82「ユウ、エインアークスへ殴り込む 1」
はあ。結局こうなるのか……。
けど完全に喧嘩売っちゃってるしなこれ。幹部? の一人をぶっ倒してるわけだし。
『言った通りになったね』
『やるしかないよな……』
『また協力するからね』
『さっきは助かった。また頼むよ』
『うん。任せて』
ラナソールなら何ともないことだけど、トレヴァークで銃撃をまともに食らってしまうとただでは済まない。
何発も食らえば、最悪死んでしまう。さすがに防がせてもらった。
やり方は主に二つあって。
一つは《ディートレス》。
リルナが使っていた「単純物理攻撃完全無効」というチートバリアだ。俺も散々苦労させられた。
特にトレヴァークのように、魔法というものが基本的にない世界では無類の強さを発揮する。
ただこの技、リルナのオリジナルと違って体内に発生機構があるわけではないので、自動発動ではない。
使用時はほとんど動けないし、青色透明の目立つエフェクトがかかる。人質を取られていたあの状況で使えば、何かしているとバレて余計なことをされる恐れがあった。
そこで今回は、もう一つの手段を使った。
《アシミレート》だ。英語で消化・吸収・同化を意味する。
遠距離攻撃であれば、『心の世界』に引き受けて受け止めることで肉体のダメージを無効化できる。
ただしその代わり、攻撃の性質や威力に応じて『心の世界』が乱れてしまう。肉体のダメージを精神のダメージで肩代わりする技と言えばわかりやすいかな。
なのであまり攻撃が強いと結局まずいという注意点はあるものの、この技は『心の世界』を使うので許容性の影響を受けにくい。
銃弾程度ならいくらでも、それこそ数千発もらっても余裕だ。
運用には内部の方でコントロールが必要なので、いつもユイに協力してもらっている。
元々至近の対象でないと吸収できないけど、今回は上手くやられた演技をするため、本当に肌に触れるギリギリのところまで引きつけてから使った。
おかげで服に穴が空いちゃったよ。結構気に入ってたのになあ。
『どんまい。また新しく似合うの選んであげるよ』
『どうも。でも君が選ぶとやたら可愛らしいの着せてくるからなあ』
『だって似合うんだもん。やっぱり人間、似合う服を着るのが一番だよね』
『確かにみんなからよく言われるけどさ……。俺だって少しはかっこいいの着たいじゃないか』
『あーそっか。だからここずっとあの黒ジャケットお気に入りなんだ』
『オーダンのバザーセールでさ。良い買い物したよね。我ながら』
『うんうん。破られなくてよかったね』
『いやほんと』
あれダメになってたら、その日は枕を涙で濡らすところだったよ。
さすがにそこまでは冗談だけど、軽く落ち込むところだったね。着て来なくてよかった。
おっといけない。またいつもの癖で二人で盛り上がってしまった。『心の世界』じゃないから、時間経過には気を付けないと。
と思ったら、シズハも別のことを考えていたみたいで。たまたまこちらのことは気にしていなかったようだ。
「潰す気……か?」
妙に戦慄した感じのシズハが、恐る恐る尋ねかけてくる。
この子、ネットだと生き生きしてるのに、リアルだとぼそっと喋るよな。中身が一緒なのにキャラが違うというか。
それはともかく。潰す、か。
ちょっと勘違いされてしまったかな。
「潰す? 物騒なことを言うね。相手次第だけど、今のところそこまでするつもりはないよ」
よくフィクションとかじゃ簡単に潰すと言うけど、あれ相当上手くやらないとかえって逆効果なんじゃないかと思うんだ。
特にエインアークスみたいに大きな組織は、見えないところにどれだけの構成員がいるかわからない。
変に恨みを買って、毎日敵の影を警戒しながら過ごす生活なんてごめんだ。
