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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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95「めげるな! エーナさん 2」

「のおおおおおお! こんなしょうもない死に方はしたくないぞおおおお!」

「どうしてなのよおおおおおおおおお!」


 ルドラは普段多少なりとも紳士的な言葉遣いをする男であるが、今やその余裕もなくなっていた。

 エーナはただ己の不幸さ加減にやけくそになっていた。


「おい! きさま!」

「いやあああああああああああ!」

「きさまあ! 話を聞けえええ!」

「はっ!?」


 喉から血が出そうなほど叫ぶと、自分の世界に入っていたエーナがやっと反応した。

 自由落下は続いている。下まで距離があるのでまだ時間は残されているが、手をこまねいていれば待っているのは死である。

 ただしルドラだけ。そして彼自身に打つ手はない。

 だから非常に焦っていた。


「おい貴様! 何とかならんのか! 落ちても平気なんだろう! なぜなんだ!?」


 言わなきゃ殺すとばかりの勢いで、生存方法を問い詰める。

 なぜかと問われて、存在がチート女はあっけらかんと答えた。


「それはまあ……丈夫だもの」

「くそったれめええええ!」


 ふざけている。行動も存在も、何もかも。

 ルドラは激しく舌打ちした。

 しかし頼れる相手が彼女しかいないので、なおも必死の形相で尋ねる。


「おい! 何でもいい! とにかく助けろ! 何かないのか!?」

「あ、そう言えば」

「なんだ!?」


 藁をもすがる思いで眼差しを向ける。すると。

 ふわり。

 エーナは宙に浮いた。


「私、飛べたんだったわ」

「ふっざけんなてめええええええええええええ!」


 子供のとき以来使ったこともないような汚い言葉で罵りながら、ルドラだけがさらに落ちていく。

 暗いので底はわからないが、実のないやりとりをしている間に、もうあまり猶予はないだろう。

 上方へ離れていく彼女に散々恨み言を喚いた後、いよいよ目前に死を悟って、男は落ちながら項垂れた。


「こんなところで、こんな下らない死に方をするのか……オレは……」


 これまでの輝かしい(と自分は思っている)冒険や、浮いた出来事などが思い出されて。

 人生半ば。当然まだ色々とやりたいことはあったが。

 一番大きな心残りが、重くのしかかってきた。

 わかっていたら。無理にでも頼み込んで、一度くらいシルヴィアを抱いておくんだった。


 一方、宙に静止してほっと一息ついたエーナは。

 落ちていくナンパ野郎が喚いているのを呑気な顔で眺めていた。

 中にはむっとするような一言もあったが、ついに彼が黙り生を諦めたところで、申し訳なさが立ってきた。


「さすがに気の毒かしらねえ。私のせいだし」


 そう独り言ちて、


《ルカンシエル》


 彼女の世界の言語で、風の緩衝魔法を放つ言葉を発した。

 どれほどドジであっても、真面目なときの狙いはあまり間違えない。

 逆に言うとたまによく間違えるが、今回は大丈夫だった。

 ルドラが落下するよりも遥かに速く、空気の塊が飛んでいった。

 それは彼の下に回り込み、クッションとなって徐々に落下速度を落としていく。

 見殺しにされたと思っていた彼は、突然何か見えないものが身を包み、落下が緩まったことに驚く。

 そして、彼女がいたはずの方を見上げた。

 しかし彼を包むものは精霊魔法ではないので、実際に何かまではわからない。

 エーナやユウたちが彼らの精霊魔法を感知できないのと同様、彼らにも通常の魔法を感知する術はなかった。それが直接目に見えない限りは。

 死を覚悟していたのに、あっけなく助かってしまったので彼は気が抜けてしまった。

 安心したやら疲れたやらで放心している彼の元へ、エーナは宙に浮いたままゆっくりと近付いていく。

 彼女の姿が目に映ると、男の思考が蘇った。濃密な数分間を振り返る。

 偶然助けられて、危うく殺されかけて。また助けられて。

 まずキレるべきか感謝を言うべきか。

 最初の一声を迷っているルドラに対し、エーナは苦笑して何でもないように一言。


「いやあ。私ってドジなのよねえ」

「ドジにもほどがあるわっ!」


 こんなにも全力で突っ込んだのは初めてではないだろうか。

 彼の喉は裂けんばかりの勢いで震えていた。



 ***



 とにかく、一緒に安全そうな場所へ下りて。落ち着くためにも小休止をとることにした。

 エーナとしてはこんな男と共に行動する理由などないのだが、「動くとやらかすから絶対勝手に動くな」と厳命された。

 確かにその通りな気がしたため、不本意ながらその場に留まるしかなかった。

