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百三十話 拳を交わし

 アルディリア視点です。

 今回と次回のタイトルは、感想を下さった方のコメントを元にしています。


 彼女と出会ってから、もう何年になるだろう?

 出会った時の事はとても古い記憶だ。


 始まりは恐れ。

 それは気づけば、思慕しぼになって……。


 並び立ちたいと思うようになったのは、もう少し先の記憶の中にある。

 それでも、長い事には変わりがないけれど。


 僕は、その長い間の中、彼女に追いつく事ができたんだろうか?


 この期に及び、僕はそんな疑問を懐いていた。


 いや、追いつけていなくても、今追いつかなくちゃならない。

 でなければ、きっと僕はクロエに追いつけなくなる。

 そんな気がするんだ。


 だから今、必ず追いつく。

 追いついて、並び立つんだ。


 聖域と呼ばれる洞穴の中。

 黒い姿に侵された彼女の姿を見て、僕は決意した。




「アルディリア……来たんだね。ふふふ」


 そう語る彼女の声は、普段通りの彼女の声だった。

 僕の名を呼ぶ声も、口調も、動かす口の形も、彼女そのもの。


 笑う声も変わらない。


 ただ違うのは、黒色に蝕まれてしまった心だけだ。


「任せるわよ」


 アードラーが僕の耳元に囁く。

 僕は頷いて返した。


「アードラーも一緒かぁ……見せつけに来たの?」

「違うよクロエ! 僕は君に言いたい事が――」

「ファイエル!」


 僕が言い終る前に、クロエは手から火球を放った。

 魔法だ。


 火球は僕とアードラーの丁度真ん中を狙い、僕達は離れ合うように跳んでかわす。


 クロエはこういう放出するタイプの魔力の使い方を滅多にしないので、少し驚いた。


「言葉は信じられないって、言ったでしょう? 言葉なんてものは、いくらでも言い繕えるものなんだから!」

「くっ」


 僕が何を言っても、今の彼女は聞いてくれそうにない。


 アードラーが近寄ってくる。


「言葉が通じないわ。なら、行動で示すしかないわね」


 耳元で囁いてきた。


「行動って……」

「何でもいいから伝えなさい。あの子の心を呼び覚ませる事を」


 無茶な事を言うよ……。

 クロエのお父さんに言われてここまで突っ走って来たけど、よく考えたらどうすればいいのかわからない。


「またいちゃいちゃして! うく……」


 クロエが呻いて胸を押さえる。


「ふふ、また大きくなった。見て、私の中の怪物がまた大きくなったよ。なんちゃって。アハハ。きっと、二人のおかげだね」

「どういう意味?」

「今の私さぁ、おかしいんだぁ。二人が一緒に居る所を見るとね……。言葉を交わすとね……。胸の中の黒い物がどんどん強く大きくなっていくんだぁ。それが苦しいんだけど、ちょっと心地いいんだぁ。ふふふ」


 やっぱり、これは黒色に憑りつかれてしまったという事なのだろう。


 きっとこれは、僕のせいなんだろう。

 僕があんな事を言ったから、クロエの心に付け入る隙を作ってしまったんだ。


 でも、僕達を見てそれが大きくなるという事は、クロエは今僕に嫉妬してくれているっていう事なんだろうか?


 クロエが口元を不快そうに歪めた。


「何がおかしいの?」


 不機嫌な声で問われる。

 どうやら僕は、笑っていたらしい。


「こんな私が滑稽だと思っているんでしょう。勘違いしていた馬鹿な女だって、そう思ってるんでしょう!」

「思ってないよ!」

「もういい! アルディリアは、アールネスを滅ぼした後に目の前でアードラーを殺してから殺してやろうと思っていたけど……。今殺してやる! ……お前は最後に殺してやると言ったな! あれは嘘だ! アハハ」