それに、みんながみんな――そういや、結局名前聞きそびれたな。まあいいや。
そこのぶっ倒れてる奴みたいに、どうしようもなく悪い奴ばかりじゃないかもしれない。
エインアークスは裏から社会の調整役も担っていると、調べた限りではそうなっている。行き過ぎた悪の処罰、財の配分などに一役買っていることは間違いないようだ。
本当にどうしようもない組織なら、人々からもっと憎まれ恨まれている。仮面の集団なんかが良い例だ。
個人で見ても、いくらか話のわかるシズハみたいなのもいるってことだし。
一部がアレだから全体もそうとは限らないんじゃないか。そこの見極めは必要だ。
もちろん見極めの結果によっては、本当に潰すか叩き直すしかないってこともあり得るだろうけど。
「だが。痛い目……見てもらう、と」
「うん。だからさ。ちょっとおたくのボスと話を付けて来ようと思って」
「ボスと? どうやって……?」
「正面から殴り込むのが一番手っ取り早いかな、と」
「は!?」
勢いよく突っ込みが入った。
うわ面白い。ちょっとシルヴィアさん出てる。やっぱり同じ人なんだな。
てことは、普段感情を抑えるように訓練でもしてるんだろうか。
まあ言いたいことはわかる。相当やばいこと言ってる自覚はある。
でも下手に策を弄するより、堂々と正面突破。色々考えたけど、これがベストなんだよな。
策を弄すれば弄するほど、敵は策にしてやられたという気分が強くなる。隙があれば見てろと思われてしまっては意味がない。
だからこその正面突破だ。自分にはそれだけの力があるのだと相手に見せつけることが重要だ。
何をしても無駄という印象を植え付けられれば、交渉も有利に進むだろう。
俺たちを何とかしようというのを諦めてもらうのが一番いいのだ。こちらとしては。
問題は、話がわかる相手かどうか。
あまりしたくない、相当荒っぽいこともしなければならないだろう。それで見極めるつもりだ。
最悪は……。それをしないで済めばいいけど。
『受け継がれる母さんイズム』
『そうなるんだよな……』
やっぱ血は争えないのかなあ。性格全然違うのに。
でもやれる実力があり、それが最善手だと思われるなら仕方ないだろう。
「お前……無茶、いいところ。バカ、なのか?」
「バカで結構。シズハ。君の協力が必要だ。手伝ってくれるね?」
「……仕方、ない。乗りかかった……船。やるしか……ない、か」
シズハは何か諦めたようにうんざりした目を向けて、わざとらしく溜息を吐いた。
「私、どうする。言え。聞く」
「そうだな。君はこの子たちとハルをしっかり守っていて欲しい」
まだ気絶したままの背中の二人を降ろして、彼女に託す。
さすがに敵本拠地に乗り込むのに、二人を背負ったままでは行けない。
誰かが人質に取られるか殺されるかもしれない不安を抱えたままでは、思い切った戦いができない。
俺にとっては本当に重要なことだった。
シズハは嫌な顔せず、こくんと頷いてくれた。
「ん……わかった。二人、連れて。病院……行けばいい、か?」
「頼むよ。じゃあぼちぼち行くか」
まだあそこでのびてる男がやられた情報が届いて間もないはずだ。次の手を打たれる前に、さっさと済ませてしまおう。
昨日から三度目。働き者のディース=クライツを取り出した。
で、あの男だけど。どうしようか。
気で強めにショック入れたから、丸一日は目覚めないと思うけど。
このまま放っておいてもし起きたら、後で面倒になるかもしれないよな。
――こうしておくか。
男はロープでぐるぐる巻きに縛って、後方席に積んだ。
「これでよし、と」
「ざまあ」
ぼそりと、しかし内心めっちゃほくそ笑んでいるのが容易に伺える台詞を発した。
うん。やっぱシルヴィアだ。こいつ。
よっぽど嫌いなのかな。まあ危うく殺されかけたんだし、当然か。
ああ、そう言えば。
