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七十六話 コンプリート

 私が一人で廊下を歩いていた時である。


「待ちたまえ。君は、ビッテンフェルト家の令嬢だろう?」


 中性的な声が私を呼び止めた。


 誰だぁ?

 と振り返る。

 すると、そこには漆黒の闇に囚われし黒の貴公子が立っていた。


 本当に誰だお前はっ!


 漆黒の髪、漆黒の仮面、漆黒の軍服。

 間違いなくそれは漆黒の闇(略)に間違いなかった。

 舞踏会で現れた時と同じ格好だ。

 ただし、身長さえ無視すれば……。


 その漆黒の闇(略)はどう見ても本物より小さかった。

 私が見下ろすくらいの身長なのだから、間違いなく本物より小さい。

 それによく見れば、ポニーテールがどう見ても長い。

 背中の半ばぐらいまである。

 多分、女性だろう。

 あと、本物は赤い薔薇なんか持ってない。


 これがルクスの言っていた偽者だろうか?

 なるほど。

 彼の言う通り、見るからに偽者である。


「えーと、誰ですか? あなた」


 訊ねてみる。


「ふふふ、私は漆黒の闇に囚われし黒の貴公子」


 フッ、と笑って漆黒の闇(笑)はナルシスティックなポーズを取る。

 赤い薔薇が私の鼻先に向けられる。


「嘘を吐くな!」


 思わず怒鳴ってしまった。

 私そんなんちゃうわ!


 しかし、そいつは態度を崩す事なく、余裕を見せたまま「ふふふ」と笑った。


「確かに、私は彼のお方ではない。しかし、私はあのお方の心を完璧に理解している。もはや私は、あの方と完全に同一の存在と言っても過言ではない。身体を別にしているだけで、その魂は同じ」


 全然違うよ!


 な、なんなんだ、こいつは……。

 ゲームにだってこんな奴はいなかった。


 私は恐ろしさを覚えた。

 戦いを前にした時でも、私はここまでの恐怖を覚えた事が無い。

 こいつを放置して、漆黒の闇(略)がこんな奴だと誤解されるかもしれないと思うととてつもなく恐ろしかった。


「本当に何者なんですか?」

「私は、漆黒の闇に囚われし黒の貴公子だ」


 さっき自分でちゃう言うたやろがっ!


