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十四話 迫る魔の手

 軍の兵舎から脱出した私達は、ヤドリギへ戻る事にした。


「結局、何もわかりませんでしたね」

「そうだな」


 夜道を歩きながら、私と先生は言葉を交わし合った。


「ダストンには逃げられて、兵士が来たからアルディリアとイノス先輩に聞く暇はなかった」

「アルディリアだけでも、担いで逃げるべきだったか?」

「かもしれませんね」


 先生の言葉に、私は苦笑を返す。


「これから、どうします? もう一度、日を改めて侵入しますか?」

「今回の事で、警戒も強くなるだろう。もう、会う事すらできないかもしれない。特にダストン。あいつは臆病だ。明日から兵舎に顔を出すかわからんな。俺が捕まるまで、どこかで身を隠すかもしれない」


 どちらかと言えば、怪しいのはダストンだ。

 できれば、そちらから話を聞きたい。


 でも、イノス先輩も気になる。


「今、将軍をお二方へ渡すわけには参りませんので」


 あの言葉は、どういう意図で言ったのだろう?

 国衛院も今回の事件に関わっているって事なんだろうか?


 そんな事を考えている内に、私達はヤドリギへ辿り着いた。

 扉を開ける。


 ベルの音が鳴った。


「ようやく、お帰りでっか」


 バドさんではない。

 聞き慣れない声がかけられた。


 店の中を見ると、床に倒れるバドさんの姿があった。

 顔を殴られたのか、痣がついている。

 どうやら、気を失っているようだ。


 店中の席には、スーツ姿の男たちが着いている。

 何人かは、酒を飲んでいるようだった。


 そしてそんな中、一人の男が立ち上がった。

 手には、酒瓶を持っている。


 その男は、前に虎牙会こがかいで戦いを挑んできた男の一人だ。


「トマス」


 先生が呟く。


「またお前か……。何でここが?」

「国衛院の情報網っちゅうのはえげつないもんですなぁ。こないなとこにおるやなんて、ワシらじゃ見つけられまへんでしたわ」

「国衛院だと?」

「そや。あんたら見つけられたんは、そこから回ってきた情報のおかげですわ。まぁ、正確にはダストンのクソ野郎から回ってきた話やけどな」

「ダストンだと?」


 国衛院から渡った情報が、ダストンから虎牙会へ渡った?


