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六話 脱出

 グラン邸で襲撃してきたヤクザもの。

 その素性を調べるために、虎牙会こがかいの本部へ向かった私達。

 先生の兄弟分である虎牙会の頭、ナミル・レントラントと対面した私達だったが、襲撃者のヤクザ達は虎牙会の構成員である事が判明する。

 屋敷の一番奥。

 私達は虎牙会の構成員達に囲まれるのだった。




「裏切ったのか……兄弟!」


 先生がナミルさんを睨みつけて怒鳴る。

 対するナミルさんは、落ち着いた様子でソファーに座りなおした。

 背もたれへ体を預ける。


「まぁ、そういう事になるな」

「何故だ!」

「……大事な取引先との仕事でなぁ。断るわけにもいかねぇんだよ」


 ティグリス先生はナミルさんを睨みつける。


「出口はこっちじゃねぇぞ。お前の反対側だ」


 先生の反対側には、入り口がある。

 そして、入り口には大勢の構成員達が陣取っている。


「頑張って逃げるんだな」

「ちっ……」


 舌打ちを一つして、先生は入り口へ向き直った。


「今回は前とは違う」


 グラン邸を襲撃してきたリーダー格の男が言う。


「百人を超す、組の人間が相手だ。逃げられると思うなよ」

「どうだろうな?」


 先生は構えを取った。

 私も構えを取る。


「やっぱりお前ら、計算はできねぇみたいだな。やっちまえ!」


 リーダー格の男が叫んだ。


 同時に、先生が今まで私達が座っていたソファーを持ち上げた。

 入り口の男たちへ投げる。


「なっ!」


 入り口の男達は数人がかりでそれをなんとか受け止めた。


「へへ」


 小さく笑い、ソファーをその場に置く。

 が、次の瞬間、私が持ち上げて投げたテーブルが彼らに直撃した。


 二つ目が来るとは思わなかったのか、受け止められずに入り口の男達が薙ぎ倒される。


「ぐあぁ!」


 入り口の構成員達があらかた片付く。

 テーブルに巻き込まれなかった構成員を殴り飛ばしていく。


 殴り、蹴り、投げ、時に壁へ叩きつけながら全員を倒す。


 逃げ道が開く。

 その道を行こうとして、先生は不意に振り返った。


 ナミルさんを睨みつける。

 ナミルさんは座ったまま、その視線に応じた。


 先生は黙ったまま視線をそらし、出口へ向けて走り出す。

 私もそれに追従した。




 屋敷は侵入者を惑わすために入り組んだ作りとなっている。

 道かと思えば、行き止まりだったという場所も少なくない。


 けれど、私は万能ソナーを使う事で正しい道順をさぐる事ができた。

 そのついでに各部屋にいる構成員達の有無を探っていく。


 幸い、ティグリス先生は魔力がないので不快感を覚える事はなかった。

 けれど、ここの構成員達も魔力を持っていないので怯ませる事はできないようだ。


 そうして遭遇を回避しようと思ったが、わかっていても回避が不可能なほどにその人数は多かった。

 結果として、私達は次々と襲い来る構成員達を軒並み相手にしていく事となった。


 構成員達はそれほど際立って強いわけではない。

 しかしとてもしつこかった。


 倒しても倒しても、時間が経つと意識を取り戻してすぐに私達を追ってくる。

 どれだけ痛めつけられ、倒されようが意識を取り戻すとまた挑んでくるのだ。

 心が強いのだろう。


 ネットゲームじゃないんだから……。

 そんなにポンポンとリスポーンしてこないでほしい。


 だから、後々は倒す度に関節を外すようにした。

 何とかリスポーンを防ぐ事に成功した。


 そして何とか、玄関まで辿り着く事ができた。


 しかし、その玄関には今まで以上に多くの構成員達が待ち伏せしていた。


「久し振りでんな、ティグリスの兄貴」


 構成員達の先頭に立っていた男が、声をかけてくる。

 黒いスーツをビシッと着こなした、細身の男だ。

 身長はティグリス先生よりも高い。


「お前は……。トマスか。そういやお前も、ここの組員だったな?」

「その通りですわ」


 トマスと呼ばれたその男は笑う。

 どうやら知り合いらしい。

 もしかしたら、傭兵時代の知り合いかもしれない。


「傭兵なんざ、戦がなけりゃ国の兵隊になるかヤクザもんになるくらいしか道はありまへんさかい。でも、兵隊いうんは貴族に顎で使われるもんですやろ? それはワシの性分しょうにあいまへんのや」

