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七十七話 陽の悪役令嬢(腐)

 コンチュエリ・ヴェルデイドは悪役令嬢である。


 攻略対象であるムルシエラ・ヴェルデイドの妹で、兄をカナリオに取られる事へ反発して二人の仲を妨害してくる。

 言わば、小姑キャラである。

 髪の色は兄と似てピンク色。ただし、少し赤みが強い。

 イメージモデルは孔雀。

 学年は一つ上で、イノス先輩と同じ二年生だ。


 性格は高飛車で上から目線。

 実に典型的なお嬢様。

 そのため、ゲーム内ではアードラーと所々キャラクターがかぶる。

 ただ、アードラーと違って物を壊したり、人を使って私刑リンチしたりなどの陰湿な嫌がらせはしない。

 基本的に現れる時は、真っ向から勝負(ミニゲーム)や口喧嘩を仕掛けてくる。


 口喧嘩だけならばアードラーも仕掛けてくるが、彼女に比べるとコンチュエリとの口喧嘩はかなり軽い。

 子供の喧嘩みたいなものだ。


 ちなみに彼女のミニゲームは絵画である。

 スライドパズルだった。

 パズルを解く事で、絵画を完成させるのだ。

 私はチェスに次いで苦手なミニゲームだ。


 そして、物語が終盤になるとカナリオの実力を認め、兄との仲を祝福してくれる。


「あなたやるじゃない」

「あなたこそ……」


 状態になるのだ。


 シナリオ事態は乙女ゲームらしいものだが、その部分だけ少年漫画みたいである。

 そうした竹を割ったような性格から、ファン達からは「アードラーが陰の悪役令嬢ならば、コンチュエリは陽の悪役令嬢」と言われていた。

 陰と陽、静と動、龍と虎の関係である。


 しかし、私が出会った彼女はなんかゲームとイメージが違う。

 彼女はこんなんじゃなかったはずだ。

 もっとちゃんとお嬢様していたはずだ。

 少なくとも腐ってはいない。


 実際のアードラーは誤解の部分が多々あるのだが、彼女もまたそういった理由でゲームと性格が違うのかもしれない。


 ちなみに、格闘ゲームではイノス先輩に次ぐ二人目の投げキャラである。

 この学園の二年生の間では相手を投げる事が流行っているのだろうか?


 彼女も先輩と同じく機動力は低い。ダッシュもバックステップもできない。

 そしてその代わりに高威力のコマンド投げがある部分も一緒だ。

 だが、彼女にはイノス先輩と決定的に違う部分がある。


 彼女の特徴的な必殺技は、コマンド投げと特殊な飛び道具だ。

 指パッチンをすると爆発が起きるという物なのだ。

 そして、その発生場所は弱、強、同時押しの三種類で近、中、遠距離に変わる。

 発生場所を誤るとまったく意味のない所で爆発が起るので、普通に飛んでいく飛び道具に比べると扱いは難しいが、使いこなせれば的確に相手を狙い撃てる。


 防御する側としては、急に現れる飛び道具を警戒しながら近付かねばならない。

 とても厄介である。

 そして、苦労して近付いた末に、待ってましたと言わんばかりにコマンド投げが炸裂するのだ。

 相手の襟を掴み、その手から爆発を起こす投げ技だ。


 シークレットソード2! グレンカイナ!