「おっと。口が滑りましたわ。酒はあきまへんな。口がかるなる」


 そう言って、トマスは酒瓶を手近なテーブルに置いた。

 それを合図とするように、他の男達も立ち上がる。


「またやろうってか? 勝てねぇのはわかってんだろ……。諦めの悪い奴だ」

「諦めの悪さは、ティグリスの兄貴から教わった事でっせ」

「俺に?」

「あの戦場で、ダストンのクソ野郎に囮として取り残された時……。

 そこらじゅう見渡す限りに敵がおる状況で、みんな絶望に沈んどった。

 それはワシも一緒や。

 けど、兄貴だけは違った。

 兄貴だけは希望を捨てず、諦めんな言うて味方励ましながら戦っとった。

 そんな姿見て、ワシの絶望に沈んどった心に希望が湧いたんですわ。

 あれがなかったら、ワシは当に諦めて死んどったやろう思います。

 けど、あそこで諦めんかったから、ワシは今も生きとる。

 せやから、ワシは何があっても諦めんようにしとるだけですわ。

 これでも感謝しとるんですぜ、兄貴!」


 トマスは笑う。

 ティグリス先生も小さく笑った。


「お前って奴は……」

「じゃあ、やりまひょか。今度こそ、勝たせてもらいまっせ」


 トマスは、右拳で左手を叩いた。

 バシッといい音がする。


「ああ。できれば、こいつで最後にしてほしいもんだな」

「そうやな。ワシが兄貴をぶち殺してまいや。行くで!」


 トマスが叫び、他の男達も一斉に襲いかかってきた。




 スーツの男達が倒れ伏し、椅子やテーブルがひっくり返った酒場の中。

 私と先生の二人だけが立っていた。


「まだや……まだやでぇ……」


 うつ伏せに倒れたトマスが、立ち上がろうとする。


「寝てろ」


 言いながら、先生はトマスの後頭部に拳を落とした。

 トマスはビクンと体を痙攣させ、動かなくなった。


「片付いたな」

「店は全然片付いてないけどな」


 先生の言葉に答えて、バドさんが起き上がる。

 意識を取り戻したのだろう。


 店の中はテーブルや椅子が散乱しており、酒瓶は割れ、テーブルも割れ、椅子も割れ、床も割れていた。


「このテーブルも細工物で結構値が張ったのになぁ」

「すまねぇ。俺だ」


 先生が相手の頭を掴んで叩きつけ、真っ二つに割ってしまったものだ。


 派手に暴れてたからなぁ、先生。


「兄貴。いくら兄貴でも、これは流石に弁償してもらわねぇと困るぜ」

「ああ。……少し待ってくれるとありがたい」

「それに、何でカウンター奥にある棚の酒が軒並み割れてんだよ。中には金貨三枚(約三十万円)以上する酒もあるってのに」


 それは私だ。

 ジャイアントスイングでそこへ相手を放り投げたからである。


 派手に暴れてたからなぁ、私。


「私も弁償します」

「本当に頼むぜ」


 切実なのだろう。

 バドさんは泣きそうな顔をしている。


 とりあえず、財布の中にあった銀貨を全部渡した。

 残念ながら、金貨はなかった。


 店の片づけをして、無事だった席に私と先生は座った。


 トマス達、虎牙会の人間は縄で縛って店の隅に放置している。


「国衛院からの情報が、虎牙会に伝わっていた、か。もしかして、国衛院と虎牙会にも繋がりがあったって事なのか?」


 先生が口にする。


「いや、それは違うと思いますよ」

「何故?」

「国衛院は、フレッド・ガイム殺害事件で軍から協力を要請されています。情報共有として、ダストンにその情報を渡すのは筋が通っている。むしろ、直接虎牙会に情報が渡らず、ダストンを経由するという事は国衛院と虎牙会の繋がりはないと見た方がいいかもしれません」

「つまり……国衛院は白だと言いたいのか?」

「少なくとも、ダストン・虎牙会の勢力とは別だと見ていいでしょう。ただ……」


 それにしては怪しい部分が目立つ。


 だが、どうしてアルマール公は今回の怪しい事件をみすみす調査しているのだろうか。

 あの人が、ダストンと虎牙会の企みを見抜けないとは思えない。


「完全に白とは言い切れません。白と黒の中間。灰色、といった所でしょうか」

「そうだな」


 そんな時だ。


 入り口のベルが鳴った。

 誰か入って来たのだろう。


 そちらを見ると、ルクスだった。


「ルクス。何かわかった?」


 私は訊ねる。

 しかし、ルクスの表情は固い。


「お前、やりやがったな?」


 ルクスの声には怒気が含まれていた。


 何か、怒らせるような事したかな?


 ……あっ(察し)。


「……えーと、イノスの事」

「おう。話が早いな。表に出ろよ」


 ルクスの顔には、ビキビキと音が鳴りそうなほどの怒りが刻まれていた。

 久し振りにキレちまったから、屋上に行こうぜという表情だ。


「ご、ごめんなさい」

「いいから出ろ!」

「本当にごめんなさい! 許して! 手加減したし!」

「知るか!」


 それからしばらく問答をして、何とか宥めた。


 いろんな意味で友達とガチで戦うのはこりごりだ。

 もう二度としたくない。


「まぁいい。この話は全部終わってからだ」


 落とし前はきっちりつけさせるつもりらしい。

 それは仕方ないか……。


「親父からの伝言がなければ、お前だけでも国衛院に突き出してる所だ」

「うん。ごめん。……伝言?」

「ああ。捕まえるような事はしねぇから、国衛院に来てくれ。そこで、全部話すってよ」

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