四十八話 鍛錬、恋愛、そして金
「俺は生来の一匹狼気質。人に教えを請うなんてまっぴらだ……。指導料欲しさなら帰りな!」
「指導料はタダでいいよ。その代わり……闘技会覇者指導者としての美酒に酔わせてほしい。強くなるよ。私に習えば今よりさらに……」
「グウウ〜〜〜〜ッ! ン…ググ〜ッ…」
「というやり取りがあって、今日からルクスはここで鍛錬する仲間になりました」
ビッテンフェルト家の庭にて、私はアルディリアとアードラーに事の経緯を説明した。
「そうなんだ」
「へぇ」
「いや、嘘吐け! そんなやり取りなかっただろうが! 闘技会覇者ってなんだよ! 聞いた事もねぇよ!」
二人が思い思いの言葉を呟く中、魔力縄でグルグル巻きにされたルクスが叫んだ。
彼は私の横で転がされていた。
「嘘吐け言うたからついたんや!」
「なんだよその言い草!」
まぁ、実際は見ての通り無理やり連れてきたわけなんだけどね。
ちなみに、誘拐と間違われて国衛院に踏み込まれても困るので、ちゃんとイノス先輩には話を通してある。
「今日、ルクスを借りていいですか? 夕方には返しますので」
イノス先輩は、縛られて私に担がれたルクスを一瞥する。
「……構わないでしょう」
との事だ。
多分、大丈夫なはずだ。
「でも、ここへ来たからには後悔させないよ」
「いらねぇよ! あのままやってても、いずれ勝ってた!」
確かに、父上以外で始めて私に傷をつけた相手ではある。
時間をかければいつか負ける日が来たかもしれない。
でも……。
「じゃあ、証明して見せてよ」
「あ?」
私はルクスの拘束を解いた。
「これからアードラーと組み手をして、勝てたらもう文句は言わないよ」
「フェルディウスと?」
ルクスはアードラーへ目を向けた。
アードラーは肩を竦めると、アップを始めた。
「はっ、本気か? 流石に相手にならないぜ」
ルクスが鼻で笑う。
でも、それはどうかなー?
「ごたくはいいわ。口なんかより、行動で証明してみなさいな」
そんなルクスに、アップを終えたアードラーが告げる。
「わかった。それが望みなら、見せてやるよ。俺の実力を……」
そうして、二人は対峙した。
互いに構えを取り合う。
数分後、地面に這い蹲るルクスの姿があった。
「びっくりするほど弱かったんだけど。アルディリアより手ごたえがなかったわ」
無傷のアードラーが言う。
アルディリアとあなたは今互角でしょうが。
アードラーはルクスと正攻法で当たり、的確に攻撃をかわしつつ、しかし自分の攻撃は確実に当てていった。
そして、数発の拳や蹴りの応酬の後、カウンターでルクスの顎が抉られた。
はたから見て、ルクスの意識が飛んだとわかった。
が、アードラーはその事に気付かず、無抵抗な彼の鳩尾へ膝を深く突き込んだのである。
結果、ルクスは飛びかけた意識を戻され、地獄の苦しみにのた打ち回っている。
しかし、ここまで圧倒的に勝つとは思わなかった。
アードラーの方が少し上ぐらいだと思っていたのに。
これもゲーム補正だろうか?
「おおおぉぉぉ……」
苦痛に喘ぐルクスの前に、私はしゃがみ込んだ。
「どう、わかった? 今のルクスはアードラーにも勝てない。彼女の師匠である私に勝つなんて夢のまた夢だよ」
ルクスは悔しそうに私を見上げると、そのままがくりと俯いた。
「仕方ねぇ。お前の言う事、聞いてやるよ」
そうして、正式にルクスが鍛錬の仲間に加わった。
よし、これでしばらくは無意味に挑んでこなくなるはずだ!
