二十話 仮面騎士BLACK W 第十話「暴動の夜」
誤字報告、ありがとうございます。
修正致しました。
★アドルフ視点
その日、俺は町へ出かけていた。
目的は劇を見るためだ。
一人きりじゃない。
ヤタと一緒だ。
どうしてそんな所へ二人で行こうと思ったのかといえば、取引先の店主からチケットを貰ったからだった。
「どうぞ、これからもご贔屓に」
そう言って店主から渡された。
チケットは二枚。
誰かを誘っていけという意図だろう。
母さんと行けば? と親父に渡すと「お前にやる」と返された。
俺は素直に受け取った。
一人で行ってもいいんだが、それでは一枚無駄になる。
どうしたものか、と考え……。
思い至ったのはヤタだった。
だから誘った。
ヤタは「ふん。貴様がどうしてもというのなら共に赴いてやろう」と言い、誘いを受けた。
前はちょっとした反発を覚えたが、こいつのこんな態度にも最近腹が立たなくなっていた。
不思議である。
上演時間まで猶予があった。
俺とヤタは町を見て回る事にする。
食事や買い物に付き合った。
ヤタは服や装飾品に興味がないらしく、興味を持つ店は小物屋が多かった。
開幕の時間になり、観劇する。
それは大人向けの恋愛劇だった。
あんまりヤタの好きそうな話じゃないな、と思った。
彼女はもっと、活劇とかの方が好きそうだ。
こいつの母親が関わっている「キュアキュア3」とかの方が喜ばれたかもしれない。
そう思ったのだが、意外な事に彼女は劇を楽しんでいるようだった。
劇のクライマックスに盗み見た彼女は、涙で目尻を濡らしていた。
劇が終わり……。
「いい劇だったな」
ヤタは言う。
「それはよかったな」
「貴様は楽しめなかったか?」
「いや、いい話だとは思ったよ」
「情緒のない言い方だな」
正直に言えば感動するほどではなかった。
ヤタは感受性が強いのだろう。
劇場から出ると、すでに辺りは暗くなっていた。
季節のせいで、夜の訪れが早い。
「もう、暗いな」
「そうだな。送ってやるよ」
「……ふん、好きにしろ」
帰り道を歩き出す。
そんな時だった。
周囲が騒がしくなった。
暴動が起こったのだ。
町へなだれ込んだ暴徒達が、人や店を襲いだしたのである。
「これは……助けに行くぞ!」
ヤタはその様子を目の当たりにし、すぐさま行動に移った。
俺もそれに続き、ヤタと共に暴徒達へ戦いを挑んだ。
黒死の魔物と戦うようになって、俺は闘技を学ぶようになった。
ヤタと共に暴徒を倒し、人々を助けていく。
黒死の魔物との戦いを思えば、たいした事のない相手だった。
ヤタほどでないにしろ、それなりに強くなったと自負している。
変身すれば、ヤタと互角だろう。
いずれはヤタを超えたい。
そう思っている。
それはきっと、あの時あいつに言われた言葉が胸の奥にひっかかっているからだ。
「その程度の力では、またお前は傷付ける事になる。誰も守れない」
あの言葉と同時に思い出されるあの光景が、俺を力へと駆り立てていた。
やがて、付近の暴徒達は軒並み倒され、その場の暴動は鎮圧された。
「なんとか、なったか……」
「いや、これで終わりじゃない。遠くから、悲鳴が聞こえる。きっと、ここだけじゃないんだ」
俺の言葉に、ヤタが返した。
「助けに行こう」
「お前……逃げるべきなんじゃないのか?」
「そんな事はできない。私には力がある。こんな時にそれを使わないでどうするんだ」
「お前って奴は……わかったよ」
答えると、ヤタは嬉しそうに笑った。
非常時だからか、口調も素直なものになっている。
いつもの仏頂面じゃなくて、こうして笑った方が可愛らしいのにな……。
「じゃあ、行くぜ」
「ああ。行こう」
それからヤタと町を巡り、各所で襲われている人を助ける事になった。
あれからどれだけ経っただろう?
夢中で戦い、人気のない路地裏で俺達は休息を取っていた。
「大分、暴動が治まって来たか?」
「国衛院の活動も活発になってきた。もう少しだろう」
「ああ、そうだな」
これで、終わるか。
この物騒な夜も……。
そんな時である。
路地の闇の先から、ジリッという足音が聞こえた。
俺とヤタは即座に立ち上がり、闇へ向けて構えを取る。
「ほう……。リストにある顔だ。ヤタ・ビッテンフェルトだな」
そう言って、闇の中から黒い鎧姿の男が現れる。
その男は、口元を布で隠し、右目に眼帯をつけていた。
少しだけ見える肌の色は浅黒い。
サハスラータの人間か?