 つまり、イノス先輩が這いずってでも相手へ近付いて投げるタイプなら、コンチュエリは投げるからお前がこっちに来いというタイプの投げキャラなのだ。


 超必殺技は、ロック系の技とコマンド投げの強化版である。

 ロック系の技は、最初に爆発を当てて相手を固定すると、連続で爆発を発生させて、吹き飛ぶ相手の軌跡で星の形を描き、最後に大きな爆発を起こさせるという物だ。

 格闘ゲーム中、一番派手な技である。


 固有フィールドは、飛び道具を発生させると位置ランダムでもう一つ飛び道具が発生するという物だ。

 ちなみに、投げコマンドは一回転ではなく41235である。超必殺の投げはそのコマンド×2となっている。


 その彼女だが、あの強烈な出会いをきっかけに昼食の集まりへしれっと参加するようになった。

 気付けば兄の隣にいるのである。


 何しに来たのだ? と問うと「よく考えれば、この集まりに混じれば近くで見れるじゃありませんの」との事だ。


 何を近くで見る気だよ。

 とはあえて問わなかった。

 彼女の熱い視線は、アルディリアとムルシエラ先輩へ注がれている。

 聞かずともよくわかる。


 自分の兄をそういう目で見るとは、なんて妹だ。


 もしかしてゲームのコンチュエリって、兄で妄想できなくなるのが嫌でカナリオへ反発していたんじゃないだろうね?

 別次元なので答えは解からないが、この姿を見ているとそんな気がしてならないよ。


「マリノーちゃん、今度のお茶会には出席しまして?」

「申し訳ありませんが、その日は予定がございまして……」


 コンチュエリに訊ねられ、マリノーは丁寧に断る。

 ムルシエラ先輩と幼馴染であるように、マリノーはコンチュエリとも幼馴染のようだった。

 二人はとても親しげだ。


「それは残念。せっかく、漆黒の闇に囚われし黒の貴公子様の絵が完成しましたのに。あなたにも披露したかったですわ」


 どうやら、コンチュエリは社交的な人間らしかった。

 話を聞いていると、よくお茶会にも出席しているらしい。

 そして、漆黒の闇(略)の虜となったお嬢様の一人でもあるらしかった。

 彼女はあの黒い奴の虜になり、今やコスチュームプレイに走るほどだだハマりしてしまっているのだという。

 ちなみに、あの変な性格は漆黒の闇(略)を愛でる会という、社交界で発生したファンクラブのような組織において一般的とされる漆黒の闇(略)の性格らしい。

 お嬢様達の妄想が生み出した負の幻想である。


 昼食会へ参加する今のコンチュエリは、幸いにしてゲーム通りのお嬢様スタイルだ。

 イメージカラーでもある薄い紫色ドレスを着て、髪の色も赤みが強いピンクである。

 ただ、三回に一回の割合で漆黒の闇(笑)の姿で参加する。


 やめてほしい……。


 正直、その姿で来られるとどういう顔をすればいいのかわからない。

 笑えばいいのかな?


「どうしても外せない用事なので」

「ふーん。それは、やっぱり愛しの彼の事かしら?」

「そ、それは……そうなのですが」


 マリノーが顔を赤く染めながら答える。


「今度ね、ピクニックなんだよ」


 恥ずかしげに言葉を濁すマリノーに代わって、アルエットちゃんが暴露した。

 そっかぁ……デートかぁ……。


「上手くいってるみたいだね。よかったよ」


 私はマリノーに声をかける。


「は、はい、順調です……」


 答えるマリノーの顔は、さっきよりもさらに赤く染まっていた。


「グラン教諭、ね……。耽美さは少し欠けますが、野性味のある方に攻められるのもまた……その逆もまた然り……」


 コンチュエリが一人呟く。


 こら、掛け算するな。




 教室。


「今日はここまでだ。帰っていいぞ」


 ティグリス先生が告げると、生徒達が慌しく帰り支度を始めた。

 そんな中で、私は先生に声をかけた。


「先生」

「ビッテンフェルトか。どうした?」

「最近、彼女と上手くいってるみたいですね」


 私が言うと、先生は苦笑する。


「まぁな。アルエットも彼女の事が気に入っているみたいだからな。彼女が俺なんかでもいいと思ってくれるのなら、その想いには応えたいな」

「それって、どっちも先生の気持ちじゃないですよね。二人の気持ちを優先してるって事でしょう? 先生本人はどう思っているんですか?」


 訊ね返すと、先生は笑った。


「さぁな」


 はぐらかすように言う。

 けれど、その顔はまんざらでもなさそうだった。


 このまま二人の……三人の関係が上手くいきますように。

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