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八十二話 先生の気持ち

 校舎裏には、打撃が肉を打つ音が響き続けていた。

 私と先生が闘技で戦う音だ。


 先生は強かった。

 魔法が使える分私の方が有利なはずなのに、自分が有利だとはまったく思わせてくれない。

 そんな強さを先生は持っていた。


 魔力を使えば、恐らく私の方が筋力は上だろう。

 なのに、魔力がないはずの先生は私と互角で打ち合ってくる。

 純粋なフィジカルから繰り出される威力が、私と同等だ。


 しかも、父上とは戦い方が違うので、何をしてくるのか読みにくい。

 私が父上と互角に戦えるのは、手の内を知っているからという部分もある。

 多分、先生は魔力がない分、父上よりも幾分か劣っているはずだ。

 けれど、動きのわからない先生は私にとって父上以上の難敵に思えた。


 魔力が使えない故だろうか?

 打撃を当てても、手ごたえが薄い。

 当たる瞬間に、ダメージを逃しているのがよくわかる。


 先生は技巧に優れている。

 でも、それだけじゃない。

 打撃へ威力を乗せるのも上手かった。

 ちゃんと防いでいるのに、防御に回した腕の骨が打撃によって軋む。

 このまま受け続ければ筋肉が断裂し、骨が折れてしまいそうだ。


 これが、魔力を持たない身で武功を立てた者の実力というものなのか。

 もしも先生が魔力を持っていれば、父上を超えるのではないだろうか。

 私は本心からそう思った。



 私と先生の拳がぶつかり合い、私の拳が後方へ弾かれる。

 右手を弾かれ、体勢が崩れた状態は無防備に近い。

 先生がその隙を逃すはずは無い。


 致命的だ。

 私は無駄と思いつつ、両手でガードしようとする。


 が、先生の打撃は来なかった。

 両手でのガードが間に合う。


 その瞬間、先生の右ストレートが、私を防御の上からぶっ叩く。

 私の体が後ろに飛ばされ、校舎の壁へと打ちつけられる。

 壁が凹む。


「もう、止せ。こんな馬鹿げた事は」


 先生が私に言葉を投げ掛ける。


「冗談でしょう?」


 私は体勢を整えながら返した。


 中断するには少し、楽しすぎる。


 しかし、さっきのは……。

 ちょっと試してみるか。


 拳による連撃を仕掛ける。

 先生はそれをいなしつつ、拳の反撃を加えてくる。


 拳の応酬が繰り広がられる中、私は拳を大振りしてあえて致命的な隙を作る。

 顔ががら空きになった。


 が、先生はそこを衝いて来なかった。

 見れば、先生は構えを取りつつ一歩退いた。


 やっぱりね……。


 先生は、私をまともに攻撃するつもりがないのだ。

 顔、胸、腹などの有効な打撃点を避けて攻撃している。

 腕や足、攻撃や防御に使う部位をあえて狙っている。


 先生は致命打を避けて、代わりに私の牙を叩き折ろうとしているわけだ。

 闘う力を無くし、闘いを終わらせるつもりなのだ。


 その方が、ダメージは少ないと判断しての事だろう。

 ふふ、先生の優しさが伝わってくるようだ。


 でも、それがわかってしまったら、もう負ける気がしない。


「先生がそのつもりなら。私も同じ事をしますよ?」


 私は先生へ笑みを向けた。



 それからの私達は、互いに防御の上から殴り合い、攻撃を攻撃で迎撃し合う戦いを繰り広げた。

 互いの牙を折り合う、そんな攻防だった。


 互いに有効打のない戦いは長く続き、辺りが夕陽の赤に染まる頃、決着がついた。


 最後に立っていたのは、私だった。




 ローキックで太腿を打つと、先生の膝がガクリと落ちる。

 立ち上がろうとするが、それだけの力を先生の足は残していなかった。

 半ばまで上がった膝が、再び地に付いた。


 これで決着だ。


 ダラリと垂らされた両腕は、痛々しい色に変色していた。

 多分、パンツの下にある足にもダメージの色が浮かび上がっている事だろう。


 私の腕も少し変色しているが、先生ほどじゃない。


