二十二話　蹂躙する紅

　爆風を受け、危機に陥った私。

　イノス先輩を連れ去られ、二人のタイプビッテンフェルト着用者に追い詰められるが……。

　赤いタイプビッテンフェルトを着用したアードラーとアルディリアが、助けに来てくれた。

　アードラーは二人のタイプビッテンフェルト着用者を前に、ダンスのポージングにも見える独特の構えを取った。

　タイプビッテンフェルト着用者が同時にアードラーへ迫る。

　次の瞬間、アードラーの体が傾いだ。

　かと思えば、くるりと体を回転させながらのステップ。

　タイプビッテンフェルト着用者二人は、拳と蹴りを用いてアードラーへ攻撃を放つ。

　挟み込むように繰り出される攻撃に、避ける場所は無い。

　しかし……。

　次の瞬間、アードラーはその二人の背後にいた。

　無論、無傷。

　彼らの攻撃はアードラーに掠りすらしていない。

　さながら、攻撃をすり抜けたかのような挙動だ。

　特殊ステップである。

　相手の挙動を見切り、瞬時にその死角を衝いて相手の攻撃を避ける。

　舞踏の技術を応用したアードラーの得意技だ。

　傍《はた》から見ればその動作が歩法による高度な回避技術だとわかるが、実際に相対して実行された場合、相手にはアードラーが消えたように見えるだろう。

　恐るべき技である。

　振り返る二人。

　その瞬間、横合いに振り抜かれた裏拳が一人の顎を打った。

　打たれた相手がよろめく。

　同時に、もう一人が拳を振るう。

　アードラーは上体を逸らしつつ、回避と同時の抜き手を放つ。

「イヤーッ！」

　裂帛の気合と共に放たれた抜き手は、タイプビッテンフェルトの脇腹、装甲と装甲の継ぎ目へ突き刺さる。

「ぐっ」

　刺さったと同時に、継ぎ目にそって薙ぎながら手を抜いた。

「ぐわーっ！」

　抜き手を抜かれた装甲の継ぎ目から、鮮血が散った。

　痛みと出血で怯む相手へ、アードラーは容赦しなかった。

　さらに加撃する。

　半回転してからの裏拳と掌底の往復打撃で顎を打つ。

　掌底の反動を殺さずさらに身を回転、その勢いを乗せた踵でのローキックが足を蹴り払う。

　体勢の崩れた相手の側頭部へ回転を利用した肘打ち。

　八極拳で言う所の外門頂肘のような動作だ。

　それら連撃を受けた相手はきりもみ回転をしながら地面へ伏せた。

　打撃によって脳を揺さぶられたのだろう。

　相手は意識を失い、動かなくなった。

「くっ、貴様」

　残された一人が一歩退き、跳んだ。

　上空からアードラーへ向けて跳びかかった。

　人間は、上からの攻撃に対して弱いと言われている。

　だから、彼の行動は正しい戦法の一つだっただろう。

　だが、それが通用するのは凡庸な闘技者だけだ。

　一定の力量に達した闘技者というのは、その生物的な死角を克服しているものである。

　そして、アードラーはその戦法を取るに一番相応しくない相手だった。

　跳び上がり、繰り出されたのは蹴りである。

　蹴りがアードラーへ到達する瞬間。

　彼女の体が一本の槍めいて一直線に伸びた。

　体からの延長にあるのは、上空の相手へ伸ばされた手。

　その一連の動作は相手の蹴りを見切り、的確にかわし、なおかつ攻撃のために延ばされた腕は相手の顎を捉えていた。

　掌底だ。

　これは、アードラーがもっとも得意とする技。

　格闘ゲームにおいて、彼女を強キャラと言わしめた一要因。

　６弱Ｐである。

　本来なら手刀で行なわれるその技だが、恐らく殺さないよう手加減したためだろう。

　だから掌底なのだ。

　でなければ、今頃相手の首は落ちている。

　それ程に彼女の手刀は鋭い。

　私と共に旅した十五年間は、彼女の手刀を殺人可能の凶器へと昇華させていた。

　彼女が本気を出せば、この場には血の雨が降っていただろう。

　アールネスの赤い雨である。

　顎を強打されたタイプビッテンフェルト着用者は、車田めいて落下。

　ドシャアッ！　と地面へ叩きつけられた。

　打撃を受けた相手の顎は、関節が外れたためかクッキングが上手そうなパパめいた様相になっていた。

「クロエ」

　二人を片付けると、アードラーが私へ駆け寄ってくる。

「アードラー」

　言葉を返すと、アードラーはホッと息を吐く。

　私の介抱をしてくれていたアルディリアに目を向ける。

「どう？」

「大分治っていると思うんだけど」

　アルディリアの言う通り、視界のブレはなくなり、気分もよくなっていた。