「もう普通に顔見せてるけど、いいの?」
「……不可抗力。仕方……ない……」
本気でやってたゲームに負けて悔しいみたいな、「それ言うか」って顔をしてきた。
下唇を噛み締めて泣きそうな目でこちらを睨むので、まずいこと言ったかなと思った。
「わかった。わかった。ごめん。ノーカンね」
「ノーカン……。うん。ノーカン」
大人しめなシズハにしては、やけに力強く頷いた。当然だという顔で。
返答にはご満足してくれたようだ。
「でも、髪の黒いシルヴィアっていうか? 普通に美人だよね」
「……うるさい。さっさと、行け……!」
「はは。行ってくる」
急かされるままハンドルを握り、いよいよアクセルを踏もうというところで。
彼女は真剣な声で言った。
「……ユウ」
「ん?」
「また……リクと、三人で。ラナクリム。約束……守れ」
……そっか。
君なりの生きて帰ってこい。確かに受け取ったよ。
「ああ。やるぞ。徹夜コースだ」
「ん」
ピッ。二人で親指を立てた。
それを合図に、俺もシズハもそれぞれの方向を向いて、自分の仕事に取り掛かる。
向かう先は、エインアークス本部。町のど真ん中にどでかいビルを構えている。
そのくらいこの組織は、表社会でも地位を持っているということだ。
『よし。一暴れするか』
『おー』
「ぐ、う……」
ちょうどそのとき、後方座席からうなされる声が聞こえてきた。
ぐるぐる巻きの敵A。
怒ってたのもあって、相当強く殴りつけたからな。起きてもしばらく痛みに苦しむだろうな。
『あーあ。かわいそうにね』
ちっとも可哀想に思っていないユイが、言葉だけの同情を投げかける。
『こいつどうしようか』
『このまま送り届けてやれば?』
『あーいいね。そうしよう』
そう言えばこいつ、結局どんな奴なんだっけ。うっかり聞きそびれちゃったな。
まあいいか。誰でも。
リクとシェリー、それからハルのお守りをユウに任せられてしまったシズハであるが。
自分の役割を果たさねばと思いながらも、つい見とれてしまったものがあった。
あの、バイク。羨ましい……。
メカものには人一倍うるさい彼女には、一目でわかる。
自分もそれなりの名車を持ってはいるが、とても敵わない。
あれは一品ものの超ハイエンドマシンだ。うん百万ジット出しても、そうそう手に入る代物ではない。
格の違いを見せつけられた。強さも。そしてマシンも。
悔しい。シズハは心からそう思った。
……乗せないと。
ダフロイト社の最高級バイク、プリガンツに二人を乗せる。
配置をどうしようか考えて、結局リクは後ろへ、小さなシェリーは抱っこすることにした。
気を失った彼の肩が、彼女の背中に触れる。
リク。ああ……リク。
身を挺して自分を救ってくれたユウに、いくらかときめかなかったと言えば嘘になる。
だがやはり。自分が好きなのは、前から一緒に遊んでいるリクだ。
この頼りなく、内心コンプレックスと不安だらけで。でも根は優しく、健気で。冒険ではいつも生き生きとしている彼。
彼女は、彼にシンパシーと眩しさを感じていた。
状況が状況とはいえ、図らずも側にいられることについ喜びを覚えてしまうシズハであった。
「リク……近い。嬉しい」
思わず、絶対に人には見せない笑みと独り言が漏れてしまうくらいには。
いけない。しっかり、しろ。こんなとき……なのに。
彼女はぱんぱんと頬を叩いて、気を引き締める。
そして冷静になってみると、思い至ってしまう。
もし途中で、リクが起きてしまったら……。
どうしよう。話す準備……してない。
こんな自分を見て。薄汚れた暗殺者である自分を見て。
リクはどう思うだろうか。
軽蔑されるだろうか。怖がられるだろうか。
嫌われてしまうのだろうか。
喜びと使命感と、そして不安と。
シズハは、悶々としていた。