 この戦いは、どちらの牙を先に折るか。

 そういう勝負だった。

 だが、その勝負なら先生に勝ち目はなかった。


 闘技を魔力に応用する場合、それは筋力強化や身体の防備に使われる。

 そして筋力の強化だが、これは魔力の糸を筋肉繊維の代わりとする事で成されている。


 実体の無い魔力の糸は質量の法則で縛られない。

 実在の筋肉繊維を無視して、魔力の筋肉繊維は張られる事になる。

 結果、先生よりも細い私の腕の中には、先生以上の密度で筋肉繊維が詰め込まれているという事だ。

 そして、魔力の使えない先生には、魔力の筋肉繊維は切れない。

 だから、先生に私の牙を折る事はできなかったのだ。


 私は先生の腕と足に白色をかける。


「これで、先生の気持ちははっきりしましたね」


 白色をかけながら、私は告げる。


「賭けに乗った憶えは無い」

「そうでしたね」


 私は返事を聞かないまま、仕掛けてしまったから。


「でも、別にいいじゃないですか。条件に乗ってくれても。先生はマリノーが好きなんです。だから、負けてマリノーと一緒になる選択を取った。そう考えてもいいじゃないですか。きっとそれが自分の気持ちなんだ、そう自分に言い訳する事もできます」


 私が言うと、先生は私の目をまっすぐに見る。

 口を開いた。


「俺は言い訳が欲しいわけじゃない。口実が欲しいわけでもない。それに俺が負けたのは、純粋にお前が強かったからだ」


 先生は立ち上がる。


 まだ治療は万全じゃない。

 けれど、それで十分だ、とばかりに手で私を制した。


「だが、理由は教えておいてやろう」


 理由……。

 マリノーを遠ざける理由だろうか?


「俺には、アルエットの命に責任がある。だから、極力危険のない生き方をさせてやりたい」

「それが理由ですか? でも、マリノーが悪いわけじゃない」


 私の反論に先生は頷き、続ける。


「わかっている。だが、それだけじゃないんだ。俺は、フカールエルも守ってやりたいと思っているんだよ」

「どういう事ですか?」

「病室でアルエットの手を握るあの子を見て、思ったんだ。あの子は、本心からアルエットを愛してくれている。そして、悲しんでくれている」


 そうだ。

 病室でアルエットちゃんの手を握るマリノーは、こちらが見ていられないくらいに悲しんでいた。

 それは確かに、アルエットちゃんへの愛情を持っているからだ。


「認めたくはないが、アルエットはきっと長生きできない。

 コトヴィアもそうだった。それはずっと前から、わかっていた事だ。

 俺はその覚悟をしていた。だからいい。

 だが、フカールエルは違う。

 あいつの気持ちに応えてしまったら、この悲しみと責任をあいつまで背負わせてしまう事になる。

 それがわかっているのに、受け入れられるわけがない。

 この苦しさは、俺だけのものでいい……。

 そうだろう?」


 そうか……。


 先生は、マリノーの心も気遣っているんだ……。


 その理由に、私は納得してしまった。

 そんな事を言われたら、私はもう何も言えないよ。


「わかったか? なら、もう俺は行くぞ」

「はい」


 先生は私に背を向け、去っていこうとする。


「あの」


 私はその背中に言葉を投げた。


「何だ?」


 首だけを巡らせて、先生はこちらを見る。


「もし、アルエットちゃんの病気が治ったら、先生はどうします?」

「……もしもの話をするつもりはない。だが……そうなれば少なくとも、あの子を遠ざけるような事はしないだろうな」


 先生は答えると、今度こそその場を去って行った。



 アルエットちゃんの病気が治ったら……まだ希望はあるのかもしれない。


 だったら、治してやろうじゃないか。

 正体不明の病気って奴を……。

 私は決意を固めた。




 それから、凹んだ校舎の壁の修理代は先生も出してくれるんですよね?

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