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閑話 怪盗大作戦 後編

 予告の時間が近付き、私は壷が置かれた部屋へ訪れた。


「クロエ?」


 部屋にいたルクスが私に気付き、声をかけてくる。

 イノス先輩も一緒である。

 頭を下げてくれた。


「どうしたんだよ? お前らには屋敷内の見回りを頼んでたはずだぜ」

「ああ、その事なんだけどさ。実は、アルマール公から秘密の手紙が来たんだ」


 そう言って、アルマール公直筆の手紙を二人へ渡した。


「秘密裏に壷を運び出して、持って来い?」

「なるほど。誰にも知られないよう別の場所へ移して、漆黒の闇に囚われし黒の貴公子の裏をかくという事ですね」

「でも、そんな事したら、あのくそジジィ絶対に怒るぜ?」

「怒られるくらいなら問題ありません。盗まれてしまうより、断然に良いかと思われます」

「……それもそうか」


 ルクスが唸る。


「で、私が運ぶようにって事だったんだけど」

「まぁ、お前ならあの野郎にも遅れはとらないだろうからな。適任だ。わかった」


 ルクスは警備の隊員に合図を送る。

 隊員が慎重に壷を持ち上げ、私の所へ持ってきた。

 壷を受け取る。


「じゃあ、これはしっかりとアルマール公へ届けるよ」


 私は二人にそう言って、壷を持って部屋の外へ出た。


 壷の中を見る。

 何も入っていない。

 次に指先から出した万能ソナーで中を調べた。


 なるほどねぇ。


 そこから廊下を少し進むと、アルディリアとアードラーが待っている。


「どうだったの?」

「これで間違いなかった」

「じゃあ、これからどうするの?」

「予定通り、プラン1だね」

「わかったわ」


 アードラーに言う。

 彼女は頷いた。


「はい。これお願い」

「わかった」


 壷をアルディリアに預ける。

 アルディリアは持っていた鞄へ壷を入れた。


「じゃあ、行ってくるよ」


 私はアードラーと二人でもう一度、二人のいる部屋へ向かった。


「あれ? お前らか……。アルディリアは?」

「見回りしてる。ちょっとこっちの様子が気になったから来たんだ」

「そうか。っていうか、クロエ。帰ってくるのが早すぎないか? 何か忘れ物か?」


 ルクスに驚かれる。


「何の事?」

「何って……。お前、親父の所に壷を持って行くって今さっき出てったばかりじゃねぇか」

「え? 私、そんな事全然知らないんだけど。見回りに行ってからここに来たのもこれが初めてだし……」


 私は壷の置いてあった台座を見る。


「はぁ? どういう事だよ?」


 戸惑うルクス。


「クロエの言ってる事は本当よ。私達は警備を始めてからずっと一緒だったのだもの」


 アードラーが証言する。


「もしかして、私に壷を渡しちゃったの?」

「おう……」

「バカモーン! そいつが漆黒の闇(略)だ!」

「どういう事だよ!?」


 動転した様子でルクスが聞き返す。


「まさか、変装だったというのですか?」


 イノス先輩が訊ね返してきた。


「そうだと思う。きっと漆黒の闇(略)は私に成りすまして、壷を盗み取ったんだ!」

「そんなまさか……。あの手紙は確かに親父の字だったぜ」

「きっとそれも偽造したものなんだよ」

「くそっ……。隊員全員に連絡を回せ! まだ奴はこの屋敷にいるはずだ! 門を封鎖して、絶対に誰も通すな! 逃すんじゃねぇぜ!」


 ルクスは号令し、部屋にいた隊員達は敬礼して外へ出て行った。

 ルクスとイノス先輩も一緒に外へ出て行く。


 それを見届けると、私達も二人を追って部屋の外へ出た。




「じゃあ私達はアルディリアと合流して別の所を探すよ。手分けした方がいいでしょう?」


 部屋から出た私はルクス達にそう提案した。


「おう、頼んだぜ!」


 了承の言葉を受け、私達は彼らから離れた。

 アルディリアのいる所まで行く。

 警備の目がない事を確認した。


「はい。クロエ」


 アルディリアが鞄から壷を出す。

 それを受け取る。


「ありがとう。じゃあ、ちょっと一芝居打ってくる」

「うん、気をつけてね」


 私はアルディリアの言葉を受けながら、窓から外へ出た。




「おい、クロエ」


 壷を隠し持ち、「出ようと思ったら玄関が封鎖されて脱出方法を模索する怪盗」というふうに怪しい動きで塀の付近をうろついていたら、後ろから声をかけられた。

 振り返る。


 そこには警備の隊員を引き連れたルクスとイノス先輩がいた。


「ああ、ルクス。どうしたの?」

「お前こそ何してるんだよ?」

「何って……。ほら、さっきも言った通りだよ。アルマール公に例の物を届けようと思って。秘密裏に出なくちゃならないから、どこからか一目につかず出れないか探っていたんだよ」


