三十三話 思いがけない危機
格闘ゲーム……じゃなくて乙女ゲーム「ヴィーナスファンタジア 〜愛しき我が女神〜」は、一年の学園生活という期間に攻略対象と恋愛する事を主旨としたゲームである。
形式はアドベンチャー。
選択肢とミニゲームの勝敗によってエンディングが分岐する。
最初の二ヶ月は共通ルートで、その間に好感度が高かった相手のルートへ入るという仕様だ。
そして共通ルートの間に必要な好感度が足りないと共通ルート終了後にバッドエンドへ行くわけだ。
使える期間は一年。
だがしかし、ゲームの進行は攻略対象にもよるが、殆どが一年間という期間を余す所なく消費するわけではない。
たとえばティグリス先生の場合は、共通ルート後は三ヶ月程マリノーと丁寧に友情を深め、その次の月で丹念に先生の魅力を見せ付けられた上で惚れ、さらにその次の月でマリノーがティグリスを好きであると知り、しばし思い悩んだ末に諦めきれないという答えに行き着く。
それから三ヶ月ほど、料理バトル(ミニゲーム)をしたり、アルエットちゃんと仲良くなったり、マリノーとの友情に悩んだり、寝ぼけた先生に抱き締められたり、アルエットちゃんが発作で倒れたり、という様々なイベントを経て、極め着けに先生が刺されるのだ。
そして、シナリオはそこから一気に終業式まで飛び、怪我の治った先生と並んで歩くというスチルでFINとなる。
と、実際には一年の期間を律義に守っていないわけだ。
ちなみにアルディリアのルートでは、共通ルート後からだいたい半年経った辺りで戦争が勃発して、そこから一ヶ月経った辺りでクロエが壮絶な死を迎える。
そこからやっぱり時間が飛び、終業式となる。
ラストシーンはカナリオはアルディリアのキス。スチルつきだ。
二人のかみ合わない身長差を強調されたスチルで、私は意外と気に入っていた。
ちなみに身長が低いのはアルディリアである。
最後に、「きっといつか追いついてみせるからね」と可愛らしく頬を染めたアルディリアの台詞でFINだ。
さて、どうして今こんな事を考えているかと言えば、私の死亡時期を確認しておきたかったからだ。
つまり、順当にアルディリアが攻略されてしまうとだいたい半年とちょっとで私は死の運命へ引きずり込まれるわけである。
で、何故確認したかったかと言えば、ちょっとまずい状況に陥っているからだ。
植木の影からのぞき見る先で、アルディリアとカナリオがベンチに座って話し込んでいた。
とても仲良さげである。
まるで付き合いたてのアベックみたいな雰囲気がある。
その姿に私は、アルディリアがカナリオに攻略されているのでは無いか、と心配になってしまったのだ。
それはまずい事である。
カナリオの恋愛に口を出すつもりはないが、アルディリアだけはダメだ。
私だってまだ死にたくない。
二人が恋愛すると戦争が起こって、たくさんの人間が死ぬんだぞ!
セカイ系だぞ!
しかし、どういうわけだろう?
カナリオはリオン王子の攻略をそれなりに進めていたはずだ。
それなのに、どうしてアルディリアと仲良くしているのだろうか?
そういえば、マリノーとも仲が良い。
これはティグリス先生のルートにも片足を突っ込んでいるって事だ。
ハーレムでも狙っているのか?
でも、このゲームにハーレムルートはないからね。
それらしいのはSEで追加された新キャラのルートだが……。
あれは全キャラ攻略後、入学式前の選択肢で突入するものだ。
タイミング的に遅いし、そのルートならリオン王子とあそこまで仲良くなっていないし……。
どういう事なの?
でも今は、それどころじゃない。
大事なのは差し迫った危機だ。
カナリオには悪いけど、二人の仲を妨害させてもらわなくては……。
「あー、わかるよ。そういうの、辛いよね」
「ええ。何か方法がないでしょうか?」
そんな会話を交わす二人に私は声をかけた。
「よお、にーちゃんら、見せつけてくれるやんけ」
「クロエ!?」
「ビッテンフェルト様!?」
私の登場に、二人は飛び上がらんばかりの様子で驚いた。
私は二人の間へ、強引に座った。
申し訳ないが、二人に隣り合って座られるとちょっと怖いんだ。
許してね。
「二人とも、何の話してたの?」
「べ、別に何もおかしな事を話してたわけじゃないよ。ただの世間話だよ」
明らかに動揺した様子のアルディリアが答える。
どう見ても怪しい。
浮気のバレた夫みたいな反応だ。
やっぱりそうなんだ!
浮気は許さないっちゃ、ダーリン!
「はい。その通りです。ただ、少し悩みを聞いてくださっていたくらいで……」
カナリオがフォローするように言う。
「言ってみろ」
私の中のクロエの影響で、言葉がぶっきらぼうになる。
しかし、問い返してみてもカナリオは言い難そうに口を噤んだ。
代わりに、アルディリアが口を開く。
「大丈夫だと思うよ。クロエは、誰かに言いふらすような事はしないよ」
アルディリアが頷くと、カナリオも決心したように頷き返した。
カナリオは語り始める。
「実は、リオン様の事で……」
「王子の?」
彼女の話は、簡単に説明すれば恋の悩みだった。
自分はリオン王子を愛していて、王子もまた自分を愛していると言ってくれた事。
しかし、王子は互いの立場を考え、これ以上接するべきではないと彼女に告げたらしい。
カナリオもそれには納得し、気持ちを殺して離れようと決心した。
が、やっぱり自分の中の気持ちは殺しきれず、どうやら王子様も同じ心境で、時折そのような素振りを見せるらしい。
要は、お互い離れなければならないけれど諦めきれずにじれじれしているらしい。
「アルディリア様には、この気持ちをどうすればよいのか、相談に乗っていただいていたのです」
ふぅん。
それで、青空相談会を開いている間にファーストネームで呼ぶような仲になったわけだ。
まぁ、事情がわかったからいいけどさぁ。
「なるほどなぁ」
そういえば、ゲームでもそんな展開だったね。
でも、すぐに解決したはずなんだよね。
どんなイベントで解決したのかは具体的に憶えてないんだけど。
最終的に――
「誰にどう言われようとも、私は彼女を愛している」
と、王子が宣言して、吹っ切ってしまうのだ。
それが今、どういうわけか進展しなくて、カナリオは悩んでいるわけだ。
そのために、アルディリアと仲良くなってしまっている、と。
これは、私も相談に乗った方がいいかな。
まかり間違って、アルディリアルートに入ってしまうと困るし。
しかし、どうして進展しなくなったんだろうか……?
「ちょっとあなた達、どうしてこんな所で集まっているの?」
私抜きで。と言葉が続くような不満そうな口調で、彼女は私達に声をかけてきた。
顔を上げると、そこにはツンと澄ました顔のアードラーが両腕を組んで立っていた。
ああ、そうだ。
思い出した。
王子のあの台詞、アードラーにイジメられるカナリオを見た時に言ったんだ。
愛しい人が謂われない罵詈雑言を浴びせられ、酷い仕打ちを受ける様に耐えられなくなり、勢いで言ったのだ。
そっか、原因がわかった。
アードラーがカナリオをイジメてないから、カナリオと王子の仲が進展しないのだ。