それも一人じゃない。
後ろから、さらに二人。
黒い鎧の男が現れた。
「もう一人はレオパルドか? いや、違うな。こいつに用はないな」
「誰だ、お前達は?」
ヤタが声をかける。
「俺達は復讐者だ。お前の母親……いや、ビッテンフェルトの名を冠するもの全てに恨みを持つ者達さ」
「なんだと?」
ヤタが険しい声で訊ね返す。
「クロエ・ビッテンフェルトは娘を溺愛していると聞く。お前は、人質としてはこれ以上ない人間だな」
「私を捕らえるつもりか? やれるものならやってみろ!」
ヤタが構え、俺も同じように構えた。
相手は三人。
しかし、ヤタは強い。
並みの相手には負けないだろう。
ヤタと俺が相手に襲い掛かる。
眼帯の男は、動き出そうとする後ろの二人を制する。
一人で俺達の相手をするつもりか?
疑問に思いつつも攻撃を仕掛ける。
同時に放たれたヤタの拳と俺の蹴りが、容易く受け止められた。
刹那。
腹部に痛みと衝撃が走った。
何をされた?
相手の動きがまったく見えなかった。
辛うじてわかるのは、攻撃を返されたという事だけだ。
ヤタも同じだったのだろう。
俺と同じように倒れこんだ。
ただ、痛みで動けなくなった俺と違い、ヤタはすぐに立ち上がって構えを取る。
おそらく、ヤタはちゃんと防げたんだろう。
腕に打撲の痕があった。
腕でガードしたのだ。
「どうした? その程度か? クロエ・ビッテンフェルトの娘がその程度なのか? あいつは、一人で三人を相手にしたぞ?」
「くっ……」
悔しげに呻くと、ヤタは相手へ向かっていった。
「よせ!」
俺は彼女を止めようと叫ぶ。
しかし、その声は届かなかった。
ヤタの拳が受け止められ、逆に脇腹を打ち抜かれ、顎を打ち上げられる。
ヤタの体が浮いた。
山形に飛び、石畳に体を叩きつけられる。
「誰も守れない」
あいつの言葉が、また思い出される。
ヤタは、そのまま動かなくなった。
顎を打たれて、気を失ったのあろう。
「気を失ったか……」
「うおおおぉぉ!」
「何っ?」
俺は叫んでいた。
立ち上がり、呪文を唱える。
「我! 黒を以って黒を制し、白を以って死を打ち砕く者なり!」
唱えると同時に、俺の体が黒と白の鎧に包まれた。
「黒白魔狼! 見参!」
名乗りを上げる。
「何だ、こいつは……。情報にない」
相手が若干の戸惑いを見せる。
「だが……」
相手が向かってきた。
今度は拳が見える。
ガードする。
が、腕のガードの上から拳の衝撃が体を突き抜けた。
折れそうになる膝に力を込め、何とか倒れるのを阻止する。
「情報など必要は無さそうだ」
やっぱり、これでも相手にならないか……。
黒白魔狼は黒死の怪物に対して有効ではあるが、人間の強者に対しては何の有利もない。
少しばかり、身体能力が上がる程度だ。
その身体能力の向上も、この相手には及ばない。
なら、俺にできる事は一つだけだ。
俺は振り返り、ヤタの方へ走る。
その体を抱え上げ、走り出した。
彼女を守るために俺ができるのは、強化した身体能力で逃げる事だけだ。
「逃がすか!」
三人が追ってくる。
連中は足も早いようだ。
距離が縮んでいく。
このままでは逃げ切れない。
そう判断した俺は、ヤタの頬を叩く。
「んん……」
ヤタが意識を取り戻す。
目の焦点が合い、俺の顔を見る。
「あなたは……黒白魔狼……。はっ……、これはどうなっているのですか!?」
俺はヤタとこの姿で何度か会った事がある。
しかし、彼女は黒白魔狼の正体を知らない。
「連中から逃げている」
言うと、ヤタは俺の肩越しに追ってくる男達を見た。
「アドルフは……アドルフはどうなったのですか? 助けに行かなくちゃ」
「彼は逃がした。無事だ」
「そうですか……」
ヤタは、心底安心したのかホッと溜息を吐いた。
「それより……。私の力では奴らに勝てない。今も逃げている最中だ」
「あなたでも勝てないのですか?」
「人間に、私の力は通用しないのだ。だが、君だけは必ず守る」
俺は路地の先にあった広場で足を止める。
そして、別の小道へヤタを下した。
「ここは私が食い止める。君は逃げるんだ」
小道の入り口に立ち塞がり、俺はヤタに言い放つ。
「そんな! できません!」
「いいから行け」
そう言うのと同時に、連中が俺達に追いついた。
「なるほど。壁となって逃がすつもりか……。しかし悪いが、逃げられては困る。本気で行くぞ」
男が言うと、後ろの二人も構えた。
「これは、ビッテンフェルト流闘技?」
ヤタが呟く。
その呟きが聞こえると同時に、彼らが迫ってきた。
拳と蹴りが俺を襲う。
拳が顎を穿ち、蹴りが太腿を強打する。
その一撃一撃が体を打つ度に、痛みで心が折れそうになる。
肋骨が軋み、頭蓋が歪む感触を覚える。
「誰も守れない」
その度に、その言葉が頭にチラついた。
同時にヤタの事が頭に浮かび、体に活が入る。
こんな場所で倒れていられない。
倒れれば、ヤタを守れない!