 私が言うと、ルクスはイノス先輩へ向いて頷く。

 先輩も頷き返した。


「ボロを出しやがったな? マヌケめ!」


 わざとボロを出したんだけどね。


「もうバレてるんだよ! 暗黒の魔力に魅せられし混沌の巡礼者!」


 だから誰だよっ! それぇ!


「旦那様、漆黒の闇に囚われし黒の貴公子です」

「まぁそれはいい! てめぇは、クロエに変装して俺達を騙そうとしたんだろうが、そうはいかねぇぜ! 全部お見通しだ!」


 ルクスに人差し指を突きつけられた。


「ふふふ、バレてしまっては仕方がない」


 言いながら、仮面を顔に着ける。

 同時に、骨格を漆黒の闇(略)仕様に変えた。


「やはり、彼は骨格ごと人に化けていたのですか……。こんな事ができるなんて」


 イノス先輩が驚く。


「さぁ、観念しやがれ! 今日こそ逃がさねぇぜ!」

「さてどうかな?」


 言って、私は魔法を使って勢い良く足元から煙を噴き出させた。


 蒸気による煙幕だ。

 二人が怯んでいるうちに、私は逃げ出す。


「逃げました! あそこです!」


 イノス先輩の声が響く。


 屋敷の屋根に配備されたライトが私を照らす。

 ライトの光は、私のシルエットを塀へ大きく映し出した。


 ライトの光に追われる中、私は壁にそって走った。


「待てーっ! 逃すなーっ!」


 その後をルクスと警備員の人達が追ってくる。


 そのまま走り続け、ライトの設置角度では照らし切れない場所まで走る。


 一度屋敷の角を曲がり、すぐそばの窓へ飛び込む。

 屋敷の廊下を走る。


 ルクス達も窓から入って追ってくる。


 そのまま屋敷の中を走り、ある場所へ向かう。

 そこは廊下の行き止まりだ。


 足を止める。


「行き止まりだ! 観念しろ!」


 ルクスと隊員達に追い詰められた。

 窓の外を見ても、隊員達の姿が見える。


 私は追い詰められた。

 イノス先輩も追いついてくる。


「追い詰めた? 本当に私を追い詰めたと思うのかね?」

「どう逃げるつもりだよ? 逃げ場はねぇぜ?」


 正直に言えば、ルクスとイノス先輩に加えてこれだけの隊員を相手に逃げるのは難しい。

 二人は連携において、アルディリアとアードラーを凌ぐ。

 この二組を戦わせれば、きっと勝つのはルクスとイノス先輩だろう。


 それに加え、長く戦ってきたために私の手の内を熟知している事も大きい。


 その時だった。


「何の騒ぎだ!?」


 公爵がこの場に現れた。


「あれは! わしの壷ではないか!? 何をしている? さっさと取り返せ!」


 公爵は私が腋に抱えた壷を認めてがなり立てた。


 隊員達がジリジリと距離を詰めてくる。


 そんな中、隊員達の背後に駆けつけるアルディリアとアードラーの姿を見つけた。


「漆黒の闇に囚われし黒の貴公子だ! 行こう、クロエ!」


 まるでそばに私がいるかのように、アルディリアが叫ぶ。

 そう思わせるための作戦だ。


 それと同時に、私は再び蒸気の煙幕を出した。

 廊下が瞬く間に白い湯気で満たされる。


「飛び掛れっ!」


 視界が白く染まる中、ルクスの号令が聞こえる。

 隊員達の慌しい足音。


「クロエが相手に掴みかかったわ!」


 アードラーの声。


「こっちだ! 奴を掴んだぞ!」


 私も叫びを上げる。

 すると、多くの隊員達が手探りながらに私の方へ飛び掛ってきた。


 私は壷を壁に投げつける。


 パリンッ、と陶器の割れる音がした。


「壺が割れたのか!? 待て! 全員ここから離れろ! 命令だ!」


 公爵のわめく声。


「捕まえたぞ!」


 隊員の声。

 煙幕が晴れていく。


 そしてその場に残っていたのは、さっきと変わらない仮面をつけた私。

 そんな私は体を数人の隊員達に取り付かれながら、直立不動で立っていた。


「テメェ!」


 煙幕が晴れて、私を目視したルクスが私に向かってくる。


「違う違う、私だよ。クロエだよ」


 言いながら、私は顔についていた仮面を剥ぎ捨てた。


「ほら」