「ありがとう。大丈夫だよ」

　私は立ち上がる。

「「そうはいきませんよ。脳震盪を起こしていたでしょう？　一度戻ってきてください」」

　チヅルちゃんの声が通信機から聞こえた。

「でも……」

　耳に手を当てながら言う。

　それで察したのか、アルディリアが通信機のスイッチを入れた。

　そこからもチヅルちゃんの声が聞こえてくる。

「「頭の症状っていうのは馬鹿にできないんです。それに、クロエさんは今までずっと動きっぱなしなんですから。少し休憩もするべきです」」

　チヅルちゃんの声を聞いて、アルディリアとアードラーがこちらへ向く。

「僕もそれがいいと思う」

「私もそう思うわ」

　二人に言われちゃ仕方がない。

　心配はかけたくないからね。

「わかった」

　私達は、一度魔法研究所へ戻る事にした。

　研究所へは黒嵐に三人乗りで行く事にした。

　三人で跨る。

　アルディリアが前だと見えないので私の後ろに乗り、アードラーが前に乗る。

　ちゃんと走るかちょっと心配になりつつ、私はハンドルを握った。

　すると、黒嵐は細身のボディに似合わぬタフボーイだったらしく、ふざけた時代へようこそと言わんばかりに何の支障もなく走ってくれた。

　アルディリアとアードラーが終始体を強張らせて無言だったけれど。

　魔法研究所へ着く。

　バイクから降りると、初めてバイクに乗ったアルディリアの顔は青かった。

　きっと、仮面の下のアードラーの顔も青い事だろう。

「そういえば、どうして二人はあの場所に？」

　研究室へ向かう途中、私は疑問を投げた。

「居場所を聞いたでしょ？」

　アードラーが言う。

「うん。そうだったね。それはわかるんだけど、アルディリアと一緒だったのはどうして？」

「そもそも、あの時の私は外にいたのよ。あなたの手伝いをするために、強化装甲を着けて」

「そうなんだ。という事は……」

　私が思い至る前に、アルディリアが説明する。

「あの時の通信は、僕の通信機からだったんだ」

　つまり、場所を聞いた時には二人共一緒に居たって事か。

　あの時、アルディリアが通信を切ったのはアードラーと合流したからかもしれないな。

　続きを話したくなかったのもあるんだろうけど。

「で、二人で助けにいったわけ」

　なるほどね。

「ふぅん。じゃあ、アードラー」

「何？」

「そのタイプビッテンフェルトは？」

　アードラー強化装甲を見ながら言う。

「ここを襲撃してきた連中のものよ。先輩なら、核《コア》の書き換えができるから認証を私へ書き換えて使えるようにしたの」

　しばらく、アードラーと先輩が席を外していたのはその作業をするためだったわけだ。

「まだ少し動きにくいけれど、あの程度の連中が相手なら十分ね」

「わざわざ赤く塗ったんだね」

「敵味方の識別をしやすくするためよ。黒のままだったら、紛らわしいでしょ」

「あ、なるほど」

　研究室へ辿り着く。

「「おかえりなさい」」

　先輩とチヅルちゃんが声をかけてくれる。

「フートンを用意しました。大人しく寝ておれ、クロエ＝サン。オヌシは実際限界であろう」

「くっ、お前の好きにはさせん……」

「寝てなさい」「寝なよ」

　妻と夫にステレオで叱られた。

　くっ、チヅルちゃんめ……。

「クロエが休んでいる間は、僕が町を守るよ」

「私も、暴動の鎮圧を手伝うわ」

　アルディリアとアードラーがそう言ってくれる。

「うん。ありがとう」

　二人は笑う。

「じゃあ、行くね」

「私も」

「うん。気をつけてね」

　二人が研究室から出て行く。

　私は黒の貴公子を脱いで、布団に入った。

　多分この布団、チヅルちゃんがここで寝泊りする用の布団なんだろうな……。

　この布団、チヅルちゃんの匂いがする。

「念のため、白色照射装置をかけておきます」

　そう言って、先輩が白色照射装置で高出力の白色をかけてくれる。

　少しだけ、体が楽になった気がした。

「何か、おかしな所はありませんか？」

「一応、頭はソナーで調べました。私も頭の構造には詳しくないですけど、多分障害等は残らないと思います」

「それならよかった」

　それから、私は少しだけ眠った。

　熟睡はしない。

　眠りながら起きる技術だ。

　三十分きっかりで起きる。

　これで十分だろう。

　体は休まった。

「起きましたか」

　先輩が気付いて声をかけてくれる。

「はい。現状は？」