「黒白魔狼!」
ヤタの声。
まだいたのか。
「さっさと行け!」
「できるか! 私も一緒に戦う」
この、頑固者……。
まだ頑張るしかないじゃないか。
「しぶといな。だが、これで終わりだ」
渾身の拳が、頭を狙って放たれた。
顔面に直撃する。
意識が飛びそうになる。
だが、倒れない。
足に力を込め、目の前にある拳へ頭突きを返した。
男が思わぬ反撃に、一歩後退した。
拳が砕けたのかもしれない。
手で押さえている。
「貴様……! 殺してやる!」
眼帯の男が言うと、三人が一斉に殴りかかってきた。
来いよ!
それも耐えて打ち返してやる!
そう心を鼓舞し、攻撃に立ち向かう。
その時だった。
男達が一斉に吹き飛ばされた。
そして、一人の人物がいつの間にか俺の目の前に立っていた。
灰色の鎧を着た人物だ。
形状は違うが、その人物は恐らく……。
「お前は、クロノストームか……」
★クロエ視点
「お前は、クロノストームか……」
アドルフくんが私をそう呼ぶ。
「「クロノストーム?」」
チヅルちゃんの声が訊ね返した。
言いたい事はわかる。
この時空を超えるサッカーチームみたいな名前は、黒死の魔物と戦う時の私のハンドルネームみたいなものである。
前に名前を問われた時、そう名乗ったのだ。
でも、その話は後でね。
私は、黒白魔狼……アドルフくんに向き直る。
その姿はボロボロだ。
鎧の間から、血が流れ出ている。
その後ろには、ヤタの姿があった。
ヤタを庇って、その身を守ろうとしたんだね。
前と違って、ヤタは怪我をしていない。
それでも服の所々が汚れている所を見ると、攻撃は受けたのだろう。
白色で治したか。
「及第点だな。だが、少しは男になった」
私はアドルフくんに告げる。
「クロノストーム……」
アドルフくんが呟く。
「貴様……。なるほど、頭領が言っていた謎の人物か……」
復讐者が言う。
そして、白煙を噴き出した。
「国衛院が避難所になっている。二人はそこへ向かえ」
早口で二人にまくし立てると、私は魔力縄を使って夜空へ飛び出した。
上空から逃げた三人を見つけ、その後を追跡した。
多分、尾行には気付かれていない。
このまま、連中の向かう先に案内してもらおう。
そこには、イノス先輩がいるはずだ。
「悪いが、ワシはヤタについていてやりたい。離れるぞ」
シュエット様が、私の体から離れる。
彼女はタイプビッテンフェルトへ襲い掛かる前に、私と合体していたのだ。
「僕はシュエットと一緒にいたいから」
トキも離れた。
「ありがとう」
十分だよ。
二人のおかげで助かった。
「「クロノストーム」」
チヅルちゃんが呟く。
「言いたい事はわかる。夜な夜な黒ずくめの格好で王都の平和を脅かす魔物と戦う程度の現役厨二病の女(37)のネーミングセンスなんてこんなもんだよ」
「「普通に格好いいじゃないですか」」
チヅルちゃんも似たようなもんか。
「「黒のストームと時間のクロノをかけているんでしょ?」」
「お、わかってるねぇ」
大正解だよ。
「黒死の魔物と戦う時はいつもトキと合体しているからね」
「「なるほど」」
「あ、そうだ。高速機動装甲の名前「黒嵐」にしようか」
「「いいですね! 最高にクールですよ!」」
「でしょ!」
なんて事を話しながら、私は復讐者達を追跡した。