「……じゃあ、その黒の貴公子が私に何の用ですか? わかりました。勝負ですね? 受けて立ちます」


 それなら手っ取り早い。


「いや、そんな野蛮な事はしない。それに、私は漆黒の闇に囚われし黒の貴公子だ。間違えてはいけないよ」


 勝負じゃないのか……。

 合法的に叩きのめせるとおもったのに……。


「じゃあ、何なんですか?」

「簡単な事だ。クロエ・ビッテンフェルト。アルディリア・ラーゼンフォルトとの婚約を解消したまえ!」


 この人、さっきから意外性に富み過ぎだよ。


「何でそんな事をあなたに言われなきゃならないんですか?」

「知れた事……。お前が、アルディリア・ラーゼンフォルトに相応しくないからだ」

「あぁ?」

「そ、そんな目で睨むのは止せ。怖いじゃないか」


 わけわからん事を言うからだよ。


「じゃあ何? あんたならアルディリアに相応しいって言うの?」

「いいや」


 偽者はあっさりと否定する。


「私も彼には相応しくない。相応しい人物は別にいる。見せてやろう、ついてくるがいい」


 一緒に学園内を歩く姿を見られたくはないが、アルディリアに相応しい人物というのが気になるので、私はそいつについていく事にした。


 もしかしたら、その相手はカナリオかもしれないと思ったのだ。

 その予測が当たっていれば、私の命の危機が復活したかもしれないのだ。

 確かめておく必要があった。




 漆黒の闇(笑)に連れられて私が向かったのは、中庭だった。


「ここからは静かにしたまえよ。でなければ感づかれてしまうからな」

「何に?」

「薔薇の香りを放つ美しい生き物たちさ。警戒させては逃げてしまうからな」


 そう言って、奴は中庭の植え込みに身を隠しながら匍匐ほふく体勢で進む。

 私もそれに続いて植え込みの中へ隠れた。


 私はどうしてこんな変な女の尻を見ながら、地面の上を這わねばならんのだろうか……。


 何とも言えぬ哀愁を覚えつつ進んだ先で、奴はおもむろに止まる。


「さぁ、植え込みに穴を作って覗き込んで見たまえ」


 そう言いながら、漆黒の闇(笑)は自らも植え込みに穴を開けた。覗き込む。

 私は溜息を一つ吐いて、同じように穴を作って覗き込んだ。


 するとそこには、アルディリアと一緒にベンチに座り、楽しげに談笑する人物がいた。

 その人物は、ムルシエラ先輩だった。


「先輩の髪の毛って綺麗ですよね。色もそうだけど、サラサラで手触り良さそう」

「そうですか? 触ってみてもいいですよ」

「え、本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて。……あ、すごい。何か特別なお手入れとかしているんですか?」

「お手入れはしていますね」

「僕の髪の毛もそれくらいサラサラだったらいいのに。でも、僕の髪の毛は癖が強いからクルッてなっちゃうんですよね」

「じゃあ、私の使っているシャンプーを分けてあげましょうか?」

「え、いいんですか? やったー」


 女子同士の会話か?


「これが……何? アルディリアに相応しいのは先輩、とか言い出すの?」

「わかっているじゃないか。よく見たまえ、これが愛だよ」


 興奮気味に鼻息を荒くして、漆黒の闇(笑)は答える。


「多分、違うと思う」

「何故そう思う?」

「だってムルシエラ先輩、男じゃん」


 そう。

 ムルシエラ先輩は優しげな美人さんであるが、どれだけ美人でもその性別は男である。


「わからないのか?」


 心底不思議そうに聞き返される。


「二人の間にある空気が……。一言一言に込められた情感、相手を労わるような目の配り方、触れ合わなくとも互いの熱を感じられるあの距離感……。所作の細部、行間、向けられる表情、どこを切り取り見たとしても、そこには互いへの愛情が満ち満ちているではないか」


 漆黒の闇(笑)はうっとりと陶酔した様子で語った。

 わかった。


 早すぎたんだ、腐ってやがる。

 ダメだこいつ……早くなんとかしないと……。


「だから言っただろう? 君は相応しくない、と」

「何をしているんですか?」


 漆黒の闇(笑)が断言すると、不意に頭上から声をかけられた。

 顔を上げると、ムルシエラ先輩とアルディリアが植え込みの影でうつ伏せる私達を見下ろしていた。


 私達の姿を認め、先輩は呆れ顔で溜息を吐く。


「あれ、何してるの? クロエ」


 アルディリアが首を傾げる。

 聞かないでほしい。

 こんなのに乗せられたかと思うとちょっと情けない。


「はぁ、クロエさんまで……。どうせ、あなたがよく解からない理屈で引き込んだのでしょうけどね。コンチュエリ」


 え、コンチュエリ?


 私はその名前に驚いた。

 それが本当なら、私はこの漆黒の闇(笑)の正体を知っている。


「ふん、私はコンチュエリではない。漆黒の闇に囚われし黒の貴公子、だ!」


 シュッと立ち上がり、漆黒の闇(笑)は芝居がかった口調で答える。


「はぁ……。毛染めの魔法薬が減っていると思えば、あなたが使っていたのですね」

「だから、私はコンチュエリではないと……」

「その服も特注ですね。あなたの趣味にとやかく言うつもりはありませんが、あまりお金の遣いが荒いのもよくありませんよ?」

「だから、私は……」

「お父様に言いつけますよ」

「ごめんなさい、お兄様」


 そう言って、漆黒の闇(笑)は仮面を自ら外した。

 そうして全体のあらわになった顔を見て、私は確信を持った。

 彼女はコンチュエリだ。


 彼女はコンチュエリ・ヴェルデイド。

 攻略対象の一人、ムルシエラ・ヴェルデイドのシナリオにおけるライバル令嬢である。

 攻略対象&悪役令嬢コンプリート。

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