 クロエの笑いが収まる。

 その瞬間、クロエが僕の目の前に迫っていた。


 咄嗟にガードを固める。

 クロエの拳がガードの上から炸裂した。

 あまりにも痛烈な当たりだ。

 まともに受ける事を避けるため、僕は後ろへわざと吹き飛ばされるように跳んだ。


「ははっ」


 クロエの笑い声が背後から聞こえた。

 同時に、背中に痛みと衝撃が走る。

 吹き飛ばされてすぐに後ろへ回られ、膝蹴りを背中に当てられたようだった。


「ぐふぉっ!」


 背骨がメキリと軋む音が頭蓋に伝わる。

 顔が真上に向いた。

 その視線の先には、両手を合わせて組み合わせたハンマーパンチ。

 それで僕を叩き落そうとするクロエの姿が見えた。


 けれど、そのハンマーパンチが下ろされる寸前、クロエが何かに気付いて回避動作を取った。

 クロエが避けたのは、アードラーの手刀だ。

 彼女が助けに来てくれたのだ。


「クロエェッ!」

「アードラァーッ!」


 二人が格闘を始める。


 助かった。

 あれを振り下ろされていたら、もう立ち上がれなかったかもしれない。


 でも、今でも十分にダメージが大きい。

 咳き込んで唾を吐き出すと、血が混じっていた。


 白色で自分の体を癒しながら、二人の戦いを見る。


 僕は戦いたいわけじゃなかったけれど、やっぱりこうなったか……。


 話を聞いてくれない彼女に自分の気持ちを伝えるには、拳をぶつけ合うしかないのだろうか?

 それで通じるんだろうか?