実の所、私が彼を誘ったのはそういった打算があったからである。
私は計算高い女なのだ。
そしてその計算通り、ルクスは学園で勝負を挑まなくなった。
学園。
中庭にて。
「ねぇルクス。お金ちょうだい」
「はぁ? いきなり何をわけわからん事言ってんだよ?」
「私も忘れてたんだけど、校舎裏の修繕費を払わなきゃならなかったんだよ。半分はルクスのせいだから出してよ」
「あれは全部おのれが馬鹿力で空けたものだろうが!」
「そうなんだけどさ。じゃあ、ビッテンフェルト道場の月謝って事で」
「タダでいいとか言ってたじゃねぇか。闘技会覇者指導者の美酒に酔わせればいいんだろ?」
「闘技会覇者? 何それ?」
「おのれが言ったんだろうが! こっちが聞きたいわ!」
くそぉ、無理だったか……。
「そういえばさぁ、ルクスって先輩の事好きなのになんで他の女の子にもちょっかいかけるの?」
「ぐっ……」
私が話題を変えて訊ねるとルクスは言葉を詰まらせた。
「俺は純粋に、可愛い女が好きなんだ。そういう女に声をかけないのは失礼だろ?」
お前はイタリア人か?
そして暗に私は可愛くないと?
声をかけられても困るけどね。
「ルクスさぁ、イノス先輩に愛想尽かされてるんじゃない?」
「はぁ? 何でだよ?」
「普通、女にだらしない男って恋愛対象にならんでしょうよ」
遊び目的の人ならあえて選ぶかもしれないけれど。
真剣に恋愛したい人は避けるはずだ。
イノス先輩の場合は、そもそも恋愛に興味なさそうだけど。
「嘘だろ! そんな事あるはずねぇよ!」
「根拠は?」
「普通は、他の女を構ってたらヤキモチやくもんだろ? 取り返したくなるもんだろ?」
なんだと?
「待て待て、じゃあ何? もしかして、ルクスの女遊びって先輩の気を惹きたいからなの?」
「悪いか?」
ばっかじゃなかろうか。
「悪いよ。方法が間違ってる」
「何が?」
「そもそも前提が間違ってる。だって、その方法って相手が自分に好意を持ってないと成り立たないもん」
「えっ? ……そうかもしれねぇけど、あいつだってちょっとは俺の事を好き、だろ?」
強気なルクスが珍しく自信なさそうに訊ね返してきた。
「イノス先輩を他の女の子と同じように直接褒めた事ある?」
「他の女と同じように? たとえば?」
「君カワウィーね、とか」
「俺そんな事言わねぇよ!」
「言い方が悪かったね。ルクスはイノス先輩に自分の気持ちを伝えた事がある?」
「言えるわけないだろ」
顔を真っ赤にしてルクスは答える。
やっぱりツンデレだな、お前も!
もういっそ「月が綺麗ですね」とでも言えばいい。
文豪流アイラブユーだ。
こっちの世界じゃ伝わらないだろうけど。
「じゃあ、イノス先輩はルクスが自分の事を好きだって知らないわけだ」
私は溜息を吐いた。
「何だよ、その溜息」
「他の女の子には声をかけるのに、イノス先輩には声をかけないって事でしょう。それじゃあイノス先輩、ルクスは自分に興味がないんだって判断しちゃうと思うんだけど。少しの好意も持ってくれてると思う?」
ルクスは驚愕の表情を作る。
「じゃあ、イノスは全然俺に好意を持ってないってのか?」
「むしろマイナスかもよ」
「何で? 何でだよ?」
ルクスは狼狽えた。
「たとえ好意を持ってても、それからどう思うかは人次第だよ。確かに他の子にちょっかいかければ、ヤキモチ焼く人もいるかもしれないけどさ。
基本的にその方法は相手を傷付けるんだ。
相手の好意を裏切る事になるんだから。
それで傷ついて、嫌いになる事だってあるでしょうが」
「な、なるほど」
私が答えると、ルクスは意気消沈してうな垂れてしまった。
見える横顔には絶望の色が見える。
本当に馬鹿な男だなぁ。
普通は気付くと思うんだけど……。
でも、彼にとってはできる精一杯の方法だったのかもしれないな。
あれ? でもこんなトンチンカンな愛情表現をする彼がどうしてゲームではイノスを物にできるんだろう?