 ちなみに二人が今いる場所は地下85階であるが、もちろん二人はそんなことは知らない。

 いきなり落下ランデブーなんてかましてくれた日には、はい仲良くしましょうというわけにはいかず。

 しばらくは気まずい沈黙が続いた。


「なあエーナさんよ」


 先に口火を切ったのは、ルドラだった。

 彼は内心色々と言ってやりたいことはあったが、とりあえず言葉面を取り繕う程度の余裕は戻っていた。


「なにかしら」

「いやあ、ふと思ったのだけどねえ。あんたのドジと頑丈さを見込んで、一つとっておきの作戦が浮かんだのだが」


 そして彼は、多少の感情より実利を取る男である。


「ドジと頑丈さを見込んでだなんて、失礼な男ねえ。まあ一応聞いてあげるわ」


 大して面白くもなさそうに返事をしたエーナに、男はにやりと悪い顔でほくそ笑んだ。


「奈落を踏んで無事な奴、しかも連続で踏んだ奴なんて今まで見たことがない――そこでだ」

「ええ」

「奈落を探して踏みまくれば、無限迷宮の底へあっという間に着けるんじゃないかとな」

「あなた天才なの?」


 エーナにも悪い顔が伝染した。

 実際誰でも思い付きそうなものであるが、まあ天才と言われて悪い気はしない。

 散々な目で不機嫌だったルドラは、これでいくらか機嫌を良くした。

 提案を聞いた彼女も、これで「暇つぶし」の依頼が達成できるかもと嬉しくなる。


「ありがとね。早速探しに行ってくるわ!」


 そのまま走り出しそうな勢いだったので、彼はぎょっとして引き留める。

 既にトラウマだった。


「待て! だから勝手に動くなと言ってるだろうが!」

「うっ。で、でも空を飛んでいけば……」


 あくまで一人で行こうとする彼女に、彼は呆れたように苦笑してぴしゃりと一言。


「浮いたままどうやって罠を探すんだ?」

「あ」

「ふう……。オレのアイデアなんだけどねえ」


 暗に混ぜてくれと主張する彼。

 こんな深部に一人置き去りにされては、たまったものではない。

 何より目の前に前人未到のダンジョンを制覇するカギがいるのに、最大の栄誉に与るチャンスから手を引くわけにはいかない。

 絶対に譲れない勝負所だった。


「でもあなた、足手まといじゃないの」

「あんたも言ってくれるなあ。確かにその通りだが」


 エーナという女の名前は聞いたことがないが。隠れた凄腕の冒険者か何かだろうと彼は睨んでいた。

 何より身体が異様に頑丈であるし、不思議な技も使うし。こんなところでもまったく平気にしているのが何よりの証左だ。

 一方自分は……Sランク冒険者という実績も自負もあるが、無限迷宮の深部でどれほど通用するかはわからない。

 しかも消耗した今の状態では、足手まといにしかならないだろう。悔しいが事実だ。

 客観的な判断ができる男は、自嘲気味にそう踏んで。

 だがまだ自分を売り込めるとも考えて、さらなる交渉の口火を切った。


「それにエーナさんよ。見たところあんた、手ぶらだが。どうやって一人で帰るつもりだい」

「それはもちろん。私、転移できちゃうのよね」


 得意気に胸を張った彼女に、彼は今度こそ心から呆れて言った。


「おいおい。このダンジョンは、稀に見つかる『休息部屋』以外では転移ができないんだぜ」


 無限迷宮の厄介なところだった。

 でなければ、ワープクリスタルさえ持ち込めば攻略が容易なのだから。

 難攻不落の魔境に限って、そんなはずはなかったのだ。

 せめて5階ごととか10階ごととか、決まったところに『休息部屋』があればよいのだが。

 そういうわけでもないのが、攻略の目途を立てにくくしている。


「え、うそ」


 聞き捨てならない言葉に、それまで余裕を保っていたエーナの顔色が曇る。


「知らなかったのかい?」


 知らなかった。

 手拍子で答えそうになった彼女は、その言葉をぐっと呑み込んで。

 内心焦りながら、慌ただしく考えを巡らせる。


 落ち着いて。落ち着くのよエーナ。

 彼は自分の世界の物差しでしか測っていない。

 私はフェバルよ。彼らにできなくて私にはできる。そんなことはたくさんあったでしょう。

 ルール破りなんて、常識破りなんてわけないはず。


 規格外であるはずのフェバルが、能力を使えなくされてしまっている。

 そんな異常な世界だということを勘定に入れていない彼女は、一人強く頷いた。


「あ、はは。やってみなくちゃわからないじゃないの!」

「ではやってみたらどうかな」

「そ、そうね。試してみようかしらね」


 気付けば声の震えていたエーナは、不安を振り払うように首を振ると。

 今いる場所をマーキングしてから、地上に転移しようと試みる。


《コーレンタム》


 …………。


 しかし何も起こらなかった!


「…………ふ、ふふ」

「な。どうするよ」

「手を組みましょう」


 即答。エーナさんは、変わり身が早かった。

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