「刑務所から逃げた囚人達が暴動に加わったためか、梃子摺《てこず》っているようです」

「完全な鎮圧まで、まだ時間はかかりそうですね」

「じゃあ、私もすぐに出ます」

「大丈夫ですか？」

「大丈夫です」

　答え、黒の貴公子を装着する。

　いざ、王都へ。

　と思った時だ。

　ジ・アバターの手が私の肩を掴んだ。

「チヅルちゃん。ジ・アバターが何か伝えたいようだ。紙とペンを」

「はい」

　チヅルちゃんから紙と羽ペンを受け取る。

　ジ・アバターが私の体から飛び出した。

「おお。これが例の成神というものですか。初めて見ました」

　先輩が興味深げに言う。

　紙と羽ペンを受け取ったジ・アバターは猛烈な勢いで何かを書き始めた。

　きっと絵に描いて伝えるつもりなのだ。

　出来上がった物を私達へ見せる。

「すごい！」

　チヅルちゃんが歓声を上げる。

「何を描いているのかわからない！」

「どこの画伯だ」

　チヅルちゃんと私が言うと、ジ・アバターは照れたように後ろ頭を掻いた。

　まぁ、当の私が絵の描けない人間だから当然か。

　神様になろうが下手なものは下手だ。

「いや、実はあの時聞いたんだけど」

「喋れたのですか？」

　ジ・アバターが喋り、先輩が驚く。

　普段黙っているのは、多分演出的なものだと思う。

「何を？」

「爆発に巻き込まれた後の連中の会話」

　そういえば、何か言っていたな。

　私は聞き取れなかったけど。

「何て言ってたの？」

　訊ねると、ジ・アバターは内容を話し始める。

　内容はこうだ。

「俺はこいつを連れて行く。ここからは単独行動だ」

「は……しかし……」

「好きにさせてもらう。そういう計画だ」

「はい。わかりました」

「お前らは予定通りに行動しろ。こいつを始末したら、いよいよお前達のメインディッシュだ。アールネスの国の中枢を食い破れ」

「そうですね。もはや、あそこは張子の砦も同然。あとは、打ち壊すのみ」

「幸運を祈ってる」

「そちらも……お気をつけて」

　どういう事だろう？

「メインディッシュ……」

「中枢というからには、恐らく王城でしょうね」

　先輩が言う。

「やっぱりそう思いますか。でも、あそこは一番警備が厳重な場所です」

「張子の砦……。チヅルさん。一度、陛下と通信を繋いでください」

　先輩に言われ、チヅルちゃんは頷いた。

「どうしてもっと早く言わなかったの？」

　ジ・アバターに詰問する。

「聞けば、すぐに飛び出していったでしょ？」

　そう答えられ、納得する。

　流石は私だ。

　よくわかってる。

　まさか、自分にまで心配されるとは……。

「陛下」

「「うむ、聞こえている。丁度、こちらも連絡しようと思っていた所だ」」

　先輩が呼び掛けると、王様の声が返ってくる。

「何かありましたか？」

「「ああ。今、王城は襲撃されている。襲ってきているのは、恐らくタイプビッテンフェルトだ」」

　私は思わず「えっ」と声を上げてしまう。

「そんな、どうして？」

　私は訊ねた。

「「クロエか。うむ。暴動をいち早く治めるため、さらに戦力を割いてな……。そこを衝かれたようだ。刑務所の囚人達が暴動に加わったと聞き、そうするべきだと思った」」

　王様は民を優先したのか……。

　そうか。

　連中はこれを見越していたんだ。

　暴動を長引かせれば、陛下がそちらに兵力を割く事を読んでいた。

　だから暴動を起こし、それが鎮圧されそうになると刑務所を襲った。

　兵力を割かせて、付け入る隙を作るためだ。

　やられた……。

「……今の戦力は？」

「「兵士三百名。そして、率いる将はビッテンフェルト将軍だけだ。それで十分だと判断した」」

　父上がいるのか。

「「だが、どうやらその判断は誤りだったようだ。奴らは百名を超える無法者達を率い、その上で残りのタイプビッテンフェルトを全て投入したようだ」」

　残りのタイプビッテンフェルトは十一着。

　その全てが投入されたか。

　これはまずいかもしれない。

「「今はまだ食い止めているが、少しずつ押されているのが実情だ」」

「助けに行きます」

「「すまないな。独断でこんな事をした手前、できればこちらだけて対処したかったが……。今は頼るほかない」」

「急ぎます」

　私は答えると、研究室の外へ向かう。

「頼みます、クロエさん」

「頑張ってください」

　先輩とチヅルちゃん。

　二人の声に頷き、私は研究室を出た。

　タイプビッテンフェルトの数、残り１１着。