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終幕 今なら答えてあげられる

 目を覚ますと、そこは見慣れた部屋だった。

 未来……私にとっての現代。

 ビッテンフェルト家にある私の自室だ。


 身じろぎしようとして、体に少し痛みが走った。


 その痛みと共に、私は思い出す。

 母上と闘った記憶だ。


 私は過去へ渡り、そして母上と再会した。

 そして、闘ったのだ。


 母上の体を壊し、運命を変えるために。

 いや、ただ自分の鬱憤を晴らすために……。


 私は痛む体を無視して、寝返りを打った。

 体を横たえ、ベッドの中で蹲る。


 視線の先。

 ベッドの上には、母上が作ってくれたぬいぐるみ。

 カラスのクゥタンが鎮座している。


 私はクゥタンを大事に可愛がってきたが、所々がくたびれていた。

 このぬいぐるみをもらってから、大事にしていてもなお、そうなってしまうほどの時間が経っている。


 私は負けて、気を失った。

 あの闘いで、私は自分の気持ちを母上に伝えた。

 最初は恨みに近い鬱憤だ。

 それを拳に乗せて伝えた。

 母上もそれを受け入れてくれて、構ってくれて……。

 何より同じ時間、あの空間で一緒にいられる事がいつしか嬉しくなっていった。


 でも、もう母上はいない。

 私は現代に帰って来てしまったから……。


 ならばもう、母上は私のそばにいないだろう。

 あの夢のような時間は、もう完全に終わったのだ……。


 掛け布団をキュッと握る。

 涙が滲み出てきた。


 会うべきではなかったかもしれない。


 あんなに嬉しい時間を過ごしてしまったら……。

 あんなに嬉しい時間を過ごしてしまったから……。


 一人きりになってしまった今の時間が、今まで以上に寂しく感じる。


 こんな思いをするくらいならば、初めから過去へなど行かなければよかった。

 闘おうなどとしなければよかった。


 会わなければよかったのに……。


 私の心は強い後悔に苛まれた。


 そんな時である。


 部屋の外が騒がしかった。

 いや、外というよりも屋敷の中に声が響いている。

 歓声に近い声だ。


 何だろう?


 この寂しさが一時でも紛らわせられるなら、とそちらに興味を懐く。


 すると、部屋にノックの音が響いた。


「入っていいかな?」


 訊ねる声。

 その声に、私の体が喜びに打ち震えた。

 何故ならその声は……。


「ど、どうぞ」


 答えると、扉が開く。

 そうして現れたのは、クロエ・ビッテンフェルト。


 私の母上だった。


 最初、それは過去の母上かと思った。

 けれど、違った。


 その母上は、鼻に横一閃の傷が走っていた。

 そして、過去の母上よりも少しだけ年齢を重ねているように見えた。


 ならばこの母上は過去の母上ではない。

 この時代の母上。

 私を産んでくれた私の母上なのだ。


「ただいま。ヤタ。帰るのが、遅くなってごめんね」


 母上は、快活な笑みを向ける。

 その笑顔が自分に向けられたものだと思うと、感極まる思いだった。


「母上……」


 母上は部屋にあった椅子を取り、ベッドの横に置いた。

 そこに座り、私の顔を覗き込む。

 私も上体を起して、母上の顔を見た。


「母上、今までどこに行っていたのですか?」

「そうだねぇ……。あの時は、わからなかった。答えられなかったけれど、今なら答えてあげられる。長い長い話になるけれど、これからは一緒に居てあげられるからね。ゆっくりと、話して聞かせてあげるよ。何故私が行方を晦ませたか。その間、何をしていたのか」


 ああ……。

 これからは、一緒に居てくれるんだ。

 そう思うと、本格的に涙が流れ始めた。

 みっともないと思いながらも、止め処なく涙が溢れてくる。


「あらあら、どうしたのさ。ほら笑って。可愛い笑顔を私に見せて」


 そう言いながら、母上は涙を拭ってくれる。

 私は笑おうとする。

 でも、涙が止まらない。


 止めようと思っても涙が止まらないのだ。


 母上が困った顔をする。


「困ったなぁ。どうすれば泣き止んでくれるのかな? 何かしてほしい事とかある?」


 私は涙を拭いながら、母上に答える。


「……じゃあ、お風呂に入りませんか? 私は、母上とお風呂に入りたいです」


 私が言うと、母上は面食らった顔をする。

 が、すぐに笑顔を作る。


「そういう所は、お爺ちゃんに似てるね」


 母上が笑いかけてくれる。

 こんなに嬉しい事はない。



「あの、母上。外から何か奇声が聞こえるのですが……」


 ポーウ! という甲高い少女の声が聞こえた。


「ああ、あれ? んーとねぇ、ヤタの妹になるのかな?」


 妹、か。


 母上が帰って来て、妹までできて……。


 これからの私はきっともう寂しくない。


 そんな予感を覚えた。

 時の女神編はこれで終わりです。

 詳しい後日談は閑話にて。

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