で泣き虫のお世話ならたくさんしてきたし、こういうのには慣れている。
「もう大丈夫だからね」
「ううぅ……こわかったぁ……! もうだめぉ……ひぃぃん……」
あーあ。ふふ。これじゃどっちが年上だかわからないよ。
ルドラの方は、しかめ面をしたレンクスが何だかんだ世話をしてくれていた。向こうの方が落ち着くのは早そうだった。
縋るエーナさんを抱き止めながら、頭を撫でてあげる。
これを続けていると、ユウもそうだけど。結構安心させる効果があるみたいで。
少しすすり声が落ち着いてきたところで、優しく声をかけてみることにした。
「どうしたの? 何があったの?」
「ぐすん……スライムがぁ……ひっぐ……いっぱい……きてぇ……それでぇ……ふぇぇぇ……」
「スライム?」
何だかとても聞き捨てならないワードを聞いたような。
脳が絶対許さないリストを参照し始めた、そのとき。
「ぷきゅー」
「ひいぃ! きたぁぁ!」
そいつの鳴き声が聞こえ、エーナさんが飛び退くのと同時。
油断していた私の胸目掛けて、半液状の何かが飛びかかってきた。




