百二十六話 私だけの人生
前に感想返しでヴァール王子の処分について少し言いましたが、やっぱり全然重くない気がしてきました。
あれからの話をしようと思う。
気付けば文化祭の日から始まり、私にとってとても長く濃い時間が過ぎていった。
その長さを改めて実感したのは、シュエットを倒してから少し時間が経ってからだった。
シュエットを倒した後、色々な事柄に対する事後処理が行なわれた。
その事後処理の忙しさがなくなった頃、私はようやく長い波乱の時間が過ぎ去った事に気付いたのだ。
まず、サハスラータ関係の事を話そう。
国同士の関係と私をさらった犯人であるヴァール王子に関する顛末である。
サハスラータとアールネスの関係は、前サハスラータ王が復権した事で前以上に強固なものになったようだ。
和平条約はこれからも守られるそうだ。
ただ、やはりサハスラータ側の責任は大きく、アールネスはそれなりに不平等な条約を強いたらしい。
様々な件に関する譲歩を求め、了承させたわけだが……。
一番大きな案件は、ヴァール王子についての事である。
サハスラータ王は、ヴァールの処分をアールネスに丸投げした。
煮るなり焼くなり好きにすればいいとの事だった。
そうして彼の処分に関して話し合いが行われ、一時期は処刑ともなりかけたわけだが……。
最終的にアルマール公がとりなす事で処刑は免れた。
アルマール公曰く、和平条約を強化するための人質としてアールネスで身柄を預かるべきではないか、という事だった。
そして陛下はその意見を採用し、ヴァール王子はサハスラータに対する人質としてアールネスで軟禁される事となったのである。
その期間は生きている限り。
サハスラータ側はそれに従い、ヴァール王子の王位継承権を剥奪せず人質としての価値を残し、生涯サハスラータへ帰る事を禁じた。
ヴァール王子は異国の地で、外に出る事も許されず一生軟禁される事になったのだ。
正直に言うと、私はその処分にホッとしていた。
酷い目に合わされた憎い相手ではあるが、それでも多少は仲良くしていた時もある相手だ。
私にした事が原因で処刑なんてされてしまえば、少し後味が悪い。
でも、きっと人質としての生活はヴァール王子にとってとても辛い事だろう。
あの退屈嫌いの王子様の事だ。
生涯退屈責めにされるような生活は、苦痛でならない事だろう。
私は少しだけ、同情した。
のだが……。
「クロエ、会いに来てやったぞ」
王子は何食わぬ顔で学園まで私に会いに来た。
もちろん、その後ろには国衛院の監視がばっちりとつけられていたが。
「王子、何でここに? 一生軟禁されるはずでは?」
「うむ、その事か」
王子は私に背を向け、廊下の窓から外をうかがった。
「俺は、これでも一度王になった男だ。本来ならば王しか知らぬような、あの国の内情を知っている」
「はぁ」
ヴァール王子は振り返る。
「その情報で取引し、いろいろと罪を軽減してもらった。そのついでに、こうして軟禁の条件も軽くしてもらったわけだ。アルマールという男は、話のよくわかる男だ」
司法取引っすか。
もしかして、総帥が処刑から彼を救ったのはその情報が目当てだったのか。
「というわけで、たまに会いに来るぞ!」
「来るな!」
「もう一度薬を用意して今度こそお前を俺の物にしてやろう」
おい監視役!
こいつ物騒な事言ってるぞ!
「私に同じ方法は二度通用しません!」
もはやこれは常識。
「俺は懲りぬぞ!」
「懲りろ!」
と、王子がたまに会いに来るようになった。
「そういえば、少し前にお前の親父殿が会いに来たぞ」
「そうなの?」
父上、会いに行ったのか。
「サハスラータとの関係が悪化したら真っ先に殺してやると言われた……。それ以前に、会った瞬間に殺気を飛ばされて死んだかと思ったぞ。やはり恐ろしいな、ビッテンフェルトは!」
そう語るヴァール王子はとても楽しそうだった。
全然退屈していなさそうだ。
死んでほしくはなかった。
死んでほしくはなかったが……。
何か複雑な気分になるのは何でだろうか?