「本当にクロエか? また変装じゃないのか?」

「一回奴を掴んだんだけど、するっと抜けられちゃってさ。その時に仮面つけられた」

「マジかよ」


 隊員達が私の体から離れていく。

 イノス先輩が近付いてきた。


「では、肝心の漆黒の闇に囚われし黒の貴公子はどこに?」

「……多分だけど、別の隊員に変装して今のうちに逃げたんじゃない?」

「そんな事が?」


 驚く先輩。


「先輩、ここに制服を脱がされた隊員が転がされてます」


 アルディリアが廊下で気絶している下着姿の隊員を指して言う。


 まぁ、実際は二人が煙幕の中で昏倒させて剥いだのだが……。

 服はアルディリアの鞄の中にある。

 あとで適当な場所で捨てる予定である。


「……今回もまんまと逃げられた。そういう事ですね。それよりも今は……」


 イノス先輩は、割れた壷の方を見た。

 壷はバラバラに砕け、その破片の中に三つの紙束を見つけた。


 その一つへ目を向ける。

 近付いていった。


「待て! それに触るな!」


 公爵が怒鳴る。


「拘束してください」


 イノス先輩が言い放つ。

 隊員達が公爵を捕らえた。


「無礼だぞ! 放せ! やめろ、読むな!」


 先輩は紙束に目を通す。


「何だそれ?」

「帳簿ですね。ぼかして書いてありますが、これは裏帳簿ですね。そっちの人名リストには、国衛院でマークしている要注意人物の名前もありますね」


 ルクスが訊ね、イノス先輩はそれに答えた。


「じゃあそれって」

「いろいろと、お話を聞かなければならないようですね。公爵」


 イノス先輩が睨むと、公爵はその場で力なく膝を落とした。




 後日、私は漆黒の闇(略)の姿でいつもの密会場所へ向かった。

 そこではもう、アルマール公がワインを飲んで待っていた。


「ありがとう。君のおかげで公爵を失脚させる事ができた。やはり君は優秀だな、特別顧問」

「お褒めに預かり光栄です」


 今回の騒動は、アルマール公の指示によるものだった。


 公爵には汚職や国の害となる要注意人物への資金援助などを行なっているという疑いがあった。

 しかし確証はなく、相手は公爵であるため疑いだけでおおっぴらに捜査する事もできなかったのだ。


 秘密裏に探し出す事もできるのだが、相手も大きな権力を持った相手である。

 見つけた証拠を突きつけても、しらばっくれられ、もみ消される可能性は高かった。


 なので、彼の屋敷で言い逃れようのない状況の中、証拠を押収する必要があった。


 欲しかったのは、証拠だけでなく証拠が彼に関連しているという確かな事実だったのだ。


 私が予告状を出し、大立ち回りを演じたのもその状況を作り出すためである。


「それにしても、面白い構造ですね。あの壷」

「そうだな」

「総帥は知ってたんですね。あの壷がどういうものか。だからあれが怪しいと言ったのですね」


 総帥は微笑む。

 それが答えだ。


 壷が怪しいと言ったのは総帥だった。

 憶測でしかないので、場合によっては他の場所を探すか、諦めるという事にもなっていたかもしれない。

 だが、証拠品は総帥の予想通り、壷の中にあった。


「あの壷には何も入っていませんでした。でも、あれには二つの蓋があった。口を閉じるための丸い蓋と淵を覆うためのリング状の蓋が」


 実はあの壷の淵は蓋になっており、取り外すと空洞になっている。

 書類はその空洞に隠されていたのだ。


 万能ソナーがなければ、気付けない仕掛けだっただろう。


「アルトランは好きでね。そういう物があったというのを知っていたのだ」


 総帥は小さく笑い、私を改めて見た。


「ところで、特別顧問」

「はい」

「実はもう一件、気になる場所があるのだが……」


 その後、漆黒の闇(略)は大泥棒としてアールネスの人々にその名を轟かせたという。

 イノスを書きたかったので書きましたが、イノスが活躍しませんね。

 あと、回りくどいです。アルマール公。

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