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五十七話 素直になって、自分

 時計塔での捕り物があって数日後。

 学園にて。

 私が友人達と中庭で昼食を取っていた時だ。

 メンバーはアルディリア、アードラー、カナリオ、マリノー、アルエットちゃん、ムルシエラ先輩と私の七名である。

 見事に女子ばっかり(強調)!!


 アルディリアはヴォルフラムも誘ったみたいだが、何か都合が悪くて断られてしまったらしい。


 前もそうだったが、こうも大人数で木陰を占領しているとまるで花見のようである。

 花はないが。

 春になったら、桜の咲く場所でも見つけて名実共にみんなで花見をしたいね。



「そういえば、アルエットちゃんが教えてくれたのですが」


 食事中、最初に話題を振ったのはマリノーだった。


「最近、町では「関節外し」という妖怪が出没しているらしいですね」

「へぇ……」


 私は平静を装って言葉を返す。


「そうだよ! 今、関節外しごっこが流行ってるんだから!」


 アルエットちゃんが少し興奮気味に話へ参加する。


「ごっこって……。何するの?」

「えっとねー、黒い布をかぶった人が関節外しでー、触られたら関節を外された事になって動けなくなるのー。でー、全員関節を外せたら終わりー。じゃんけんして負けたらその人が次の関節外しになるのー」

「そうなのー」


 関節外しという言葉がゲシュタルト崩壊しそうな説明だったが、つまり鬼ごっこか。

 でも……。


「何で黒い布をかぶるの?」

「関節外しは黒いから。見た事のある子が言ってた!」


 何と……。

 どこからか、見られていたのか。


 だいたい、八時ぐらいに行動していたからねぇ。

 起きている子がいてもおかしくないのかもしれない。


「私も聞いた事があります」


 カナリオが口を開く。


「橙色のやつもいて、一緒になって悪い妖怪を退治してるんですよね」


 私とルクス、セットで関節外しなんだな。

 私が……私達が関節外しだ!


「そうなの! 関節外しは正義の妖怪で、子供を悪い妖怪から守ってくれてるんだよ!」


 アルエットちゃんが興奮気味に補足する。

 何か妙な方向に事実が捻じ曲がっているみたいだ。

 面白いけど。


 そっかぁ、妖怪・関節外しは正義の妖怪なんだなぁ。

 今度、黒と黄色のストライプ生地でチャンチャンコでも作ろうかな。

 あと、意のままに操れる下駄とか。

 木製の下駄なら、魔力溶液に浸して魔道具にできるし。


「妖怪・関節外しですか。そういえば、国衛院経由からの情報が社交界でも囁かれていましたね」


 ムルシエラ先輩が会話に入ってくる。


「そうなんですか?」


 私は訊ね返した。


「ええ。今は、漆黒の闇に囚われしの黒の貴公子がその正体ではないか、と噂されています」


 わお、合ってるし!

 どこからその発想が出た!?


 謎の人物を何でもかんでもあれに結びつける事が流行っているのか?


「え?」


 アードラーが驚いて私を見る。

 私はサッと視線をそらした。

 その先で、同じように驚いて私を見るアルディリアと目が合った。

 私はサッと上を向いた。

 どんな時でも俯いちゃダメだからね。


「夜の町で悪党に天誅を下していると、実しやかに囁かれています。他愛ない噂ですけどね。令嬢方としては、どんなに突拍子のない噂でも楽しければいいのですよ」

「そうなんだ」


 そういえば、今の王都には謎の黒い人物が出没していて、その正体は漆黒の(略)じゃないか、とイノス先輩が目星をつけていた。

 それ経由でそんな面白おかしい発想になったのかもしれない。


 なんて事を考えていた時である。


「よう、ビッテンフェルト」

「ルクス」


 ルクスが声をかけてきた。

 カナリオとマリノーが見るからに警戒する。

 そういえば、あのナンパの時以来会ってなかったね。

 鍛錬で一緒していたアルディリアとアードラーは平然としていた。


「どうしたの?」

「国衛院が盗賊団を一斉検挙したらしいぞ」

「あ、そうなんだ。よかった。これで、王都も平和になるね」

「ああ、そうだな」


 それを伝えに来ただけなのだろうか。

 そう思っていたが、ルクスはその場を去ろうとしなかった。


「あー、えーとなー」

「何?」


 声をかけておきながら、ルクスは言い難そうに言葉を濁す。

 そして、少しして要件を告げた。


「俺と勝負しろ!」

「はぁ?」

「何でもいいから校舎裏に来い! そこで勝負だ!」

「えー? でも私、みんなと昼食中だしー」


 ねぇ? と私は友人達へ目を向ける。

 が、特に誰も止めようとしてくれる人はいなかった。


 ナズェミテルンディス!

 引き止めてくれないの?