そんな王子だが、アルディリアへも最近は興味を示すようになった。
「あ、お前は!」
「ふん、貴様か……」
「どうしてここに?」
警戒して構えを取るアルディリア。
「クロエに会いに来た。それ以外に理由などなかろう」
「もう、クロエはお前に渡さない! 絶対に!」
「吼えるな。……貴様、名前は何と言う?」
「……アルディリア。アルディリア・ラーゼンフォルトだ!」
名乗るアルディリアに、ヴァール王子が無造作に近付く。
そして、その胸ぐらを掴んで顔を近づけた。
至近距離でにらみ合う二人。
「いいだろう。その名前は覚えた。いずれ貴様は俺の手で這い蹲らせ、屈辱へと沈めてやる」
「どうかな? 屈辱を塗り固められるのはそっちの方かもしれないよ」
それからしばらく、二人は睨み合っていた。
「こ、これは……。す、素晴しい構図ですわ!」
そんな様子を通りすがりのコンチュエリが興奮しながら見ていた。
ちなみにサハスラータでの一件で、うちの爵位が侯爵から公爵に上がった。
これは前もって言われていたのだが、他にも私の救出に関わっていたアルディリアとティグリス先生も叙勲される事となり、ラーゼンフォルト家は侯爵家に、グラン家は子爵家になった。
次にヴォルフラムくんの件だが……。
こちらの方はそれほど大事にはならなかった。
全てはリオン王子のおかげだ。
私から聞いた事情を汲み取って情状酌量の余地があると判断してくれたらしく、王子はヴォルフラムくんの起こした事の責任を追及しなかった。
現場にいた兵士にも口止めし、あの一連の出来事をなかった事にしてくれたのだ。
私も一撃かましたし、こっちはこれでいい気がする。
むしろ、シュエットを倒した後で事情を知った両親と婚約者と友人達から激しく叱られた私の方が罰は重かった気がするよ。
でも、罪に問われなかったヴォルフラムくんではあるが、彼はアルエットちゃんを人質に取った事を申し訳なく感じており、ティグリス先生に自分のしでかした事を話したそうだ。
腹パンで済ませてくれたらしい。
「よく、それで許してくれたね」
学園の中庭奥。
そこで私は彼から話を聞いていた。
「かなり強烈だったがな……。肋骨が折れて医院に運ばれた。翌日の小便が真っ赤だったぞ」
私の罰の方が重いというのは思い上がりだったかもしれない……。
それでも殺さないように手加減してくれたんだろうなぁ……。
「でも、よかったね。体の中の黒色が消えて」
「ああ、それはよかった。だが……」
「何か不満が?」
「まだ、黒色は王都に残っているのだろう?」
魔狼騎士の力がなくなって、ヴォルフラムくんは黒色が見えなくなった。
いずれ私の右目もその力を失うだろうが、まだ今は力を失っていない。
確かに彼の言う通り、王都にはまだ黒色が残っていた。
「シュエットも倒せていない。こんな時に、力を失った事が少しだけもどかしい」
ヴォルフラムくんは、自分の命を失いたくないから自分の黒色を疎んだ。
でも、黒色から王都の人々を守りたいという気持ちも確かにあったんだろう。
「大丈夫だよ。ちゃんと黒色への対処はしているし、シュエットが出てきてもまた倒せばいいからね」
前にムルシエラ先輩に作ってもらっていた白色照射装置も量産されている。
今では、国衛院の人達が毎日白色照射装置を使いながら、王都中をパトロールしているのだ。
いずれは、この国の黒色も薄まっていく事だろう。
このまま照射を続ければ、シュエットだって復活する事ができなくなるかもしれない。
対シュエットとして、今はカナリオも私の鍛錬に参加している。
ビッテンフェルト四天王の一人、謎のマスクウーマン・マスク・ド・タイガーさんである。
アルディリアが早々に勝ち越されてしまい、今はアードラーと熾烈なポジション争いを繰り広げているのだ。
王子にはまだ負け越している。
と、驚くべき成長速度で強くなっており、近い内に私も追いつかれてしまいそうな気がするのでシュエットが襲ってきても大丈夫だろう。
「あんなに、無くなってほしいと思っていた力なのにな……。我儘な事だ」
ヴォルフラム君は自嘲気味に呟いた。
「……黒色が使えないなら、白色を使えばいいじゃない」
マリー風に言ってみる。
怪訝な顔をされた。
「白色? 黒色とは全然違うものじゃないか。あんなもので変身できるわけがない」
いや、あなた別の運命ではそれで変身するんですよ。
「何より、俺は白色を使えない」
「そうだったね」
じゃあ、この世界で彼は銀狼騎士になれないのかもしれないな。
