閑話 女子力向上委員会
前回のあらすじ。
ビッテンフェルト家の血を凌駕するアルディリアの遺伝。
それがもたらす女子力の高さに、私は愕然とした。
チヅルちゃんから相談を受けて数日後。
彼女はエミユちゃんを伴ってビッテンフェルト家へ訪れた。
私が待っていた部屋のドアが叩かれる。
「褒める時は大きな声で」
「人を貶す時はもっと大きな声で」
「よし」
合言葉を交し合い、ドアを開ける。
「何だよ今の?」
「合言葉です」
エミユちゃんの問いにチヅルちゃんは答えた。
「確か、ビッテンフェルト家の家訓なのよね」
と、室内にいたアードラーが補足する。
本当は違うけど。
「そうなんですか? 初耳です」
同じく部屋にいたマリノーが言い……。
「私もなのですけど……」
ヤタも口を開く。
三人はそれぞれ、テーブル席に着いてお茶とお菓子を嗜んでいた。
女子力の高さからアルディリアも呼ぼうと思ったが、仕事で忙しくて参加できなかった。
「あの、これは何の集いなんですか?」
ヤタが訊ねる。
「言ってなかったっけ?」
「訊いていませんが?」
「女子力……つまり女らしさについて、座談会を開こうと思います」
「女らしさ、ですか? では何故私を呼んだのですか?」
「女子力が高いと思ったから」
「そんなはずはありません。だって、私は常に母上を目指して、母上らしい振る舞いを心がけているんですから」
それは遠まわしに、私が女らしくないと言いたいの?
「ヤタ、いいですか?」
私は口調を改めて言う。
「はい」
「女子力の低い人は、毎晩ぬいぐるみに語りかけたりしません」
「はっ……」
ヤタの顔が恥ずかしさで真っ赤になった。
ほら可愛い。
「聞いて……いたのですか?」
「聞いてた」
そう、私はヤタの部屋の前で、そのやり取りを聞いていた。
そして愕然とした。
あの女子力の高いポーズは、ヤタの秘める強大な女子力、その本流の一部でしかなかったのだ。
部屋から漏れてくるかすかなヤタの声。
普段のあえて低く作った勇ましい声ではなく、はちみつのような蕩ける可愛らしさがあった。
それを向けられるのがぬいぐるみだという事を鑑みると、私は震えを抑える事ができなかった。
ヤタ・ビッテンフェルト。
我が娘ながら底知れぬ力を秘めた娘よ。
「すみません。ちょっと調子が悪いので部屋に戻ります」
「先輩大丈夫か?」
「うん……」
気遣うエミユちゃんに、消沈した様子で答えるヤタは部屋から出て行った。
始まる前に、脱落者が出たか。
なんという恐ろしい会だろう。
これが女子力に触れるという事か……。
……ちょっとデリカシーなかったかな。
あとで謝って慰めよう。
「じゃ、始めようか」
私はテーブル席に着いた面々を見回し、そう言った。
「今回はエミユちゃんが女性らしさについて学びたいという事で、私が女性らしいと思える人に集まってもらいました」
「あ、そうだったんですね。その人選に選ばれると少し嬉しいですね」
私の言葉に、マリノーがにっこりとして答える。
その笑顔には妖艶ともとれる色気があった。
人妻力の方が強そう……。
そんな名称の力があるかは知らないけれど。
「クロエがアドバイスしてあげればよかったんじゃないの? わざわざ私達に訊くまでもなく」
アードラーが言う。
「何気ない言葉で愛娘を傷つけるデリカシーのないオカンに女子力があると?」
「……あるんじゃない?」
本当にあると思うなら私の目を見て答えよ。
気を取り直して、私はエミユちゃんに向いた。
「はい。では、エミユちゃん。特に訊いておきたい事とかあるかな?」
「おう、あるぜ」
さて、何だろう?
ここに集った女子力のプロフェッショナルにかかれば、君の悩みも白色をかけられたシュエット様ぐらい簡単にとけちゃうぞ。
「どうやったら胸がでかくなるの?」
あれ?
女子力の話じゃないの?
何で胸の話になってんの?