 クロエならそれでも通じそうな気がするのではないか、と半ば本気で思うけれど……。


 でも、好きな相手に拳を向けるなんて事は、あってはならない事だとも思う。


 ……今はそうも言ってられないか。


 アードラーは流石だ。

 クロエの速く鋭く重い一撃を何とか凌いでいる。

 不器用な僕には決してできない戦い方だ。


 攻撃をあまりしていないのは、防御に集中しているからだろう。


 多分、僕の回復を待っているのだ。


 そうだね、アードラー。

 二人なら、クロエを止められるかもしれないね。

 二人なら……。


 でも、やっぱりクロエはすごい。

 防御に徹したアードラーを相手に、それでも攻撃を当ててくる。

 僕ではきっと、防御に徹したアードラーに触れる事すらできないだろうに……。


 アードラーが劣勢だ。

 早く行かなくちゃ。


 回復もそこそこに、僕はクロエ達の方へ向かう。


 不意打ちに、背後から脇腹を狙う。


 けれど、クロエはまるで見えているように僕の一撃をかわした。

 後ろへ一歩退いて打点をずらす回避だ。

 その後、肘を振って僕の鼻っ柱を打った。


 追撃の蹴りが迫るが、またもアードラーの攻撃を受けて断念する。

 クロエは後ろへ跳んで距離を取った。


「絶対当たったと思ったのに。やっぱり強いわね、クロエ」

「そうだね。いつも以上に強い気がするのは、黒色のせいかな?」

「かもしれないわね」


 言葉を交わし合い、再びクロエへ挑む。


 防御力の高い僕が前に出て戦い、アードラーがクロエの隙を衝いて攻撃する戦法に出る。


 どうやらこっちの方が有効らしく、さっきまで攻撃を防がず避けていたクロエが防御をするようになった。


 でもそれでも互角なんだな、と僕は内心で苦笑する。


「このぉ! 竜と人間のハーフの王様みたいな声しやがって! 触覚のある嫁さんを貰うつもりなんだろぉ! アードラーには触覚なんて生えてねぇぞ!」

「何の事ぉ!?」

「アードラーはアードラーで、イカみたいな声しやがって! 私に向かってカエレッ! とか言うんだろう?」

「言わないわよ、そんな事!」

「侵略者はカエレッ!」

「あなたが言ってるじゃない!」


 ……こんな時になんだけど、どんな状態になってもこのたまにわけのわからない事を言い出す所は変わらないんだな。


 本当に、彼女は彼女なんだな……。

 場違いだけれど、僕はちょっと嬉しくなった。


 僕達とクロエの攻防が拮抗する。


 が、それはわずかな間の事だった。


 どういうわけか、僕達の攻撃が軒並み当たらなくなり、逆にクロエの攻撃が一方的に当てられるようになった。

 フェイントも何もかも、次に何をしてくるのかが予め分かっているかのように、クロエは僕達の先手を取る攻撃を仕掛けてきた。


「ははは、少しだけど見えるよ。二人の運命が!」


 鞭のようにしなるハイキックが、僕に迫る。

 そのキックはガードごと押し通り、僕は吹き飛ばされた。


 転がりながら体勢を整える。

 クロエを見た。


 彼女は飛び上がり、アードラーへ迫っていた。


 対空への手刀を放つアードラー。

 あれは彼女の最も得意とする技。

 あの技だけは、クロエも常に警戒していた。


 対してクロエは、アードラーへと蹴りを放つ。


 手刀と蹴りが互いの体を狙い合う。


 アードラーの手刀とクロエの蹴りが、互いの頬を切りつけた。


 クロエが着地し、二人は背中合わせになった。


 アードラーは腹部へ拳を、クロエは側頭部を狙っての肘打ちを、振り返り様に放つ。

 それらの攻撃を互いに空いた手で防ぎ合う。


 至近距離、組み合うような形。


 互角に見える二人の打ち合い。

 しかし組み合う形が解かれた瞬間、クロエが押し入るようにアードラーへ迫り、体当たりをする事で難なく崩される。

 背中を向け、背中で相手を打つ体当たりだ。


「ジュウネンハヤインダヨ!」


 何語なのかよくわからない言葉を使うクロエ。

 技名だろうか?


 アードラーが吹き飛ばされ、地面を転がった。

 初めての直撃だ。


 辛うじて受身はとっていたけれど……。


 彼女は白色を使えない。

 回復できない彼女は、あの一撃でもう立てないだろう。


 クロエが僕に向いた。

 立ち上がり、迎え撃とうと構える僕へ近づいてくる。


「さぁ、終わりにしてあげるよ。アルディリア。私の手で……。私の胸の中で、眠らせてあげる。私だけのものに、してあげる……」


 それでもいいよ。


 僕はその時、本気でそう思った。


 クロエが本当にそうしたいのなら、それでもいいと僕は思った。

 でも……。


 そういうわけにはいかないから……。

 君にはちゃんと帰ってきて欲しいから……。

 自分の気持ちをちゃんと知ってほしいから……。


 もう少しだけ、抗わせてもらう!


「ところがどっこい! そうはいかないわ!」


 血まみれのアードラーが背後からクロエにタックルした。

 そのまま押し倒す。


「くっ」


 押し倒されながらも、体勢を整えてアードラーへ向くクロエ。

 自分の腰へ組み付くアードラー。

 その頭へと肘を容赦なく打ちつける。


「離れろぉ! このドリル!」

「……くっ! ……離れないわよ。こうやって、あなたを思い切り抱き締めるなんて、そうそうできる事じゃないもの!」

「この……!」

「何してるのよ! アルディリア! さっさとクロエに伝えなさい。謝りたいんでしょう? 伝えたい気持ちがあるんでしょう? だったら、早くそれを伝えてクロエを呼び覚ましてあげなさいよ!」


 がつがつと肘を打ちつけられながら、アードラーが僕へ叫ぶ。


「さっさとしなさいよ! 私はあなたの事が気に入らないわ。大っ嫌いよ。でも……私がクロエを託してもいいと思える男はあなたしかいないんだからね!」


 叫ぶアードラー。

 そんな彼女は涙を流していた。


 それは肘を受ける痛みが原因では無いだろう。

 心の痛みが原因だ。


 僕は知っている。

 彼女がクロエに対してどんな気持ちを持っていたか……。


 だからわかる。

 彼女がどんな気持ちでその言葉を搾り出したのか……。


 だからこそ、応えなければならないと思った。


 僕は駆け出した。

 クロエへ向かって。


 アードラーに押し倒された彼女の両腕を掴む。


 完全に捕らえた。

 これでクロエは動けない。


「放せぇ!」


 暴れるクロエ。

 そんな彼女の両腕を地面に押し付ける。


「放さないよ。……君は僕の話を聞いてくれない。でも、僕にはどうしても伝えたい事があるんだ。どうすればいいのか、それを考えたけれど……。こんな事しか、思いつかなかった」


 これが僕にできる、精一杯の気持ちの表し方だ。

 言葉を用いない、気持ちの表し方だ。


 その行動を決意した時、彼女の腕に込められた力が抜けた気がした。


 僕は彼女に顔を近づけ、彼女はそれを受け入れるように大人しくなった。


 そして、僕の唇が彼女の唇と重なった。


 彼女の体を覆う黒い物が消える。

 仮面が消えて、彼女はパジャマ姿になった。

 今日はもう一話、更新致します。

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