それから最後に、これは我が家の話なのだが……。
どうやら、母上が妊娠しているらしい。
発覚したのは最近の事だ。
母上はここしばらく気分悪そうにしており、医者に見てもらうと妊娠している事が判明した。
時期的に見ると、私がサハスラータから帰ってきた辺り……。
きっと私と母上が帰って来て、大層喜んだ父上が……。
……いや、この話は止そう。
でも、おかしな話である。
私の両親は娘の贔屓目を抜きにしても仲が良すぎる夫婦だ。
正直言って、私が一人っ子である事の方がおかしかったのだ。
なのにこのタイミングで子供ができたのは何故なのか。
と考え、思いついたのはこれもまたゲーム補正だったのではないか、という事だ。
それは元々、ゲームにおいてクロエに弟妹がいなかったという単純な理由でもあるし、それ以外にも根拠はある。
クロエには死の運命がある。
その引き金は、私が強さを示すか示さないかという部分が関わっている。
しかし、ここにもう一人のビッテンフェルト家の子供がいたとしよう。
その子供が強かろうが、弱かろうが、どちらでもサハスラータへの影響があるのは明らかだ。
つまり、私以外に運命の引き金となる人間が生まれるわけである。
その場合、たとえアルディリアがカナリオとくっつかなくても、あらゆるルートでサハスラータとの戦争が引き起こされる可能性が生まれるのだ。
しかも、そのフラグはより複雑なものになる。
私が弱さを示しても、弟妹が強さを示せばサハスラータは攻めて来ないかもしれない。
逆に、どちらか一方が弱さを示しただけで戦争に発展する可能性もある。
アルディリアとカナリオがくっつかなくても、私の死の運命が消えてしまうかもしれないし、逆に発生してしまうという事態にもなりえるわけだ。
ゲームストーリーに支障の出そうな事柄は、抑制されていたのではないかという事だ。
だから、私が死の運命を回避したこのタイミングで母上が妊娠したのではないか? という推測をしてみた。
まぁ、あくまでもこれは私の推測でしかないのだが……。
ちなみに、子供が男子でも女子でもアルディリアが家督を継ぐ事は変わらないそうだ。
父上曰く、一度言った事は撤回しないらしい。
元の学園生活に戻りながらも、あらゆる事後処理などで忙しさに追われた私。
色んな事が片付いて、本当に平穏な学園生活を送れるようになった時。
その時になるともう、冬が終わり始める時期だった。
冬と春の狭間。
私達の終業式と三年生の卒業式が行なわれた。
私とアルディリアとアードラーは、一度私の家で待ち合わせてから三人で学園に登校した。
みんな冬衣装で、コートを着ていた。
私は黒、アルディリアはブラウン、アードラーは赤のコートだ。
私のコートはわりかし薄い生地の物だが、アルディリアのコートはフードつきで裏地がもこもこしたとても温かそうな物だ。
フードを被ると顔の目の部分しか見えないようになり、全体的に眺めるとアルディリアではない何か別の生物のように見える。
アードラーのコートは私とアルディリアの中間ぐらいの厚さで、コートなのにちょっとドレスみたいにも見えてお洒落だ。
「一年って、早いわね」
アードラーが溜息混じりに呟く。
「こんなに早い物だなんて、知らなかったわ。それだけ、この年は楽しかったという事かしらね」
言いながら、こちらへ笑顔を向ける。
「それって、私と出会えたから?」
若干、戸惑うような表情で口を開くアードラー。
でも、その口が言葉を紡がずに一度閉じられる。
「……そうかもしれないわね」
再び開かれた時、そんな言葉が返ってきた。
「いいえ、間違いなくそうよ。あなたの……おかげよ」
「嬉しい事言ってくれるじゃない」
私はアードラーと手を繋いで、引き寄せた。
アードラーが照れて真っ赤になる。
「アルディリアも!」
私はアルディリアとも手を繋いで、引き寄せた。
「わっ!」
引き寄せた二人の頭を腕で抱きかかえる。
「な、何?」
「ちょ、クロエ、胸が!」
当ててんのよ。
「愛い奴らめ!」
私は強く二人を抱き締めた。
できればこの三人で、ずっと一緒にいられたらいいな。
私はそう思った。
校舎に入ると、クラスが違うので一度別れた。
コートを脱ぐ。
いつものロングパンツに袖の長い白シャツと黒いベスト。
これが私の冬衣装である。
へそは布地に隠れて冬眠中だ。
講堂に向かうと、先に来ていた二人が間に席を一つ空けて座っていた。
「こっちこっち」
アルディリアに手招きされて、私は空けられた席へ座る。