「あたし、女らしさは胸だと思うんだよな。胸がでかいと圧倒的に女って気がする。ほら、あれだよ。あの、ふわっとする感じでさ。柔らかくてむにってした感じのがそれっぽいんだよ。だから、女らしさは胸なんだよ」
「なんという語彙力デスゾーン」
エミユちゃんの言葉に、チヅルちゃんが呟くように言った。
二人とも言葉の意味はよくわからないけど、言いたい事はなんとなくわかる。
つまる所、エミユちゃんの言いたい事は女子力=胸という事だ。
まぁ、象徴的な部分はあるよね。
男の子にはおっぱいなんてないし。
「胸なんて、成長すればその内大きくなるよ」
「母ちゃんを見てるとそんな気がしねぇ!」
イノス先輩には申し訳ないけれど、すごい説得力だ……。
納得してしまった。
「クロエ。私も出て行っていいかしら? ヤタを慰めてあげたいし……」
私がいる意味なくない?
とアードラーはその場を離れようとする。
待って!
「そもそも、胸が大きくなってもあまり意味がないと思うわよ」
「どうして?」
続けるアードラーに、エミユちゃんは訊ね返す。
「女性らしさ。
つまり、女性としての魅力の話でしょ?
でも、胸が大きくても喜ぶのは男だけよ。
女からして胸の大きさなんて何の魅力でもないわけよ。
つまり胸の大きさで得られる女性らしさなんて、相対的なもので。
男という存在がなければ生じるものじゃないのよ。
つまり、胸の大きさは自身の持ち得る魅力ではない。
クロエの言わんとする女子力が、女性としての魅力の事だとすれば胸の大きさはそれに当てはまらない。
そう、私は思うわ」
何か持論に力が入ってるね、アードラー。
しかし……。
胸とは身体的な特徴ではあるが、そこに魅力を発生させるのは観測者。
それも男である、か。
胸は身体的な特徴であるが、そこに魅力を付与するのは外部要因である、と。
何か哲学的だね。
でも……。
「それは違うよ!」
「何? そんなに力強く」
私の発言にアードラーは少し驚きながら答えた。
「ちょっと考えてみて。本当に、胸の魅力は男性だけに伝わるものなのかな?」
「そうでしょ? 大きな胸を見て喜ぶのは男だけじゃない」
その発言、斬らせてもらう!
「本当にそう?」
「そうよ」
私の問いに、アードラーは力強く答えた。
それを聞き届けた私は席から立ち、アードラーに近付いた。
ぱふぱふ。
「本当にそう?」
もう一度訊く。
「そ、そうよ!」
なおもアードラーは答えた。
どうやら、私の論証では彼女の言葉を論破する事はできないようだ。
でも顔真っ赤よ? アードラー。
まぁいい。
ここは引き下がろう。
「で、結局どうなんだ?」
エミユちゃんが首を傾げて訊ねた。
「胸が大きい事は女性らしさでは無いという事だよ」
「ふぅん」
エミユちゃんはあんまり納得していない様子で呟いた。
「で、他に訊きたい事は?」
「特にないかな」
エミユちゃん個人としては、女子力向上はどうでもよかったのかもしれない。
イノス先輩が言うから気にしているだけで。
「私も訊いていいですか?」
と、そこでマリノーが手を上げて発言する。
「何?」
「ずっと気になっていたんですが。クロエさんもアードラーさんも、どうやって若さを保っているんですか?」
え?
これ胸……女子力の話じゃなかったっけ?
どうしてアンチエイジングの話に?
「二人共、十代と見紛うような肌のハリじゃないですか。その秘訣を教えてください」
「無色の扱いが巧いかどうかだと思う」
見た目の若い人はみんなそうだ。
だいたい魔力の扱いに長けている。
無色の魔力で身体能力を補っていると、何かしらが作用してなんやかんや老けにくくなるみたいだ。
詳しくはムルシエラ先輩に聞かなきゃわからないけど。
「じゃあ、魔力の鍛錬をすれば若さを保てますか?」
「ある程度は。でも私からすれば、それだけじゃないと思う」
「というと?」
「運動不足かな。マリノーの身体、エロ……だらしねぇもん」
「酷い!」
「だから、運動しよう。何なら、シェイプアップのトレーニングも組むけど」
「……お願いします」
そんな話をしていると、エミユちゃんも参加してくる。
「クロエさんが稽古つけてくれるならあたしもしたい」
稽古じゃないんだけど……。
まぁ、体動かすのは一緒だからいいけど。
「うん。わかった。チヅルちゃんは?」
「私はやめときます」
「そう」
こうして、私達はトレーニングを行なう事になった。
それから定期的に、マリノーとエミユちゃんが身体を動かしに我が家へ通うようになった。
「で、女らしさの話はどうなったの?」
「さぁ……?」
アードラーの問いに、私は首を傾げて答えた。




