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百二十八話 黒に落ちる

「久し振りじゃの?」


 声が聞こえる。


 誰?


「ワシじゃよ、ワシ」


 わし?

 アードラー


「違うわい! シュエットじゃ! どういう変換じゃ! 何語かわからんぞ!」


 ああ、そうなんだ。

 何か用?


 あ、もしかして、生まれ変わったら1対1で勝負しよう! っていう私との約束を果たしにきてくれた?


「そんな約束しとらんじゃろう。それに、なんじゃこのイメージは? ワシは変幻自在ではあるが、触覚など無いしピンク色でもないぞ。色黒の少年にも生まれ変わらん」


 あれ?

 何かおかしい?


 私、喋ってないはずなんだけど……。

 それに、そもそもこれ何語で喋ってる?

 日本語?

 わからないのに、意識が伝わったり伝えられたりしてるような……。

 心が読まれてる?


「ふん、今頃気付いたか。そうじゃ、ここは貴様の心の中じゃ。ワシは今、貴様の心の中にいるのじゃ」


 そ、そんなぁ。

 私の心の中に、あなたが存在しているなんて……。

 私、そんなにあなたの事を……。


「やめろ、気色の悪い言い方をしよって! ふん、この期に及んでふざけた奴じゃ。しかし、ここに入ってみてわかったが……貴様、この世界の人間ではないのだな」


 うん、そうだよ。

 バレちゃったか。


「ならワシが運命を読めないのも納得じゃ。この世界の理から外れておる。ふむ、乙女げぇむなる遊戯としてこの世界が認知されておるのか。なるほど、理屈はわからんがこの世界とその乙女げぇむとやらは互いに影響を与え、同調し合っておるようじゃ」


 じゃあ、私はゲームの世界に入り込んだわけじゃないんだ。


「たかだか物語から世界が一つまるごと作られてたまるものか。貴様の世界の人間が、こちらの世界の事柄をたまたま物語として描いたために同調してしまったという所じゃろう。

 その同調のせいで、ある程度こちらで起こる事が物語に影響を受けているわけじゃ。

 ……まぁ、どうでもよいわ」


 へぇ、そうだったのか。


 それで邪神様が私の心に何の御用でしょう。

 お茶でも出しましょうか?


「ええい、調子が狂う。しかもワシに侵入されていながら、本気で恐れていない所が妙に腹立たしい」


 だって、私は意外とあなたの事好きだから。


「……本気で思っとるな。じゃが、イメージしているのはワシと殴り合っている時の事なのじゃな」


 楽しかったからね。

 殴り合い。


「ワシは楽しゅうなかったわい。じゃから、こうして機会をうかがっていたわけじゃ。貴様に報復し、なおかつワシの力を取り戻すためにのう」


 どういう事?


 そういえば、今の私どうなってるの?

 真っ暗で、何も見えないし。


「貴様は深層心理のようなものじゃ。表層の貴様は今、ワシの支配下にある。じゃからこそ貴様は、動く事ができぬのじゃ。私に封じられての」


 私が支配されてる?

 何故にホワイ?


「ワシ自身が貴様に憑りついたからじゃ」


 何でそんな事を?


「つけ狙ってやると言ったじゃろうが。本当は黒色を溜めて復活を果たして挑んでやる所であったがな。王都の黒色が最近は薄くなっておるからできなんだ。じゃから、この二年で何とか溜め込んだ黒色とワシ自身の力で貴様の心そのものを掴んでやったわけじゃ」


 そうなんだ。

 私、ハートキャッチされちゃったのかぁ。


「……また変なイメージをしよって……。まぁよい。貴様の心の隙はなかなか見つからなかったが、心に闇のない人間など居らぬゆえな。今はこうして、貴様の心の中よ」


 なるほどね。

 じゃあ、私の表層にある意識は今、あなたの思うままというわけだ。


「明確には違うがの。ある程度はコントロールしとるよ。ここで貴様に植え付けた黒色を育て、その力で王都を黒色で染めてやるつもりじゃ」


 だったら大変だ。

 さっさと、追い出さなくちゃね。

 く……。

 うう……。


 動けない。


「無理じゃよ。貴様はそこで、大人しくしておる事しかできぬさ。クハハハハッ!」




 私が目覚めると、そこには私の部屋の天井が見えた。


 何か、変な夢を見ていた気がする。


 上体を起す。


 何があったんだっけ?