三人で雑談していると、学園長が前方の壇上に現れた。
学園長の終業の挨拶が終わると、次にリオン王子が壇上に現れた。
入学式の時と同じく、生徒の代表としてスピーチするようだ。
「この学園に入学してからの一年で、私はいろいろな経験をしました。この一年は私が今まで生きてきた中でも取り分けに濃く、大きく成長するきっかけになった良い一年でした」
スピーチが終わると続けて、卒業生への送辞を読み上げる王子。
彼が壇上から下りると、次に卒業する三年生の代表としてムルシエラ先輩が壇上に立った。
すらすらと淀みなく答辞を読み上げる。
その最後。
「ありがとうございます。それから、僭越ながら王子。未来の奥方を悲しませないように。もしそのような事があれば、容赦いたしませんからそのつもりで」
と、大変挑発的な事を言ってから壇上を下りた。
探して見ると、カナリオが硬直しており、その隣に座っていた王子が「ぐぬぬ」となっていた。
次には教師からの挨拶があった。
ティグリス先生が壇上に立つ。
「冬も明ける前とはいえ、まだまだ寒い気候は続く。体に気をつけ、各自体調をしっかりと管理して始業式に備えるようにな」
先生は短くそれだけ言うと、壇上から下りた。
それから学園長が締めて、終業式は終わった。
「じゃあ、またあとで」
「うん。またあとで」
終業式が終わり、私達は馬車の駐車場へ向かった。
そこで、アードラーと別れる事になった。
いつもならば鍛錬のため一緒に帰る所なのだが、今日は王家招待の社交パーティが開かれるのでアードラーは一度帰る事になっていた。
このパーティは定期的に開かれる公爵家の人間だけが招待されるもので、私も今回は初めて参加する事になっていた。
アードラーの馬車が走り去って行く。
「私達も帰ろうか」
「うん……。そうだね」
自分達の馬車の所へ行こうとする。
「ねぇ、クロエ」
そんな私をアルディリアが引き止めた。
「もう、一年経っちゃったんだね」
「アードラーも言っていたけれど、そう思うのは楽しかったからじゃない?」
そう、本当に早い。
もう終業式なんて……。
……終業式?
あれ?
アルディリア……。
終業式……。
なんか、あった気がする
「うん、そうだね。僕もそう思うよ。でも……」
アルディリアは言葉を切って、一度顔を伏せる。
少しして顔を上げると、真剣な顔で続ける。
「僕ね、目標があるんだ」
「どんな?」
「クロエに追い付く事」
アルディリアの言葉で思い出した。
アルディリアのエンディングは、一年目の終業式なんだ。
「それでね、クロエ……」
「はい!」
「どうしたの? 大声だして」
「いや、何でもないよ。続けて」
いや、まさかな……。
私はカナリオじゃないし……。
アルディリアが私の前に立ち、私を見上げてくる。
私の両手と手を繋ぐ。
面と向かい合い、絶対に逃げられない状況である。
「僕は、学園を卒業するまでにクロエに追いつきたいそう思っているんだ」
そうそう、ゲームでもこんな事言ってた気がする。
「今はまだまだ遠いけれど……」
そうそう、でこの後……。
顔が近付いていって……。
かみ合わない身長差を強調したスチルで……。
「きっといつか追いついてみせるからね」
そして、この台詞でFINである。
……。
…………。
…………キスされるような気がしたが、全然そんな事はなかったぜ。
ま、ま、まぁいいよね。
私とアルディリアは婚約者同士ってだけで、好きとか嫌いとかの関係じゃないし。
私には恋愛なんてわからないしね。
アッハッハ。
「どうしたの? クロエ」
「いや、なんでもないよ。ちょっと幻覚を見ただけ」
「それなんでもない事? 大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫」
それにしても、これで終わったんだな。
終業式が終われば、ゲームはおしまいだ。
ここから先、私はゲームの展開から外れる。
つまりここから先は、私にもわからない未知の世界ってわけだ。
未知を進むのは、ちょっとだけ不安だ。
でもそれは、これから先の人生がゲームのストーリーに縛られないという事でもある。
それはそれで楽しみだ。
ワクワクする。
「アルディリア」
「何?」
「待ってるからね」
「うん! 待ってて」
ここから先は、正真正銘。
私が紡ぐ、私だけの人生だ。
ラスト……。
じゃなーい!
最終章の急展開に向けて、一、二話の閑話を挟んで話を落ち着かせておきます。