 私はアルディリアとアードラーに視線を送る。


「行って来たら? 問答するより叩きのめした方が早いでしょ」

「僕もそう思うよ」


 えー? 門下生達がなんか冷たい。


「仕方ないなぁ。じゃあ、本当に行くよ?」


 引き止めてくれないの? と私はもう一度念を押すようにみんなを見る。


「いってらっしゃい」

「頑張ってください」

「怪我をしないように気をつけるのですよ」

「頑張ってきてね! コテンパンだよ!」


 マリノー、カナリオ、ムルシエラ先輩、それからアルエットちゃんの順に激励された。

 アルエットちゃんが嬉しそうで何よりです。


 そして私は、渋々とルクスについていった。




「本当に今更何でこんな事になってるの?」


 コテンパンに伸され、転がされたルクスに私は訊ねた。


「別にいいだろ」


 ルクスはぶっきらぼうに答え、立ち上がろうとする。


「ちょっと意識飛んだんだから、まだ寝転がってなよ」

「大丈夫だよ」


 反発するように言い、ルクスは立ち上がる。

 その瞬間、ぐらりと体が傾いた。


 ルクスはバランスを崩して、私の胸に倒れこんでくる。


 私はそんなルクスを捌いて、強く倒れこまないように転がした。


「受け止めてくれてもいいじゃねぇか」

「いやぁ、私も乙女だからさ」


 アルディリアならともかく、男の子の顔を抱きとめるのは抵抗がある。


 ルクスは立ち上がるのを諦めて、その場で座り込んだ。

 口を開こうとして、すぐに閉じる。


「本当は、何か話でもあったんじゃない?」

「……ああ、本当はな。でも、あそこで言うのは恥ずかしくてな」

「だったら、勝負しなくても呼び出すだけでもよかったでしょうよ」

「言えるかよ。お前に素直に言うのもなんか恥ずかしかったんだよ」


 それは新手のツンデレ衝動か?

 しずまれぇ……!

 俺の中のツンデレェ!

 みたいな感じか?

 アードラーですらそんな境地に達していないぞ。


「で、何の話なのさ?」


 私が訊ねると、ルクスは一度上を向いた。

 一つ深呼吸してから、口を開いた。


「……イノスを振り向かせるために、俺は色々な事をしたよな。最後には、お前とあんな大暴れまでしちまった」

「そうだね」

「でもよ、あれだけやってもあいつは、全然俺に振り向いてくれなかった。俺があいつに好意を持っている事も全然伝わりやしなかった」

「そうだね」

「だから、思ったんだ。お前の言っていた事は正しかったんだなって」

「私の言った事?」

「伝えなきゃ、気持ちは伝わらない。愛が足りない。格好つけたままじゃ抱き合えない。本当にその通りだぜ」

「でしょ。ただでさえ、ルクスは素直じゃないから。わざとらしいくらいに伝えた方がいいよ」


 ニヒヒと笑いかけると、ルクスは苦笑する。

 けど、その笑みもすぐに消えた。

 真剣な顔で、言葉を紡ぐ。


「おう。だからよ、伝えてみようと思うんだ。自分の気持ち」

「そう」

「正直言って、怖い。多分、断られる。それがわかってるからな。でもな、このまま俺の気持ちを知られないままの方が怖いんだよ」


 そう。

 勇気を出すんだね。


「応援するよ。頑張ってね」

「ありがとよ。……なぁ、ビッテンフェルト」

「何?」

「お前の事、これからクロエって呼んでいいか?」

「はは、いいよ。私だけ名前で呼ぶのは不公平だもんね」

「まったくだぜ」


 ルクスは笑う。


「じゃあな」

「うん。また、結果を聞かせてね」

「おう」


 そうして、私はルクスと別れた。

 もしかしたら、この時になってようやく私とルクスは友人という関係になれたのかもしれない。

 ライバルでも門下生でもない、名前を呼び合う友人に。




「何の話だったの?」


 中庭に戻ると、アルディリアにそう訊ねられた。


「あれ? 話をしてたって何でわかったの?」

「ルクスくんが何か言いたそうだったから」


 あれだけのやり取りでよくわかったもんだ。

 私はルクスをコテンパンにするまで全然わからなかったんだけど。

 やっぱり、男の子同士で通じる部分があるんだろうか。


「よくわかったね」

「何か言いたそうで言えない時のアードラーにそっくりだったから」


 そうかー。

 通じ合っていたのはアードラーの方だったかー。


「私、あんなんじゃないわよ」

「そう? 似てると思うけど」


 アルディリアの言いたい事は、わからんでもないね。




 その日の夕方の事。

 帰ろうとした時の事だ。


 アルディリアとアードラーを伴って、馬車まで行こうとする途中で走るルクスの姿を見た。

 それだけならば「急いでいるんだな」と思うくらいだったのだが……。


 その時の彼の顔は、今まで見た事がないくらいに険しいものだった。

 焦りと怒りが混ざり、滲む。

 そんな形相だった。


 何かあったんだろうか?

 私はそんな彼が気になった。

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