 そうだ……。

 私はアルディリアに……。


 胸に痛みが走る。

 苦しい。


 苦しくて憎々しい。


 アルディリアの事を考えると、憎しみが止め処なく溢れ出てくる。

 不快な気分……。

 けれど、不思議と心地良さを覚える……。


 裏切られたんだ、私は。

 許されるわけがない。

 この報いは、晴らしてやらなくちゃならない。


 そう思うと、心地が良い。

 心が暗く満たされる事が気分良く感じる。


 報復だ。

 アルディリアに……。


 そうじゃないじゃろう?

 それくらいで治まるのか?

 貴様の苦しみはもっと辛く激しいのではないのか?


 そうだね……。


 その苦しみが小僧一人への報復だけで満たされるものか?


 いや、釣り合わないよ……。


 彼に告げられた時、裏切りの苦しみを味わった。

 思い上がりを否定された羞恥があって、選ばれなかった劣等感があって、絶望も覚えた。


 死んでしまいたいくらいに辛い。


 釣り合わない。

 この苦しみを与えるなら、もっと沢山だ。

 アルディリアだけじゃダメだ!


 そうじゃ。

 お前のその気持ちは、この国の人間全てへ知らしめねば釣り合わぬよ。

 クハハッ。


 私はベッドから下りる。

 今の私はパジャマ姿だった。


 着替えなきゃ。


 そう思うと、私の体に黒い霧のような物が纏わりついた。

 そして次の瞬間、私の体に黒い衣服が纏われていた。


 体のラインがくっきりと浮かぶ、ライダースーツのような黒一色の服だ。


 これはいいや。


 私はそう思って、部屋から出た。

 廊下を歩く。


 すると、パパにばったり出くわした。


「クロエ。もう大丈夫なのか?」

「うん。何が?」

「アルディリアから急に倒れたと聞いた」

「そうなんだ……」


 私、倒れたのか……。

 そんな気がする。

 アルディリアにあんな事を言われたからだ……。


 アルディリアめ……。

 アルディリアのせいだ。


 思い出すと、心の中の黒が大きくなった。


 この黒い物を早くもっと大きくしなくちゃ。

 もっともっと強くならなきゃ。

 そのためにもあの場所に行かなくちゃ……。


「クロエ、どこへ行くんだ?」


 パパが呼び止める。


「どこだっていいでしょ? 私は行かなきゃならないの」

「待て。外も寒い。病み上がりで出歩くべきじゃない。それに、何だその格好は?」


 ああ、もう面倒くさいなぁ。


 邪魔だなぁ。


「パパ」

「何だ?」

「邪魔」

「……!」


 私はパパに近付いて、抜き手をその腹に刺し込んだ。

 指が腹筋を貫通する。

 パパの血が私の手を伝った。


 何本目に死ぬかなぁ?


 アハハ。


 抜き手を抜く。


「ク、ロエ……?」


 パパは信じられないものを見るような目で私を見ると、その場に膝をつく。


「だって邪魔なんだもん。どいてください。みんなが私を待っているんです」


 アハハハハ。


「「クロエ!」」


 私を呼ぶ声がした。


 そちらを見る。

 二人の男女がそこに立っていた。


 一人は私の憎いアルディリア。

 もう一人は、アードラーだ。


 アードラーはとても綺麗だ。

 この二年で彼女の顔からも可愛らしさが消えて、今は美しさが加味されている。

 黙っていればまるで彫像のように、整いすぎた顔立ちをしている。

 背もスラッと伸びて、本当に綺麗な大人の女性になった。


 そんな二人が並んでいる。


 ……やっぱりだ……。

 やっぱり、アルディリアはアードラーの方がいいんだ……。


「お似合いだね。二人共」


 二人は何でここにいるの?

 何で並んで立ってるの?

 そんなお似合いの姿を私に見せに来たの?


 いや、違うね。


 勘違いしていた私を笑いに来たんだろうな。


「アハハハハ」


 だったら逆に笑ってやる。


「「クロエ?」」


 二人が戸惑ってる。

 何を戸惑ってるの?


「お似合いだよ。二人共」


 私よりもよく似合ってるよ。


 そう言った途端、私の顔を闇が覆った。

 シュエットは仮説を立てているだけで、世界の構造がその通りであるとは限りません。



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