今の彼では、まず無理な話だろう?
何でゲームでは恋が成就するのだろう?
しばし考える。
そして、私はある答えに行き着いた。
カナリオの存在が悪役令嬢を作り出す。
本心はどうあれ、ゲームでのイノス先輩はカナリオの恋のライバルとして名乗りを上げている。
イノス先輩がルクスへの好意を表明しているのだ。
先輩の好意が明確だったから、ルクスも素直に好意を示す事ができた。
相手が自分を好きだと知っていれば、自分も好意を示しやすいからだ。
だから、告白する勇気を持てたって事なんじゃないだろうか?
ちょっと待て。
じゃあ、もしかして今回も私のせいなのか?
本来ならイノス先輩がカナリオへライバル宣言する所、ルクスが私へ勝負を挑む事になったからそのイベントまでいかなかった。
じゃあ、やっぱりそういう事なのか?
私のせいなのか?
いや、今回は違う。
だって、カナリオがルクスの好感度を上げるとは限らない。
だから、私は関係ない。
はず……。
多分……。
でも、可能性を潰してしまったのは間違いない。
尻拭い、した方がいいのかもね……。
うな垂れるルクスへ声をかけた。
「ねぇ、ルクス。正直に言うと、多分ルクスは先輩に興味を持たれていない」
「追い討ちかけるなよ……」
答える声には覇気がなかった。
弱りすぎだよ。
どれだけショックだったんだ。
「でもそれは、やり方が間違っていたからだ。だから、別の方法を考えよう」
ルクスが反応して、顔を上げる。
私の顔を見た。
「今度は傷付ける方法じゃなくて、好きになってもらえる方法で気を惹けばいいんだよ」
「どうやって?」
「すぐには思いつかないけど。でも、そうだなぁ。好きな気持ちをさりげなく伝えられるような方法だよ」
「具体性がねぇな」
「思いつかないって言ったでしょ。そこはおいおい、考えて行けばいいでしょ。一緒に考えてあげるからさ」
ニッと私は笑いかけた。
「お前……」
ルクスは私の顔をじっと見る。
何だよ?
「手始めに、好きですって言ってみたら?」
「全然さりげなくねぇんだけどぉっ!」
でもこれは、私がアドバイスした中で必勝のパターンだからな。
前例はマリノーだけだけど。
付き合えるかはわからないけれど、悪い結果にはならないはず。
「ルクス。そんな事じゃ愛が足りないよ。格好つけたままじゃ抱き合えない」
「なんと言われようができねぇよ!」
まずはこの素直になれない性質をなんとかしないとダメか。
「ルクスは素直じゃないなぁ。こんなに素直じゃないと、私が素直にならなくちゃならない気がしてきた」
「ああ?」
「ルクスに代わって、私がイノス先輩に洗いざらい話しちゃおうかな? ルクスが先輩のために頑張ってる事とか、先輩の気を惹くために女遊びしてるとか、先輩の事が心底から好きとか……」
「やめろこの野郎!」
「野郎ちゃうわ」
恥ずかしさで殴りつけてきたので、それを軽く受け止めてあしらう。
「マジでやめろ。やめてくれ、頼むから……」
あらぁ、こんなに懇願されちゃあ、仕方ないなぁ。
「あーでも、修繕費の半分を負担をしてくれたら、私の心も金銭欲に塗れて素直さを失うかもしれないなぁ」
「そういう魂胆かよ……。足元見やがって、くそぉ」
こうして私は修繕費の半分を負担させる事に成功し、ついでに彼の鍛錬と恋愛成就のサポートをする事になった。




