八話 向かい合う準備
チヅルちゃんの話によれば、四天王はカナリオ襲撃の夜からアルエットちゃんのもとを離れているらしい。
下町にある空き家を隠れ家に潜伏しているそうだ。
だから、ヤタはアルエットちゃんが私にカナリオの説得を頼んだ事を知る事はない。
そして期限は明日。
それまでにヤタは、もう一度カナリオを連れて行くために襲撃を行うのではないかという話だ。
つまり今夜辺り、彼女はもう一度私に会いに来る。
でも私は、こちらから出向くつもりだった。
一度会いに着てもらったから、今度はこっちから会いに行く。
チヅルちゃんから、彼女の潜伏場所を聞いているのだ。
でも、ごめんよ。
アルエットちゃん。
約束したけれど、カナリオをすんなりとは渡せなくなった。
私があの子と遊んであげるために……。
利己的な事だけれど、少しの間だけ時間がほしい。
そして場合によっては、歴史を変えてしまう事になってしまうだろう。
最終的にどうなろうと、幸せな結婚生活は壊させないつもりだから許して欲しい。
チヅルちゃんと別れた帰り、私はヴェルデイド家へ立ち寄った。
屋敷の門でムルシエラ先輩を呼んでもらうと、先輩の部屋へと案内された。
相変わらずの汚部屋である。
その中、部屋の中央に置かれた長テーブル。
実験器具や素材などの雑多な物が無秩序に置かれたそのテーブルにて、先輩は何かの実験をしているようだった。
「先輩」
呼ぶと、先輩は顔を上げる。
私を見つけ、笑顔を向けた。
「クロエさん。あれを取りに来たのですか?」
「ええ、そうです」
先輩は実験を中断し、部屋の奥へ向かう。
「ついてきてください」
私は言われて、先輩のあとに続いた。
部屋の奥には台座があり、そこには黒いリュックサックが置かれていた。
「これが新しい変身セットですか?」
「はい。今のあなたの上着とも互換性を持たせていますので、そのまま使えます。一度試着してみてくれませんか?」
「わかりました」
私は変身セットを取り、「変身」と唱えた。
リュックサックがバラバラになり、一瞬にして私の体へ黒い強化服となって纏われる。
部屋に置かれた姿見で、その姿を確認する。
全体的に装備自体は同じだが、デザインの細部が変わっていた。
やっぱりだ……。
私はその姿を見て、そんな感想を持った。
このスーツは、私の娘、ヤタが着ていた物と同じだった。
ただ、彼女が着ていた物と違って、傷一つない新品である。
「変身機構は完璧みたいですね。どこかおかしな所はありますか?」
「いえ、動く分に不具合はないです」
私は軽く体を動かした。
目の前で手の平を開閉させる。
「むしろ、前よりも着心地がいいぐらいですね」
前の変身セットよりも動きの阻害がない。
そして何より、軽くなった。
「かなり軽くなりましたね」
「あなたの話を参考にして作った「カーボン」のおかげですね」
私は先輩に新しい変身セットの案として、どうにか軽くできないかという注文をした。
だが、軽くするにはどうしても金属部分を減らさなくてはならず、しかし金属部分を減らすと防御力が落ちる事になる。
なら、軽くて硬い素材を使えばいいと思い、私が提案したのが「カーボン」である。
と、自分が作り方を教えたみたいな言い方をしているが、一介の高校生(乙女)であった私がカーボンの作り方なんて知っているわけがない。
なので、カーボンが石炭を原料に作られる事などを教えて、あとは先輩に任せたのだ。
最初は要領を得ず、それでも無理を言って実験してもらっていた。
が、それからかなり時間が経ち、何故か逆にお礼を言われた。
その時になると頼んでいた等の私も頼んでいた事を忘れていたのだが、そのお礼で私は思い出した。
それから先輩は目を輝かせ、積極的にカーボンの開発へ取り組むようになった。
先輩がどれだけ苦慮したのかはわからないが、その数か月後の「冬迎えの祝い」。
あの日に、完成の報告があったのだ。
今まで急所や関節部分を守るために鉄製の防具をつけていたが、それらはほとんどカーボンに置き換わっている。
手甲と脚甲も金属とカーボンのハイブリットになって、かなり軽量化されている。
そして胸甲も金属プレートを薄くし、その分カーボンのプレートを組み合わせる事で軽量化していた。
実際に着たのは初めてだが、前と比べてかなり軽くなった事が実感できる。
今まで以上に速く動く事ができそうだ。
これなら、装着したままの二段ジャンプも不可能じゃないかもしれない。
開発費用などは先輩が折半してくれたとはいえ、それなりにかかっている。
でも、これにはそれだけの価値があると言えるだろう。
「気に入ってくれましたか?」
「ええ、これ以上ないくらいに」
これで、彼女と同じだ。
同じ条件で、遊んであげられる。
変身セットを受け取った私は、そのまま自宅へ帰る。
帰り着く頃にはもう、夜が始まろうとしていた。
そして家の前には、国衛院の馬車が停まっていた。
「クロエさん」
馬車の窓から声をかけたのは、イノス先輩だった。
「先輩。どうしました?」
「私は、あの銀髪の女性を探そうと思っています」
「何故?」
「敗北と失態……。その屈辱を晴らしたい。言わば、私怨です」
何故私に言いに来たのだろう?
でも、普段から感情的になる事なく、自分の事を二の次にする先輩が自分の感情で動こうとしている事には驚いた。
「珍しいですね。先輩がそんな事で動くなんて」
「私も驚いています。……きっと悔しかったのでしょうね。だから、もう一度彼女と戦うつもりです。そして、今度こそ倒します」
先輩も、もう一度自分の娘と向き合おうとしているんだな。
正体を知っているわけじゃないだろうに。
「それで、少し話があってきました」
「私に? 何でしょう?」
「前にあなたと一緒に開発し、封印した技。あれを解こうと思います」
封印した技。
あれか……!
子供に使っていい技じゃねーぞ!
「ちょっと、待ってください。さすがにやりすぎです」
「いえ、これはもう決めた事です。彼女は強かった。きっとあの技を使わなくては、勝てないでしょう」
おいおい。
知らないから仕方ないけれどね。
でも、先輩がそう判断したのなら、本当に使わないと勝てないのだろう。
だから、一緒に技を開発した私に一言話しておこうと思ったわけか。
「わかりました。でも、手加減はしてあげてください。絶対、殺さないように」
「……善処します」
善処か。
ちょっと心配だな。
「善処じゃだめです。約束してください」
「……何故あなたが、そんな心配を?」
「今は言えません。事は全てが終わってから言います。ただ、手加減しなければ先輩は後悔します。それは間違いないでしょう」
先輩は吟味するように、じっくりと私を眺めた。
「わかりました。他ならぬあなたの言葉……。何か意味あっての事でしょう。なら、それを信じます。手加減できるよう、努力します」
善処と努力ってあんまり変わらない事ないですか?
でも、私だって先輩を信じている。
戦いは何が起こるかわからない。
どうなるかなんて予測できない。
きっと、約束できない事だから明言を避けたのだろう。
「では、これで」
そう言って、イノス先輩を乗せた馬車は走り去って行った。
さて、準備は整った。
今度こそ、私はあの子としっかり向き合える。
寂しい思いをさせた分、いっぱい可愛がってやろうじゃないか。
カーボンの作り方をよく知らないので、石炭から作れるという知識だけでムルシエラ先輩に頑張ってもらいました。
先輩は天才です。
でももしかしたら、カーボンと言い張っているだけで、カーボンではない謎の物質である可能性もあります。