「だから、ヤクザになったか」

「はい。今はナミルの親父に食わせてもろてます。せやから、わかりますやろ? ヤクザは親の言う事が、絶対なんでっせ。まぁ、頭の言う事に絶対ってのは、軍人も変わらんかもしれまへんが」

「違いねぇな」

「……話がなごうなりましたな。ほな、いきまひょか」


 そう言って、トマスが先生へ突進した。


 体当たりをかまし、先生はそれを受け止める。

 受け止めた先生の足が、後ろへずれた。


 細身だけれど、見かけに寄らず力が強いみたいだ。


「うらぁ!」


 先生が押し返して、トマスを引き剥がす。


「流石やで、兄貴!」


 遅れて、他の構成員達が襲い掛かってきた。




 数分後。

 私は構成員の最後の一人を蹴り倒した。


 先生の方を見ると、まだトマスと戦っている。

 けれど、もうすぐ決着がつきそうだ。


「まだや、まだやでぇ……」


 鼻血を流し、足取りもふらふらになりながらトマスは先生に向かっていく。


 拳を振ったが、逆にカウンターを取られて簡単に沈む。

 が、すぐに起き上がって先生へすがりつく。


 先生のジャケットの布地を掴み、這い上がるようにして立とうとする。

 そんなトマスの襟を逆に掴み、先生は背負い投げた。


「ぐあ」


 すかさず、仰向けに倒れたトマスの顔へ拳を落とした。


「か、か……」


 声ともつかないものを口から漏らし、トマスはそのまま動かなくなった。


「死んだ?」

「死んでねぇよ。行くぞ」

「はい」


 先生に促され、私達は玄関を通って屋敷の外へ出た。




 何とか屋敷を脱出した私達は、追手を警戒しながらヤドリギへ戻る事にする。

 その道中。


「まさか、あいつが……」


 先生はそんな呟きを漏らしていた。


 きっと、ナミルさんの事だ。


 兄弟分の裏切り。

 それを知って、辛いのだろう。


 ヤドリギへ戻ると、ルクスがいた。


「ルクス?」


 私達が帰ってきた事に気付くと、ルクスは座っていた席から立ちあがる。

 真剣な面持ちで私達を見る。


「おう。戻ってきたか」

「何かあったの?」

「ああ。それを言う前に一つ聞きたいんだが……。先生、あんた。昨日の夜、どこにいた?」


 ルクスは先生に訊ねる。


「ヤドリギにいた」

「証明できるか?」

「バドとクロエに聞けばわかる」


 ルクスの問いを怪訝そうにしながらも聞き、先生は答えた。


「確かだよ。昨日はずっと一緒に行動していたから」

「ああ。帰ってきてからも出て行ってねぇはずだ」


 私とバドさんが答える。


「そうか……」


 ルクスは呟くように言うと、溜息を吐いた。

 私に向き直る。


「クロエ。落ち着いて聞けよ」

「な、何?」


 改まってそんな事を言われると、ちょっと緊張する。


「ビッテンフェルト公爵が、殺された」


 え?

 父上、が?


「どういう事?」

「そのままの意味だ」


 死んだの?

 父上が?

 しかも、殺された!


「誰が殺した!」

「ティグリス・グラン」

「え?」

「そういう事になっている」


 私は思わず、先生を見た。


「どういう事なんだ?」


 先生は一言、問い返した。

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